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第三話「雪花」
「雪花」(14)
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シェルター都市サーコアから、およそ十キロ離れた地点……
アイホートの機内後部。
貨物室への扉が開くや、ヘリオの視界は瞬時に雪で染まった。
マイナス七十度を下回る気温に加え、毎秒百メートルを超える風速が襲いかかる。酸素の薄さ、気圧の低さともに、とても人間が耐えられる環境ではない。
ただ、足取り軽く極寒へ踏み出したヘリオもまた、人間ではなかった。
「これだから大変なんです、外回りの営業は」
愚痴ったヘリオの背後で、通路の自動扉は閉じた。白衣といわず髪といわず吹き乱しながら、機体の最後尾、大きく開いた貨物用ハッチへ向かう。
歩く道中でそれを発見し、ヘリオは片眉をあげた。
「ほう?」
なんだこれは。
絨毯のごとく床になめされた物体は、寒気に凍りかけた人間の皮膚ではないか。特徴のある巨大な軍靴も、大量の肉片と一緒に脱ぎ散らかされている。間違いない。残ったドルフのすべてから、中身は見事に脱皮したのだ。
無残な抜け殻を、ヘリオはしゃがみ込んで足早に検索した。次に前方、開けっ放しの出入口に観察眼を移す。こちらからそちらへ点々と続いて途切れるのは、固く氷結した体液の足跡だ。常識離れしたサイズのそれの持ち主は、信じられないがやはりアイホートの外に抜け出したらしい。
激しい吹雪が顔を叩くのにも構わず、ヘリオはうなずいた。
「立派に成長してるみたいですね。さて」
突き入れられた鋭い尻尾は、ヘリオをたちまち貫いた。
左右から一本、いや二本だ。しかし交錯した凶器をかわし、ヘリオは残像だけを残して天井へ跳躍している。仕留め損ねた獲物を追い、すぐ横の空中に二匹の魔獣の影……ダリオンの〝雑草〟は現れた。速い。雪に煙る貨物室を落下しながら、五月雨のごとく打ち込まれる爪、尻尾、爪。ヘリオの両手の銃剣と靴裏から生やした固定針の輝きが、上下逆さまに猛攻を弾く、弾く、弾く。
轟音……
猫のように身を丸めて、ダリオンたちは床へ着地した。凄まじい勢いで眼前をバウンドしたのは、叩き落されたヘリオの機体だ。鋼鉄の地面が、いとも簡単にひしゃげる。
うつ伏せに倒れた状態で、ヘリオは動かない。勝ち誇ったように開閉するのは、ダリオンの醜い花頭だ。首根っこを押さえたヘリオを、涎をこぼして宙へ引きずり上げる。
ああ。いまやヘリオは顔半分の人工皮膚を切り裂かれ、深い爪痕の残った特殊複合金属の骨格は絶え間なく火花を放っていた。歓喜の咆哮とともに、ダリオンのとどめの鉤爪が振りかぶられる。
「くくく……」
皮の剥がれたヘリオの顔は、唐突に笑った。潰れた悲鳴がこだまする。目にも留まらぬ素早さで、ヘリオの手がダリオンの喉笛を掴んだのだ。
耳障りな金属音を響かせ、ヘリオの白衣は破れた。ヘリオの背中を一閃したのは、別のダリオンの尻尾だ。床に飛び散ったマタドールの即応型衝撃吸収磁性流体、つまり疑似血液は人間そっくりに赤黒い。
が、見よ。背部の装甲を穿ったダリオンの尻尾を、今度はヘリオの逆側の手が受け止めたではないか。最大で常人の八十五倍に達する機械の怪力だ。右手には一匹の首筋を、左手にはもう一匹の尻尾を捕らえた格好になる。
ヘリオはさわやかに微笑んだ。
「またのご搭乗、お待ちしております」
なにかを訴えるダリオンたちの叫びは、一気に前方へ流れた。
ダリオン二匹を束縛したまま、だしぬけにヘリオが駆け出したのだ。ハッチの開け放たれた外部へ。この高度から下界に叩きつけられればどうなるか、ダリオンの原始的な思考回路では想像もつかない。
両手あわせて三百五十キロ以上を保持しつつ、案の定、ヘリオは雪空へ身を投げた。
落ちる。
