スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第二話「雪明」

「雪明」(8)

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 圧倒的な集中砲火は、獲物のレストランを無残に彫刻していった。

「楽ちい! ホントに!」

 大笑いするスコーピオンの口から、よだれが飛び散った。でたらめに回転しながら、44口径の回転式拳銃リボルバーマグナムを撃つ。社交ダンスの姿勢で仰け反りつつ、もう一発。もとに戻って狂喜とともに撃つ、撃つ、撃つ。

 一方、スコーピオンの周囲で閃光を放つ火器たちは、そんな短小ではない。人喰鮫を思わせる未来のデザインの重機関銃は、電柱を引っこ抜いてきたかのような巨大さだ。

 撃つ、撃つ、撃ちまくる。

「ぎゃはははは!」

 銃火を反射して、球状の巨体は小刻みに明滅していた。

 射撃強化型ジュズ〝スペルヴィア〟の数は、合計で四体にものぼる。地球外の重火器がなだれを打って噴き出す排薬莢は、すでにジュズたちの足もとで山盛りだ。

 足を大きく左右へ広げると、スコーピオンはだしぬけに片腕を天へ掲げた。決めポーズのまま頭上に絶叫する。

「ミュージック・チェンジ!」

 スコーピオンの指示を受け、銃声は鮮やかに止まった。長くこだまする余韻の中、降参とばかりに道路へ跳ねたのはサービスエリアの看板だ。

 よく示し合わせた動きで、ジュズたちの手は背後へ回った。これまた旋回した電話ボックスより大きな別の物体を、風鳴りとともに肩へかつぐ。

 ミサイル砲だ。

 空はよく晴れていた。

 うまそうに葉巻の紫煙を吐き、合図したのはスコーピオンだ。

「愛しちゃいなさい♪」

 スコーピオンの背後で、鋭い射出音は連続した。破壊の煙で真っ白になったレストランの廃墟へ、燃えるミサイルの輝き四発が蛇のように吸い込まれる。

 レストランの中から響いたのは、なにかを弾き返す音だった。

 次の瞬間には、ミサイルの数々はスコーピオンめがけて反転している。きっちり四発ぶんの後炎が、もと来た弾道を逆戻りしてこちらへ返ってきたのだ。

 唖然とスコーピオンはつぶやいた。

「カサ貸して」

 爆光……

 激しい煙を突き破り、奇妙な包帯人間はどこかへ飛んでいった。ボロ雑巾のようにアスファルトを二転三転。大の字になって止まり、ようやく静かになる。さすがに死んだろうか。

「……!」

 スコーピオンの悲劇を見守っていたジュズたちの視線は、急に戻された。

 靴音が聞こえてきたのだ。

 濃い霧の向こうから、何者かが歩いてくる。ガラスの破片を踏みしめ、悠然と。まさかこいつが、なんらかの方法で単独で、いまの砲撃を受け流したというのか。

 渇いた金属音が鳴って初めて、ジェイスは立ち止まった。

 見よ。まっすぐ前を向くジェイスの頭を、左右からジュズの銃口が狙って止めている。

 間の抜けた拍手が響いた。手を叩くのは、仰向けに倒れたスコーピオンだ。

「一杯どうだい〝ファイア〟?」

 ジュズたちに肩を借りて起き上がった包帯の姿は、すでに埃まみれだった。銃で脅されて直立不動のジェイスを目の当たりにし、もともと丸い瞳がなお剥き出しになる。

 唇をにやつかせて、スコーピオンはささやいた。

「おいおい、思ったとおり、なつかしい顔じゃねえか。暗殺者のスティーブ・ジェイスと言やあ、裏業界じゃもはや伝説だぜ。昔にくたばったって聞いてたが、やっぱりタクシーを運転してたのは俺の見間違いじゃなかったな」

