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第二話「雪明」
「雪明」(10)
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人工動力で波打つ海の上には、欠けたパズルのような空の〝虫食い穴〟が望めた。
マーベット中部の湾岸道路……
トンネルの入口は、渋滞する車列で大変な混雑を起こしていた。まるでビタミン不足の中年の血管である。
レーシングバイクの轟音は風を切った。
膝をこすってバイクを傾け、車と車の隙間を縫って走るのはジェイスだ。蟻の子一匹通さぬ大渋滞を前にしても、速度を落とす気配はない。おまけにその四肢から展開したブースターの噴射口には、すでに炎の渦が集束している。
大気の爆発を残して、ジェイスの姿はかき消えた。順番待ちで動けない車の群れを頭上に放置し、なんと天地逆にトンネルの天井を駆け抜ける。
一方、進行方向にある出口の検問所では、制服の警官がひとり、アイマスク代わりの帽子を目から上げたところだった。とあるタクシー運転手とはまた別に、トンネルの中から異常な衝突音が聞こえてきたのだ。パトカーの座席に腰掛けたまま、気だるげにスピードガンを構える。
あたりの一般車両を乱暴に薙ぎ払いながら、トンネルを突破したのはスコーピオンの車だった。パトカーの中に、小鳥のさえずりそっくりの音が鳴る。計測完了だ。
手にした無線機を、警官は口もとへ寄せた。
「こちら四十二号車。スピード違反と暴走運転のワゴンが一台……」
トンネルの天井から、上下逆さまになにかが飛び出したのはそのときだった。
ジェイスだ。
無線機に語る警官の帽子を、燃える突風が吹き飛ばした。静寂に、炎の残滓だけが舞う。
警官のスピードガンは、ふたたび何か囁いた。
時速千キロオーバー?
「こ、こちら四十二号車。街に、街にミサイルが撃ち込まれ……」
あっという間にスコーピオンの車を追い抜き、ジェイスのバイクは道路の防音壁を疾走した。鉄柵をぶち破って、歩道橋の階段を強引に駆け昇る。なぜこんなことを?
無関係な一般市民を巻き込まず、スコーピオンだけを倒してエマを救出する。それにはこの方法しかない。
スリップ痕の円を残すや、ジェイスのバイクは橋の中腹で急停止した。ぶすぶすと煙を吐くのは、限界まですり減って灼熱するタイヤだ。右に左に、下界を車の通り過ぎる音がこだまする。
ジェイスの瞳は、冷たく輝いた。
高速道路に、スコーピオンのワゴンが見えたのだ。一気にアクセルをひねられたバイクの後輪が、火花の雨をまき散らす。
加速……
安全柵の破片をまとって、次の瞬間、ジェイスのバイクは鉄橋から跳躍した。束の間だけ視界を掠めたのは、シェルター都市のオフィス街と青い空だ。ハンドルを手放したジェイスの右脚が、かかとのブースターから熱波をひいて一閃する。
ジェイスの強烈な回し蹴りを浴びたバイクは、弾丸と化して道路へ飛来した。
蛇行するスコーピオンの車の真正面にだ。
「ぎゃはははは、は……は?」
ハンドルを無茶振りしながら漏らしていた馬鹿笑いを、スコーピオンはみずから止めた。
ジェイスが絶妙に計算した角度と速度でバイクに乗り上げ、ワゴンが宙を舞ったではないか。フロントを下にし、てこの原理で裏返って道路の外へ弾き飛ばされる。
恐怖の無重力に襲われた車内で、エマの悲鳴と一緒にスコーピオンは叫んだ。
「嘘ん!? ありえねえ! 物理法則に反してりゅ~~~ッッ!?」
防護壁を新聞紙のように切り裂き、ワゴンは下の海へ落ちた。
鋭い切断音とともにもぎ取られたのは、超高温に焼けたワゴンの扉だ。高速で流転する景色の向こうに、忍者のごとく一回転してジェイスは現れた。手足を縛られ、必死に身をよじるエマの首根っこを掴む。
そのまま脱出しようとした二人を、地を這うような笑声が阻んだ。
「来ると思ったぜ! エージェント・ジェイス!」
銃声と同時に、ジェイスの脇腹は血をしぶかせた。
猿ぐつわ越しに苦悶するエマの眼前で、スコーピオンの44マグナムが吼えたのだ。撃つ、撃つ、撃つ。かわしたジェイスの肩を貫き、その頬に赤い裂傷を刻んだ銃弾は、背後のガラスを砕いて虚空へ消えた。
「教えてやろうか! 俺が! おまえみたいなスーパーマンを辞めたわけを!」
目を血走らせて怒号しつつ、スコーピオンはジェイスの頭に銃口を当てた。
「!」
渇いた音が響いた。残念、弾切れだ。
一直線に海へ急降下する車内で、スコーピオンはまだぽかんとしている。
エマを横抱きにしたジェイスの腕が、そして脚が炎の翼を広げた。ワゴンから飛び立つ刹那、短く質問する。
