ストレンジ・ブラックス

こはく

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第四話 夜祭

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「辺りが暗くなって来ましたねえ、祭りって暗くなってからやるものなんですね!」
トウヤがワクワクを滲ませながら言った。
「いや、そう決まってるわけじゃないよ。ただこの国では夜が多いかなぁ。ほら、だって。夜だったら、昼に迫害されているような種族でも、バレずに祭りっていう楽しむための行事に参加しやすいでしょ。だけどそんなことできるのはこの国くらいなんだ。だって他の国にはない、特殲っていう強い戦力があるから。本当は迫害なんてないのが一番だけど、法令で禁止されていても、人間の心に根付いた意識の問題だから、根絶は難しいんだよ」
そう言いつつ少し残念そうなマークを見てトウヤは、
(優しい人なんだな。強くて、頼もしい。ちょっとだけソキさんに似てる気がする……マークさんのほうがしっかり者なのかもしれないけど……ほらあの人ルーズなとこ多いし)
なんて考えていたのだった。
その間に二人は祭りの会場へ到着した。細長い道路の両脇に多くの屋台が立ち並び、それは暗闇の中で光を放ちトウヤの好奇心をくすぐる。
「わああすごいっ!!っていうか、人たくさーん!」
きゃっきゃとはしゃぐトウヤをマークは可笑しそうに見つめている。
(たしかに、記憶がある中で外に出たのは初めてらしいもんな。こんなに大勢の人とすれ違うのもなかったんだろう)
「マークさんっ、チョコバナナ?食べたいですっ!」
チョコバナナの屋台を指差して言ったトウヤに、マークは笑って頷く。
「若いっていいねえ、甘いもの食べても美味しいで済むでしょ」
老人ぶって話すマークに、トウヤが少し笑った。
「マークさんはそうじゃないんですか」
「俺……俺はなぁ、特殲に入って初めて向かった任務で臓器をやられて、治癒してもらったけど、それからどうにも甘いものは胃が受け付けなくてね」
軽く聞いたつもりだったが少しヘビーな話になって気まずくなったトウヤはとりあえず苦笑いをして、
「じゃあそのぶん僕が食べますね」
トウヤ自身よく分からないことを言っておいた。
「買ってくるから、屋台の横で待ってて」
「ありがとうございますっ」
屋台の列に並んだマークは、すぐにチョコバナナと共にトウヤのもとへ帰ってきた。
「いただきますっ」
トウヤは嬉しそうにチョコバナナにかぶりついて幸せそうに笑った。
「んーーおいしいっ!さいこーですっ!」
マークはそんなトウヤを見て満足気に笑った。
「マークさんっ、あの、パン!って撃つやつ!やりたいですー!!」
チョコバナナを食べ終えて直ぐに、射的、と書かれた屋台を指さしたトウヤにマークは笑って言った。
「いいよ、やろうか」
マークはトウヤを連れて屋台の男に声をかけた。
「この子、とりあえず一回やらせてあげて」
「はいよー!五発で100バースね」
「あっお金、」
はっとしたトウヤに、マークは右手をひらひらさせて言った。
「いいから、気にしないで」
「ありがとうございますっ」
トウヤは喜んで、置かれていた玩具のピストルを手に取った。
「……あれ、そういえば銃ってどうやって撃つんですか?僕、刀の訓練しかしてきてないです」
手に取ってから聞いたトウヤに、マークは苦笑いした。
「これは玩具だから、トリガーを引けばいいだけだよ。貸してごらん」
マークはトウヤの手元の玩具のピストルを持ち、それを景品棚に向けて構えた。
(おおお……!!様になってる!)