 紳士の動きで、スコーピオンは襟に香水を振った。突然それを顔に吹きかけられたジュズは、迷惑げに首をそむけている。

 スーツの汚れを払いつつ、スコーピオンは続けた。

「なんでも組織ファイア捜査官エージェントになんか落ち着く前、デカい悪党の勢力いくつかを、たったひとりで〝暗殺〟しちゃったんだって? 金か? 女絡みかい? いずれにせよこっち側の人間さ、おまえは」

 手首のスナップだけで、スコーピオンは44マグナムの輪胴を引き出した。

 足もとに鈴音を散らしたのは、空薬莢のきらめきだ。新たな弾丸を一発ずつ弾倉へ込めながら、スコーピオンは凍結したジェイスにふらふらと近づいて告げた。

「じゃあ似た者同士、積もる話といこうや。まず、俺が暗殺者をやめた理由だが……おっとそれより」

 持ち上げた銃口で、スコーピオンはジェイスの顎をゆっくり押した。撃鉄のあがる響きがこだまする。

「それより最近、バナンの廃墟から入荷した〝ダリオン〟の話がお好みかい?」

 その単語が引き金だったらしい。

 根元から千切れ飛んだ44マグナムの銃身を、スコーピオンはぽかんと眺めた。左右のジュズたちのぶんも合わせて計三つ、瞬間的な超高熱を浴びて焼き切られている。

 鋭い音がした。炎の円を描いて一回転したジェイスの両手が、左右のジュズの胸部装甲を神速で貫いたのだ。手刀が通り抜けた背中から、ジュズの鮮血は赤く灼けた雨と化して道路を叩いた。必殺の貫手が引き抜かれるや、ジュズどもは道路に倒れて派手な炎上を遂げている。

 残るジュズたちの重機関銃がひるがえった先、ジェイスは煙を引いて旋回した。重心を低く落とすや、右腕を思いきり後ろへ引き絞って構える。

 ジェイスの右肘は、複雑な金属音を奏でた。ワイシャツの袖を裂いていきなり現れたロケットブースターが、荷電粒子の凄まじい業火を吐いたではないか。

 エージェント・ジェイスもまた、闇の特務機関の強化人間なのだ。異星人アーモンドアイに対抗するため、最先端の推進加速機構ロケットブーストシステムを人型に凝縮したのが彼の特殊能力に他ならない。

 プラズマ燃料を全身に充填するその様相は、まさしく発射寸前のミサイルだった。驚きに口を開けたままのスコーピオンの表情も、火の粉の混じった陽炎に歪んでいる。

 火炎に包まれたまま、ジェイスは答えた。

「聞こう」

 双方向から、ジュズ二体の重機関銃は吼えた。

 だが、特大の火線にえぐられた場所にジェイスの姿はない。代わりに残るのは、美しい紅蓮の足跡だけだ。

 吹き飛ばされたジュズの背中は、もよりの壁に衝撃で深い亀裂をうがった。真っ赤な光芒を放つのは、その顔面を鷲掴みにして運んだジェイスの掌だ。砕かれた頭部を始点に煉獄の荷電粒子を流し込まれ、ジュズの巨体はたちまち火だるまと化して溶ける。

 慌ててミサイル砲をもたげると、最後のジュズは銃爪を引いた。

 そのときには、ジェイスという火の玉はジュズの眼前に現れている。正面に掲げた両の掌、さらには両足の膝を割って牙を剥いた追加のブースターを、炎のタクシードライバーは瞬時に逆噴射したのだ。しかしジェイスの猛加速の急接近より、ミサイルの発射は紙一重だけ素早い。

「!?」

 ジュズは声なき悲鳴を漏らした。

 ジェイスの手に挟まれて悔しげに悶えるのは、たったいま砲門を飛び出したばかりのミサイルだ。全身の推進装置から赤熱を羽広げ、そのまま回転。むりやりジェイスに進路を捻じ曲げられた爆弾の弾頭は、ジュズの額に触れた。

 大爆発……

 体のそこかしこから白煙をこぼし、ジェイスは道路をこすって着地した。
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