スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第三話「雪花」

「雪花」(13)

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 シェルター都市サーコアの〝壁際〟

 ヒノラ国際空港。

 午前二時十六分……

 夜も夜中だというのに、道路は大規模な交通規制に封じられていた。闇をさまようのは赤と青の回転灯だ。広い空港のロビー前にひしめく特殊車両は、ゆうに百台を超える。

 消防車に救急車、おまけにあちらの装甲車とくれば、物々しい地対空ミサイル砲まで積んでいるではないか。それらの車体に大きく染め抜かれた刻印……どれもこれも政府のそれだ。

 空港は唐突に離着陸を中止していた。理不尽な足止めを食らい、旅券を片手に好き放題にわめく客、客、客。怒れる人波を丁重に堰き止める政府の隊員たちも、たすき掛けしたアサルトライフルといよいよ内緒話を始めている。ただごとではない。

「キャハハ! みてみてダニエル! ツバメのヒナたちが鳴いてるよ! ほしいほしいミミズがほしいって!」

「じっとしなさい、ホーリー。ツバメは巣がいいんだ、巣が。こんど、中華料理の専門店に連れて行ってあげよう」

「キャハハハ! へどがでる!」

「こら……これでは飛行機での移動は無理だな」

 今夜に加わる死者の帳簿でも盗み見たか、道路にはカラスの姿が多い。人工のホログラムでできた夜空へ、せわしなくクチバシを上下させている。

 立入禁止のバリケードが張り巡らされた鼻先に、場違いな黄色の車は停まった。サーコア第一交通8290番。なんの変哲もないタクシーだ。

「!」

 そんなものは一瞬で門前払いかと思いきや、見よ。屈強な隊員たちの眼差しを。どうしてタクシーの運転手の横顔を覗いただけで、その表情が凍ったのか。進路上のバリケードを慌ててどかす手が、どうして怯えに震えているのか。

 ロビー横の停車場に悠々とタクシーをつけるや、運転手は助手席の客へうながした。

「降りろ」

 運転手の冷たい催促に、客はびくっと居眠りから跳ね起きた。

「護送車じゃねえんだから。頭のいいお前なら、このままUターンして俺と一緒に繁華街へ繰り出すはずだぜ、ジェイス?」

 客からの誘いに、運転手……スティーブ・ジェイスは平板な声で返事した。一言、ここまでの運賃をだ。

「千六百フール」

「やっぱそうきたか。じゃ、ちと狭いが、いまから懺悔室な、ここ。相談料は一律、ぼったくりのタクシーの代金と相殺だ。さ、なにか償いたい過去の告白は?」

「出て行け」

 タクシーのドアは開いた。

 落としたタバコを踏み消しつつ、客の革靴がアスファルトに着く。

 カラスの群れは、飛び去った。なにを察知したのか、いっせいに。

 出た。闇の諜報機関〝ファイア〟のエージェント、ロック・フォーリングだ。寝不足に輪をかけて重度の二日酔いらしく、機嫌のほうはだいぶ悪い。中折れ帽を外して酷い寝癖頭を掻きながら、空港にできた黒山の人だかりを眺める。

 新たなタバコをくわえ、ロックは倦怠感たっぷりにつぶやいた。

「暴動じゃん。いいねえ。俺もちょっくら、電気屋の扉をぶち破るのを手伝うか……ん?」

 背後でひそひそ話す声に気づき、ロックは振り返った。

 ジェイスのタクシーを挟んだ反対側、運転席の横にたたずむのはスーツの女だ。特殊情報捜査執行局の課長、ネイ・メドーヤその人に他ならない。運転席で無表情に腕組みしたままのジェイスに、なにやら神妙な面持ちで耳打ちしている。

「ごくろう、エージェント・ジェイス。すまないな、夜分遅くに」

「…………」

 上司のねぎらいにも、ジェイスは答えない。代わりに憤然と挙手して、自己主張したのはロックだ。

「お~い、年増?」

 ひどい隈に藪睨みを重ねたロックを完全に無視し、ネイはジェイスを褒め称えた。

「すばらしい仕事ぶりだぞ、ジェイス。この時間にアル中の神父を現場に引きずり出すなど、水陸両用強襲車十台を用意しても難しい」

「…………」

 やはりジェイスは、目をつむって沈黙している。身振り手振りで、ロックは盛大に不満を訴えた。

「そうさ、そうだよ! 御大のおっしゃるとおりさ! とりあえず、いまいったい何時か歌ってみようか。ボケかかったてめえらの頭でも、俺が、神父様の胃腸が飲み過ぎで弱ってるのは察してくれるよな?」 

 掌に広げた小銭を数えながら、では、と立ち去りかけたロックを、料金所のゲートバーみたいに止める腕があった。ロックが目覚ましのコーヒーを買うほど生易しい男でないことは、このメドーヤ課長が一番よく知っている。

