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第七話 未知の力

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「活躍の……カギに?」
「うん。まず大事な話をするから、聞いてね」
トウヤが大きく頷いた。
「トウヤはとても大きな力を持ってる。自覚は?」
「……?ない、です」
とても不思議そうな顔をして言ったトウヤに、ソキが真剣な顔で続ける。
「俺の能力は、気。この能力のできることのひとつとして、俺は目を見るだけで相手の能力が何かが分かる。その俺が分からなかった能力がトウヤのそれ……分かることといえば」
トウヤの目を見て、ソキが言った。
「トウヤが能力を使、史上最強と呼ばれてもおかしくないほど強くなれる……てこと」
トウヤが目を見開いた。
「簡単なことじゃないよ。トウヤと同じ能力を持つ人は恐らくいないから、どうすれば強くなれるのかはいつだって手探りになる。それでもトウヤは、俺を超えて最強になるって……言ったでしょ?」
少し口角を上げたソキに、トウヤが頷く。
「ならやるべきだと俺は思う。トウヤが特殲の試験までにすべきことは、魔気のコントロールと……能力の把握。トウヤが悪魔にした攻撃は、身体に魔気を纏って刀を振っただけだった。つまり能力は、これから習得……というか、記憶のある限り初めて使って、どんなことができるのかを把握しておいた方がいい」
「やります。魔気のコントロールも、能力も!!」
真剣な空気を壊すように、トウヤが笑顔で言った。
「そう言うと思った。じゃあまず、魔気の制御と解放の感覚を掴もう」
立って、というソキの指示に従い、トウヤは立ち上がる。
「今、トウヤは魔気を身体に流すことができてる。それも一定の量、質でね。でも、意図的に身体に纏う魔気を弱くしたり、強くしたりすることもある。どんなときかわかる?」
うーん……とトウヤが考え込んでから言った。
「弱くするのは、疲れたとき?強くするのは……えっと、威嚇するとき?」
「うん、威嚇……まあ合ってるけど」
くすくす、とソキが笑う。
「もっと人間らしい言葉にすると、威圧だね。あと、弱くするのは自分の存在を敵にバレないように隠れたいとき。まあでもトウヤに威圧は無意味かな。俺が今めちゃくちゃ威圧してることにも気づいてない」
「もう!抜き打ち!聞いてないです!」
「今言っててもわかんないでしょ?」
「分かんないけどーーっ」
トウヤが頬をふくらませた。
「拗ねるなよ、長所だから」
ソキがまたくすっと笑って言った。
「でも、トウヤは威圧しようと思わない方がいいよ。もちろん威圧で不戦勝……なんてこともあるけど、トウヤの魔気じゃ命を奪いかねないからね。味方が近くいるときとか、特殲の人間との対戦、とかではやらないでほしい」
「命を奪……」
絶句したトウヤを見て、ソキが頷いた。
「でも、意図的に威圧する以外で……感情が引き金になって、自然と魔気が流れ出ることもある」
ソキがトウヤの額にトン、と人差し指を当てた。
「トウヤに一番身につけてほしいのは、その制御だ。感情的になったときにその巨大な魔気が勝手に放出されないように」
「感情的になったときって……怒った時とかってことですよね。それを我慢するってことですか?てことは……ソキさんはこれからの特訓で僕を怒らせるんですか……?」
少し困った顔で言ったトウヤ。
「何したら怒るの?」
「えっと……うーん、なんだろ」
「分からないでしょ?だからトウヤを怒らせたりはしないよ」
第一、とソキが苦笑いする。
「トウヤの力は未知数なんだ。俺には恐ろしくて怒らせることなんてできないよー!」
冗談めかして言ったソキだったが、半分本心のようなものだった。しかしトウヤはそれを笑い飛ばす。
「んはは、嘘言わないでくださいよー!でもたしかに怒れる気はしないし……どうやって訓練するんですか?」
「まず、魔気を放出する感覚を掴んでもらう。怒りで魔気が流れ出ても、いち早く気づけるようにね」
ソキが、自分の頬をパン、と叩いた。
「手加減不要。魔気を思いっきり流そう。トウヤは今、無意識に制御してるんだ。どんなイメージを持ってるのか分からないけど、それを増大させて」
