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第八話 能力の名

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(僕が十要と……ライさんと勝負!?)
トウヤが思わず心の中で叫んだ。
「で……でも、ライさんの武器は槍で……僕は刀だ」
「でも、俺は十要できみはパンピーでしょ?」
(パンピー……なめられてる)
「……やります」
少し腹が立ったトウヤは、しっかりとライドルの目を見てそう言った。
「いいだろう。きみの剣術、見せてくれ」
ライドルは訓練場の端にあった木刀を三刀、一歩も動かずに引き寄せた。
「……どうやって」
不思議そうなトウヤに、ライドルが笑顔で言う。
「魔気だよ。自分が常に支配している、身体を巡る魔気以外も扱えば、こういう便利なことも容易くできる」
(魔気……こんな使い方もあるのか)
ふむふむ、と興味深い話に頷くトウヤを見て、ライドルがニヤニヤとした顔で言った。
「きみの剣術も、魔気の使い方によってはもっと良くなるかもね」
「え……っえ?」
詳しく、と言いたげに詰め寄ったトウヤだが、ライドルは意地悪く舌を出し、
「ヒントはここまでー。あとは俺に一撃でも当ててからいいな」
と言ってまた笑った。
「むぅ…」
頬を膨らませながら、トウヤがライドルから木刀を二刀受け取った。
「僕は刀が二本で、ライさんは一本?なめすぎですよ」
「ハンデだ、と言いたいけど」
ライドルは首の関節をポキポキと鳴らしながら言った。
「俺は槍も一本だから、両手に武器を持つ戦い方を知らないだけだ。お互い本来のプレースタイルでやり合うってことで、それは気にしなくていい」
勝負開始のため、トウヤとライドルは互いに距離を取り始めた。
(なんだよそれ……っていうか、ライさんが槍じゃない時点で相手の不利なのに、本来のプレースタイルも何もないのに。まあ槍で本気出されても困るんだけど)
トウヤが立ち止まり振り返ると、ライドルは木刀をブンブンと振り回して待っていた。
「準備はいい?」
広い訓練場のため他の指導の邪魔になることはないが、今年の試験を受けるトウヤ以外の四人も、十要も、マークも、トウヤとライドルの戦いを見たいがために二人に集中していた。
「……はい」
トウヤはそれに気づくことなく、ライドルだけを見て木刀をぎゅっと握りしめる。
(ライさんはさっき、僕の剣術を見せろと言った……つまり初撃とその後の数撃は明らかに僕のチャンスだ。見てくるだろうから)
ふー……と息を吐き続け数瞬後、ふっ!という息の音とともにトウヤはライドルとの距離を一気に詰めた。
(うわっ、何の力も加わらずにこの速さか)
カン!という高い音がして、トウヤの二つの木刀がライドルのものに止められた。
「首に当てた方の勝ちね」
余裕そうな顔で話しかけたライドルだが、
「んんん!!!」
トウヤはグッと木刀に力を込めてライドルをのけぞらせた。
(重たい)
笑顔のまま小さく舌打ちしたライドルは更に体をのけぞらせ、トウヤを遠くまで弾き返した。
(うわっ、こっちの力を利用された、上手い!)
すぐに着地をしたトウヤがもう一度ライドルへ攻撃を仕掛けるために地面に足を踏ん張ろうとするが、その時にはもう……
「首ががら空きだ」
ライドルが目の前にいた。
(はやぁぁぁっ!!っていうか、首、当てられる!)
ぎょっとしたトウヤは、床にバタン!と音を立てて倒れ、ライドルの木刀を避けた。
(躊躇せず床に飛び込む度胸と反射神経)
うつ伏せになっていたトウヤはすぐに仰向けになるが、ライドルの攻撃は止まらない。仰向けのトウヤに全力で木刀を振ってくる。
「わわわ!」
トウヤはライドルの木刀を蹴って首を守り、ずりずりと移動し続ける。そして、強くライドルの木刀を持つ手を蹴り、床を滑りもう一度距離を取った。
「今わざと手ぇ蹴っただろ!」
「まさか十要にそんなこと!」
トウヤは冗談めかしてそう返事をして、その間に考えていた。
(ライさんは僕がライさんに弾き返された時にはもう僕の近くに来てた……しかも刀の振りに妙な違和感が……それがもしかして、剣術が魔気の使い方によってもっとよくなるってやつなのか……?)