トウヤは、かっこいい~と呟きながらその姿を見ていた。
「対象に照準を合わせて」
片目を閉じて、マークが一つの景品に狙いを定めた。
「体がブレないように注意しながら……まあ玩具だからまずブレないけど」
トウヤはうんうん、と相槌を打ちながら話を聞く。
「引き金を引く」
パスっ!という音と共に、小さな玩具の銃弾が景品に当たる……かと思いきや、全く別の方向へ向かった。
「わっ、えっ」
屋台の男が額を押さえて驚いた顔をしていた。
「えっマークさんっ」
慌てたトウヤとは裏腹に、マークは余裕の笑みを浮かべて男に言い放った。
「景品が全部棚に貼り付けられてるね」
男とトウヤが目を見開いた。
「りっぱな詐欺じゃないか」
男は慌ててその場から逃げようとしたが、マークはその腕をしっかりと掴む。
(えー!なんで分かったんだろ!!すごい!!)
トウヤは目を丸くしてその光景を見ていた。
「ああ、これならまだ悪魔の方が楽だったよ、特殲の管轄じゃないから彼を警察に突き出さないと」
煩わしそうに言ったマークに、トウヤが苦笑いする。
「待ってるから、行ってきてください」
(目を離しちゃダメなんだけどな)
マークは周辺を見渡して、あ、と声に出してからサングラスを外し、一人の人物を呼び止めた。
「ちょっと、そこの、金髪の……キリくーん」
トウヤが驚いた顔をして、そしてキリも驚いた顔をしてマークの方を見た。
(あれって特殲副隊長の……)
キリは一人で歩いていたが、マークに呼び止められ慌てて人をかき分けトウヤたちのいるところへ走ってきた。
「トウヤてめぇなんで特殲の副隊長と歩いてんだ?そういえばさっきお前の隣にいた男は只者じゃないだろうと思ってたが……それも副隊長か!」
「ちょっ、落ち着いて落ち着いて」
マークは慌ててサングラスをかけ直して、周囲の人たちに気づかれないように、しー、と言いながらマークへ人差し指を立ててみせた。
「初めましてキリくん、俺は特殲の副隊長マーク。姿を見つけたから、頼みたいことがあって君を呼んだんだ、突然ごめんね」
マークに詐欺を見抜かれた男が、副隊長だと知って驚愕していた。
「俺は今からこの男を警察に突き出してくるから、その間、彼と一緒にいてくれないかな。事情があって、ええと……彼から目を離すなって命令なんだ」
なんと言ったらよいのか迷いながら言ったマークの言葉に、キリは訝しげな顔をしつつ頷く。
「あんたに命令できるってことは……こいつは隊長とも何かあるのかよ」
面白くなさそうに言ったキリを見て、マークが少し冷や汗をかいた。
(一応この任務は口外禁止なんだけどなあ、あとでソキに叱られるかも……しかしこの男をキリくんに任せると警察にとってもややこしいだろうし、付近の特殲隊員にトウヤくんを頼んでも、俺の贔屓だと思われたら試験で困るから……やむを得ないよなあ)
「……とにかく、俺が戻るまで頼むよ。報酬も何もないけど、きみの実力を見込んでいるから頼んでるんだ。俺としては受け入れてほしい」
(俺の実力を……特殲の副隊長が見込んでいる)
キリはその言葉を聞き、喜びを隠しながら頷いた。
「しかたねぇ、一肌脱いでやるよぉ。トウヤ、てめぇより俺の方が強いみたいだなぁ」
ニヤニヤとそう言うキリに、トウヤは少しイラッとしながらマークに言った。
「大丈夫です、知らない人には着いていかないし」
マークは少し心配そうに頷いた。
(もしトウヤくんに何かあれば……)
昨日、勘違いでトウヤの顔に傷をつけた時のソキの恐ろしいオーラを思い出しマークは震えた。
「ああ、気をつけて。くれぐれもキリくんから離れないようにね」
はは、と笑いながらトウヤが頷き、マークはキリに顔を近づけて耳打ちした。
「初対面がこんなふうになってすまないね。悪いけど、何かあれば彼を頼む。知り合いなんだよね?」
「まあ」
こいつは忘れてるけど、と付け足して言ったキリ。
「記憶を失う前に?」
さらに踏み込んで聞くマークに顔をしかめながら、キリは頷く。