トウヤが目を閉じた。ソキがにやりと笑う。ソキはぴりぴりと空気が張り詰めるのを感じていた。
(これ結構……俺にとっては危ないんだよね)
「強くする……」
ボソッと呟いているトウヤを見ながら、ソキは思う。
(トウヤがどこまで伸びるかはまさに未知数……超えられないように気を引き締めてこう)

トウヤが訓練を積み重ね、ついにその日はやってきた。
ソキが計画した、十要と他の試験者たちと特訓する会は、入隊試験三日前……つまり、今日、開かれる。
「公のやつじゃないし、口の堅い十要メンバーを選んだよ。行ってからのお楽しみだけど」
少しワクワクしているソキに、トウヤが言った。
「けど……いいんですか?」
しかし、トウヤは少し不満げだった。
「何が?」
「……僕、ソキさんが、試験までにしてほしい残りのふたつって言ってた一つめの、魔気のコントロールしかまだ出来てないです」
ソキが少し笑った。
「確かにね。俺もこの日までにはもう一つに少しでも取り組みたかったのは事実だ」
玄関の前で二人が向かい合った。
「俺がもう一つトウヤにしてほしかったことは、能力の把握だって前に言ったよね?俺の能力で何の能力か分かったら一番楽だったけど、やっぱりどーうしても、トウヤの能力だけは俺わかんないわけよ」
カチャカチャ、と音を立てて、ソキが鍵を手に取った。
「だからもうここは、勝負をかけることにした。トウヤが使える能力はどんななのか?知るために今日は行くんだ」
「僕の能力を……知りに行く?」
「うん。トウヤの能力が未知である以上、どこに引き出しがあるか分からない。だからいろんな人の能力を見るのがいいと思うんだよね。そのための、今日にしよう」
トウヤに他人の能力を見せる……ソキのその判断は、後に同じ能力の師がいないことで伸び悩むトウヤを救うものだった。もちろん、ソキ自身もトウヤも、今はそのようなことを知る由もないが。

「いや、まさかソキが本気で計画してたとは思わなかったよ」
マークが疲れた表情でソキに言った。マークは特殲隊員が訓練するための外部の訓練場を貸し切り、さらに十要に頼み込んだ本人だ。
ソキが押し付けた仕事をこなすのはマークにとっていつものこと以外の何でもないが、それでもハードな仕事だったに違いない。
「ありがとうございますっ、いい機会です、ほんとに!」
嬉しそうなトウヤを見て、マークが困ったように笑った。
「そりゃそうだよ、育成のためなんだから……育ってくれないと俺の頑張りの甲斐なくなるからね」
「まあそう言わずに」
不服そうなマークにソキが笑いかける。
(特殲入隊前の青年たちを育成するなんて有り得ない話)
マークがトウヤを見て思う。
(ソキが、他人から見ると有り得ないと思うことをするのは珍しいことじゃない。それでも今回のことには……俺でも驚いているし、呼んだ十要もそうだった)
その真剣なマークの心の声とは裏腹に、ソキとトウヤは笑いながら何かを話している。
(俺から見ると、ソキの狙いなんて聞かなくても分かる。でも十要は違う……今日呼ぶ十要数人の中には、ソキが隊長になった後に十要になった人もいる。しかしソキは、かつてこんなイベントを行ってこなかった。それどころか、過去のどんな入隊試験にも強い興味を示してこなかった)
長期間ソキを支えてきたマークだからこそ、疑問を持たずにはいられなかった。
(これまでの十要のほとんどが、入隊前から、今「豊作」と騒がれる今回の受験者以上に注目を浴びていた。それなのにソキが今回の受験者のために、既に育成に取り掛かっている……。その理由)
呑気に笑っているトウヤを見て、マークが心の中で呟く。
(明らかに、ソキが人物がいる。十要は恐らく今日……その人物を探りに来るだろう)
「トウヤくん」
マークがトウヤを呼んだ。
「そろそろメンバーが集まる頃だ」
訓練場の中心でソキとトウヤとマークが立っているが、そこに入口から近づいてくる人物があった。
「お前魔気纏ってるじゃねえか」
トウヤにそう言ったのは、もちろん、キリだった。
「キリ!久しぶり」
「んな久しくもねえわ」
キリは以前の戦いでボロボロになっていたが、治療を受けて全くそんなふうに感じさせないほど回復していた。それはトウヤも同じだが。
