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第三話「雪花」
「雪花」(17)
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ドーム状のシェルター都市は、猛吹雪に霞んでいた。
控えめに隔壁の一部を開口したヒノラ国際空港には、満身創痍のアイホートがいましがた吸い込まれていったところだ。
それとは別に……
隕石でも落ちたのだろうか?
見渡すかぎりの暗闇の一角、雪原のあちこちに生じるのは大きなクレーターだった。深い落下穴から吹きこぼれる煙の本数は、十個近い。あたりに撒き散らされた多くの金属片は、言語に窮する色の火光をくすぶらせている。
組織に撃墜されたUFOどもの成れの果てだった。
見間違いでなければ、大穴のひとつからは点々と足跡が続いている。首都サーコアの方角へ、ふたりぶんだ。
本来であれば今頃、UFOの一団はアイホートを乗員ごとそっくり誘拐し、優雅に空の帰路を急いでいるはずだった。
「さ、さささ、さっき空から落ちたときのアレね……」
寒さに舌が痺れ、男のほうの人影は呂律が回っていない。じぶんの体を腕で抱きかかえたまま、がたがた震えている。
「アレね、あれを無重力ジョータイって言うんでしょ?」
そう、その腕、いや、手だけに留まらない。足首はもとより顔面まで、焦げだらけの防寒着から覗くその身は、あますことなく包帯でぐるぐる巻きだ。
包帯人間……墜落の火災に見舞われたにしては、やや用意がよすぎる。
闇の業界は彼を、この奇怪なテロリストを〝スコーピオン〟と呼んだ。
「で、でさ。み、みみ見えちゃったんだな。そのガーターベルトはだれの趣味? 黒だったね♪」
口ずさむスコーピオンに遠慮はなかった。包帯の隙間に開いた真ん丸い瞳は、となりを歩くしなやかな人影の下腹部を舐め回すように眺めている。
もっとも〝彼女〟は雪風になびく太ももを庇おうともしない。
「…………」
女に言葉はなく、表情もなかった。
と言うより、顔そのものがない。不吉な仮面が、そこを完全に覆っているためだ。
眼球のみが際立つ仮面の形状は、見る者が見れば気づいただろう。異星人の強化装甲〝ジュズ〟の頭部に酷似していることに。おまけにこの理不尽な凍気にも関わらず、彼女の服装を見よ。
スーツにスカート、ハイヒール……
OL?
どうしてか彼女には、寒暖の概念がないらしい。
油断すれば連れを置いていきかねぬ歩調の彼女を、スコーピオンは急いで追った。
「わかった、わかったって。そんなにツンケンしないでよ、愛しのマタドール。ほら、よく言うじゃん? 偶然、事故、怪我の功名、役得……」
「…………」
きめ細かい彼女の髪は、強風さえも美貌の糧にした。美しい。たしかに美しいが、その光沢はどこか、配線の奥深くに束ねられたナノ繊維を彷彿とさせる。
「いつも悪いね、助けてもらって。ジノーテの廃病院……人間ミサイルのジェイスとチキンレースしたときも救ってもらった。これなら毎日でも高いとこから突き落とされたいもんだね。きみと手をつなげるのなら」
スコーピオンのねぎらいにも、女は黙秘を貫いた。無視、一切無視だ。
仮面の底でまばたきしない彼女の瞳、さらにその奥の奥……機械のモニターに映る彼女の視界には、いまも情報の数々が雪崩を打って導き出されている。
人型自律兵器だ。
めまぐるしく更新される索敵マーカーの端、音の高低を伝える波形は不意に乱れた。横のスコーピオンが放ったくしゃみを、彼女の探知器が敏感に捉えたのだ。ひとつ、ふたつ……
続いて、一匹、二匹。
おお。唐突に雪野へ走った亀裂が、猛スピードでスコーピオンたちに突き進んできたではないか。まるで人食いザメの接近を思わせる。直後、金切り声をひいて曇天へ跳躍したのは、ふたつの異形の人影だ。
ダリオンだった。
よく目を凝らせば、どちらのダリオンも腕や尻尾の一部が足りていない。とんでもない高所……飛行中のアイホートからヘリオに叩き落されたばかりだと言うのに、驚くべき生命力だ。蒸気を噴く花弁の牙を剥き、地上の二人めがけて襲いかかる。
