スウィートカース(Ⅷ):魔法少女・江藤詩鶴の死点必殺

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
8 / 23
第二話「自立」

「自立」(3)

しおりを挟む
 来楽らいら島……

 自然豊かなこの楽園には、手つかずの動植物がいまだひっそりと暮らしている。

 原生林では多くの鳥獣類のささやきが絶えず、色鮮やかな果実にしたたる湿気もみずみずしい。満天の蒼穹に浮かぶ白雲をのんびり運ぶのは、透き通った珊瑚礁から流れてくる爽やかな潮風だ。

 車や人はいない。邪魔な建物もない。耳障りな騒音もない。雑多な悪臭もない。この貴重な南国の繁茂に満たされた環境であれば、汚染されきった現代社会のストレスなどちょっと深呼吸するだけで霧散してしまうだろう。

 夢のような孤島は〝鳥栖とす〟という資産家が丸ごと買い取った私有地だった。もちろん鳥栖とすなる人物の名前は偽名だったが、きちんと諸費用を支払って法律家の力を借りればどうとでもなる。正当な権利に守られているおかげで、ここを部外者が金儲けの観光場所として乱暴に開発することはない。

 見晴らしのよい海ぞいに唯一、その風光明媚な豪邸はたたずんでいた。

 百坪を超える敷地をふんだんに飾るのは、熱帯の樹木と刈り揃えられた天然芝だ。三階建ての屋敷が備える部屋数は、ゆうに三十室を上回る。建物の内外に二箇所も設置された深くて大きなプールは、よく手入れが行き渡って底まで澄んでいた。海に面した広大な駐車場には個人用の飛行機セスナやヘリ、ドライブ用の高級外車や旅客船まで停まっているではないか。

 超一流のホテルを凌ぐしつらえの邸宅、その地下室……

 薄暗い廊下をずっと進んだ先に、そのおかしな部屋はあった。

 高級な内装は広く清潔で、そなわった調度品はどれも豪奢きわまりない。ジェット式のバスルームに化粧室等、快適にくつろげる設備は過保護なまでに取り揃っている。

 だが部屋と通路をへだてる部分に、無言で立ちはだかる透明な壁はなんだ。よく目を凝らせば、室内のそこかしこに専用の呪符が描かれていることにも気づく。まんべんなく張り巡らされた呪力の意図は〝防護と封印〟だった。

 まるで猛獣の檻……

 通路側から、ガラス張りの拘置所をノックする者がいた。

「起きているか、戦闘機の魔法少女?」

「ダムナトス!」

 怒鳴るやいなや、少女は豪華なキングサイズのベッドから跳ね起きた。

 ガラスに飛びついた彼女の名前は、伊捨星歌いすてほしか。まだ美須賀みすか大付属の制服を着たままだ。

 轟音とともに、地下牢は震えた。棒立ちのダムナトスめがけ、ホシカが容赦ない右ストレートを叩き込んだのだ。しかし耐爆・耐呪力等のあらゆる加工がほどこされたガラス面にさえぎられ、拳はむなしく宙へ跳ね返っている。

 能面じみた無表情のまま、ダムナトスはさとした。

「よせ、無駄だ。ケガをするだけだぞ」

「うるせえ!」

 赤くなって痛む手に息を吹きかけつつ、ホシカは低い声で問うた。

「なにしにきやがった?」

「食器の下げ膳にだ」

偽魔法少女シャードどもを使うでもなく、てめえじきじきにか?」

「彼らには別の仕事をしてもらっている。来客の対応だ」

「来客?」

「間もなく到着、というよりは襲来する予定だよ」

 牢屋の一部にもうけられた狭い出し入れ口から、ダムナトスは盆に乗った食器を回収した。きれいに食器が空になっているのを確認し、ホシカへたずねる。

「口に合ったようだな、食事の味つけは?」

「美味い。いや、じゃなくて……」

「ほかになにか欲しいものはないか?」

「自由だ。自由をよこせ」

 ある異世界の戦いに終止符を打ち、ホシカが晴れて現実へ舞い戻ったときのことだ。

 強力無比な特殊チームを離れて、のんきに単独行動を開始した直後に悲劇は襲った。

 疲れきって家路につくホシカを突如、ダムナトスとそれの率いる謎めいた四名の男女が不意打ちしたではないか。想定外の呪力を繰り出す刺客たちが〝欠片シャード〟と呼ばれる特殊装置の性能を借りた擬似的な魔法少女だったのは、後で知らされることになる。

 激闘だった。ホシカも抵抗するにはしたが、総計五名の連携はきわめて精巧だ。ホシカの手足はひとりでに動いた樹の根に絡まり、奇怪な幻で視界はくらみ、攻撃は不自然に反射され、仕留めたはずの敵はなぜか甦り、刃のごとく硬質化した辞書のページに我が身は切り刻まれる。油断が生んだ後手を、ホシカはなかなか挽回することができない。

 さしもの本物の魔法少女であるホシカも、結果的にはついに昏倒。意識を取り戻したときには、ここ来楽らいら島の根城に監禁されていた。ごていねいに、傷ついた体に治療までほどこされて。

「出せよ、出せ! あたしを、ここから!」

 両手でガラスの格子を殴るホシカへ、ダムナトスは落ち着くよう身振りで懇願した。

「おまえがもっと平和主義なら、なにもわざわざこんな特製の独房に閉じ込めたりはしない。島からは出せんが、優雅な南国リゾートを満喫することぐらいはできたはずだ。現に差し入れの料理の出来に関しては、かなり自信がある。美味かったろう?」