「マタドールシステム・タイプH、基準演算機構を擬人形式から旋人形式へ変更します……滞空開始」
かんだかい飛翔音は、下から上へ突き抜けた。
アイホートの機内後部。
貨物室への扉が開くや、ヘリオの視界は瞬時に雪で染まった。
マイナス七十度を下回る気温に加え、毎秒百メートルを超える風速が襲いかかる。酸素の薄さ、気圧の低さともに、とても人間が耐えられる環境ではない。
ただ、足取り軽く極寒へ踏み出したヘリオもまた、人間ではなかった。
「これだから大変なんです、外回りの営業は」
愚痴ったヘリオの背後で、通路の自動扉は閉じた。白衣といわず髪といわず吹き乱しながら、機体の最後尾、大きく開いた貨物用ハッチへ向かう。
歩く道中でそれを発見し、ヘリオは片眉をあげた。
「ほう?」
なんだこれは。
絨毯のごとく床になめされた物体は、寒気に凍りかけた人間の皮膚ではないか。特徴のある巨大な軍靴も、大量の肉片と一緒に脱ぎ散らかされている。間違いない。残ったドルフのすべてから、中身は見事に脱皮したのだ。
無残な抜け殻を、ヘリオはしゃがみ込んで足早に検索した。次に前方、開けっ放しの出入口に観察眼を移す。こちらからそちらへ点々と続いて途切れるのは、固く氷結した体液の足跡だ。常識離れしたサイズのそれの持ち主は、信じられないがやはりアイホートの外に抜け出したらしい。
激しい吹雪が顔を叩くのにも構わず、ヘリオはうなずいた。
「立派に成長してるみたいですね。さて」
突き入れられた鋭い尻尾は、ヘリオをたちまち貫いた。
左右から一本、いや二本だ。しかし交錯した凶器をかわし、ヘリオは残像だけを残して天井へ跳躍している。仕留め損ねた獲物を追い、すぐ横の空中に二匹の魔獣の影……ダリオンの〝雑草〟は現れた。速い。雪に煙る貨物室を落下しながら、五月雨のごとく打ち込まれる爪、尻尾、爪。ヘリオの両手の銃剣と靴裏から生やした固定針の輝きが、上下逆さまに猛攻を弾く、弾く、弾く。
轟音……
猫のように身を丸めて、ダリオンたちは床へ着地した。凄まじい勢いで眼前をバウンドしたのは、叩き落されたヘリオの機体だ。鋼鉄の地面が、いとも簡単にひしゃげる。
うつ伏せに倒れた状態で、ヘリオは動かない。勝ち誇ったように開閉するのは、ダリオンの醜い花頭だ。首根っこを押さえたヘリオを、涎をこぼして宙へ引きずり上げる。
ああ。いまやヘリオは顔半分の人工皮膚を切り裂かれ、深い爪痕の残った特殊複合金属の骨格は絶え間なく火花を放っていた。歓喜の咆哮とともに、ダリオンのとどめの鉤爪が振りかぶられる。
「くくく……」
皮の剥がれたヘリオの顔は、唐突に笑った。潰れた悲鳴がこだまする。目にも留まらぬ素早さで、ヘリオの手がダリオンの喉笛を掴んだのだ。
耳障りな金属音を響かせ、ヘリオの白衣は破れた。ヘリオの背中を一閃したのは、別のダリオンの尻尾だ。床に飛び散ったマタドールの即応型衝撃吸収磁性流体、つまり疑似血液は人間そっくりに赤黒い。
が、見よ。背部の装甲を穿ったダリオンの尻尾を、今度はヘリオの逆側の手が受け止めたではないか。最大で常人の八十五倍に達する機械の怪力だ。右手には一匹の首筋を、左手にはもう一匹の尻尾を捕らえた格好になる。
ヘリオはさわやかに微笑んだ。
「またのご搭乗、お待ちしております」
なにかを訴えるダリオンたちの叫びは、一気に前方へ流れた。
ダリオン二匹を束縛したまま、だしぬけにヘリオが駆け出したのだ。ハッチの開け放たれた外部へ。この高度から下界に叩きつけられればどうなるか、ダリオンの原始的な思考回路では想像もつかない。
両手あわせて三百五十キロ以上を保持しつつ、案の定、ヘリオは雪空へ身を投げた。
落ちる。
「マタドールシステム・タイプH、基準演算機構を擬人形式から旋人形式へ変更します……滞空開始」
かんだかい飛翔音は、下から上へ突き抜けた。
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