「……彼は昔、能力を使っていたの?」
「なんの能力かは知らねえけど」
(やはり彼は能力がないわけじゃないのか)
マークは、トウヤのいない場所でソキと話したことを思い出す。
『出かけている間、何かが引き金になってトウヤの能力が発現するかもしれない』
唐突にそんなことを言ったソキに、マークが驚愕する。
『はあ!?ないんじゃなかったの?』
『記憶を失う前は必ずあったんだ。それがなくなったわけじゃないだろう、たぶん。俺でもトウヤの中の能力を感知できないからただの予想だけど。でももしもトウヤの中のそれが発現して、トウヤがそれを制御できなければ』
ソキは顔をひきつらせて笑顔を作った。
『死者が出る可能性もある』
マークが目を見開いた。
『……ソキは彼の何を知ってるんだ?』
『まだ分からないことの方が多いんだ、お前にでも、迂闊に報告はできないよ』
(ソキがトウヤくんの何かを握っていることは確かだ)
マークはトウヤをじっ、と見てからキリの目を見た。
(そしてソキはそれを踏まえて、過保護になるほど彼を護ろうとしていることも事実。それなら)
「何か起きて、彼が能力を使おうとして」
キリとマークが互いの目をしっかりと見る。
「きみが何か危険だと感じたら、必ず彼を止めてくれ」
(俺がやることは決まっている)
マークは、素性も何もわからないトウヤという男を護ると改めて決意したようだった。それが副隊長である自分の務めだと認識した。
「……ゼンショする」
わけもわからないことを言われたキリは少し不服そうであったが、真剣なマークにふざけて返事をすることはできず、そう答えた。
「頼む」
マークはそう言ってキリから離れて、最後にもう一度トウヤを見て言った。
「すぐ戻るからね」
「はーい」
トウヤはマークとキリが何を話していたのか少し気になりながらも、元気に返事をしておいた。
マークは男の両手を掴んで、トウヤに背中を向けて歩き出す。
(嫌な予感がする)
まだ祭りを楽しんでいる表情のトウヤとは裏腹に、マークは胸のざわつきを無視出来ずにいた。
「……てめぇよ、なんで記憶消えたんだあ?」
キリはトウヤの隣に立って言った。
「えぇ……分かんないよ、記憶ないんだもん」
トウヤは眉を下げて答えた。
トウヤにとっては話すのが二度目の相手のはずだが、二人はそんなことを感じさせないほど自然に見えた。
「そりゃそうかあ……お前、武器持ってんのかぁ?」
「あ……実は、まだ」
そう答えたトウヤに、キリは目を丸くした。
「能力かぁ?」
「うーん……まぁ、戦ってからのおたのしみ!」
なんと答えても困るような気がして、トウヤは苦笑いと共にそんなことを言っておいた。
「はっ、手の内は明かさねぇってか」
二人の間に少しの沈黙が生まれ、トウヤがそれを壊す。
「キリは、氷……の能力だよね?さっき見た」
「ガキの頃よくお前を凍らせて親に怒られたわ」
ははっ、とトウヤが可笑しそうに笑った。
「でもお前の能力は……なんだったんだろうなぁ」
「えぇ、覚えてないの?」
少し残念そうなトウヤだが、はっとする。
(記憶喪失前は……あったんだ、能力)
「いや、てめぇが言わなかったんだろ。……って言うより、お前自身何なのか知らなかったと思う」
(なんじゃそりゃあ……とことん謎だな)
トウヤがため息をのみこんだ。
「……待て」
キリが突然驚いたように動きを止める。
「え……?」
不思議そうにゆっくりとトウヤはキリの顔を覗き込むが、キリは慌ててトウヤの腕を掴んだ。
「来る!行くぞ!」
そして、人混みをかき分けて全力疾走を始めた。
「えええっちょっ、まっ、どこにっ、」
「感じる……来てる!!悪魔だ!!強い!!」
キリとトウヤが走り出して少し経つと、人が二人とは逆の方向へと走り出した。
ざわめく群衆を導く、特殲隊員の声がトウヤに届いた。
「上位悪魔接近!!直ちに東へ逃げてください!!」
(上位……悪魔!!)
