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第二話「自立」
「自立」(4)
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屋敷の一階……
広いロビーでは、異次元の戦いが勃発していた。
正体不明の青年が打ち込んだ指先を、素早く回避したのはうら若い少女だ。細く引き締まった体に、どこか未来的なぴったりとしたスーツを着用している。
不思議な少女の反撃の手は、残像すらともなって敵の胸に触れた。触れるなり、冷たい声音で引き金の呪文をとなえる。
「〝超時間の影〟……二十倍よ」
どう見ても華奢な少女の掌底は、とんでもない衝撃の波動を広げた。
大理石でできた支柱は、途端、数珠つなぎにへし折れている。一本、二本、三本。ミサイルのように吹き飛ばされた青年の背中が、勢いそのままに激突したのだ。最後にぶち当たった終点の壁は、大きな人型にひび割れる。破片をこぼして、青年は前のめりに床へ倒れ伏した。
なんと凄まじい破壊力だろう。ただの打撃か? それとも超能力か?
深い呼気とともに、少女は発射地点で鋭く残心を取った。
だが。
「その能力……私の命重装とよく似てますね」
「!」
つぶらな少女の瞳は、わずかに広がった。
おお。たったいま砲撃に等しいダメージを浴びたにも関わらず、命重装と名乗った青年は埃をひいて立ち上がったではないか。常人であれば、骨も内臓もぐしゃぐしゃになってとうに他界しているはずだ。
事実、キスラニは〝一回死んで〟いた。彼の胸もとで輝くのは、呪力の五芒星が刻まれた首飾りだ。星のうち二角は、すでに消費されてその頂点を薄めている。
もはや意味をなさない唇の血を、キスラニは親指で拭き取った。謎の少女を眺め、冷静な推理を口にする。
「ホーリー。あなたもまた〝自分の人生〟を〝今に重ねがけ〟し、〝現在〟に〝将来〟を〝前借り〟しています。それでこその驚異的なスピードとパワー。ですがそれでは、いつどこでぱったり己の運命が途絶えてしまうか予測がつかないのでは?」
「そう、わたしに残された時間はもう限り少ない。時は金なり、よ」
ホーリーと呼ばれた少女は、そっけなく問い返した。
「ただの欠片じゃないわね、そのネックレス?」
「たしかにこれは、他とは一線を画す逸品です。ダムナトスさまから授かりました」
「くわしい方法はわからないけど、生命そのものを呪力で何重にもみずからへ貯蔵していると見たわ。あなたは完全に専用のシャードに適合し、秘めたる才能を限界まで引き出している。まがい物とはいえ、りっぱな魔法少女よ」
「少女と例えるには、私はずいぶんと歳も性別も違います。しいて言えば、魔法男子とでも呼んでいただきましょうか」
「ではウィッカのキスラニ」
ホーリーの足もとの石片は、かすかな地鳴りをひいて宙に舞い上がった。おそるべき次弾を放つべく、彼女から透明な呪力の火炎が燃え上がったのだ。発射寸前の弾丸のごとく身をたわませつつ、キスラニへたずねる。
「どこにいるの? 伊捨星歌とダムナトスは?」
「それは我々全員を倒してからだ」
質問に応じて、ホーリーの周囲にはいくつかの新たな人影が現れた。
片手の指輪に魔法少女の五芒星を浮かべた男〝自然牙〟。
耳のイヤリングに五芒星を描いた妙齢の女性〝偏向皮〟。
かけたメガネの蔓に五芒星をちりばめた若者〝千里眼〟。
そして律動的に靴音を響かせ、地下の階段を登って現れたのは五人めの出迎え……ダムナトスだ。それぞれ散開した刺客たちの中心から、ダムナトスは悠然と告げた。
「これはこれは、ホーリー。また派手にロビーを散らかしてくれたな。うちの柱になにか恨みでもあるのかね?」
「先に背後からわたしの生命を〝かすめ盗った〟のはおたくの部下よ。まあ、ひとつはくれてやったわ」
「さすがは数千もの命の壁を有するホーリー。この場を借りて非礼は詫びる。ただし誤解がないように説明しておくと、部下たちに〝外敵は即抹消〟することを命じているのはこの俺だ」
階段の手すりを軽快に指でタップしつつ、ダムナトスは問いかけた。
