スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
44 / 61
第三話「雪花」

「雪花」(17)

しおりを挟む
 ドーム状のシェルター都市は、猛吹雪に霞んでいた。

 控えめに隔壁の一部を開口したヒノラ国際空港には、満身創痍のアイホートがいましがた吸い込まれていったところだ。

 それとは別に……

 隕石でも落ちたのだろうか?

 見渡すかぎりの暗闇の一角、雪原のあちこちに生じるのは大きなクレーターだった。深い落下穴から吹きこぼれる煙の本数は、十個近い。あたりに撒き散らされた多くの金属片は、言語に窮する色の火光をくすぶらせている。

 組織ファイアに撃墜されたUFOどもの成れの果てだった。

 見間違いでなければ、大穴のひとつからは点々と足跡が続いている。首都サーコアの方角へ、ふたりぶんだ。

 本来であれば今頃、UFOの一団はアイホートを乗員ごとそっくり誘拐し、優雅に空の帰路を急いでいるはずだった。

「さ、さささ、さっき空から落ちたときのアレね……」

 寒さに舌が痺れ、男のほうの人影は呂律が回っていない。じぶんの体を腕で抱きかかえたまま、がたがた震えている。

「アレね、あれを無重力ジョータイって言うんでしょ?」

 そう、その腕、いや、手だけに留まらない。足首はもとより顔面まで、焦げだらけの防寒着から覗くその身は、あますことなく包帯でぐるぐる巻きだ。

 包帯人間……墜落の火災に見舞われたにしては、やや用意がよすぎる。

 闇の業界は彼を、この奇怪なテロリストを〝スコーピオン〟と呼んだ。

「で、でさ。み、みみ見えちゃったんだな。そのガーターベルトはだれの趣味? 黒だったね♪」

 口ずさむスコーピオンに遠慮はなかった。包帯の隙間に開いた真ん丸い瞳は、となりを歩くしなやかな人影の下腹部を舐め回すように眺めている。

 もっとも〝彼女〟は雪風になびく太ももを庇おうともしない。

「…………」

 女に言葉はなく、表情もなかった。

 と言うより、顔そのものが。不吉な仮面が、そこを完全に覆っているためだ。

 眼球のみが際立つ仮面の形状は、見る者が見れば気づいただろう。異星人アーモンドアイの強化装甲〝ジュズ〟の頭部に酷似していることに。おまけにこの理不尽な凍気にも関わらず、彼女の服装を見よ。

 スーツにスカート、ハイヒール……

 OL?

 どうしてか彼女には、寒暖の概念がないらしい。

 油断すれば連れを置いていきかねぬ歩調の彼女を、スコーピオンは急いで追った。

「わかった、わかったって。そんなにツンケンしないでよ、愛しのマタドール。ほら、よく言うじゃん? 偶然、事故、怪我の功名、役得……」 

「…………」

 きめ細かい彼女の髪は、強風さえも美貌の糧にした。美しい。たしかに美しいが、その光沢はどこか、配線の奥深くに束ねられたナノ繊維を彷彿とさせる。

「いつも悪いね、助けてもらって。ジノーテの廃病院……人間ミサイルのジェイスとチキンレースしたときも救ってもらった。これなら毎日でも高いとこから突き落とされたいもんだね。きみと手をつなげるのなら」

 スコーピオンのねぎらいにも、女は黙秘を貫いた。無視、一切無視だ。

 仮面の底でまばたきしない彼女の瞳、さらにその奥の奥……機械のモニターに映る彼女の視界には、いまも情報の数々が雪崩を打って導き出されている。

 人型自律兵器アンドロイドだ。

 めまぐるしく更新される索敵マーカーの端、音の高低を伝える波形は不意に乱れた。横のスコーピオンが放ったくしゃみを、彼女の探知器センサーが敏感に捉えたのだ。ひとつ、ふたつ……

 続いて、一匹、二匹。

 おお。唐突に雪野へ走った亀裂が、猛スピードでスコーピオンたちに突き進んできたではないか。まるで人食いザメの接近を思わせる。直後、金切り声をひいて曇天へ跳躍したのは、ふたつの異形の人影だ。

 ダリオンだった。

 よく目を凝らせば、どちらのダリオンも腕や尻尾の一部が足りていない。とんでもない高所……飛行中のアイホートからヘリオに叩き落されたばかりだと言うのに、驚くべき生命力だ。蒸気を噴く花弁の牙を剥き、地上の二人めがけて襲いかかる。

 そんな絶望的な状況下で、スコーピオンがとった行動とは。

 ティッシュで思いきり鼻をかんだだけだった。瞳だけを嬉しそうに笑わせ、かたわらの女へ合図する。

「やっておしまい♪」

 女が告げたのは、近接攻撃管理システムの一機能だった。

高周波反重力輪刃ロールブレイド朝焼の発見者アルマゲスト〟起動。斬撃段階、ステージ(1)……〝対流圏たいりゅうけん〟」

 その光を見た者はいない。

 雪面をえぐり、ダリオンどもは彼女の背後に降り立った。それきり動かないのはなぜだろう。

「…………」

 鋭い響きを残して、女の眼前になにかが停止した。

 いったいどこから、いつの間に現れたのだろうか。

 たすき掛けに彼女が背負うのは、輪っか状の奇妙な白刃だ。フラフープにも似た大振りのそれは、恐ろしく研ぎ澄まされて薄い。女を中心にしてわずかに浮遊するそれは、さながら土星のリングを思わせる。

 高速回転をやめた謎の武器は、ひとりでに宙空で分離変形した。何重にもコンパクトに折り畳まれた輝きは、毅然と女の腰のホルスターに納められる。

 同時に、ダリオンたちの首は、胴体は、手足は、積み木のごとくバラけていた。

 ぶちまけられた強燃性の鮮血は、雪原を跳ねて爆発的な火柱をあげる。この魔獣の強靭な外骨格をあっさり切断し、摂氏六千度を超える体液にも余裕で耐え抜く刀剣とは……

 瞬殺だった。

「あ、あったか~。ぎゃはッ!」

 思わず吹き出したのはスコーピオンだ。我慢できなくなったらしい。燃え滾るダリオン二匹の死骸に両手をかざしたまま、みるみる笑いを高めていく。

「ぎゃはははは! 大ヤケドだ!」

「…………」

 不可思議な鞘から指を放すと、女はそっけなく炎に背を向けた。

 慌てたスコーピオンが、凍結した雪道に足を滑らせるのも気にしない。また肩を並べて歩き始める。激しさを強める吹雪に、ふたりはやがて朧げなシルエットと化して薄れていった。

 首都サーコアはすぐそこだ。

「ちょ、待、ぎゃはははは!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...