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第25話
しおりを挟む「ビル?どうして?どうしてここにいるの?王都に着くのはまだ何日も先のはずでしょう?まさか、無理をしたの?っ、身体は!?身体は平気な……っ。」
ウィリアムのシャツの胸元をキュッと握りしめ、ジュリアはポロポロと泣きながら訳もわからず問いかけ続ける。
そんな彼女を落ち着かせるように、ウィリアムは人差し指の指先を小さな唇にそっと当てると、その指の背で彼女の頬を伝う雫を優しく拭い去った。
「ジュリア。ただいま。」
どこまでも穏やかに、愛しい声がジュリアへと降り注ぐ。
「……っ、おかえりなさい……。おかえりなさい、ビル……。無事で……よかった……!」
「ああ。」
抱きしめてくれる逞しい腕。耳に直接流れ込んで来る確かな鼓動。
こんなに泣いては彼を困らせてしまうと思うのに、愛しさばかりが募って、彼女はウィリアムの胸でしばらく涙を止めることが出来なかった。
「ごめん、ジュリー。本当にごめん。君を一人にして……こんなにも泣かせてしまって……。」
いつの間にか王太后も王妃も退室し、皆を下がらせて二人きりにしてくれたティールームの中、力なく響いた彼の声に、ジュリアはハッとして顔を上げる。
「違うの。ビルは何も悪くないわ!私が……ただ、貴方に会えて、嬉しくて……。」
「ジュリー……。」
「ビル、馬車に乗り続けてきて疲れているでしょう?貴方のお部屋は整えてあるから、少し休んで……。」
「うん。そうしたいのは山々なんだけど、陛下に報告をしないといけないし、後処理が色々あってね。」
「そう……そうよね。……本当に、身体は大丈夫なの?」
「あぁ、何ともないよ。」
彼女は右手でウィリアムの頬を心配そうに包み、親指で優しくそこを撫でた。
そして、彼が何より優先すべき国王への挨拶よりも、まず自分に会いに来てくれたという事実で、ジュリアの心がじんわりと幸せに満たされていく……。
ウィリアムはやっとはにかんだ笑顔を見せてくれた妻に目を細め、彼女の右手を取ると手のひらに口づけた。
「夕食は一緒にとろう。」
「うん。」
「じゃあ、あとでね、ジュリー。」
「うん……。ビル、無理はしないでね。待ってる。」
「ああ。」
僅かに後ろ髪を引かれながらもジュリアから離れた彼は、部屋を出ようとしたところで何かを思い出したようにふと振り返る。
「あ、それから……。」
「ん?どうしたの?」
「……あの人たち、可愛いものに目がないんだ。ジュリアを愛でたくてずっと待ち構えてたんだよ。だから、強引で嫌な時にはハッキリ断って?何かあったら必ず私に言うんだよ?いい?」
『あの人たち』とは、間違いなく彼の母である王太后と義姉ステファニーのことだ。
まるで二人に嫉妬でもしているように、ちょっぴり拗ねた様子のウィリアムに、彼女の胸がキュンと痛む。
「ふふ……、わかったわ、ビル。」
「うん。まぁ……それじゃ……。」
「うん。」
そうして、可愛く思えてしまう彼の大きな背中を見送ったジュリア。
愛する夫との再会に胸を撫で下ろしたのも束の間、彼女が彼の違和感を感じ取り始めたのは、すぐその夜からのことだった──。
「ごめんね、ジュリー。流石の私もやっぱり疲れていたみたいで……。今夜は一人で眠りたいんだけど、いいかな?」
特に事件には触れず、他愛もないいつも通りの会話をしながらディナーを楽しんだ二人。
それからゆったりと時間を過ごし湯浴みを済ませたジュリアは、当然のようにウィリアムの寝室のドアをノックした。
やっと彼の温もりを感じながら眠れると思っていた彼女は、ドアを開けた彼から別々に眠りたいと言われ驚きはしたものの、その夜は「ゆっくり休んで」と頬にキスをして部屋へと戻ったのだ。
だが、それから三日。
ウィリアムは疲れが取れないからと寝室を別々にすることを望み続け、にもかかわらず、日に日に顔色が悪くなっていった……。
──どう見ても寝不足だわ……。朝、剣の稽古にも行かないなんて……。
ジュリアの前では笑顔の王子様でいてくれるウィリアムだったが、彼女にはその笑顔が痛々しく、くすんでしまったエバーグリーンを見つめながら義母の言葉が頭をよぎっていく。
そして四日目の夜──。
ジュリアはもう一度、彼の寝室のドアを叩いたのだった。
「ジュリー?ごめん、今夜も一緒には……。」
「……………。」
目を伏せたまま苦しげにそう言った夫の横を抜け、彼女は有無を言わさず寝室へと足を踏み入れる。
「っ!待ってくれ、ジュリア。本当に悪いけど……。」
「ビル。」
たじろぐウィリアムへと投げかけられる妻の毅然とした声。
「ジュリア?一体、どうし……。」
「貴方、ずっと眠っていないでしょう?」
「……………。」
「それに、意図的に私を避けているわ。」
「そんなことはないよ。ただ、疲れが取れないだけなんだ。」
「本当?じゃあ、どうして?どうして戻ってきてから、一度も私にキスしてくれないの?」
「っ、それは……!」
痛いところをつかれてしまい、彼は唇を引き結んで俯いてしまった。
ジュリアはそんなウィリアムへツカツカと歩み寄り、彼の前で大きく息を吸い込む。
「しっかりなさい!ウィリアム・オルコット!!」
「……っ……、ジュリー……。」
「どうせ貴方は、私を泣かせてしまったとか、一人にしてしまったとか、そんなことをずっと考えているのでしょう?」
「………………。」
「ねぇ、ビル?私は貴方と向き合いたいって、ちゃんと話をしたいって伝えたわ……。忘れてしまったの?」
彼女の小さな白い両手が不器用な彼の手をしっかりと握りしめると、やっとウィリアムの瞳に色が戻ってきた。
「愛してるわ、ビル。貴方は何に怯えているの?お願いよ、私にも貴方の不安をわけて?」
「……悪かった……悪かった……っ、私は、こんなに……。」
「いいのよ、ビル。大丈夫、大丈夫だから。貴方は本当に優しい人だわ。こんなに苦しむ程に優しすぎる……私の大切な人よ……。」
「……っ、ジュリアっ!」
彼の腕が痛いほどにジュリアを抱きすくめる。
ウィリアムを蝕み始めていた想いが、少しずつ、ためらいながらも言葉となってこぼれ落ち始め、彼女は彼の腕の中、そっと頷きながらその全てを受け止めていた……。
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