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13 我が儘

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「……一緒で……いいよ……」
「なっ!? ……お前、なに言い出すんだ……!?」
「先に言い出したのは、レオン……でしょ……?」
「それはっ!」

 ランタンのほのかな明かりに照らされて、上目遣いで見つめてくるアンネリーゼのどこか儚げな色に、レオンハルトの中で懸命に保っていた理性が少しずつ綻び始める……。

「アン、今夜は……!」
「ねぇ、レオン」

 何とか彼女から離れようと口を開いた彼の言葉にわざと被せるように、アンネリーゼが呼びかけた。

「前に、私に言ってくれたでしょ……? もっと我が儘になっていいって……。あの言葉、信じてもいい? 私……我が儘を言っても、いいかな?」
「アン……」

 アンネリーゼにとって、それはとてつもなく勇気を振り絞った問いかけだった。
 ワンピースの胸元を皺になるほどに握りしめ、彼女は縋るようにレオンハルトを見つめる。

(そんな潤んだ瞳で、可愛いこと言われて……。なんて拷問だよ、まったく……)

 レオンハルトは一度天を仰ぎ、ふーっと大きく息を吐いてから彼女の前に膝をついた。

「俺がダメだなんて、言うと思うか?」
「本当に、何を言ってもいいの? ……すごく自分勝手なことでも?」
「それが、我が儘だろう? ……アン? 俺はアンが望むなら、この命でも喜んで差し出す。どんな困難なことでも、全てをかけて必ず叶えてみせる」

 彼は彼女の胸元にある不安そうな白い手を取って包むと、蠱惑的に微笑む。

「……今夜、この隠れ家にいる間だけ……今だけ、ただのアンネリーゼのままでいていい?」
「ああ、もちろん」
「私、……私は、まだ、王女であることをやめる自信がないの……。お母様との約束だから……破れないの……」
「アン」

(エリザベート様との約束……。だからアンはこんなにも王女であることに固執してきたのか……!)

「レオン、あのね……。私……」
「ん?」

 とろけるほどに優しく、レオンハルトの指が長い黒髪を梳いていく。
 アンネリーゼはその手を自身の頬へといざない、恥ずかしげにそっと擦り寄せた。

「レオンが許してくれるなら……まだちゃんと、あなたへの想いを口にできなくても……許してくれるなら……」
「…………許すなら?」
「……今、ここで……私の純潔を捧げたい……。初めては……レオンがいいの……」
「っ!?」

 命あることが本当に特別なことだと、大切な人の温もりがあるのは決して当たり前ではないのだと、痛いほどに知った夜。
 アンネリーゼには、今しかないと思えてたまらなかったのだ。
 幼馴染のアンネリーゼのまま、愛する人に抱いてほしい……。この先、例えまた政略結婚することになったとしても、この夜があれば王女としてちゃんと生きていける……と……。

 一方で、驚きのあまり声も出せずに固まったレオンハルトの頭の中では、一つの疑問が彼を混乱させていた。

(……純潔って……初めてって、一体!?)

「……ごめんなさい……こんな……はしたないよね?」

 反応を返してくれないレオンハルトに不安が募り、アンネリーゼはいたたまれずに俯いてしまう。

「っ、違う! すまない、違うんだ、アン。……驚きすぎて……」
「…………」

 彼は床から離れ、彼女の隣に座って肩を抱き寄せた。

「あー、その。俺は、嬉しいよ。アンがこんな可愛い我が儘を言ってくれたこと。ただ、その……」
「…………?」
「アン? お前、初めてって……アハッツでは?」
「……殿下とは、ずっと別々の寝室だったわ。初夜もなかったの……」
「そんな! じゃあ、アンは本当に……。もしかして、キスもか?」

 レオンハルトのその問いに、彼女はきょとんと彼を見上げる。

「キスはしたわ」
「……そう……だよな……」
「うん。だって、結婚式では誓いでするでしょう?」
「………アン? 結婚式のあとは?」

 まさかと思いながら尋ねた彼は、ふるふると首を横に振るアンネリーゼを見て罪悪感でいっぱいになる。

(清らかなままのアンに、俺はなんて乱暴なキスをしたんだ……!)

 彼は自分の腕の中にすっぽりとおさまっているアンネリーゼを後悔と共に見つめた。
 今のアンネリーゼは、大切な妹だった幼い頃のようにあどけなく、それでいて雄の欲望を刺激する色香も同時に纏っている。

(やり直したい。あのキスを……)

 ゆっくりとレオンハルトの顔が近づいてきて、彼女は思わずギュッと目をつぶってしまった。
 そんな無垢な反応に、触れる直前フッと彼が笑った気配がして、瞼に、こめかみに、頬に……幾つもの口づけが降り注がれる。
 柔らかくも熱いその感触に、アンネリーゼの口からは甘い甘い吐息がこぼれた。

(わ、私、なんて声で……!)

 その恥ずかしさから、彼女は反射的にレオンハルトの胸を押しやってしまう。

「なんでっ、そんな……。い、いつもみたいに強引にしてよ……」
「ん? 照れてる?」
「……っ、バカっ……」

 小さくそう呟きながらも、彼のチュニックを掴んで離さないアンネリーゼの愛らしさが、レオンハルトをたまらなくさせた。

「初めてなんだもの……は、恥ずかしいに決まってるじゃない……。レオンのバカ……」
「ん? 惚れた女の初めてくらい、とびきり優しくしてやりたいんだよ。……そんな男心、わかれよ、バカ……」

 いつも通りの素っ気ない物言い。
 見つめる瞳に映り合う、お互いの何より大切な人……。
 額と額をコツンと合わせると、二人は同時に吹き出して柔らかく笑い合った。

 まだ言葉にできない想いを込めて、アンネリーゼがそっと唇を重ねる。
 それを受け入れ許すように、レオンハルトが唇を啄み、舌先で軽く割れ目をなぞった。
 ほんのりとゆるむ彼女の唇。優しく差し入れられた彼の舌が歯列をくすぐり、上顎を舐めあげていく。
 そしてそのザラリとした感触が、感じたことのない疼きとなってアンネリーゼを震わせた。

「あ、あん……んぅ……」
「可愛い声……。ん、そう、ちゃんと息して……」
「ん、……ん……」

 舌を絡められ、混ざり合う二人の熱さ。耳に響く煽情的な水音すら、今夜はとろけて聞こえてくる。

「上手だよ、アン……。もっと感じてごらん?」

(ああ、夢みたいだ……。アンが俺の腕の中で……こんな……!)

「レオン……レオン……。ん……」

 キスをねだるように、彼の胸元を掴んで体を寄せるアンネリーゼを、レオンハルトはぽすんと押し倒し、足をすくい上げてベッドに乗せた。

「アン? 恥ずかしい?」
「うん……」
「そうだよな。でも、それでいいんだよ」

 彼が優しく組み敷いて、濡れた唇で愛しげに彼女を求めてくる。
 また大きく塞がれて、小さな口内を愛撫する肉厚の舌先。
 上顎をなぞられるたびに、アンネリーゼは軽く身をよじった。

「こうやって、自分でも触らないような場所を委ねて、さらけ出して……感じて……」
「あ、んっ……」

 ワンピースの上から体のラインを確かめるように、レオンハルトの大きな手が撫で上げる。

「それがになるってことだから……。いい?」

 アンネリーゼはその優しい最後の確認に、泣きそうな目で真っ直ぐに彼を見つめながら頷いたのだった。










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