そんな絶望的な状況下で、スコーピオンがとった行動とは。
ティッシュで思いきり鼻をかんだだけだった。瞳だけを嬉しそうに笑わせ、かたわらの女へ合図する。
「やっておしまい♪」
女が告げたのは、近接攻撃管理システムの一機能だった。
「高周波反重力輪刃〝朝焼の発見者〟起動。斬撃段階、ステージ(1)……〝対流圏〟」
その光を見た者はいない。
雪面をえぐり、ダリオンどもは彼女の背後に降り立った。それきり動かないのはなぜだろう。
「…………」
鋭い響きを残して、女の眼前になにかが停止した。
いったいどこから、いつの間に現れたのだろうか。
たすき掛けに彼女が背負うのは、輪っか状の奇妙な白刃だ。フラフープにも似た大振りのそれは、恐ろしく研ぎ澄まされて薄い。女を中心にしてわずかに浮遊するそれは、さながら土星のリングを思わせる。
高速回転をやめた謎の武器は、ひとりでに宙空で分離変形した。何重にもコンパクトに折り畳まれた輝きは、毅然と女の腰の鞘に納められる。
同時に、ダリオンたちの首は、胴体は、手足は、積み木のごとくバラけていた。
ぶちまけられた強燃性の鮮血は、雪原を跳ねて爆発的な火柱をあげる。この魔獣の強靭な外骨格をあっさり切断し、摂氏六千度を超える体液にも余裕で耐え抜く刀剣とは……
瞬殺だった。
「あ、あったか~。ぎゃはッ!」
思わず吹き出したのはスコーピオンだ。我慢できなくなったらしい。燃え滾るダリオン二匹の死骸に両手をかざしたまま、みるみる笑いを高めていく。
「ぎゃはははは! 大ヤケドだ!」
「…………」
不可思議な鞘から指を放すと、女はそっけなく炎に背を向けた。
慌てたスコーピオンが、凍結した雪道に足を滑らせるのも気にしない。また肩を並べて歩き始める。激しさを強める吹雪に、ふたりはやがて朧げなシルエットと化して薄れていった。
首都サーコアはすぐそこだ。
「ちょ、待、ぎゃはははは!」
控えめに隔壁の一部を開口したヒノラ国際空港には、満身創痍のアイホートがいましがた吸い込まれていったところだ。
それとは別に……
隕石でも落ちたのだろうか?
見渡すかぎりの暗闇の一角、雪原のあちこちに生じるのは大きなクレーターだった。深い落下穴から吹きこぼれる煙の本数は、十個近い。あたりに撒き散らされた多くの金属片は、言語に窮する色の火光をくすぶらせている。
組織に撃墜されたUFOどもの成れの果てだった。
見間違いでなければ、大穴のひとつからは点々と足跡が続いている。首都サーコアの方角へ、ふたりぶんだ。
本来であれば今頃、UFOの一団はアイホートを乗員ごとそっくり誘拐し、優雅に空の帰路を急いでいるはずだった。
「さ、さささ、さっき空から落ちたときのアレね……」
寒さに舌が痺れ、男のほうの人影は呂律が回っていない。じぶんの体を腕で抱きかかえたまま、がたがた震えている。
「アレね、あれを無重力ジョータイって言うんでしょ?」
そう、その腕、いや、手だけに留まらない。足首はもとより顔面まで、焦げだらけの防寒着から覗くその身は、あますことなく包帯でぐるぐる巻きだ。
包帯人間……墜落の火災に見舞われたにしては、やや用意がよすぎる。
闇の業界は彼を、この奇怪なテロリストを〝スコーピオン〟と呼んだ。
「で、でさ。み、みみ見えちゃったんだな。そのガーターベルトはだれの趣味? 黒だったね♪」
口ずさむスコーピオンに遠慮はなかった。包帯の隙間に開いた真ん丸い瞳は、となりを歩くしなやかな人影の下腹部を舐め回すように眺めている。
もっとも〝彼女〟は雪風になびく太ももを庇おうともしない。
「…………」
女に言葉はなく、表情もなかった。
と言うより、顔そのものがない。不吉な仮面が、そこを完全に覆っているためだ。
眼球のみが際立つ仮面の形状は、見る者が見れば気づいただろう。異星人の強化装甲〝ジュズ〟の頭部に酷似していることに。おまけにこの理不尽な凍気にも関わらず、彼女の服装を見よ。
スーツにスカート、ハイヒール……
OL?
