スウィートカース(Ⅵ):流星観測・井踊静良の結果往来

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第一話「点滅」

「点滅」(8)

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 上糸うえいと総合病院……

 病室のベッドで、メグルは静かに目をさました。

 すぐ横からは、しゃりしゃりとなにかを切る音が響いている。

 見れば、そばのイスにセラが座っているではないか。その手もとで綺麗に皮を剥かれるのは、つややかなリンゴだ。

 寝間着姿のまま、メグルはうめいた。

「セラ……」

 果物ナイフを止め、セラは視線をあげた。

「おはよう、メグル。そろそろ起きるころだと思ったよ」

 身を起こしかけ、メグルは顔をゆがめた。サンドバッグにされたように体中が痛い。

 ずれた布団をメグルへかけ直しながら、セラは説明した。

「まだ動いちゃだめだ。全治一週間の打撲なんだから」

「なんで生きてるんだ、俺?」

 釈然としない表情のメグルへ、セラは苦笑した。

「殺すつもりなんて、あるわけないじゃないか」

「あいつらは……シンゴたちはどうなった?」

 均等にリンゴを切り分けつつ、セラは答えた。

「あの騒ぎのあと全員、ここまでの悪さを白状して停学処分になったよ。あんな目に遭ったんだ。復帰しても、もう二度とおかしなマネはしないだろう」

 固唾を呑んで、メグルは聞いた。

「俺は?」

「きみなら大丈夫。あの火縄銃の幽霊の件も、不良たちのいたずらということで決着しかけている。真相を探ろうとしたところで、そもそも結果呪エフェクトの原理を説明できる者なんていない。きみもそれに巻き込まれた被害者のひとり、ということになっているよ。ま、結果オーライだね」

「そうか……」

 まくらに横顔をうずめたまま、メグルはつぶやいた。

「セラ、おまえも結果使いエフェクターだったんだな」

「らしいね」

「やっぱりおまえも、あの保健室で声を聞いてからそうなったのか? ヒュプノスの?」

「たしかに声は聞こえてたけど、ちがう。あの不思議な石の力は、ぼく自身覚えていないほど幼いころからある」

 唇に人差し指をあて、セラは念を押した。

「おたがい内緒だよ、ぼくたちの能力のことは?」

「わかった」

 かたわらのテレビからは、小音量でニュースが流れている。

 取り上げられるのは、さいきん赤務あかむ市で頻発している奇妙な連続殺人事件だ。通称〝食べ残し事件〟と呼ばれるそれは同一犯のものとされており、被害者と思われる遺体は損壊が激しすぎて、身元の特定にも大変な時間がかかっているらしい。

 険しい視線で報道を横目にしながら、セラは付け加えた。

「あと、約束して。無関係な一般人には、絶対にその力は使わないと」

「約束する」

 申し訳なさげに、メグルは瞳を伏せた。

「ごめんな、セラ。山であんなことをして。どうしても許せなかったんだ、あいつらが」

「気持ちはわかるさ」

「こんな情けない俺のために、セラ、なんでお見舞いになんて来てくれる?」

「言ったじゃないか。きみが困ったら助ける、って」

「…………」

 我知らず瞳にこみ上げてきたものに、メグルは咽び始めた。上掛け越しにその背中をさすりながら、困った面持ちになったのはセラだ。

「おいおい。これじゃまるで、ぼくが泣かしたみたいじゃないか」

「ごめん。生まれてこの方、女の子に優しくしてもらった経験がなくて……」

 そでで目尻をふいたあと、メグルは思いきって告げた。

「セラ。俺、おまえのことが好きだ」

「おっと、そうきたか」

 複雑な顔色であごを揉むセラを、メグルは追撃した。

「嫌いなら嫌いって、きっぱり断ってくれ」

「嫌いじゃないよ。ただ……」

 にっこり笑って、セラはちいさく舌をだした。

「恋人にするのは歳上って決めてるんだ、ぼく。じつはファザコンなの♪」

 つまようじに刺したリンゴを差し出しながら、セラはうながした。

「はい、あ~んして?」

「あ……あ~ん」

 ぼうぜんと、メグルはリンゴをほおばった。

 口の中いっぱいに広がったのは、青春の味……
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