「何ボーっとしてるのかな」
先程距離をとったはずのライドルは既にトウヤの目前だった。
「うわあああ!」
トウヤは思わずライドルの胸のあたりに右手の木刀を突き刺してしまった。
「いたっ!……ひどいなきみ!俺はきみの首しか狙ってないのに!」
頬をふくらませてトウヤを批判するライドルに、トウヤが慌てて距離をとって、謝った。
「ごごごごめんなさい!!びっくりして体が勝手に!」
(……それにしても速すぎるだろ今のは……槍使いもびっくりの突きだ。脊髄反射で人を攻撃するのか?こいつ)
(今ので……分かった)
トウヤは何かを掴んだようで、もう一度集中してライドルを見た。
(刀の不自然な動きと異様なライさんの速さ)
ふっ、ふっ、とトウヤは両手に息を吹きかけた。
(まず踏切の時点で、魔気を足に集中させて)
ぐっ、と両手の木刀を強く握り直す。
(それを……筋肉の動きと一緒に、爆発的に、放出する)
ダン!!と大きな音がして、トウヤは一気にライドルとの距離を詰めた。
「はあ?」
ライドルは顔をしかめた。
(なんだこの魔気……ひどいな、才能ってのは!)
「ふっ」
(刀を振り下ろす瞬間、さっき足でやったことを腕で!)
ブン!!と不気味な音がして、トウヤの両手の木刀がライドルの首へと向かっていく。
「いいじゃん」
トウヤの耳にライドルのそんな声が聞こえて、その時にはもうトウヤは床に寝そべっていた。
(えっ)
トウヤがその状況を把握した瞬間、首に痛みが走る。
(えっ?)
「はい俺の勝ちー」
ライドルは舌を出してトウヤを上から見下ろしていた。
(木刀がライさんの首に当たりかけたところで……そうだ、首を突かれて床に伸びたんだ。でも速すぎて、地面に倒れてから首の痛みを感じた)
「もうーーー!こんなんできるなら最初から本気じゃなかったってことでしょーー!!」
明らかなその事実に文句を言ったトウヤを見て、ライドルがにっこりと笑った。
「ガキ相手に本気なんて出さないよ。まあ負けてあげるわけもないけど?」
いつの間にか、訓練場の十要は各自の指導に戻っていた。
「もう……じゃあどうして急に勝負なんて」
「個人的な興味、それだけだよ。きみもいい経験になったんじゃない?分かったでしょ?魔気の使い方」
トウヤは素直に何度も頷いた。
「あれが俗に言う能力の援助。正直もっと磨けばトウヤくんは剣術だけで上位班の班長クラスにはなると思うけど、能力もあるんでしょ?」
「わあ、ほんとですか?じゃあ剣術も磨きながら能力も磨いて、次は僕がライさんをニヤけた顔で床に寝かせます」
既に起き上がっているトウヤだが、負けて見下ろされたことを根に持っているようだ。
「ははは、言うねぇ。……まぁ実際、カルレリアにしばらく修行されてるなら妥当な強さなのかもだけど?」
「えへへ…………は?」
トウヤは照れくさそうに笑って……それから我に返って失礼に聞き返した。
「は?って……将来の上司かもなのに」
表情を変えずに余裕そうな顔で笑っているライドルにトウヤが焦った顔で言う。
「ちょ、え、なん……なんで!」
「なんで俺が、きみがカルレリアに」
「うわああああ!ちょっ」
トウヤは慌ててライドルの口を両手で塞いだ。
「なんでしってるんですかっ」
「そりゃ分かるよ。副隊長が、十要を集めさせられたって愚痴りながら俺らを呼んだからね。副隊長を動かせるのは原則、隊長だけだし……まぁカマかけただけだったけど、きみの反応で確信した」
(嵌められた!)