「きょうはどういったご用件で?」
ぴんと背筋を伸ばして屹立したまま、ホーリーは回答した。
「返事を聞きにきたの」
「返事?」
「いかがかしら、ダムナトス。もとの辞書の姿へ戻って、わたしに協力する気になった?」
「さて、な。そもそも、なんのために?」
「まえにも言ったでしょう。カラミティハニーズの封印と、世界の浄化のためよ」
静寂に、遠くの波音だけが歌った。
こちらも無表情に聞き直したのはダムナトスだ。
「この時間軸の環境を正してどうなる。熱心に暗躍しているようだが、おまえのいた未来にはなんの好影響もなかろう?」
「故郷は関係ない」
あたりの剣呑さをものともせず、ホーリーは言い放った。
「わたしはただ〝可能性〟を見たいだけよ。もしあのとき世界に、侵略者を防ぐ力があれば? もしあのとき、侵略者を挑発する呪力使いさえ世界にいなければ? もしあのとき両親が生き延びていれば?」
ホーリーの鬼気はその指先まで伝わり、強い握りこぶしを作った。
「わたしはその選択肢を探っている。あるいはその成果は、ハンたちのいるわたしの世界に活きるかもしれない」
「ダムナトスさまを手に入れたいのならさ」
はすっぱな調子で割り込んだのは、紅一点のウルツフだった。
「まずは乗り越えないといけないよね、あたしらシャードの洗礼を?」
「ただァし!」
常識を疑う大音声で、シアエガは青筋をたてて続いた。
「この陣営はきさま、対ホーリーを想定して組み上げられたもの! 個人ごとの力はさておき、その連携は盤石だ!」
おびえる小動物のように、メガネのオビトンはつぶやいている。
「こ、ここで全面戦争すれば、こっちも何人か欠けるのが未来視できますけどね。その場合はホーリー、あなたも決して無事ではすまない」
「さらには」
台詞を継いだのは、もっとも怜悧なキスラニだ。
「伊捨星歌さんの牢屋のカギは、遠隔操作でいつでも開けられます。こちらのだれが持っているか探している間に、スイッチは押されます。そしてホーリー、あなたの陰謀と悪名は彼女にもう知られています」
忠告の最後を、ダムナトスは締めくくった。
「必死にあらがう一般人の我々と、超未来の害意であるおまえ。出てきたホシカが、いったいどちらの味方につくかは想像に難くあるまい。結果は俺の〝断罪の書〟も予言している。もちろん決着後には、因縁のある我々も無傷とはいかないが。こちらの呪力使い五名プラス、最強の〝翼ある貴婦人〟をいっせいに相手取って勝てるか? おまえの無敵の生命力は、はたしてどこまで持つだろう?」
「…………」
「理解してくれて助かる。おまえたち、彼女に道をゆずって差し上げろ」
ダムナトスの指示に従い、シャードたちの包囲網はゆるまった。
しかしあらゆる側面でいまもホーリーの隙をうかがっていることは、彼らに満ちる殺意からたやすく読み取れる。この未知と神秘にあふれた勢力を敵に回して、一介の小娘ごときが五体満足で生きて帰れるとはとうてい考えられない。
「来楽島にはもうじき〝蜘蛛の騎士〟と〝魔人魚〟がおとずれる」
毛ほども物怖じせず、ホーリーはそう吐き捨てた。
「あなたたちの鉄壁の布陣がほつれたとき、あらためてダムナトスはいただきに来るわ……〝超時間の影〟百倍」
ささやきを撃鉄にして、ホーリーの姿はその場からかき消えた。
虚空に残されたのは、超高速でえぐられた床と風の破片だけだ。
もはや無人と化したそこを見つめやり、ダムナトスはうなった。
「百倍速で去ったか……おそろしい未来人だ」
広いロビーでは、異次元の戦いが勃発していた。
正体不明の青年が打ち込んだ指先を、素早く回避したのはうら若い少女だ。細く引き締まった体に、どこか未来的なぴったりとしたスーツを着用している。
不思議な少女の反撃の手は、残像すらともなって敵の胸に触れた。触れるなり、冷たい声音で引き金の呪文をとなえる。
「〝超時間の影〟……二十倍よ」
どう見ても華奢な少女の掌底は、とんでもない衝撃の波動を広げた。
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なんと凄まじい破壊力だろう。ただの打撃か? それとも超能力か?
