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第三話「雪花」
「雪花」(6)
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銃声、銃声、銃声の大合唱……
とがって捩れたドリルの形をしたダリオンの頭は、音をたてて欠けた。だが弾丸の嵐をまともに食らっても、疾走するその勢いは止まらない。一気に押し倒した隊員の身に、ダリオンの体液がもろに飛散する。
「げぎッ!?」
血を浴びた隊員は、地面をのたうち回った。
見よ。隊員の顔に、手足に、凄まじい熱量の炎が這い広がっていくではないか。摂氏六千度にも達するダリオンの強燃性の血潮は、触れた対象を炭になるまで焼き尽くす。犠牲となった隊員の苦悶が静まったあと、雪に残ったのは煙をあげる骸骨だけだ。
四つん這いになって雪上車のドアに手をかけ、他の隊員は背後に妙な声を聞いた。瞳の端にくねったギザギザの尻尾は、人間の背骨を何倍にも巨大化して凶悪化したように見える。
三メートル近い長さを誇る尻尾の先端に、腹部を貫かれた仲間がささやいたのだ。体ごと宙に持ち上げられたまま、吐血といっしょに「助けて」と。
仲間の返り血で頬を飾った隊員の後頭部、雪上車のドアは静かに開いた。救いの手だ。
「……!」
歓喜の表情で上を振り仰いだ隊員の額を、運転席からぼたぼた叩いた汁は生ぬるい。
おびただしい涎の糸を絡め、ダリオンの花弁状の頭部は痙攣しながら開いた。幾万本もの棘が密集した大きな口腔だ。針地獄そのものの顎は隊員の顔を素早く咥えて封じ、それっきり視界を激痛と暗闇で閉ざしてしまう。
長い断末魔は尾を引いた。
「ぐずぐずするな!」
怒鳴ったのはドルフだ。火線と絶叫が乱れ飛ぶ中、モニカとヘリオを強引に別の雪上車の席へ転がす。叩きつけるように、ドルフはドアを閉めた。窓から覗いた専用のスマートガンで、慎重に遠方へ狙いを定める。
銃声は一発だ。怪物に捕らわれてもがく隊員の胸に、拳大の弾痕が穿たれる。その足を掴んでどこかへ運ぼうとしていたダリオンは、こちらを向いて金切り声をあげた。呪っているらしい。獲物の安らかな死を。目的の失敗を。
すかさずドルフは、雪上車のハンドルに飛びついた。
「つかまってろ!」
「わッ!?」
キャタピラを急旋回させた車内を、悲鳴とともにヘリオは二転三転した。必死にシートにしがみつきつつ、バックミラーを確認する。あっという間にダリオンどもの姿は遠ざかり、窓外を猛スピードで流れるのは白銀の雪景色だけだ。
アクセル全開の轟音の中、ヘリオはおずおずと口を開いた。
「あの、ロドリゲスさん?」
「なんだ?」
「どちらへ?」
「いい質問だ」
いつしか銃声の乱舞も途絶えていた。それは同時に、逃げ遅れた仲間たちが、故郷の歌を、愛しい家族の声を、永遠に聞けなくなったことを意味する。
悔しさか、あるいは恐怖か、砕けるほど奥歯を噛み締め、ドルフはうなった。
「この道順からすれば、輸送機と本部への距離はほぼ等しい。まともな頭なら、選ぶのは簡単だな?」
「ダリオンが輸送機を見逃してくれていれば、でしょう?」
「お嬢ちゃんにしては肝が座ってるじゃないか。そのとおりだ。さっき計算したやつらの頭数ぐらいなら、本部の軍隊を総動員すればなんとかなるかもしれん。あれでやつらが全部だったらの話だが」
「本部は武器の山です。ここで可能性を見捨ててては、一生後悔することになります。もちろんまた逃げて、場末の酒場で悪夢に苛まれるのも一興……くくく」