キリは少し機嫌が悪そうだった。
「いやー、間に合わんかと思った。あれ?まだまだ人来てへんやん、ラッキー」
トウヤにとっては聞きなれない声がした。
「こんにちはー、アスカラー・メールド、丸腰でーす」
ひらひらと手を振りながら、小柄なその男が言った。特徴的な話し方と、その薄く黄色がかった緑色の髪は、注目を浴びるには充分だ。
(この人が「治」の能力の、武器を持たない……)
トウヤがじっ、とアスカラーを見た。
「ええ、ウケる。アスカまた身長縮んだ?」
アスカ、というのは、アスカラーのことだろう。親しげにアスカラーを呼んだのは、入口から歩いてくる二人組のうちの一人だった。
「はあ!?縮んでねえし!!クズ!!」
アスカラーに身長の話はタブーなようだ。
「あ。初めまして、俺はキース・カグチャ。二人が、俺たちの他に今回の試験を受験するっていう?」
キースは、燃えるような赤い髪とは正反対の、落ち着いた印象だった。
「んー、でもこっちは有名やろ?えっと……確か、キリ・アマガセ」
アスカラーの言葉に、キリが答える。
「てめえは?」
「さっき名乗ったやん……」
嫌味のように言ったキリに、アスカラーが肩を落とした。
「てか早くリースも名乗りや。この子らと初対面やろ?」
リース、と呼ばれたのは、キースの隣に立って何も話していなかった、キースと非常に顔が似ている、藍色の髪の男だ。
リースは、この訓練場に入ってずっと一人の人物だけを見続けていた。
「……」
キースとアスカラーが、何も言わないリースに不思議な顔をする。それから、リースが口を開いた。
「あんた……黒の戦士だろ?」
その言葉に、キースとアスカラーが驚いた顔をした。キリは何も言わず……トウヤだけが、きょとんとした顔をしていた。
「え?……何?」
「確かに……能力で染めて黒にしてんのかと思ってたけど、そんな魔気は感じられへんな」
アスカラーがリースの言葉に賛同したようなことを言い、トウヤはさらに不思議そうな顔をする。
「……黒の戦士なのは間違いない。でも……何で話題になってないんだ?……名前は?」
困った顔でトウヤが言う。
「えっと……トウヤです」
「?名字は?」
「あ……信じてもらえないかもしれないですけど、僕小さい頃の記憶がなくて……」
「へえ!、すげえ、記憶ないとか俺も言ってみたい」
アスカラーがあはは、と笑いながら言った。
「ていうか、なんで敬語なん?たしか同い年なんちゃうかった?あ、記憶ないから分からへんのか」
「こいつも俺もお前らと同じだ」
キリが間に入って言うと、キースが目を丸くした。
「あら、キリくんとトウヤくんは知り合い?」
「はあ……まあ名前ぐらいは」
「嘘つけ、僕の幼なじみなんだろー!」
突き放さないでよー、とトウヤが頬を膨らませる。
「あれっ、じゃあ名字知ってるんじゃ」
「いや、興味なかったから知らねえ」
ガクッ、とキースが崩れ落ちる。
「とにかく、みんなタメでいこ!せっかく仲間んなるかもしれへんし」
人懐こく、アスカラーが笑う。
「俺のことはアスカでいーよ。トウヤ、キリ」
「ん!よろしく!」
トウヤも嬉しそうに笑った。思えば、友達作りはトウヤにとって初めてだった。
「俺も呼び捨てでいいよ。よろしくね、トウヤくん、キリくん」
キースが爽やかに笑顔を浮かべて言った。
「……ほら、リースは」
「俺も呼び捨てで」
トウヤがきょとんとして、それから頷く。
「ごめんなあ、リースめーちゃ人見知りやねん」
アスカラーの言葉に、キースがうんうん、と頷いた。
「仲良くなれたみたいでよかったよ」
マークが笑顔で話しかけると、トウヤとキリ以外の三人が動きをとめた。
「……え」
初めに声を出したのはキースだった。
「え……ふ……副隊長?本物?」
「え……いつからいはったんですか!?」
リースも、口にこそ出さないものの、明らかに驚いた顔をしていた。
「最初からね。気配は消してたけど」
(気配消してたって……ここまで近くて気づかないとかあるかよ……)
キースが厳しい顔で笑う。
(……臨戦態勢ではなかったとはいえここまで完璧に)
リースも少し悔しそうに心の中で呟いた。
「俺の話より、そろそろ十要が着くころだよ」
マークがにっこりと笑って言った。
