スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第四話「実行」

「実行」(1)

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 赤務市にとある住宅があった。

 この家の以前の住人は「伊捨いすて」という組織がらみの人物だそうだが、いまは空き家だ。そのためいまこの民家には、捜査中の一時的な拠点としてヒデトとミコが住んでいる。

 ただ現在、リビングの食卓をはさんで、ヒデトの前に座るのはミコではない。筋骨隆々の巨体をスーツで包んだ大男だった。

 マタドールシステム・タイプパーティション、通称〝パーテ〟……組織の人型自律機械だ。型式ではミコの近い先代機にあたり、兄と呼んでもさしつかえない。

 ミコはいったいどこに?

 答えは、食卓のうえにあった。がんじょうな保護ケースに守られて置かれるのは、小指の爪ほどの記録媒体〝絶対領域〟だ。吹けば飛ぶほどに小さいが、ミコのここまでの記憶と感情はいまなお絶対領域の中でたしかに生きている。

「研究所にミコを持って帰れない、ってのはどういうことだ?」

 疑問符を浮かべたのは、顔中に絆創膏を貼ったヒデトだった。

「言うならはっきり言ってくれ。ミコはもう助からないのか?」

「そうは言っちゃいねえ」

 腕組みしたパーテの腰の下で、木製のイスはぎし、といやな音をたてた。角度と重心等を計算して座っていなければ、イスはパーテの超重量に耐えかねてとっくに崩壊しているはずだ。むつかしい面持ちでパーテは続けた。

「理由はいくつかあるんだ。ゼガ社工場での件、ミコが接触したっていう平行世界とやらの件、さらに数日前の飛行機の件……おまえとミコはずっと召喚士に監視されてると考えたほうがいい。ミコのだいじな絶対領域を運ぶとちゅうに、襲撃にでもあって奪い去られちまったらどうする?」

「〝妖術師の牙ソウトゥース〟がえらく弱気だな。俺とあんたがふたりいれば、たいがいの敵はなんとかなるだろ? なんなら組織お抱えの捜査官を必要なだけ呼ぶぜ?」

「戦う戦わないの問題じゃねえんだ。組織は危険視し始めている。ミコの異常を」

「異常?」

「ミコは明らかに、外部的な要因で〝人の心〟を手に入れちまってる。組織がきゅうに慌て始めた理由は、あの事件だ。カテゴリーFY71の安全装置ラフトンティスが自我みたいなものを芽生えさせ、あげくのはてに自壊して大きな規則違反を起こした。あれとマタドールは、基本的には同じシステムだ」

「組織の指示系統が、えらい長いことマヒしてたあのときだな。組織のコントロールから外れた一瞬に、未確認の呪力に触れたかなんかで、安全装置はおかしくなっちまったんだろ?」

「いまはなんとか砂目の大将の説得で、組織はミコの言動を、おまえが設定した性格と思い込んでる。なので組織はまだ、ミコの初期化へむけて本腰は入れちゃいない」

「しょ、初期化? ケータイとかパソコンを、出荷されたときまで戻すあれのことか?」

「残念だが、そうだ。このままミコを研究所の修理にやったら、組織がミコのよけいな自我と記憶まで真っ白にしちまうのは目に見えてわかってる」

 ヒデトの表情は深刻さを増した。出会って以来のミコとの思い出が、洪水のように脳内をフラッシュバックする。食卓で頭をかかえたまま、ヒデトは絶対領域を見つめた。

「ミコを直せば、ミコは記憶をなくす……だめなのか、もう」

「そうやって悩む人間に、べつの選択肢を探して教えるのも俺たちマタドールの仕事だ」

「え?」

「じぶんで作っちまえばいいのさ。なにもマタドールの機体は、研究所でしか作れないわけじゃない。ちょっとした工具があれば、どこででも作れるのが強みだ。そこいらの喫茶店でも、銃弾のとびかう戦場でも、この一般家庭でも。なぁに、仮組みさえ終わっちまえば、あとはしれっと研究所でさいごの加工をやっちまえばいい。それなら、ミコの脳みそにまで組織にちょっかいを出されずにすむ」

 困惑した顔で、ヒデトは首を振った。

「いや、むりだろ。最新のテクノロジーだぜ、あんたらは」

 ヒデトの動揺を、パーテは笑って無視した。

「ミコの機体部品と専用の工具、取り扱い説明書等は順番にこの家に配送される。怪しまれないよう配送日はおよそ一週間にわけてあるから、おまえもバレないように学校に通っとけ。さすがの召喚士も、まさか敵機がばらばらに、それも民間の業者が配送するとは夢にも思うまい。そういった名目で組織には提案書も出してあるが、いちおうほかには内緒だぜ?」

「あ、ああ。いろいろ根回ししてもらってありがとう。ところで、ところでだ。ミコの組み立ては、パーテの兄貴がやってくれるんだよな?」

「この期に及んでな~に恥ずかしがってんだ、ばかやろう。俺が一週間もこの家に出入りしてたらそれこそ怪しまれるだろ? ミコのカラダを組み立て、制服を着せるのはとうぜんおまえの仕事だ」

「お、俺が……!?」

 玄関の呼び鈴が鳴ったのは、次の瞬間だった。

 玄関先では、配達員が須川急便を名乗っている。そちらを見て、ふたたびヒデトが顔を振り戻したときには、パーテの姿はもうどこにもなかった。あの巨漢がいったい、どこにどうやって蒸発したのか?

 かすかにあいた窓から、パーテの渋い声だけが言い残した。

「産地、いや戦地に直送だ。しっかり作ってやれよ、俺の妹を」

 肩を怒らせて玄関へ向かいながら、ヒデトは吐き捨てた。

「この、ゴリラおやじ……!」
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