台詞の後半は、ヘリオの口の中でつぶやかれるに留まった。窓に反射するヘリオの唇が三日月形に吊り上がるのにも、ドルフは運転に真剣で気づかない。
面持ちをもとに戻し、ヘリオは提案した。
「帰還しましょう、本部へ」
「ああ。うまくやつらを一網打尽にできれば、数日後には救難信号を受けた別の便が迎えにくる。言っておくが失敗した場合、泣いて命乞いしても無駄だぞ?」
「そのときは、身に宿った寄生体に優しい揺籃歌でも唄うことにします」
かすかだが、ドルフとヘリオは初めて勇敢に笑いあった。
そんな二人の耳に、陰々滅々と流れたのは化学の念仏だ。やけに静かだと思ったら、二人に挟まれたモニカは顔を押さえて項垂れている。暗澹たる視線の先で震えるのは、乾眠状態のサンプルが収まったカプセルだ。
「ありえない。考えられない。わからない」
心配げに、ヘリオはモニカの背をさすった。
「スチュワートさん……」
「成体のダリオンまでもがこの長期間、どうやって独力で生き長らえたの? あの組織でさえ、やつらの全滅を断言してたじゃない。まさか天敵である政府の目を欺くために、やつらは自己を変異させた?」
あまりにひどいモニカの陶酔ぶりに、顔をしかめて意見したのはドルフだ。
「おい、博士?」
「そしてやつらは、獲得した冬眠能力でひたすら生贄の到着を待った。やつらの目覚めるトリガーは、乾眠状態の子どもが奪われること。やつらの仕掛けた罠に、調査隊はまんまとハマったのよ。あるいはこの事態は、現実でも幻夢境でもない〝次元のはざま〟から原種を発見したときから計画されていた。だとすれば、やっぱりやつらは……」
奇妙な振動が、雪上車を襲ったのはそのときだった。天井に雪でも落ちたか?
それぞれ左右のサイドミラーに吸い込まれたのは、ドルフとヘリオの視線だ。
たれた前髪を縫って血眼を輝かせ、モニカは言い放った。
「やつらは、完全生物」
雪上車に飛び乗ったダリオンは、ゆっくり身を起こしていた。
とがって捩れたドリルの形をしたダリオンの頭は、音をたてて欠けた。だが弾丸の嵐をまともに食らっても、疾走するその勢いは止まらない。一気に押し倒した隊員の身に、ダリオンの体液がもろに飛散する。
「げぎッ!?」
血を浴びた隊員は、地面をのたうち回った。
見よ。隊員の顔に、手足に、凄まじい熱量の炎が這い広がっていくではないか。摂氏六千度にも達するダリオンの強燃性の血潮は、触れた対象を炭になるまで焼き尽くす。犠牲となった隊員の苦悶が静まったあと、雪に残ったのは煙をあげる骸骨だけだ。
四つん這いになって雪上車のドアに手をかけ、他の隊員は背後に妙な声を聞いた。瞳の端にくねったギザギザの尻尾は、人間の背骨を何倍にも巨大化して凶悪化したように見える。
三メートル近い長さを誇る尻尾の先端に、腹部を貫かれた仲間がささやいたのだ。体ごと宙に持ち上げられたまま、吐血といっしょに「助けて」と。
仲間の返り血で頬を飾った隊員の後頭部、雪上車のドアは静かに開いた。救いの手だ。
「……!」
歓喜の表情で上を振り仰いだ隊員の額を、運転席からぼたぼた叩いた汁は生ぬるい。
おびただしい涎の糸を絡め、ダリオンの花弁状の頭部は痙攣しながら開いた。幾万本もの棘が密集した大きな口腔だ。針地獄そのものの顎は隊員の顔を素早く咥えて封じ、それっきり視界を激痛と暗闇で閉ざしてしまう。
長い断末魔は尾を引いた。
「ぐずぐずするな!」
怒鳴ったのはドルフだ。火線と絶叫が乱れ飛ぶ中、モニカとヘリオを強引に別の雪上車の席へ転がす。叩きつけるように、ドルフはドアを閉めた。窓から覗いた専用のスマートガンで、慎重に遠方へ狙いを定める。
