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第四話「実行」
「実行」(15)
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そこは異世界の光の都、セレファイス。
歌う鳥市場の一角にある居酒屋〝長元坊〟では、騎士や呪士等の終業がまだ訪れていないため、水商売の女が仕事前に控えめに食事をしているぐらいだ。
カウンター席に座る男ふたりをのぞいて。
厳格で有名な騎士団長のエイベルが、こんな日も高い時刻から場末の居酒屋でさぼれるのは、ひとえに〝光と闇の戦争〟の英雄メネス・アタールが数年ぶりにいきなり七十の歓喜の宮殿に現れたためだ。
メネスとエイベルは、グラスを高らかに打ちつけた。グラスを満たすこの世界有数の強アルコールワイン〝紅玉〟を一口し、メネスはせいだいに嘆息している。
「いや~! やっぱり幼なじみと飲む故郷の酒は格別だね! むこうではずっと、銀色の缶に入った鉄味のをひとりで積み上げる日々だったんだ!」
「あのなあ、おまえ……」
呆れ顔で頬杖をつくエイベルを見て、メネスはほほえんだ。
「おっと、いち会社の元課長ごときが、マナー違反だったかな? 臣下の席も間近なエイベル殿に対して?」
「そのカチョーっていう知らない鳥がどこを飛んでるのかは別としてだな。フィアの葬式で別れてから、いったい何年たったと思ってんだ? とつぜん帰ってくるもんだから、俺はまた新たな変化の妖物でも現れたのかと思ったぜ」
「こっちこそ、宮殿でのきみのお堅さを見てたら、酒場じゃなく絞首台にでも連れて行かれるのかと思ったよ」
「だってな、昔の戦役とはとはいえ、おまえのことは歴史書にも載ってて、赤ん坊から爺婆まで知ってる。もし宮殿で見られたら王が大騒ぎするに決まってるし、表通りなんて歩いた日にゃそのまま英雄の一大パレードが始まっちまう。だから、いつものココに集合した」
「さっきのキミのマネ! 〝内密の軍務である〟? 〝馬車をもて、火急だ〟? 金属と男以外はなんでも食べちゃうあのエイベルが? ハハっ!」
「うるせえ! ぶん殴るぞ! ってまあ、もうだれかにやられたみたいだな、こっぴどく」
「これかい?」
いたいたしく頬に貼られた大きな絆創膏を指さして、メネスは自嘲げに笑った。
「すんごい一発だったよ。〝むこう側〟から消されて故郷まで吹き飛ぶ威力だった」
「むこう側、か。じゃあその首の変な布っ切れも、むこうの世界の流行りなんだな?」
「これ?」
暑苦しげに首から外したネクタイを、メネスは丸めて横においた。
「じつはね、これ。最新式の便所の引き紐なの。くそくらえってやつさ」
「うわ汚ねぇ。ったく、あのチビで根暗のメネスが、しばらく会わないうちにずいぶん人間が砕けたな?」
「おたがいさまだろ、歳をくったのは。結婚はした? こどもは何人? 奥さんは何人?」
「はは、おまえにだけは絶対に言わねえ。しかし、ぶじに戻ってくれて本当によかった」
グラスを傾けあって談笑し、しばらくして本題を切り出したのはエイベルだ。
「むこうの世界を調べて叩く、って言ってたな。どうだったんだ?」
「ぼくが長いこと演じた〝サラリーマン〟という職は、鉄や石や電子の箱に閉じ込められ続けるひどい拷問だったよ。できれば近づかないことをお勧めするね。まあいまは、行き来する手段そのものが向こう側から封印されてしまってはいるが……そう、すみやかにべつの〝門〟を見つける必要がある」
「門、だって? そんな蠱毒の壺の底とセレファイスを、またつなぐ意味がどこに?」
グラスを大きくあおると、メネスは卓上のつまみの豆を一点に見つめた。その鋭い視線に、さっきまでの悪ふざけはかけらもない。
「邪悪な世界を罰する方法を探していたら、ある日偶然見つけてしまったんだ。あちら側とこちら側、どちらをも侵食しようとする別の恐るべき存在を……〝やつら〟はどの世界からでもない。時間そのものの向こう側からやってくる」
「現実でも、異世界でもないだと? ここにも来るのか?」
「まず間違いなく、ね」
腕組みして考えるエイベルの脳裏では、自軍の戦力の勘定がすでに始まっている。酔いを忘れ、指揮官の表情でエイベルはたずねた。
「倒せるよな?」
「いまのところ、ぼくらだけの力ではまず無理だ。この世界のフィアが予言した〝災害への免疫〟の力を借りるしかない。力の名は、これだ」
冷静沈着な召喚士の顔つきで、メネスは告げた。
「鉄と炎の戦乙女。千なる無貌の二挺射手。鋼の翼の魔法鳥。魂と稲妻の刀人形。そして……」
