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第11話

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 『待って……行かないで……一人にしないで……。』


 それは夢の中。ジュリアにはこれが夢だとハッキリわかった。
 今聞こえる声は、自分の声……かつて自分人の声だったから。


 『ごめんなさい……ごめんなさい、サトル……。』


 ──サトル……?……そうだ、前世の彼は……サトルって名前だった……。


 『ちゃんと前を向くから……一人に、しないで……。』


 眠るジュリアの目から涙が溢れ落ち耳を濡らす。


 ──あなたは寝顔を見られたくなかったんじゃないの?……誰かの温もりが消えているのが怖かったの?


 チクチクとしていた胸の痛み。棘はまだ刺さったままそこにある。けれど、夢の中ですーっと腑に落ちた感覚があって、彼女はその痛みを手放せた気がした。
 それと同時に閉じた瞼越しに、微かな明るさを感じる。
 ジュリアがそっと目を開けると、そこにはメアリの優しい眼差しがあった。


「お目覚めでございますか?奥様。」
「……メアリ?……私、どうして……?」
「昨日の夜、急に発熱され、倒れられたのですよ。」
「そう、なの?」
「はい。やはりお疲れだったのでしょう。申し訳ございません。私とマーサはお世話のため、眠っておられる奥様のお側に侍っておりました。」


 そう言って律儀に頭を下げるメアリに、ジュリアは慌てて首を左右に振る。


「そんなこといいのよ。ごめんなさい、私の変なわがままのせいで、貴女たちいらぬ気遣いをさせてしまったわね……。それで、あの……旦那様は?」
「旦那様は奥様をこちらのベッドに運ばれたあと、お目覚めになるのをずっとお待ちになっていらっしゃいます。」
「……そうなのね……。はぁ、私、なんてご迷惑を……。」
「そんなことを言われては、旦那様が悲しまれますよ?」
「メアリ……。」
「それよりも、今のご気分はいかがですか?まだ少し微熱がおありですが。」
「そうね、ちょっと身体が怠いくらい。あとは、喉が乾いたわ。」
「左様でございますね。今、お水を。マーサ。」


 二人が話している間、静かに後ろに控えていたマーサ。
 ジュリアが目覚めて心底ホッとした彼女だったが、流石公爵家の侍女だけあり、あからさまに表情を変えることなく手を動かしていた。
 メアリに支えられて身体を起こしたジュリアに、マーサがベッドトレイにのせたグラスを差し出す。


「マーサもありがとう。」
「いいえ。熱が落ち着かれて安心致しました。」


 柔和な笑みを浮かべるマーサに微笑み返し、ジュリアは乾いた喉を潤した。


「マーサ、旦那様に、ご心配をおかけしましたと伝えてくれる?もう大丈夫ですのでって。」
「かしこまりました。」


 寝室を出ていくマーサを見送ると、メアリはジュリアの肩にショールをかけ髪を梳かしだす。


「メアリ?」
「きっと、旦那様はすぐにいらっしゃいますので。」
「そうね、髪くらい整えないと……ありがとう。」
「はい。」



 やがて聞こえてきた足早な足音。王子として生まれ、幼い頃から当たり前に礼儀作法と洗練された身のこなしを必要とされてきた彼は、普段足音などほとんど立てることはない。
 その彼が音を立てるほどに急いで部屋までやってきたのに、響いたノックの音はひどく慎重で、ジュリアはそれだけで愛しさが溢れてきた。


「ジュリー?入っても平気かい?」
「ええ。もちろん、大丈夫よ。」


 ドアを開けたウィリアムは真っ直ぐに彼女へと駆け寄り、ベッドに座って彼女の額に手を置く。


「まだ少し熱いね……。具合いは、どう?」
「ちょっと怠いけど、もう平気。」


 メアリが下がり二人きりになって、彼がジュリアを抱き寄せた。


「ごめんよ、ジュリー。私がもっと気遣うべきだった。」
「ビル……。ううん、貴方は十分過ぎるほど大切にしてくれているわ。……ビルが求めてくれるのは……嬉しいし……。」
「君はまったく……そうやって私を甘やかさないでくれ……。」


 額に触れたウィリアムの唇が、ひんやりと心地いい。
 ジュリアは安心しきって彼の肩口に頭をもたれかけた。


「……あのね、ただ……もうちょっとだけ手加減してもらえると……嬉しいかな……。」
「うん、そうだよね……。自重する。」


 ウィリアムの気まずそうな声に、彼女は彼の腕の中で笑みをこぼす。
 その気配を感じた彼が、また抱きしめる腕に力を込めた。


「ねぇ、ジュリー?体調が落ち着いたら、少しずつ私と一緒に眠る練習をしてみない?」
「え?」
「今回、愛する人が辛いときに側に行けないことが、どれだけ苦しいのか思い知った……。」
「ビル……。」
「昨日、ジュリーも今のままが続くことを不安に思っていただろう?無理はしなくていい。君が大丈夫そうだと思った日だけでいいから……どうかな?」
「………うん……。」


 ジュリアの返事に、ウィリアムの優しい手が髪を撫でていく……。
 彼はそっと触れるだけのキスをして彼女をベッドに寝かせた。


「さぁ、まだ熱が下がり切っていないんだ。ちゃんと休んで?」
「はい、旦那様。」


 しばらくベッドサイドの椅子に座り、ジュリアの手を握って今日の出来事を話していたウィリアムは、レジーに呼ばれ仕事に戻り、彼女はその後穏やかな寝息をたて始める。

 メアリとマーサの看病のおかげでジュリアの熱はその翌日には下がったのだが、過保護な夫の行き過ぎた心配のため、彼女がベッドから出るのは更に二日後のことになるのだった……。










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