スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第三話「雪花」

「雪花」(6)

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 銃声、銃声、銃声の大合唱……

 とがって捩れたドリルの形をしたダリオンの頭は、音をたてて欠けた。だが弾丸の嵐をまともに食らっても、疾走するその勢いは止まらない。一気に押し倒した隊員の身に、ダリオンの体液がもろに飛散する。

「げぎッ!?」

 血を浴びた隊員は、地面をのたうち回った。

 見よ。隊員の顔に、手足に、凄まじい熱量の炎が這い広がっていくではないか。摂氏六千度にも達するダリオンの強燃性の血潮は、触れた対象を炭になるまで焼き尽くす。犠牲となった隊員の苦悶が静まったあと、雪に残ったのは煙をあげる骸骨だけだ。

 四つん這いになって雪上車のドアに手をかけ、他の隊員は背後に妙な声を聞いた。瞳の端にくねったギザギザの尻尾は、人間の背骨を何倍にも巨大化して凶悪化したように見える。

 三メートル近い長さを誇る尻尾の先端に、腹部を貫かれた仲間がささやいたのだ。体ごと宙に持ち上げられたまま、吐血といっしょに「助けて」と。

 仲間の返り血で頬を飾った隊員の後頭部、雪上車のドアは静かに開いた。救いの手だ。

「……!」

 歓喜の表情で上を振り仰いだ隊員の額を、運転席からぼたぼた叩いた汁は生ぬるい。

 おびただしい涎の糸を絡め、ダリオンの花弁状の頭部は痙攣しながら開いた。幾万本もの棘が密集した大きな口腔だ。針地獄そのものの顎は隊員の顔を素早く咥えて封じ、それっきり視界を激痛と暗闇で閉ざしてしまう。

 長い断末魔は尾を引いた。

「ぐずぐずするな!」

 怒鳴ったのはドルフだ。火線と絶叫が乱れ飛ぶ中、モニカとヘリオを強引に別の雪上車の席へ転がす。叩きつけるように、ドルフはドアを閉めた。窓から覗いた専用のスマートガンで、慎重に遠方へ狙いを定める。

 銃声は一発だ。怪物に捕らわれてもがく隊員の胸に、拳大の弾痕が穿たれる。その足を掴んでどこかへ運ぼうとしていたダリオンは、こちらを向いて金切り声をあげた。呪っているらしい。獲物の安らかな死を。目的の失敗を。

 すかさずドルフは、雪上車のハンドルに飛びついた。

「つかまってろ!」

「わッ!?」

 キャタピラを急旋回させた車内を、悲鳴とともにヘリオは二転三転した。必死にシートにしがみつきつつ、バックミラーを確認する。あっという間にダリオンどもの姿は遠ざかり、窓外を猛スピードで流れるのは白銀の雪景色だけだ。

 アクセル全開の轟音の中、ヘリオはおずおずと口を開いた。

「あの、ロドリゲスさん?」

「なんだ?」

「どちらへ?」

「いい質問だ」

 いつしか銃声の乱舞も途絶えていた。それは同時に、逃げ遅れた仲間たちが、故郷の歌を、愛しい家族の声を、永遠に聞けなくなったことを意味する。

 悔しさか、あるいは恐怖か、砕けるほど奥歯を噛み締め、ドルフはうなった。

「この道順からすれば、輸送機アイホートと本部への距離はほぼ等しい。まともな頭なら、選ぶのは簡単だな?」

「ダリオンが輸送機を見逃してくれていれば、でしょう?」

「お嬢ちゃんにしては肝が座ってるじゃないか。そのとおりだ。さっき計算したやつらの頭数ぐらいなら、本部の軍隊を総動員すればなんとかなるかもしれん。あれでやつらが全部だったらの話だが」

「本部は武器の山です。ここで可能性を見捨ててては、一生後悔することになります。もちろんまた逃げて、場末の酒場で悪夢に苛まれるのも一興……くくく」

 台詞の後半は、ヘリオの口の中でつぶやかれるに留まった。窓に反射するヘリオの唇が三日月形に吊り上がるのにも、ドルフは運転に真剣で気づかない。

 面持ちをもとに戻し、ヘリオは提案した。

「帰還しましょう、本部へ」

「ああ。うまくやつらを一網打尽にできれば、数日後には救難信号を受けた別の便が迎えにくる。言っておくが失敗した場合、泣いて命乞いしても無駄だぞ?」

「そのときは、身に宿った寄生体に優しい揺籃歌ララバイでも唄うことにします」

 かすかだが、ドルフとヘリオは初めて勇敢に笑いあった。

 そんな二人の耳に、陰々滅々と流れたのは化学の念仏だ。やけに静かだと思ったら、二人に挟まれたモニカは顔を押さえて項垂れている。暗澹たる視線の先で震えるのは、乾眠状態のサンプルが収まったカプセルだ。

「ありえない。考えられない。わからない」

 心配げに、ヘリオはモニカの背をさすった。

「スチュワートさん……」

「成体のダリオンまでもがこの長期間、どうやって独力で生き長らえたの? あの組織ファイアでさえ、やつらの全滅を断言してたじゃない。まさか天敵である政府の目を欺くために、やつらは自己を変異させた?」

 あまりにひどいモニカの陶酔ぶりに、顔をしかめて意見したのはドルフだ。

「おい、博士?」

「そしてやつらは、獲得した冬眠能力でひたすら生贄の到着を待った。やつらの目覚めるトリガーは、乾眠クリプトピオシス状態の子どもが奪われること。やつらの仕掛けた罠に、調査隊はまんまとハマったのよ。あるいはこの事態は、現実でも幻夢境げんむきょうでもない〝次元のはざま〟から原種を発見したときから計画されていた。だとすれば、やっぱりやつらは……」

 奇妙な振動が、雪上車を襲ったのはそのときだった。天井に雪でも落ちたか?

 それぞれ左右のサイドミラーに吸い込まれたのは、ドルフとヘリオの視線だ。

 たれた前髪を縫って血眼を輝かせ、モニカは言い放った。

「やつらは、完全生物」

 雪上車に飛び乗ったダリオンは、ゆっくり身を起こしていた。
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