捨てられ勇者は深淵より微笑む ――知略と復讐の異世界契約録

うなぎ

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「欺瞞の紡ぎ手」

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——その夜、夢を見た。

黒く塗り潰された書斎。静寂の中に、無数の瞳が浮かんでいた。

『欺け。混乱の渦に、真実を沈めよ』

囁くような声が、智也の耳元で響く。

『真実とは、信じた者の中にのみ存在する。ならば、お前が“真実”を創れ』

目が覚めたとき、智也の指に嵌めた黒い指輪が、いつになく熱を帯びていた。

『条件達成:欺瞞の紡ぎ手 契約階層・第二階 解放』

(来たか……)

新たに視界に表示されたスキル内容に、智也は目を細めた。



【欺瞞の紡ぎ手】

偽の情報を“信じさせる”能力。対象が一定の“信頼”または“疑念”を抱いている人物に限り、作為的に書かれた文書や言葉を「事実」と認識させる。
――真実を殺し、偽りを現実にするスキル。



(これなら、“事実”すら操れる)

智也は、すぐに次の作戦に取りかかった。

* * *

数日後、サリオス王城の書庫で、小さな異変が起きていた。

文官が閲覧した王命の記録書簡の中に、こう書かれていたのだ。

「王子レオンは、“西方戦線”の援軍依頼を故意に遅らせ、戦局悪化を黙認した」

まるで公文書のように記録され、筆跡も正規のものと酷似していた。

だがそれは、智也が“欺瞞の紡ぎ手”で編み出した――偽りの真実だった。

王子の失策を示すこの書簡は、瞬く間に城内に広がり、貴族たちの間でさざ波のようにささやかれ始めた。

「王子はもう、次期国王に相応しくないのでは?」

「……いずれ、ディルクのように“切られる”ぞ」

王子の名が囁かれるとき、その背後には必ず“不信”の影がちらついていた。

(信頼は、疑念に最も弱い。しかも“出どころ不明”が一番効く)

智也は、王子の“外堀”を静かに崩し始めていた。

* * *

その頃、王子レオンは、苛立ちを隠せずにいた。

「誰だ……誰がこの“偽の命令”を書庫に紛れ込ませた!?」

「し、しかし筆跡も印章も精巧で……書庫の記録にも改竄は見られません」

「ならば内部に“敵”がいる。盗人のように、気付かれずに入り込む者が……!」

苛立ちを爆発させる王子の横で、彼の新たな腹心が言った。

「陛下、いっそ“情報源”そのものをあぶり出しては?」

「……どうする」

「“囮の密命”を出しましょう。真に偽装した命令を王城内に流し、誰が反応するかを見ます。そこに罠を張れば、“牙”を剥いた相手が現れます」

王子の瞳が細まる。

「面白い……ならばやれ。“罠”を撒け。奴がこちらに牙を向けたなら、喉元に刃を突き立ててやる」

* * *

数日後。

智也は、灰翼の接触員から“妙な情報”を耳にする。

「王子が、出どころ不明の密命を出している。内容は“東門の軍事物資を移送せよ”……だが妙に雑だ。情報網を探ってくる」

(……罠、か)

智也はその場で口元を押さえた。
笑いを堪えたのだ。

(やっと“こちら”を意識したな)

(なら、次は俺が“本物の王命”を書いてやるよ。お前の名で、な)

* * *

夜。

智也はろうそくの光の下でペンを走らせる。
その筆跡は、王子レオンのそれと見分けがつかないほど精密だった。

『命令書:王子レオン・サリオス』
『ディルク・ロウズを収監し、関係者の処刑を許可する』
『文責:王子本人 印章付』

そしてこの“処刑命令書”を、ある貴族の屋敷へと密かに届けた。
かつて、ディルクから賄賂を受けていた貴族の一人だ。

翌日、王子のもとへ怒りの書簡が届く。

「ディルク様を処刑とは、聞いていない!」
「私の家系も巻き込まれるではないか!」

王子は怒り狂い、再び叫ぶ。

「……まただ! 誰だ、俺の名を使って“国を揺るがす”真似をするのは!!」

* * *

智也はまた、夜の窓辺にいた。
冷えた風が、彼の髪を揺らす。

「これが“欺瞞”。俺がこの世界で使える、最も静かな“爆弾”だ」

たった一本のペンが、刃より深く人を裂く。

智也の笑みは、誰にも気づかれぬまま夜に溶けていった。
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