「てめぇ戦えるなぁ!?トウヤ!!」
キリがトウヤに向けて叫んだ。
「とーぜん!!」
(ソキさんにつけてもらった修行で!!念の為、って帯刀してるし!)
トウヤの腰には一本、刀があった。ソキが使用時以外は人から見えないように能力をかけているが。
本来、一般人が刀や銃などを携帯することは禁止されているが、特殲を志す者のみ許されているらしい。
もちろん、特殲を目指していると言い張るものの、全く試験を受けていない、受けるつもりもない……というような不届きな行為を防ぐため警察官などから職質等されることは多々あるが。
国の法律によってそういうことが定められていることからも、この国がいかに特殲を伸ばそうとしているかが見て取れる。
二人が街を走れば走るほど、人が少なくなっていく。皆、避難しているからだ。
キリは、悪魔の気配を察知し、近づくため住宅街を迷わずに走る。
「君たち!何してる、ここは危険だから早く東へ!!」
「るせぇぇぇ!俺は強いやつと戦いてぇだけだああ!」
住宅の瓦屋根の上を走っている特殲隊員が、トウヤとキリに気づいて呼びかけたが、キリはすぐに言い返した。
「な……っ何を言ってるんだ、早く戻りなさ」
特殲隊員の言葉が途絶え、キリとトウヤが反射的にその声の方向を見て、立ち止まった。
ガラガラっ、と瓦屋根から男が落ちてきて、ドサッ、と地面に伸びる。刃物のような鋭いもので切られたのか、首に深い切り傷があり、ドクドクと大量の血が流れ出ていた。
「っ!!!」
トウヤは慌ててその男に駆け寄り、特殲の制服から見えていた男のタオルを手に取り傷口を押さえる。
(一体なにが、)
「や……ねの……うえ……」
男の言葉を聞き、トウヤとキリは恐る恐る屋根の上を見る。カツ、カツ……と瓦屋根を何かが歩く音がする。それは月の光を背に、ゆっくりと、様子を伺うようにして現れた。
「第四……階級」
キリがかすれた声で呟いた。
(第四階級……!?それって……)
トウヤは昼にマークと交わした会話を思い出した。
(特殲の最強の十人で妥当な……)
形は人間と同じだった。ただ、背中からは大きな黒い翼が生えていて、爪は三十センチほどと長く鋭く、額には黒い斜方形の痣が複数ある点で人ではないと判別できた。
(これが悪魔……第四階級!戦う……?逃げる?)
トウヤは迷わず腰の刀を抜き、同時にキリも腰に携帯していたピストルを咥えた。
「……おまエたチ、ナンだ」
(話した!!僕らの言葉だ……お前たち、なんだ……って言った?)
「トクセン……でモなく……なぜこコにいル」
「ほまへに、かんっけぇねええええ!!!」
キリが大きな声で叫んだ。銃を噛んでいるため何を言っているのか分からない。
「ほへは、ほまへほ、たおおおおおおおふ!!(俺は、お前を、倒す)」
走り出したキリを見届けて、トウヤは止血中の男を見る。
(頼む……助かってくれ!僕も参戦したほうが……きっとキリ一人じゃ倒せない!でも止血はやめられない……キリが負けない限り応援が来るまで、僕はここから離れない方がいい)
トウヤはもどかしい気持ちで止血を続けていた。
一方キリは屋根に上り、第四階級悪魔と対峙していた。悪魔はその恐ろしい目でキリの目を見て……目を見開いた。
「おまエ……ダッそうシャ!!!」
「はにいっへんおか、あっかんえぇんらよ!!!(何言ってんのか分かんねぇんだよ)」
キリは拳を握りしめ、腕を凍らせた。そして大きく振りかぶり、悪魔に殴りかかった。銃はまだ使わないようだ。
しかし悪魔はいとも簡単に右手の掌でその攻撃を止め、さらに背後から左手を回して爪を突き刺そうとする。
「らっ」
キリはそれを躱し、右足を凍らせて、足を振り上げて悪魔の顎を蹴った。
しかしその足首を悪魔に掴み、キリは屋根の端まで投げられる。
ガラガラ、と瓦を飛ばしながら、キリは着地に成功した。
(ちっ、埒が明かねぇ)
キリがもう一度戦闘姿勢になおろうとしたところで、バン!!と鈍い音がしてキリの顎に鈍い痛みが走った。
(なん……)
「こノ程度とハ、ざンねんダ」
ドドドドドド!!!とキリの全身に悪魔の拳が入る。
(くそ……っ見えねぇ!!)