「美味い! 違う! くそ! 〝翼ある貴婦人ヴァイアクヘイ〟!」

 呼び声と同時に、ホシカの片目に現れたのは呪力の五芒星だった。振り上げられたホシカの手刀が、先端からまばゆい輝きを放つ。超高熱の光の刃だ。

第四関門ステージ4!」

 薙ぎ払われた光刃の軌跡にそって、猛スピードで火花が散った。

 なぞられたガラス面には、かすかな擦過傷と白煙が残っている。それだけだ。亀裂ひとつ入る気配はない。片手に限定した部分的な呪力の発揮とはいえ、ホシカの最大出力でもこのざまだ。ひきかえに当然、ホシカの瞳からは五芒星の一角が失われた。

「その部屋は隙間なく防御されている。シャードの持ち主から徴収した呪力でな」

 双眸に底知れぬ意思をたたえ、ダムナトスは言い聞かせた。

「たとえ戦闘機に変形しようが、決して破ることはできんよ」

「くっそ……」

 灼熱する手刀とガラスの監獄を見比べながら、ホシカはいまいましげに吐き捨てた。

「いったいなにが目当てだ? あたしとてめえは、なんの利害関係もないだろ?」

 あごをさすり、ダムナトスは小さく首をかしげた。

「それがな。そうでもないんだよ、未来では」

「未来? 占いでもできるってのか?」

「まあそんなところだ。さまざまな情報をもとに分析し、事前に予測はできる。これから俺の力が〝封印〟することになる相手の今後ぐらいは」

「なんで閉じ込める? 閉じ込めてなんの特がある?」

「おまえは人質だ。ホーリーに対する、な」

「ホーリー?」

 聞き覚えのある固有名詞がはらむ壮絶さに、ホシカは顔をしかめた。

「あの〝ジュズ〟を操って世界を滅ぼそうとしてるあいつか。あいつに対して、あたしがなんの交渉材料になるってんだ。ホーリーはあたしらの敵だぜ。あたしが消えて、むしろあいつは喜ぶ」

「そう思うかね、ほんとうに?」

 不可解な返事を挟んで、ダムナトスは告げた。

「我々にとっても、ホーリーは天敵だ。そう。ふつうに考えて、世界を滅ぼそうとする相手が味方なわけはない。ということは、だ。おまえと俺の共通の敵ではないのかね、ホーリーは。そこをなんとか汲み取って協力してはもらえないかな、伊捨星歌いすてほしか?」

「やなこった」

 鼻息も荒く、ホシカはガラスの壁を蹴った。

「便利な小道具だな、シャードってのは。安物の偽魔法少女と凶暴な死魚鬼マーグルをゴキブリみたいにホイホイ生み落とす」

「安物の、しかもゴキブリとは心外だ。これでも研究に研究を重ね、苦労して作ったんだぞ?」

「まえに自分自身で自慢してたじゃねえか。てめえのやり口はよ~く知ってる。関係のない人間から呪力を巻き上げてなにがしたい? 死魚鬼マーグルであふれ返った地獄の生け簀でも作る気か?」

死魚鬼マーグルの発生は、ただの作業工程の副産物にしかすぎない。本来の目的は、ホーリーに勝つための大量の強い呪力の蓄積だ」

「溜め込んで、どうするよ?」

「構築してみせる。絶対に壊れないシャードを。完璧な呪力使いを。時間切れトラペゾヘドロンのない完全な魔法少女を」

「!」

 目を瞠ったホシカをよそに、ダムナトスは語った。

「俺の計画は、おまえたちと同じ。未来の侵略から現在を守ることだ。ホーリーの魔手から救う。空を、大地を、海を、そしてすべての生命を。だからおまえに、そこまで忌み嫌われる筋合いもないんだがね?」

 斜に構えて、ホシカは舌打ちした。

「ドス黒すぎるぜ、そのやりかた。いつかの命を守るために、どこかの命を犠牲にする……ホーリーとなんにも変わんねえ。そのまま血まみれの独裁者にでもなって、世界をてっぺんから牛耳るつもりか?」

「俺は英雄になどなりたいわけじゃない。戦争の火種を消し、ただ穏やかに暮らしたいだけだ。この島を包む自然のように。おまえさえ俺に力を貸してくれれば、死魚鬼マーグルの発生も。そのガラスの牢獄を維持する呪力が必要なくなるからな。どうだ、悪い話ではなかろう?」

、だって? ふざけんなよ」

 威嚇的に両拳を鳴らし、ホシカは要求した。

「まずは売っ払ったシャードをぜんぶ回収して、あたしの前に耳をそろえて出しな。話はそれからだ。べつにあたしがいなくたって、悪党はナコトやミコが倒す」

 思わせぶりなダムナトスの沈黙に、時間は止まった。

「それでいいのかね?」

「あン?」

「だっておまえは、ホーリーを……」

 重い地響きとともに、天井から破片がこぼれたのはそのときだった。

 虚空を嗅ぎ、ダムナトスは納得げにうなずいている。

「うわさをすれば、だ」

「おい、待てよ。待て!」

 ガラスにへばりつくホシカを残して、ダムナトスの背中は廊下をあとにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...