頬をふくらませたトウヤに、ライドルは笑顔で聞く。
「フルネームは知ってるの?一部の人しか知らないって聞いてるけど」
「…………」
何も言わないトウヤを見てライドルがくすくすと笑う。
「まあいいや。隊長のことを抜きにしても、きみに大きな可能性があることは事実だ。今後の成長に期待してるよ。以上!エンさんが呼んでる」
「ありがとうございます!!」
トウヤは嬉しそうにライドルに言った。
「あっでも隊長のことは秘密ですよ!」
「わかってるわかってる」
しっしっ、とライドルが手をヒラヒラと振りトウヤを追い払うようにした。
「ありがとうございました!」
丁寧にライドルに頭を下げて、トウヤはエンのもとへと走り出した。
「トウヤ……だったか?名前は」
トウヤは、大きなエンを見上げて頷いた。
「はい!よろしくお願いします」
「俺はエン・ファゴルだ。先程のライとの戦いは見事だったな」
ぽんぽん、とエンが笑顔でトウヤの肩を叩いた。
「わっ見てたんですか!ありがとうございます」
「トウヤは能力が確定していないそうだな」
マークから聞いた、と付け足したエン。
「はい、まだ何かも分かっていなくて……」
「それはなかなか大問題だな」
ははは、と、言葉と一致しない大笑いを見せるエンにトウヤが不思議そうな顔をした。
「発動条件もかなり重要ですよね?満たさなきゃ能力を発動できないし」
トウヤの能力について何も分かっていないことに関しての大問題のうちの一つについて言ったトウヤに、エンは意外な一言を告げる。
「いいや、発動条件についてはそこまで心配する必要はない」
「え!そうなんですか?」
「ああ。条件自体は本人と悪魔が互いに承諾して決まるものだから、能力がいかなる状況でも使えない……そんな発動条件で合致することはまずないからな」
へぇ、と納得したように頷いたトウヤを見てエンが少し笑った。
「トウヤの発動条件はかなり緩いんじゃないか?あくまでも俺の予想だが」
「ええ、なんでですか?」
少し驚いた顔をしたトウヤだが、エンは表情を変えることなく言う。
「何故かそう思うんだ。まあ俺の勘だが、トウヤには人を惹きつける何かがあると感じる」
そこまで言ってから、少し目を細める。
「それがトウヤの外見から来るものなのか、本当のトウヤのカリスマ性かは」
エンがまた少しの笑顔に戻った。
「俺には分からないが」
「カリスマ性だと信じますよ」
くすくす、と笑いながらトウヤが言った。
「副隊長から聞いたぞ、幼い頃の記憶がなく、魔気だとか能力だとかについても詳しく知ったのはつい最近だと」
「それまでも剣術は教えてもらってました。そもそも特殲を目指そうと思ったのが最近なんですけどね」
エンはその言葉に頷いた。
「あの動きは長年刀を持っている者の動きだった。……悪くなかったな、槍使いに負けてたが」
笑顔でそう言ったエンにトウヤが言い返した。
「最後の余計ですよ」
「はははは!!まあ槍使いと言うにはライは規格外だ、剣士と槍使いと称するとトウヤが可哀想だな」
(地味に傷つく……そりゃ僕の剣術は規格内ですよ)
少しイラッとしたのをトウヤは隠した。エンはほとんど挑発の気持ちで言っているため意味が無いことなのだが、トウヤはそうは思っていなかった。
「……悪魔は黒色を好む」
「へ」
突然、小さな声で言ったエンの顔を、トウヤは思わず見上げた。
「だから黒髪は強いんだ……強い武器を惹きつける」
(アスカはさっき黒髪が強いのに根拠はないって言ってたけど……あまり知られてないことなのかな)
トウヤは黙ってエンの言葉を聞いていた。
「あのな、トウヤ」
エンがトウヤの目を真っ直ぐ、しっかりと見た。
「特殲はいつまでも、出現し続ける悪魔を退治する機関として存続し続けることはできない」
(え……?)