身動きこそ取れないものの、キリは思考を止めていなかった。
(恐らくさっきの男の首はこいつの爪……つまり今、俺のことを殴らなくても、爪を使えば一瞬で殺せるんだ!それでも、俺を殺さないのは)
キリが悪魔の額に、ガン!と勢いよく頭突きをした。
悪魔は外傷もなかったが、キリから少し距離をとる。一方キリは全身がボロボロで、頭からも血が垂れていた。恐らく折れている骨もある。
(くそ……っ、いてぇ、いてぇじゃねぇかあのクソ悪魔、ぶっ殺す!!)
キリはそれでも決して目的を見失わず、戦意を削がれた気配もなかった。
「イミル」
キリは噛んでいたピストルを構えて、そう呟いた。
(まだ俺のことを舐めてるうちに)
キリが悪魔の眉間に照準を合わせた。
「撃ち抜け!!」
その大声と共に、小さな銃弾が悪魔へと向かっていく。悪魔はそれを冷静に見続けて……パシっ、と右手の親指と人差し指でつまんだ。
キリが顔をしかめる。
(そりゃあ素直に受けてはくれないか)
「なにか、はいッていルな」
悪魔は初めて、ニヤリと笑ってキリを見た。
「おもしロいガ、おまエは、みジュくすギル!」
「うっせぇ、なめんなクソ悪魔!!!」
バン!!という激しい音を立て、悪魔が掴んでいた銃弾が爆発し、キラキラと細かい結晶が舞った。
(なにヲしタ?なにガおこル?)
ガン!!!
悪魔は後頭部にひどい衝撃を受けた。キリが凍らせた拳で力いっぱい殴っていたのだ。悪魔の頭から紫の血が流れ出る。
「爆破はブラフだ、ばああああああか!!!」
キリがもう一度拳を振りかぶった。それと同時に、ザシュッ!という不気味な音がキリの耳に届いた。
そして、じわじわと感覚が襲ってくる。
「がっ……」
キリの腹を、悪魔の爪が貫通していた。腹から真っ赤な血が溢れ出る。
「おまエ、コロす!!!」
(ま、ずい……)
悪魔がキリの腹を刺している手とは逆の手で、キリのこめかみに向けて振りかぶった。
(こんなとこで死……)
「らあああああああ!!!!」
カラン、という音がして、キリはいつの間にか悪魔から離れていた。
「て……めぇ」
キリが顔を歪める。トウヤが刀で悪魔の爪を切断し、キリを助けたのだ。
「男の人は大丈夫……特殲の人が手当てしてる、あと、数人応援も来た!」
キリはフラフラと立ち上がった。
「っし……じゃあここからが……っ本番だなぁ?」
もう一度拳を凍らせて走り出そうとしたキリを、トウヤが頭を軽く叩いて止めた。
「馬鹿なの、そんなの刺さってるくせに」
グロいの苦手なんだけど……と冗談っぽく顔をしかめて傷口を見るトウヤをキリが睨む。
キリは爪を掴んだ。
「うあっ、ちょっまっ、ダメダメ、抜いちゃダメだって」
トウヤが慌ててキリの腕を掴む。
「ああ……?邪魔、じゃねぇか」
「抜かない方が安全なんだよばかぁ!」
キリは一瞬考え込んで、その場に座った。
「もう大丈夫だ、きみたち」
二人の前に、一人の男が立ちはだかった。その人は特殲の制服を着ている男だった。明るい緑色の髪をかきあげて、大きな矛を構える。
(かっこいい……!)