(あれ……ソキさんがいなくなってる)
トウヤは、先程までこの場にいたはずのソキがいないことに気づいた。
(マークさんの顔とかはメディアで普通に見るけど、ソキさんは名前も顔も非公開だからかな)
訓練場の入口から、突然声がした。
「さて、可愛い女の子はいるかなー?」
マークとトウヤ以外の全員が、いっせいに入口の方向を見た。
(何だ……この気配)
キースが、信じられない、といった顔でその男をみた。
(これが十要か)
キリも何か感じているようだった。
「……」
その男は、明るい金髪頭で、2メートルと10センチメートルほどありそうな大男だった。しかしあまりゴツさを感じさせないシルエットとその甘いマスクは、人から言い寄られるには十分過ぎるだろう。
「男しかいないのかよ」
はあ、と男がため息をついた。
「ほら、きみ達は特殲候補だろ?挨拶」
マークが促すと、キース、リース、アスカラーの三人が一斉に跪いた。
トウヤも慌ててそれに倣い、マークがキリを跪かせた。
「初めまして。特殲十要がひとり、ライドル・プラナルだよ。基本的に女の子の相手しかしないつもりだったけど」
ライドルがにっこりと笑った。
「今回は別だ」
「ライ、びびらせずに早く来い」
そのマークの言葉に、ライドルが笑顔のまま頷く。
「はいはーい」
マークの隣に立ったライドルがマークに何か言おうとしたが、その言葉はマークによって牽制された。
「詮索するなって言ったことは忘れたのか」
一切ライドルを見ずに小声で行われたその牽制に、ライドルが苦笑いをした。
「いや、何も聞かないよ。ただ、生で初めて見たなあって……あ、ビル!!」
ライドルが、嬉しそうに入口の方向へ叫んだ。
「あー……ライ、久しぶり」
ビル、と呼ばれた男は、少し困った顔でライドルへひらひらと手を振った。跪いたままのトウヤたちは、ちらっと顔を上げてその男を見た。
「……ちわー。ビル・エルクールっす」
ぺこり、と低姿勢に頭を下げたビルだが……
(いや、タトゥー……?すごっ)
トウヤがそう思うのは当たり前だった。上下長袖を着用しているビルの肌が見えている部分全てに、ツタのような模様が確認できる。銀髪にところどころ混じる黒髪も、ツタ模様と相まって、どこか怪しげだった。
「十要が三人集まると聞いてたが……俺が最後か、待たせたな」
そして、いつの間にか二人の隣に、背が高く筋肉質で、赤と橙の混じった髪を後ろへやっている、無精髭を薄く蓄えた男が立っていた。
「エンさん」
マークが、安心したように笑った。
(最も長く十要を勤める……エン=ファゴル)
キースがごくりと唾を飲んだ。
(ファゴルさんの能力は炎……俺と同じだ。炎のスペシャリストがこんな近くに……)
「おう、副隊長。隊長は?」
「ああ、何やら悪魔が出たみたいで。数が多ければ私たちも隊長に呼ばれるかもなんで、一応準備はしておいてください。ライとビルも」
マークにとって、エンは、形式上は部下であるものの、歳上な上に、その強さを尊敬しているため敬語で、一気に仕事モードに入ったようだ。
「了解。んで、この五人が例の?」
エンの言葉にマークが頷いた。
「女の子以外に興味は無いけど……名前は?」
ライドルがトウヤたちに聞いた。
「トウヤです」
真っ先に答えたのはトウヤだった。
「キース・カグチャです」
その後も、アスカラー、リース、キリが続く。
「え」
キリの自己紹介がおわった後、ビルが何かに気がついたような声を出した。
「……とりあえず……楽にしたらどうすか」
ビルの言葉で、トウヤたちが跪くのをやめて、立ち上がる。
(このトウヤって子……黒の戦士だなぁ。っていうか名字名乗らないし……あやし……まぁ副隊長に、詮索禁止って釘刺されてきてるからな……面倒だし何も言わないでいいや……)
「早速だけど、時間も惜しいし一人ずつ見てもらおうか。まず、そうだな。キースくんはエンから、リースくんはビル、キリくんはライからいこう。アスカラーくんとトウヤくんはそれが終わるまで待機ね。五人が、十要三人全員のレッスンを受けられるようにするから」
「はい!」
トウヤは、訓練場の隅にアスカラーと立った。その二人以外は、それぞれ割り振られた十要のもとへ行き、詳しい自己紹介か何かを話している。