銃声は一発だ。怪物に捕らわれてもがく隊員の胸に、拳大の弾痕が穿たれる。その足を掴んでどこかへ運ぼうとしていたダリオンは、こちらを向いて金切り声をあげた。呪っているらしい。獲物の安らかな死を。目的の失敗を。
すかさずドルフは、雪上車のハンドルに飛びついた。
「つかまってろ!」
「わッ!?」
キャタピラを急旋回させた車内を、悲鳴とともにヘリオは二転三転した。必死にシートにしがみつきつつ、バックミラーを確認する。あっという間にダリオンどもの姿は遠ざかり、窓外を猛スピードで流れるのは白銀の雪景色だけだ。
アクセル全開の轟音の中、ヘリオはおずおずと口を開いた。
「あの、ロドリゲスさん?」
「なんだ?」
「どちらへ?」
「いい質問だ」
いつしか銃声の乱舞も途絶えていた。それは同時に、逃げ遅れた仲間たちが、故郷の歌を、愛しい家族の声を、永遠に聞けなくなったことを意味する。
悔しさか、あるいは恐怖か、砕けるほど奥歯を噛み締め、ドルフはうなった。
「この道順からすれば、輸送機と本部への距離はほぼ等しい。まともな頭なら、選ぶのは簡単だな?」
「ダリオンが輸送機を見逃してくれていれば、でしょう?」
「お嬢ちゃんにしては肝が座ってるじゃないか。そのとおりだ。さっき計算したやつらの頭数ぐらいなら、本部の軍隊を総動員すればなんとかなるかもしれん。あれでやつらが全部だったらの話だが」
「本部は武器の山です。ここで可能性を見捨ててては、一生後悔することになります。もちろんまた逃げて、場末の酒場で悪夢に苛まれるのも一興……くくく」
台詞の後半は、ヘリオの口の中でつぶやかれるに留まった。窓に反射するヘリオの唇が三日月形に吊り上がるのにも、ドルフは運転に真剣で気づかない。
面持ちをもとに戻し、ヘリオは提案した。
「帰還しましょう、本部へ」
「ああ。うまくやつらを一網打尽にできれば、数日後には救難信号を受けた別の便が迎えにくる。言っておくが失敗した場合、泣いて命乞いしても無駄だぞ?」
「そのときは、身に宿った寄生体に優しい揺籃歌でも唄うことにします」
かすかだが、ドルフとヘリオは初めて勇敢に笑いあった。
そんな二人の耳に、陰々滅々と流れたのは化学の念仏だ。やけに静かだと思ったら、二人に挟まれたモニカは顔を押さえて項垂れている。暗澹たる視線の先で震えるのは、乾眠状態のサンプルが収まったカプセルだ。
「ありえない。考えられない。わからない」
心配げに、ヘリオはモニカの背をさすった。
「スチュワートさん……」
「成体のダリオンまでもがこの長期間、どうやって独力で生き長らえたの? あの組織でさえ、やつらの全滅を断言してたじゃない。まさか天敵である政府の目を欺くために、やつらは自己を変異させた?」
あまりにひどいモニカの陶酔ぶりに、顔をしかめて意見したのはドルフだ。
「おい、博士?」
「そしてやつらは、獲得した冬眠能力でひたすら生贄の到着を待った。やつらの目覚めるトリガーは、乾眠状態の子どもが奪われること。やつらの仕掛けた罠に、調査隊はまんまとハマったのよ。あるいはこの事態は、現実でも幻夢境でもない〝次元のはざま〟から原種を発見したときから計画されていた。だとすれば、やっぱりやつらは……」
奇妙な振動が、雪上車を襲ったのはそのときだった。天井に雪でも落ちたか?
それぞれ左右のサイドミラーに吸い込まれたのは、ドルフとヘリオの視線だ。
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