深い呼気とともに、少女は発射地点で鋭く残心を取った。
だが。
「その能力……私の命重装とよく似てますね」
「!」
つぶらな少女の瞳は、わずかに広がった。
おお。たったいま砲撃に等しいダメージを浴びたにも関わらず、命重装と名乗った青年は埃をひいて立ち上がったではないか。常人であれば、骨も内臓もぐしゃぐしゃになってとうに他界しているはずだ。
事実、キスラニは〝一回死んで〟いた。彼の胸もとで輝くのは、呪力の五芒星が刻まれた首飾りだ。星のうち二角は、すでに消費されてその頂点を薄めている。
もはや意味をなさない唇の血を、キスラニは親指で拭き取った。謎の少女を眺め、冷静な推理を口にする。
「ホーリー。あなたもまた〝自分の人生〟を〝今に重ねがけ〟し、〝現在〟に〝将来〟を〝前借り〟しています。それでこその驚異的なスピードとパワー。ですがそれでは、いつどこでぱったり己の運命が途絶えてしまうか予測がつかないのでは?」
「そう、わたしに残された時間はもう限り少ない。時は金なり、よ」
ホーリーと呼ばれた少女は、そっけなく問い返した。
「ただの欠片じゃないわね、そのネックレス?」
「たしかにこれは、他とは一線を画す逸品です。ダムナトスさまから授かりました」
「くわしい方法はわからないけど、生命そのものを呪力で何重にもみずからへ貯蔵していると見たわ。あなたは完全に専用のシャードに適合し、秘めたる才能を限界まで引き出している。まがい物とはいえ、りっぱな魔法少女よ」
「少女と例えるには、私はずいぶんと歳も性別も違います。しいて言えば、魔法男子とでも呼んでいただきましょうか」
「ではウィッカのキスラニ」
ホーリーの足もとの石片は、かすかな地鳴りをひいて宙に舞い上がった。おそるべき次弾を放つべく、彼女から透明な呪力の火炎が燃え上がったのだ。発射寸前の弾丸のごとく身をたわませつつ、キスラニへたずねる。
「どこにいるの? 伊捨星歌とダムナトスは?」
「それは我々全員を倒してからだ」
質問に応じて、ホーリーの周囲にはいくつかの新たな人影が現れた。
片手の指輪に魔法少女の五芒星を浮かべた男〝自然牙〟。
耳のイヤリングに五芒星を描いた妙齢の女性〝偏向皮〟。
かけたメガネの蔓に五芒星をちりばめた若者〝千里眼〟。
そして律動的に靴音を響かせ、地下の階段を登って現れたのは五人めの出迎え……ダムナトスだ。それぞれ散開した刺客たちの中心から、ダムナトスは悠然と告げた。
「これはこれは、ホーリー。また派手にロビーを散らかしてくれたな。うちの柱になにか恨みでもあるのかね?」
「先に背後からわたしの生命を〝かすめ盗った〟のはおたくの部下よ。まあ、ひとつはくれてやったわ」
「さすがは数千もの命の壁を有するホーリー。この場を借りて非礼は詫びる。ただし誤解がないように説明しておくと、部下たちに〝外敵は即抹消〟することを命じているのはこの俺だ」
階段の手すりを軽快に指でタップしつつ、ダムナトスは問いかけた。
「きょうはどういったご用件で?」
ぴんと背筋を伸ばして屹立したまま、ホーリーは回答した。
「返事を聞きにきたの」
「返事?」
「いかがかしら、ダムナトス。もとの辞書の姿へ戻って、わたしに協力する気になった?」