「……でもさぁ。実際トウヤって何者なんやろなあ?黒の戦士ってことは強いんやろうけど……戦ってみたいなあ。まあ試験のお楽しみか」
にこやかな笑顔を浮かべて言ったアスカラーに、トウヤが首を傾げた。
「あのー、思ってたんだけどその、黒の戦士?って、何なの?」
「え、あー……記憶ないから知らんの?」
「いや、まあ基本的な知識はあると思うんだけど……」
(ソキさんからもらった本のおかげで能力なんかのことも全く分からないわけじゃないけど、わからないことも多いんだよなあ)
「黒の戦士って言うのは、まぁ簡単に言えば、地毛が黒髪のやつのことやな。ビルさんみたいに、黒髪が少し混じってる人でもめちゃくちゃ珍しくてなあ。黒い髪が一本生えただけでも大騒ぎや。だからトウヤみたいに、全部真っ黒なんはたぶん、誰も見たことないんちゃう?能力で染めてる人も多いけど、それは魔気で分かる。トウヤのは地毛やな」
「うん、地毛だけど……」
トウヤがまだ腑に落ちていない顔でアスカラーを見る。
「珍しい髪色の人くらいいくらでもいるんじゃないの?」
「いや、ただ珍しいだけじゃない。黒髪の人はな、めちゃくちゃ強いねん」
何度かトウヤが瞬きをして……それから言った。
「たまたまじゃないの」
その言葉に、アスカラーが頬をふくらませた。
「違うしぃ。全員もれなく強いねんで?そりゃ根拠とかは分かってへんけど」
「へーえ」
興味無さそうに言うトウヤを見て、アスカラーは首を傾げた。
「嬉しくないん?自分が、黒の戦士、って特別なものもって生まれてるって分かっても」
「嬉しい……?」
トウヤは少し考えた。それから、しばらくして口を開く。
「僕が目指すのは特別じゃなくて最強なんだ。えーと、だからー………隊長を超える!てこと」
あ、とトウヤが思い出したように言った。
「じゃなかった!隊長じゃなくて、ガバル・ゼウマン……この人を超えるんだった」
マークから聞いた、ソキですら尊敬し続けるその男の名前を出すと、アスカラーも流石に驚いてしまった。
「ゼウマンさん……って……本気?」
「え?うん。だから、自分が黒髪だから何だって話だよ。特別だって、誰かより弱かったら意味が無いでしょ」
ぽかん、と口をあけて聞いていたアスカラーが、口を閉じて、少し笑う。
「おもろいなー、トウヤ」
「え?」
「だから、おもしろいなぁって。俺、トウヤと同じ班なりたいかも」
トウヤが、その言葉を聞いて目を輝かせた。
「ほんと!?」
「あはは、弱かったら無理やでぇ」
バン!!!
「うっわぁ、やるなあ」
大きな音がした後に聞こえたその声の主は、ビルだった。そしてビルにそう言わせたのはもちろん、
「リース・カグチャくん……才能すね、これは」
どうやら二人は実践訓練をしていたようで、リースがビルにライフルでBB弾を撃ったようだ。
「どうもです」
リースは距離をとって射撃を行った場所から、ビルの方へと歩いていく。
「まぁ取れたっすけど」
ビルの手にはBB弾があった。ライフルの射撃を受け止めたようだ。
「あぁ……はい」
まぁ取れたけど、というビルの少々挑発的な言葉にも顔色を全く変えず、リースが言葉を受け流した。
「うわぁ……すご。十要に才能認められてるで」
アスカラーが感心したように言った。すると、さらに続いて、訓練場が突然熱くなった。キースの炎だ。
「なかなか、いいじゃないか。俺がキースの歳の頃よか炎を使いこなしてる」
「ほんとですか」
キースが嬉しそうに笑って、続くエンのアドバイスに何度も頷きながら聞いていた。
「リースもキースも、スペック高すぎるよなあ」
アスカラーのその言葉は少し羨ましそうにも聞こえた。
「双子で、二人とも能力は能力四柱に数えられる能力で、それも風と炎」
「その能力四柱ってなんなの?」
ずっと思ってたけど……と付け足したトウヤに、アスカラーが口を開いた。
「能力四柱は、風、炎、水、治の四つの能力のことや。他の能力は、基本的にこの四つの派生やと言われてる。つまや能力の起源に最も近いって言われる能力やから、めっちゃ強い」
へぇー、とトウヤが言って、でもまたすぐに聞き返す。
「能力の起源っていうのは?」
「詳しくはまだ分かってへんけど……これは聞いたことあるやろ?最初に能力を手に入れた人の話」