 不健康に血走ったロックの瞳をじっと睨みながら、ネイはささやいた。

「祈りの時間だ、エージェント・フォーリング。たかだか百三十フールのビールで照準を狂わされ、不運の女神に見初められてはたまらん。コンビニへ行かせはしない」

「なんで行き先がバレてんです? なるほど、あんたが神様であられやしたか」

 小銭をもとのポケットにしまい、ロックはあきらめたようにタクシーの車体へ背中を預けた。ポケットに突っ込んでないほうの手で、大あくびの漏れる口を押さえる。目尻に浮かぶのは、かすかな涙だ。

 乾いた唇に張りついたタバコをライターの火であぶり、ロックはたずねた。

「お嬢ちゃん……ヘリオと連絡がつながったんだってな。無事にバナンの廃墟から舞い戻ってきたか。にしても、この待ち構える豪勢なお出迎えはなんだい?」

「アイホートは、シェルター都市のすぐそばまで接近している」

 意味深な雰囲気を秘め、ネイはあさっての方向へ手招きした。重装備に身を堅めた隊員のひとりが、緊張した所作で荷物を運んでくる。

 それは、長方形の大きなケースだった。車のドア以上にサイズがある。学芸会用のコントラバスでも収まっているのだろうか。

 差し出されたその表面を、ロックは軽くノックして紫煙を吐いた。

「くれるの? 質に入れちゃうよ?」

「エージェント・ヘリオおよびモニカ・スチュワート博士の乗る機に〝ダリオン〟の発生を確認した」

「は!?」

 ネイの説明は簡潔だったが、ロックが目もとを引きつらせるには効果大だった。もとより血の巡りの悪い無精髭の顔色は、すでに屍そのものだ。それまで彫像のごとく動かなかったジェイスまでもが、無言で瞳を開いている。 

 男たちの反応をうかがいつつ、ネイは続けた。

「ダリオンの個体数は、いまだ増殖の一途だ。おまけにアイホートのエンジンは、ぎりぎりの機能を残して破壊されている」

「嘘だろ? 戦闘機械のヘリオがついてながら?」

「神の試練や悪魔のいたずらは、きみの管轄ではないのかね、フォーリング。アイホートはサーコアの北部外壁、すなわちこの空港へ軌道を落としつつある。これいじょう機体の損傷が拡大すれば、墜落して激突し、シェルター都市に致命的な風穴を開ける危険性もじゅうぶん考えられるな」

 ネイの視線は、例の長大なケースに落ちた。ふたたび頭上を旋回し始めたのは、不吉な黒い鳥の羽ばたきだ。

 低温の声音で、ネイは告げた。

組織ファイア特注の超長距離狙撃ライフルだ。フォーリング、きみの電磁加速能力が最大限に発揮される設計になっている。その気になれば、成層圏外のターゲットを撃ち抜くことすら容易い。もちろん今回の獲物は、アイホートだ。その撃墜地点は、都市へ五キロ迫った段階と記憶しておきたまえ」

「俺にアイホートを撃ち落とせってか? あきらめが早すぎだぜ。ヘリオはいまも戦ってんだろ、ダリオンどもと。回収したっていう乾眠クリプトピオシスサンプルやシヨの絶対領域ブラックボックスごと、博士とヘリオを見殺しにする気かい?」

「UFO対策でアイホートに施された強固な防御機構が仇になった。都市からのミサイル等による攻撃は確実に通用しない。なので、フォーリング。即座に用意できるのは、きみという高性能の電磁加速砲だけだったというわけだ。その並外れた狙撃の腕前なら、まず仕損じることはなかろう……あの生命体を乗せたまま、機が着陸することは許されん」

 嘆息とともに、ネイは手首に輝く銀色の腕時計を見た。

「乗っていたのが私なら、とっくに自爆コードを打ち込んでいるところだがね」

 暗い夜風と静寂だけが、政府の刺客たちに吹きすさんだ。

「また俺に背負えって言うんだな、恨みと憎しみの十字架を?」

 舌打ちして、ロックは隊員の捧げるライフルケースを引ったくった。重い。その重さを超えたなにかが、ロックの眉間に刻まれた縦じわの深みを強めている。

 オーバーサイズのケースを肩にかついだロックへ、ネイは口走った。

「しょせんマタドールは人形だ。化けて出るほどの魂も持ち合わせてはいない。くれぐれも狙いは慎重にな」

「……!」

 ロックのくわえたタバコは、噛みすぎて根本から千切れた。残ったフィルターを横合いに吐き捨てると、ひとり大股にロビーの自動ドアをくぐる。目指すは防壁の外だ。

 その背中が闇に消えたのを確認し、ネイはタクシーの車内へ命じた。

「エージェント・ジェイス。これより滑走路の待機位置へ。万が一にでもアイホートが侵入した場合、容赦なく焼き切れ。通常どおり、フォーリングの監視も怠るな」

「……了解」

 道路に降り立ったジェイスの背後で、タクシーのドアは閉まった。
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