トウヤがその姿に見とれているうちに、悪魔はゆっくりとトウヤたちの方へと歩いてくる。
「ここは特殲に、任せろ!!」
男は走り出して、悪魔へ向かっていく。
「班長、参戦します!!」
「私も参戦します!!」
さらに二人の同じ制服の男女も、一斉に悪魔に攻撃を仕掛ける。
「はあああああ!!!」
班長と呼ばれた男が、その矛で悪魔を貫こうとするが、悪魔は容易くそれを躱す。しかし、ザシュッ!と不気味な音がして、悪魔は目を見開く。
(カわしたサキにモ、矛……!なゼ……!?)
トウヤがごくりと唾を飲んだ。
(矛を操る速さが尋常じゃない……ここから見ていても見えないほど早く、矛を悪魔が躱した方向に動かした……ここから見えないんじゃ、悪魔から見えたわけがない……あの緑の人、強い!)
その矛は悪魔の身体へと、植物の根のようなものを広げようとする。悪魔はすぐに後ろへ退き矛から逃れた。
しかし、後退した先には、隊員二人が待ち構えていた。二人同時に槍で悪魔を貫き、悪魔は苦渋の顔をする。
(我々は十要の次に強いと言っても過言ではない、セル班だ!!俺たちなら……第四階級にでも勝てるかもしれない!)
隊員はニヤリと笑って、
「班長、トドメを」
ザシュッ!
隊員が、糸が切れたかのようにその場に倒れた。それも、三人、同時にだ。
(そんな……あの悪魔、何かを飛ばして、三人一気に攻撃した……)
トウヤが、刀を構えて姿勢を整えた。キリは立って戦える様子ではない。
ジジジジ……と緑色の髪の男の制服の無線連絡機が音を立てた。
「ダメ……だ……」
悪魔の、彼らに与えられた傷が、確かに……消えてゆく。
(治癒……そんなこともできるのか……っ)
トウヤが顔をしかめた。
「この第四……偵察だ……っ」
緑色の髪の男が、恐らく報告中なのだろう。しかし悪魔は気に留めず、トウヤとキリの方へと歩いてくる。
「十要……よん……でくださ……」
トウヤが悪魔と緑色の髪の男を交互に注意深くみていると、男がトウヤを見て言った。
「逃げ……ろ……!!し……ぬな……っ」
(逃げる?)
座り込んでいるキリ、トウヤに死ぬな、と言ってからすぐに意識を失ってしまい、生きているかわからない緑色の髪の強い男、動けそうもない恐らく彼の部下の二人、下で倒れている、首を傷つけられた男。
それらがトウヤの中に、ぐるぐると渦巻く。
(逃げた方が……いい、僕は助かるし、きっと僕が戦わなくても十要は後に来る)
悪魔が近づいてくる。
「でも……それでも……っ」
トウヤがぎゅっと刀を握り直した。
(逃げて生きて帰ったところで)
落ち着くために、ふぅ、と息を深く吐いた。
(ソキさんに誇れないんだよ……!)
「……お、い」
キリがトウヤに話しかけた。
「俺の武器の……銃弾は、当たれば……勝つ」
トウヤが静かに頷く。
「弾は……六発……残りは五発」
ふらふらとキリは体を起こし、ピストルを構えた。
「てめぇに当たっても死ぬから……、あの悪魔に、当てやすいように……戦え」
(今戦えるのは、僕だけだ。辛うじてキリが、チャンスに狙撃してくれる)
トウヤはまっすぐに第四階級悪魔を見た。
(せめて十要が来るまで……僕一人で、足止めする)
覚悟を決めたトウヤは、刀を構えて悪魔のもとへ走り出した。
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