「えっとー、たしか特殲の初代隊長さんだっけ?」
アスカラーが力強く頷いた。
「その人が、初めに悪魔を倒した。すると悪魔を武器に封じることができて、そこからそうした武器も増えていったらしい。つまり、その初代隊長の能力が、人間にとっての能力の起源なわけやけど。その能力が分かってへんから、まぁ謎が多いなあとしか言われへんな」
興味深そうに頷いたトウヤだったが、あれ?と首を傾げた。
「でも炎も風もだけど……アスカの治も能力四柱でしょ?二人だけじゃなくてアスカもすごいんじゃ」
それはトウヤの純粋な疑問だったが、アスカラーは頬をふくらませた。
「たしかに俺治癒はできるけどさぁ。がっつり戦闘向きな能力とかじゃないやん。でも俺は治癒だけする隊員とかにはなりたくない。……まぁ俺だって治の能力は誇りやから、だって」
不貞腐れた顔をしていたアスカラーは、トウヤを見て、ピースサインをして笑った。
「俺の治があれば、敵に受けた傷もゼロになる。どんなに劣勢でも俺が治癒すれば、優勢も劣勢もない、スタートラインに戻せる。そんな能力俺にしかないやろ」
トウヤもつられて笑った。
「やから俺は能力でスタートラインに戻す役割を担いつつ、さらに俺のプラスに駆け出す一歩を作りたい」
笑っているトウヤに気づいて、アスカラーは訝しげな顔をした。
「何笑ってんの」
いやぁ、とまた笑いながらトウヤが言った。
「僕もアスカと同じ班になりたいなぁってさ」
ぽかん、としてから、アスカラーは笑った。
「はは、じゃあトウヤが頑張らなあかんで。能力四柱の能力は保持者が少ない。治もや。さらに俺は、ちょっとだけやけど、戦うこともできる治保持者。その珍しさから、試験免除して入隊してもいいって言われてたぐらいや。まぁ受けるけどな」
(試験免除してって……すごいな。それほど欲しい人材だってことだ)
ごくりと唾を飲んだトウヤを見て、アスカラーが少し笑った。
「まぁでもそれは俺じゃなくて俺の能力への評価やからアテにするもんでもないけどな。実際戦ってみたら俺が不利なことの方が多い。だって俺は能力では戦われへんから」
「そうなんだ?よく分かんないけど戦ってみたいね」
よく分からへんのかい、とアスカラーがつっこんだ。
「あ……トウヤくん、呼ばれてるで」
「え、あ、もう僕の番か。はーい!」
トウヤが慌てて、自分を呼ぶ男の方へ駆け寄る。
「こんにちは!トウヤです!」
「ちはー、ライさんでいいよ、トウヤくん?名字を教えてくれ」
トウヤがまず話すのはライドルだった。
「えーと……すみません、僕は小さい頃の記憶がなくて、名字が分からないんです」
「ん?トウヤってのは自分でつけたの?」
不思議そうに聞いたライドルにトウヤが首を振った。
「いえ、うーん……そこは内緒で、えへへ」
分かりやすく濁したトウヤだったが、ライドルは嫌な顔をしなかった。
「そうなんだ?じゃあ、能力を教えてくれる?」
「えっ……と、能力はまだ……」
「まだ?もう少し仲良くならなきゃ教えてくれない?」
「え!いや違くて!」
トウヤが何を言っても戸惑うことなく質問を続けてくるそのライドルの勢いに押されながら、トウヤが首を横に振った。
「まだ、分かんなくて!」
「へぇ。使ったことないってこと?能力を?」
「ですね、まだ魔気の調節しかできなくて」
ライドルがふーん……と舐めまわすようにトウヤを見る。
「保護者はいないの?一人暮らし?」
「あー、一人暮らしではないです、二人で」
「じゃあその人にいろいろ教えてもらってるんだ?魔気の流し方とか」
「はい!」
即答したトウヤに思わずライドルが吹き出した。
「はははっ、正直だな!」
「え……何がですか」
「隠してるつもりだろうけど丸わかりだよ。俺は勘がいいからね」
ニヤニヤと不敵に笑って言うライドル。冷や汗をかいているトウヤに、ライドルはさらに追い討ちをかける。
「きみの師匠はずいぶんな実力者だろ?そしてきみが特殲を受けるってことは師匠も特殲の人間かもな……それもかなり上層部の……」
「ななななな何言って、何言ってるんですか!」
トウヤは慌ててライドルの言葉を遮った。
「まぁいいよ。俺は女の子にしか興味ないからね」
(ほんとにこの人読めないなぁー!)
