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前編
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「君はやはり続けるべきだと思うよ」
落ち着きはらったその声は、頭上から降ってきた。
休み時間。窓際。炎天。風がそよそよと前髪を撫でる。もうこれは眠るしかないだろう、という整えられた環境に従い、机に突っ伏していた。なぜ夏休みなのに授業に駆り出されなければならないのかについてはもう考えないことにした。埒が明かない。
それで、なんだっていうの、光合成さながらに日光浴を楽しむわたしを邪魔したこの声は。
仕方なくゆっくり体を起こすと、声の主であろう少年が神妙な顔つきでわたしを見つめていた。これといった特徴のない顔立ちだ。誰だっけこいつ。
「僕は、そう思うんだけど」
そいつはもう一度はっきりとそう言った。
続けるべき、って何がだ。
「部活、辞めるんでしょう」
「…っ」
なんで知ってんのよ。部員にも顧問にも話してないのに。面識もない、この男が。
それにいきなりこんな話を持ち出して一体どういうつもりなのか。
唇をかんで、そいつを睨みつける。小脇に抱えた教科書には、村上、と記名してある。村上っていうのか。
「だとしたら、何?あんたには関係ないでしょう」
精一杯平静を装って、吐き捨てる。
「関係、ですか。そうですね、ないです。けど、クラスメイトが何か悩んでるかもしれないのを見て見ぬふりなんて、僕、したくないですから」
村上はわたしの視線を物ともせず穏やかな口調で話し続ける。
あ、同じクラスだったのね。
「村上、あんた、お節介な奴ね」
理由はどうであれ、心配してくれているところを邪険に扱うのは心が痛んだが、もうここまで大きくでてしまった以上引くわけにもいかず、悪態をつく。モテないわよ、なんて付け足す。
村上は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにもとの笑顔に戻って、すみません、性分で、と苦笑いした。すみません、という割に反省の色はない。
「あの、言いづらいんですけど、井川さん」
突然名前で呼ばれて思わず身構える。意識したわけじゃないけれど、きゅっと眉間に力が入るのが自分でわかった。
「この教科書、借り物です」
「は?」
何、急にその報告。それこそこの話に関係ないわ!と心の中でツッコむ。
「いや、ですから」
「何」
「僕、町田です。町田空」
「え」
「はい」
「ん?」
「はい?」
いや、だって教科書…あ、借り物か。
「と、に、か、く!町田!」
きまり悪くなったのを誤魔化そうと、思い切り立ち上がり、つめ寄る。
「わたしのこと、あんたにとやかく言われる筋合いはないの!放っておいて!」
わたしが声を荒げると、町田は驚いたように目を見開いて、少しなにかを考えるように視線を外した後に、ごめん、と言った。
周りで騒いでいたクラスメイトたちが、何事かとこちらを振り返る。
わたしたち二年生が主力となってのスタートをきったばかりの部活動。チームの雰囲気を壊しちゃいけないと思って、迷ってるうちに自分でもどうしたらいいのかわからなくなって、けれど相談できる本当に心の許せたひともいなくて。ここまでひとりで我慢してきたのに。なんで、なんでわたしがこんな目に合わなくちゃいけないのよ…!他人に言われなくても、自分が一番わかってる。自分が一番、悩んでる。
堪えきれず頬を伝った涙を町田に見られまいと再び机に突っ伏す。
私たちに集まった不思議そうな視線を散らすかのように、四限の始まりを告げるチャイムが鳴った。
落ち着きはらったその声は、頭上から降ってきた。
休み時間。窓際。炎天。風がそよそよと前髪を撫でる。もうこれは眠るしかないだろう、という整えられた環境に従い、机に突っ伏していた。なぜ夏休みなのに授業に駆り出されなければならないのかについてはもう考えないことにした。埒が明かない。
それで、なんだっていうの、光合成さながらに日光浴を楽しむわたしを邪魔したこの声は。
仕方なくゆっくり体を起こすと、声の主であろう少年が神妙な顔つきでわたしを見つめていた。これといった特徴のない顔立ちだ。誰だっけこいつ。
「僕は、そう思うんだけど」
そいつはもう一度はっきりとそう言った。
続けるべき、って何がだ。
「部活、辞めるんでしょう」
「…っ」
なんで知ってんのよ。部員にも顧問にも話してないのに。面識もない、この男が。
それにいきなりこんな話を持ち出して一体どういうつもりなのか。
唇をかんで、そいつを睨みつける。小脇に抱えた教科書には、村上、と記名してある。村上っていうのか。
「だとしたら、何?あんたには関係ないでしょう」
精一杯平静を装って、吐き捨てる。
「関係、ですか。そうですね、ないです。けど、クラスメイトが何か悩んでるかもしれないのを見て見ぬふりなんて、僕、したくないですから」
村上はわたしの視線を物ともせず穏やかな口調で話し続ける。
あ、同じクラスだったのね。
「村上、あんた、お節介な奴ね」
理由はどうであれ、心配してくれているところを邪険に扱うのは心が痛んだが、もうここまで大きくでてしまった以上引くわけにもいかず、悪態をつく。モテないわよ、なんて付け足す。
村上は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにもとの笑顔に戻って、すみません、性分で、と苦笑いした。すみません、という割に反省の色はない。
「あの、言いづらいんですけど、井川さん」
突然名前で呼ばれて思わず身構える。意識したわけじゃないけれど、きゅっと眉間に力が入るのが自分でわかった。
「この教科書、借り物です」
「は?」
何、急にその報告。それこそこの話に関係ないわ!と心の中でツッコむ。
「いや、ですから」
「何」
「僕、町田です。町田空」
「え」
「はい」
「ん?」
「はい?」
いや、だって教科書…あ、借り物か。
「と、に、か、く!町田!」
きまり悪くなったのを誤魔化そうと、思い切り立ち上がり、つめ寄る。
「わたしのこと、あんたにとやかく言われる筋合いはないの!放っておいて!」
わたしが声を荒げると、町田は驚いたように目を見開いて、少しなにかを考えるように視線を外した後に、ごめん、と言った。
周りで騒いでいたクラスメイトたちが、何事かとこちらを振り返る。
わたしたち二年生が主力となってのスタートをきったばかりの部活動。チームの雰囲気を壊しちゃいけないと思って、迷ってるうちに自分でもどうしたらいいのかわからなくなって、けれど相談できる本当に心の許せたひともいなくて。ここまでひとりで我慢してきたのに。なんで、なんでわたしがこんな目に合わなくちゃいけないのよ…!他人に言われなくても、自分が一番わかってる。自分が一番、悩んでる。
堪えきれず頬を伝った涙を町田に見られまいと再び机に突っ伏す。
私たちに集まった不思議そうな視線を散らすかのように、四限の始まりを告げるチャイムが鳴った。
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