「時代が過ぎるとともに強い悪魔が多くなっている。確かなデータだ」
先程までのトウヤへの挑発などの表情とは比べ物にならない、真剣な表情だった。
「早く地上から悪魔を掃討しなければ、とうとう手が付けられなくなる日が来る。そしてそれは遠い未来ではない」
(手がつけられなく……)
トウヤがゴクリと唾を飲んだ。
「特殊悪魔殲滅部隊に一度入隊して辞める者はいない。退職は上層部から簡単に許されるのに何故か?全員、死を覚悟して入隊するからだ」
エンがここで一度大きなため息をついた。トウヤはエンの迫力に言葉を失っていた。
「……俺は特殲が嫌いだ」
「なんで……ですか?」
思わず聞いたトウヤにエンは躊躇いながら答えた。
「……仲間が大切だからだ。大切な仲間を殺す、特殲という組織が……俺は嫌いなんだ」
(特殲は……仲間が殺される場所)
トウヤは俯いてしまった。
「それなのに俺が辞めないのは、仲間が大切だからだ」
エンが、ここでやっと笑った。ガシッとトウヤの黒髪を掴み、顔を上げさせる。
「気分の悪い話をしてすまんな……って……ははは」
声をあげて笑ったエンだが、トウヤはぼろぼろと大粒の涙を流していた。
「何か悪いことを言ったか?男が簡単に泣くな」
それがエンにとっては非常に可笑しいようで、ずっと笑っている。
「だってえ……っ、僕は、まだ……友達が少ないけど!」
トウヤが涙を拭いた。
「エンさんはきっと、何百何千の人と繋がりがあって。でもその中の特殲で出会った人は、きっといっぱい亡くなってて」
トウヤは知っていた。十要という立場に就くメンバーは何度も入れ替わる。十人という数を満たすために、何度も誰かが十要の一人になり、命を落とし……それを繰り返す。特殲の中でも十要は難易度の高い任務への出動率が高いため、殉職することも多いのだ。エンが若くないのに十要の立場であることを考えると、恐らく十要として何度も部下、同期、上司を亡くしているだろう。それを考えると、トウヤはどうしても涙を堪えきれなかった。
「それでも……っ護るために戦い続けるエンさんが、死ぬほどかっこよくてっ!!」
涙ながらにトウヤがエンのかっこよさについて語ると、エンが驚いた顔をしてから、呆れたように笑った。
「意味が分からん……そんなことで泣くなよ」
(まあ俺が重い話をし始めたのが悪かった……のか?新入り……まだ入隊もしていないトウヤにあんな話をするなんて、おかしいのは俺……か)
エンは自分自身にも驚いていた。
(不思議だ。俺に話させたのはトウヤだろうから)
「す……すみません」
トウヤは涙の最後の一滴を拭いて、もう一度エンを見た。
「僕は特殲大好きですよ!」
また、度肝を抜かれたような顔をしたエン。トウヤは少し鼻の赤くなった笑顔で続ける。
「だって強いからかっこいい!僕もそうなりたいし、なる予定はあります」
(強くてかっこいいから好きって、志望動機が幼稚園児)
マークが遠くに座ってそんなことを思っていた。
「かっこいいエンさんがかっこいい特殲を嫌ってるのはもったいないです」
まだ驚いた顔をしているエンを見て、トウヤが付け足した。
「えっと、友達が大好きなトマトを僕は実はきらいだ、みたいな……そういう気持ちになります」
「わからん」
「えぇ……」
すぐに分からないと言ったエンにトウヤが一瞬怯んで、でもすぐにまた話し出す。
「だから、とにかく……僕が、特殲がこれ以上エンさんに嫌われないようにしますっ」
びしっ、とトウヤがエンを指さして言った。
「強くなって強くなって……特殲が、エンさんにとってのになるように」