心の中で、悲鳴のような声をあげたトウヤを置いて、ライドルはまた話し始めた。
「俺の能力は雷。武器はこれ」
ライドルは自分が背負っていた、布に包まれた細いものをトウヤに見せた。
「わあ……槍?」
その布を解くと、トウヤの言う通り、槍だった。
「強そーう!!!」
「俺の場合、満たしやすい発動条件だから俺の戦いは能力が中心だよ」
「発動条件?」
首を傾げたトウヤを見て、ライドルが苦笑いした。
「知らないのか。発動条件はそのままの意味で、能力を発動するために満たさないといけない条件のこと」
ほぉ……とトウヤが頷く。
「そもそも悪魔掃滅武器を手に入れるためには悪魔との契約が欠かせない。人から受け継ぐ時も同じだ。その武器に宿る悪魔と話して、発動条件を決める」
「話して……って、武器の中の悪魔と話せるんですか?」
「話そうと思って話せるわけじゃない。基本的に悪魔と話せるのは、前の武器の保持者から武器を受け継ぐときと、自分が武器を受け渡すとき、つまり死ぬ時だけだよ」
ライドルの言葉から察するに、悪魔掃滅武器を手放すことは死ぬまで出来ず、死んでからしか継承させられないのだろう。
「そういえば、きみは武器も持ってないの?」
「あ……持ってます!」
トウヤが元気よく返事をすると、
「何なの?」
間髪入れずにライドルが聞く。
「ええと、刀が二つ!」
「……二つか。でも今持っていないってことは、人体憑依型……つまり、出したい時に出せるやつでしょ?」
ライドルは、人体憑依型という言葉の説明を後に付け足してそう言った。
「出してみてよ」
「っはい」
(僕が一番苦戦したのは、黒龍と白龍を呼び出す時の魔気の制御……絶対に気を緩めずに……)
トウヤが、口を開いた。
「黒龍、白龍」
ズン、とトウヤの両腕に重みがかかった。
(できた!)
マークは、そんなトウヤを見て少し満足気に微笑んでいた。
「これ……」
ライドルはしばらく黙り込み、それから言う。
「……きみの記憶がある時にはもう契約した後だった?」
「えぇと……悪魔と話した記憶はないので、たぶんそうです、かね……?」
(……いや、これ……悪魔なんてレベルじゃ……)
トウヤがいとも容易く握っている双剣は、ライドルにとっておぞましい以外の何も感じ得なかった。
(彼以外のすべてを拒絶するような雰囲気)
深刻な顔しているライドルの顔を、トウヤが不思議そうに覗き込む。
(とても人が契約できるものとは思えない)
「……能力が分からないってことは、その刀を使ったことがないってこと?」
「あ、えぇと……一度だけあります。その時は、魔気を纏わせて斬っただけでしたけど」
「何を斬ったのかな」
「たまたま現場に居合わせたので、悪魔、です」
ライドルが、目を見開いて……
「くくく……っ、そうなんだ?」
非常に可笑しそうに笑った。
(能力の援助もなく刀で悪魔を斬った?それも、悪魔を一般人が斬った事例は近年で一度、この間の第四階級悪魔、それも偵察だけ。偵察の第四を能力も使わず魔気だけで)
心から楽しそうに笑うライドルを、トウヤは少し引いた目で見ていた。
(彼の魔気がすごいのか、彼の剣筋がすごいのか、それとも刀がすごいのか……はたまた、その全てか)
「ごめん、その武器なおしてもらっていい?」
笑顔のまま言ったライドルは、その後衝撃の言葉を口にした。
「俺と木刀で勝負しようよ」
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