【スウィートカース・シリーズ続編はこちら】
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/174069043
歌う鳥市場の一角にある居酒屋〝長元坊〟では、騎士や呪士等の終業がまだ訪れていないため、水商売の女が仕事前に控えめに食事をしているぐらいだ。
カウンター席に座る男ふたりをのぞいて。
厳格で有名な騎士団長のエイベルが、こんな日も高い時刻から場末の居酒屋でさぼれるのは、ひとえに〝光と闇の戦争〟の英雄メネス・アタールが数年ぶりにいきなり七十の歓喜の宮殿に現れたためだ。
メネスとエイベルは、グラスを高らかに打ちつけた。グラスを満たすこの世界有数の強アルコールワイン〝紅玉〟を一口し、メネスはせいだいに嘆息している。
「いや~! やっぱり幼なじみと飲む故郷の酒は格別だね! むこうではずっと、銀色の缶に入った鉄味のをひとりで積み上げる日々だったんだ!」
「あのなあ、おまえ……」
呆れ顔で頬杖をつくエイベルを見て、メネスはほほえんだ。
「おっと、いち会社の元課長ごときが、マナー違反だったかな? 臣下の席も間近なエイベル殿に対して?」
「そのカチョーっていう知らない鳥がどこを飛んでるのかは別としてだな。フィアの葬式で別れてから、いったい何年たったと思ってんだ? とつぜん帰ってくるもんだから、俺はまた新たな変化の妖物でも現れたのかと思ったぜ」
「こっちこそ、宮殿でのきみのお堅さを見てたら、酒場じゃなく絞首台にでも連れて行かれるのかと思ったよ」
「だってな、昔の戦役とはとはいえ、おまえのことは歴史書にも載ってて、赤ん坊から爺婆まで知ってる。もし宮殿で見られたら王が大騒ぎするに決まってるし、表通りなんて歩いた日にゃそのまま英雄の一大パレードが始まっちまう。だから、いつものココに集合した」
「さっきのキミのマネ! 〝内密の軍務である〟? 〝馬車をもて、火急だ〟? 金属と男以外はなんでも食べちゃうあのエイベルが? ハハっ!」
「うるせえ! ぶん殴るぞ! ってまあ、もうだれかにやられたみたいだな、こっぴどく」
「これかい?」
いたいたしく頬に貼られた大きな絆創膏を指さして、メネスは自嘲げに笑った。
「すんごい一発だったよ。〝むこう側〟から消されて故郷まで吹き飛ぶ威力だった」
「むこう側、か。じゃあその首の変な布っ切れも、むこうの世界の流行りなんだな?」
「これ?」
暑苦しげに首から外したネクタイを、メネスは丸めて横においた。
「じつはね、これ。最新式の便所の引き紐なの。くそくらえってやつさ」
「うわ汚ねぇ。ったく、あのチビで根暗のメネスが、しばらく会わないうちにずいぶん人間が砕けたな?」
「おたがいさまだろ、歳をくったのは。結婚はした? こどもは何人? 奥さんは何人?」
「はは、おまえにだけは絶対に言わねえ。しかし、ぶじに戻ってくれて本当によかった」
グラスを傾けあって談笑し、しばらくして本題を切り出したのはエイベルだ。
「むこうの世界を調べて叩く、って言ってたな。どうだったんだ?」
「ぼくが長いこと演じた〝サラリーマン〟という職は、鉄や石や電子の箱に閉じ込められ続けるひどい拷問だったよ。できれば近づかないことをお勧めするね。まあいまは、行き来する手段そのものが向こう側から封印されてしまってはいるが……そう、すみやかにべつの〝門〟を見つける必要がある」
「門、だって? そんな蠱毒の壺の底とセレファイスを、またつなぐ意味がどこに?」
グラスを大きくあおると、メネスは卓上のつまみの豆を一点に見つめた。その鋭い視線に、さっきまでの悪ふざけはかけらもない。
「邪悪な世界を罰する方法を探していたら、ある日偶然見つけてしまったんだ。あちら側とこちら側、どちらをも侵食しようとする別の恐るべき存在を……〝やつら〟はどの世界からでもない。時間そのものの向こう側からやってくる」
「現実でも、異世界でもないだと? ここにも来るのか?」
「まず間違いなく、ね」
腕組みして考えるエイベルの脳裏では、自軍の戦力の勘定がすでに始まっている。酔いを忘れ、指揮官の表情でエイベルはたずねた。
「倒せるよな?」
「いまのところ、ぼくらだけの力ではまず無理だ。この世界のフィアが予言した〝災害への免疫〟の力を借りるしかない。力の名は、これだ」
冷静沈着な召喚士の顔つきで、メネスは告げた。
「鉄と炎の戦乙女。千なる無貌の二挺射手。鋼の翼の魔法鳥。魂と稲妻の刀人形。そして……」
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