捨てられ勇者は深淵より微笑む ――知略と復讐の異世界契約録

うなぎ

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「影に咲いた声」

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エルメス街区から西に外れた場所に、**“翡翠の灯(ひすいのともしび)”**と呼ばれる古びた酒場がある。

表向きは貧民とならず者の溜まり場。だがその実態は、貴族や裏社会の人間たちが“耳を貸す”特別な情報が集まる場でもあった。

智也はそこで、初めて“その女”と出会った。

* * *

「そこの席、空いてる?」

まるで春風のような声だった。

振り返った智也の前に立っていたのは、白いローブを身に纏った若い女性。長く流れる銀髪に、深い蒼の瞳。整った顔立ちに不似合いな、酒場の空気すら意に介さない堂々とした態度。

「空いてるが、あまりいい情報は出ないぜ」

「情報目当てじゃないの。……あなたと話がしたかったの」

「……俺と?」

智也は眉をひそめた。誰だ、この女。

* * *

女は、自己紹介もなしに突然こう言った。

「“王子の命令が偽物だらけになってる”って噂、あなたの仕業でしょ?」

智也の目が一瞬だけ揺れた。

「……さっそく本題か。じゃあ聞くが、君はどっち側の人間だ?」

「どっちでもないわ。ただ、面白そうだから近づいただけ」

そう言って微笑んだ彼女の笑みは、まるで猫のようだった。警戒も敵意もないが、それでいて、どこまでも腹の底が読めない。

「君、名前は?」

「“セリア”。姓は……まあいいでしょ、今はまだ」

* * *

【観察者】の力で、智也は目の前の女を分析しようとした。だが——

(……奇妙だな。動きも視線も、記録が妙に“曖昧”になる。観察が滑っているような……)

“見えにくい”相手。それは、警戒すべき存在だった。

(この女、普通じゃない)

「……面白い。じゃあ“セリア”、俺に何を求めてここに来た?」

「知略と欺瞞で世界を壊そうとしてるあなたが、本当に“孤独でいい”のか、見たくなったのよ」

「は?」

「あなた、自分は“誰にも信用されない側の人間”だって決めつけてるでしょう?」

智也の瞳が、わずかに鋭くなる。

「……そういう理屈は、誰かに裏切られてから言ってくれ」

「もう裏切られたじゃない。王に、貴族に、召喚しておいて見捨てたこの国に」

その言葉に、智也は言葉を失った。

この女――どこまで知っている?

セリアは軽く頬杖をつきながら、楽しげに言った。

「それにね……私、あなたの“偽の命令書”ひとつ回収したの。筆跡の美しさに見惚れたわ。あれ、芸術よ」

「……見てたのか」

「ええ。でも“通報”はしない。だって、あれが本当に“王命”だった方が、みんな都合がいいんでしょう?」

* * *

その夜、別れ際にセリアは言った。

「今度会うときは、もう少し“正体”を明かしてあげる。……でもその前に、あなたがどこまで這い上がるか、見てみたいな」

「覗き趣味かよ」

「そうかもね。……でも、悪趣味じゃないと思うよ? あなたは今、とても面白いものを作ろうとしてる。だから私は、それを側で見ていたいの」

そして、銀髪の少女は月明かりの中に消えていった。

智也は、彼女の残した香りと共に、胸の奥に言葉にならない違和感を抱えていた。

(……あの女、俺の“影”の力を避けた?)

(もしそうなら……本当に“只者”じゃない)

深淵の指輪が、かすかに脈打つ。

“知略”の刃を交わす者が現れたことで、智也の物語は新たな局面へと突入していく。
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