どうしてか彼女には、寒暖の概念がないらしい。
油断すれば連れを置いていきかねぬ歩調の彼女を、スコーピオンは急いで追った。
「わかった、わかったって。そんなにツンケンしないでよ、愛しのマタドール。ほら、よく言うじゃん? 偶然、事故、怪我の功名、役得……」
「…………」
きめ細かい彼女の髪は、強風さえも美貌の糧にした。美しい。たしかに美しいが、その光沢はどこか、配線の奥深くに束ねられたナノ繊維を彷彿とさせる。
「いつも悪いね、助けてもらって。ジノーテの廃病院……人間ミサイルのジェイスとチキンレースしたときも救ってもらった。これなら毎日でも高いとこから突き落とされたいもんだね。きみと手をつなげるのなら」
スコーピオンのねぎらいにも、女は黙秘を貫いた。無視、一切無視だ。
仮面の底でまばたきしない彼女の瞳、さらにその奥の奥……機械のモニターに映る彼女の視界には、いまも情報の数々が雪崩を打って導き出されている。
人型自律兵器だ。
めまぐるしく更新される索敵マーカーの端、音の高低を伝える波形は不意に乱れた。横のスコーピオンが放ったくしゃみを、彼女の探知器が敏感に捉えたのだ。ひとつ、ふたつ……
続いて、一匹、二匹。
おお。唐突に雪野へ走った亀裂が、猛スピードでスコーピオンたちに突き進んできたではないか。まるで人食いザメの接近を思わせる。直後、金切り声をひいて曇天へ跳躍したのは、ふたつの異形の人影だ。
ダリオンだった。
よく目を凝らせば、どちらのダリオンも腕や尻尾の一部が足りていない。とんでもない高所……飛行中のアイホートからヘリオに叩き落されたばかりだと言うのに、驚くべき生命力だ。蒸気を噴く花弁の牙を剥き、地上の二人めがけて襲いかかる。
そんな絶望的な状況下で、スコーピオンがとった行動とは。
ティッシュで思いきり鼻をかんだだけだった。瞳だけを嬉しそうに笑わせ、かたわらの女へ合図する。
「やっておしまい♪」
女が告げたのは、近接攻撃管理システムの一機能だった。
「高周波反重力輪刃〝朝焼の発見者〟起動。斬撃段階、ステージ(1)……〝対流圏〟」
その光を見た者はいない。
雪面をえぐり、ダリオンどもは彼女の背後に降り立った。それきり動かないのはなぜだろう。
「…………」
鋭い響きを残して、女の眼前になにかが停止した。
いったいどこから、いつの間に現れたのだろうか。
たすき掛けに彼女が背負うのは、輪っか状の奇妙な白刃だ。フラフープにも似た大振りのそれは、恐ろしく研ぎ澄まされて薄い。女を中心にしてわずかに浮遊するそれは、さながら土星のリングを思わせる。
高速回転をやめた謎の武器は、ひとりでに宙空で分離変形した。何重にもコンパクトに折り畳まれた輝きは、毅然と女の腰の鞘に納められる。
同時に、ダリオンたちの首は、胴体は、手足は、積み木のごとくバラけていた。
ぶちまけられた強燃性の鮮血は、雪原を跳ねて爆発的な火柱をあげる。この魔獣の強靭な外骨格をあっさり切断し、摂氏六千度を超える体液にも余裕で耐え抜く刀剣とは……
瞬殺だった。
「あ、あったか~。ぎゃはッ!」
思わず吹き出したのはスコーピオンだ。我慢できなくなったらしい。燃え滾るダリオン二匹の死骸に両手をかざしたまま、みるみる笑いを高めていく。
「ぎゃはははは! 大ヤケドだ!」
「…………」
不可思議な鞘から指を放すと、女はそっけなく炎に背を向けた。
慌てたスコーピオンが、凍結した雪道に足を滑らせるのも気にしない。また肩を並べて歩き始める。激しさを強める吹雪に、ふたりはやがて朧げなシルエットと化して薄れていった。
首都サーコアはすぐそこだ。
「ちょ、待、ぎゃはははは!」
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