「さて、な。そもそも、なんのために?」
「まえにも言ったでしょう。カラミティハニーズの封印と、世界の浄化のためよ」
静寂に、遠くの波音だけが歌った。
こちらも無表情に聞き直したのはダムナトスだ。
「この時間軸の環境を正してどうなる。熱心に暗躍しているようだが、おまえのいた未来にはなんの好影響もなかろう?」
「故郷は関係ない」
あたりの剣呑さをものともせず、ホーリーは言い放った。
「わたしはただ〝可能性〟を見たいだけよ。もしあのとき世界に、侵略者を防ぐ力があれば? もしあのとき、侵略者を挑発する呪力使いさえ世界にいなければ? もしあのとき両親が生き延びていれば?」
ホーリーの鬼気はその指先まで伝わり、強い握りこぶしを作った。
「わたしはその選択肢を探っている。あるいはその成果は、ハンたちのいるわたしの世界に活きるかもしれない」
「ダムナトスさまを手に入れたいのならさ」
はすっぱな調子で割り込んだのは、紅一点のウルツフだった。
「まずは乗り越えないといけないよね、あたしらシャードの洗礼を?」
「ただァし!」
常識を疑う大音声で、シアエガは青筋をたてて続いた。
「この陣営はきさま、対ホーリーを想定して組み上げられたもの! 個人ごとの力はさておき、その連携は盤石だ!」
おびえる小動物のように、メガネのオビトンはつぶやいている。
「こ、ここで全面戦争すれば、こっちも何人か欠けるのが未来視できますけどね。その場合はホーリー、あなたも決して無事ではすまない」
「さらには」
台詞を継いだのは、もっとも怜悧なキスラニだ。
「伊捨星歌さんの牢屋のカギは、遠隔操作でいつでも開けられます。こちらのだれが持っているか探している間に、スイッチは押されます。そしてホーリー、あなたの陰謀と悪名は彼女にもう知られています」
忠告の最後を、ダムナトスは締めくくった。
「必死にあらがう一般人の我々と、超未来の害意であるおまえ。出てきたホシカが、いったいどちらの味方につくかは想像に難くあるまい。結果は俺の〝断罪の書〟も予言している。もちろん決着後には、因縁のある我々も無傷とはいかないが。こちらの呪力使い五名プラス、最強の〝翼ある貴婦人〟をいっせいに相手取って勝てるか? おまえの無敵の生命力は、はたしてどこまで持つだろう?」
「…………」
「理解してくれて助かる。おまえたち、彼女に道をゆずって差し上げろ」
ダムナトスの指示に従い、シャードたちの包囲網はゆるまった。
しかしあらゆる側面でいまもホーリーの隙をうかがっていることは、彼らに満ちる殺意からたやすく読み取れる。この未知と神秘にあふれた勢力を敵に回して、一介の小娘ごときが五体満足で生きて帰れるとはとうてい考えられない。
「来楽島にはもうじき〝蜘蛛の騎士〟と〝魔人魚〟がおとずれる」
毛ほども物怖じせず、ホーリーはそう吐き捨てた。
「あなたたちの鉄壁の布陣がほつれたとき、あらためてダムナトスはいただきに来るわ……〝超時間の影〟百倍」
ささやきを撃鉄にして、ホーリーの姿はその場からかき消えた。
虚空に残されたのは、超高速でえぐられた床と風の破片だけだ。
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