「レジ係か?」
道路に着地したジェイスの背後で、大きな水柱が噴き上がった。
マーベット中部の湾岸道路……
トンネルの入口は、渋滞する車列で大変な混雑を起こしていた。まるでビタミン不足の中年の血管である。
レーシングバイクの轟音は風を切った。
膝をこすってバイクを傾け、車と車の隙間を縫って走るのはジェイスだ。蟻の子一匹通さぬ大渋滞を前にしても、速度を落とす気配はない。おまけにその四肢から展開したブースターの噴射口には、すでに炎の渦が集束している。
大気の爆発を残して、ジェイスの姿はかき消えた。順番待ちで動けない車の群れを頭上に放置し、なんと天地逆にトンネルの天井を駆け抜ける。
一方、進行方向にある出口の検問所では、制服の警官がひとり、アイマスク代わりの帽子を目から上げたところだった。とあるタクシー運転手とはまた別に、トンネルの中から異常な衝突音が聞こえてきたのだ。パトカーの座席に腰掛けたまま、気だるげにスピードガンを構える。
あたりの一般車両を乱暴に薙ぎ払いながら、トンネルを突破したのはスコーピオンの車だった。パトカーの中に、小鳥のさえずりそっくりの音が鳴る。計測完了だ。
手にした無線機を、警官は口もとへ寄せた。
「こちら四十二号車。スピード違反と暴走運転のワゴンが一台……」
トンネルの天井から、上下逆さまになにかが飛び出したのはそのときだった。
ジェイスだ。
無線機に語る警官の帽子を、燃える突風が吹き飛ばした。静寂に、炎の残滓だけが舞う。
警官のスピードガンは、ふたたび何か囁いた。
時速千キロオーバー?
「こ、こちら四十二号車。街に、街にミサイルが撃ち込まれ……」
あっという間にスコーピオンの車を追い抜き、ジェイスのバイクは道路の防音壁を疾走した。鉄柵をぶち破って、歩道橋の階段を強引に駆け昇る。なぜこんなことを?
無関係な一般市民を巻き込まず、スコーピオンだけを倒してエマを救出する。それにはこの方法しかない。
スリップ痕の円を残すや、ジェイスのバイクは橋の中腹で急停止した。ぶすぶすと煙を吐くのは、限界まですり減って灼熱するタイヤだ。右に左に、下界を車の通り過ぎる音がこだまする。
ジェイスの瞳は、冷たく輝いた。
高速道路に、スコーピオンのワゴンが見えたのだ。一気にアクセルをひねられたバイクの後輪が、火花の雨をまき散らす。
加速……
安全柵の破片をまとって、次の瞬間、ジェイスのバイクは鉄橋から跳躍した。束の間だけ視界を掠めたのは、シェルター都市のオフィス街と青い空だ。ハンドルを手放したジェイスの右脚が、かかとのブースターから熱波をひいて一閃する。
ジェイスの強烈な回し蹴りを浴びたバイクは、弾丸と化して道路へ飛来した。
蛇行するスコーピオンの車の真正面にだ。
「ぎゃはははは、は……は?」
ハンドルを無茶振りしながら漏らしていた馬鹿笑いを、スコーピオンはみずから止めた。
ジェイスが絶妙に計算した角度と速度でバイクに乗り上げ、ワゴンが宙を舞ったではないか。フロントを下にし、てこの原理で裏返って道路の外へ弾き飛ばされる。
恐怖の無重力に襲われた車内で、エマの悲鳴と一緒にスコーピオンは叫んだ。
「嘘ん!? ありえねえ! 物理法則に反してりゅ~~~ッッ!?」
防護壁を新聞紙のように切り裂き、ワゴンは下の海へ落ちた。
鋭い切断音とともにもぎ取られたのは、超高温に焼けたワゴンの扉だ。高速で流転する景色の向こうに、忍者のごとく一回転してジェイスは現れた。手足を縛られ、必死に身をよじるエマの首根っこを掴む。
そのまま脱出しようとした二人を、地を這うような笑声が阻んだ。
「来ると思ったぜ! エージェント・ジェイス!」
銃声と同時に、ジェイスの脇腹は血をしぶかせた。
猿ぐつわ越しに苦悶するエマの眼前で、スコーピオンの44マグナムが吼えたのだ。撃つ、撃つ、撃つ。かわしたジェイスの肩を貫き、その頬に赤い裂傷を刻んだ銃弾は、背後のガラスを砕いて虚空へ消えた。
「教えてやろうか! 俺が! おまえみたいなスーパーマンを辞めたわけを!」
目を血走らせて怒号しつつ、スコーピオンはジェイスの頭に銃口を当てた。
「!」
渇いた音が響いた。残念、弾切れだ。
一直線に海へ急降下する車内で、スコーピオンはまだぽかんとしている。
エマを横抱きにしたジェイスの腕が、そして脚が炎の翼を広げた。ワゴンから飛び立つ刹那、短く質問する。
「レジ係か?」
道路に着地したジェイスの背後で、大きな水柱が噴き上がった。
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