スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
7 / 32
第一話「点滅」

「点滅」(7)

しおりを挟む
 裏山の森……

 必死に逃げるシンゴを追うのは、現実離れした銃声の轟きだ。

 体のどこかをかすめた弾丸の衝撃に、シンゴは思いきりつまづいた。泥まみれになりながら跳ね起き、山道をまた息を切らして走る。

 銃撃はやんだ。

「な、なんなんだよ、あれは……?」

 樹木の陰に隠れたまま、シンゴは慎重に顔だけをのぞかせた。

 風が葉擦れを鳴らす以外、あたりに人の気配はない。

「……た、助かった」

 安堵に、シンゴは胸をなでおろした。

 振り返ったその眉間に突きつけられたのは、真っ黒な銃口だ。計五門にもわたる火縄銃で、鉄砲隊の亡霊はシンゴを狙っている。

 木立ちの裏から、メグルは音もなく現れた。血の気を失って震えるシンゴへ挨拶する。

「お望み通り来てやったぜ、裏山に?」

「お、俺が悪かった!」

 シンゴはその場に這いつくばった。汚物でも眺める視線でそれを見下しながら、たずねたのはメグルだ。

「俺に謝ってるのか?」

「そ、そうだ! そうです!」

 地べたに頭をこすりつけ、シンゴは叫んだ。

「ほんとにすいませんでした! もう二度としませんッ!」

「まあ、当然だな」

 銃口を押しつける力を強めて、メグルはたずねた。

「セラには?」

「は、はい?」

 反応の遅れたシンゴの前で、メグルは見せつけるように空へ発砲した。器用に土下座のまま飛び上がったシンゴの背中へ、落ちて跳ねたのは射抜かれた木々のかけらだ。銃声にも負けない大音声で、メグルは怒鳴った。

「セラにも謝れって言ってんだ!」

「ちゃんと謝ります! 切った制服も弁償します! だからどうか、命だけは……!」

 腕組みして考えながら、メグルは独りごちた。

「ぜんぜん怒りが静まらないな。あ、そうだ」

 思いついたように、メグルは指を鳴らした。

「脱げ、おまえ」

「え……?」

「パンツまでぜんぶ脱げ、って言ってんだよ。素っ裸のまま教室に戻れ。とりあえずそれで、この場は見逃してやる」

 笑みに愉快げな色を混じらせ、メグルはしゃがみ込んだ。絶望に硬直したシンゴの瞳を覗きながら、その頬を軽く叩いて催促する。

「ほれ、さっさとしろ。生き恥をさらすのと、ここで撃ち殺されるのとどっちがいい?」

「う、ううう……」

「これから俺は、やられたことを全部一からたどって、おまえらに仕返しする。ああ、ヒュプノスはなんて素晴らしい力を与えてくれたんだ……快感だぜ」

「〝輝く追跡者ヴェディオヴィス〟」

 鼻先すれすれを通過した石を、メグルはのけぞって回避した。

 振り向いた先にたたずんでいたのは、セラだ。

 暗い面持ちで、セラは訴えた。

「やめなよ、メグル」

「なんで邪魔する?」

 こめかみに血管を浮かべ、メグルはうなった。

「おまえだってやられたんだぞ、セラ?」

 切られたスカートの裾をつまんで、セラは首を振った。

「こんなのどうってことはない。縫えばすむ。それよりぼくは、きみのことが気がかりだ」

「なに?」

「手に入れた強い力を振りかざして、弱者をしいたげる……」

 セラは言い放った。

「きみのやっていることは、不良グループと同じだよ?」

「いっしょにすんな!」

 メグルの怒号に、銃声は重なった。放たれた火線は、セラの髪をかすめて虚空へ消える。

 ひるむことなく一歩前進し、セラは落ち着いた口調で続けた。

「やられた側なら、その辛い気持ちもわかるだろう?」

「うるせえ! 来んな!」

 ふたたび轟音はこだました。二発、三発。銃弾に食いちぎられた制服の破片が、セラの周囲を舞う。歩みを止めず、セラは手をあげた。

「もう終わりにしよう、復讐は。このまま他人への攻撃を続ければ、ぼくはもう、きみの味方ではいられない」

「大きなお世話だ! 俺には強い味方が、こんなにもいる!」

 物音に、メグルは血に飢えた猛獣のように振り返った。

 見れば性懲りもなく、またシンゴが逃げだしている。

 こけつまろびつ遠ざかるその背中を指差し、メグルは冷たく鉄砲隊へ命じた。

「撃ち殺せ、〝墳丘の松明グレイイーグル〟」

 セラはささやいた。

「〝輝く追跡者ヴェディオヴィス〟……」

「え?」

 その異常に、メグルはじきに気づいた。

 山の頂上から、石ころが転がってきたのだ。それもひとつやふたつではない。石の流れはしだいに太くなり、たちまち膨大な量にかさを増してメグルの足首を埋め尽くす。

 高まる不気味な地鳴りに、メグルは狼狽した。

「なんだこれは!?」

 学校の裏山は豪雨・地震等にそなえてきちんと整備されているはずだ。それがなぜ、何者かが合図したようにいきなり崩れ始める?

 それはまさしく災害と化して、山頂からメグルへ迫った。

「セラ、まさかおまえも結果使いエフェクター……」

 顔をそむけて、セラはつぶやいた。

「残念だよ、メグル」

 でたらめに火縄銃を撃つ鉄砲隊ごと、メグルは土石流に飲み込まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...