はっ、とエンが目を見開いた。
『エン、いつまで特殲をにしようとしてるんだよ』
エンの脳内に、一人の男からの言葉が浮かんだ。
(あぁ、そうか……似てるな。トウヤは、あいつに)
「口は達者だな」
笑顔でエンが言うと、トウヤは口を膨らませ、口だけじゃないです、と言い返す。
「これは本当は言えないことなんだが」
エンのその言葉に、トウヤが興味津々で聞き入る。
「……特殲の上層部で、一般人からの特殲隊員募集は今回で最後にすると決まった。つまり、これから特殲の隊員が増えることはほとんどない」
トウヤが何度か瞬きをした。
(えーー!ギリギリじゃん!……ソキさん僕を特殲に入れる気なかったんだなあほんとに)
「それを踏まえて聞かせてほしいんだが」
エンがそれらを余興として、本題を話し始めた。
「黒の戦士は敵に狙われやすい」
少しだけ……先程のような緊張感はないにしても、エンの顔は真剣だった。
(悪魔は、黒色が好き……だからか)
「トウヤほど純粋な黒髪だけの者はこれまでにいなかった。それを特殲としては……作戦として利用せざるをえないことを理解してほしい。ぶっちゃけると、普通の隊員より、なんなら十要よりも危険な任務に当てられる。でもそれはトウヤだけじゃなく、トウヤの班が、なんだ」
(僕の……班の仲間も)
エンの言いたいことがトウヤにはすぐにわかった。
「辛い道だ。……それでもトウヤは特殲に入ってくれるのか?」
「もちろんですよー!っていうか安心しました!だってマークさんが脅しみたいに僕に、「トウヤくんみたいなよくわからん、誰と合うかも分からんやつは、班編成で絶対あまるよ、近距離戦が得意な人多いし入隊してもしばらく特殲の掃除でもするんじゃない?」みたいなこと言ってきてたので、僕としての需要があるなら嬉し……」
「そんなこと言ってないって言ってるぞ」
エンが笑いながらトウヤに言って、マークの方を見させた。
「あ……聞いてるんだ」
トウヤが焦ったように呟いた。マークはにこにこと笑っているがその本心はよく分からない。
「判断はトウヤに任せているような言い方をしながら、情けないが、トウヤには入隊を期待している。トウヤだけでなく今回の受験者全員。将来隊長を目指せるレベルなんじゃないか?」
少し嬉しそうに笑ったトウヤがエンの言葉に頷いた。
「みんな僕よりすごいと思うけど、必死に頑張るしかないです」
謙虚だな、とエンが笑う。
「ああ……もう時間だな。悪い、つまらない話だけで時間を取ってしまって」
「タメになる時間でした、ありがとうございました!」
トウヤは人懐っこく笑った。
「あー、トウヤくん」
遠くから、控えめにトウヤを呼ぶ声が耳に届く。
「はい!」
いい返事をしたトウヤが声の主を見ると、
「ちょっと……外に出て話したいんすけど……」
ビルがトウヤを呼んでいた。

「ええと、急に呼び出してすんません」
「大丈夫ですっ」
トウヤはビルの言葉に首を振った。
「……聞かれちゃダメな話なんで」
ビルはトウヤが横に並んでみると、意外と小さかった。トウヤよりも少し小さい。
「結論から言うと……」
そこまで言って、突然ビルが言葉を発しなくなった。しばらく沈黙が続いて、トウヤが不思議に思い口を開いたところで、
「えっと……誰すか?聞いてんの」
「へ」
トウヤが首を傾げると、聞きなれた笑い声が聞こえた。
「あははは……っ、よくわかったね」
「そ……っ」
ソキさんだ!と声をあげそうになるトウヤだが、ビルの前だと思い自分の口を必死に抑えた。
「え……隊長?」
訓練場を出てすぐの廊下で話していたが、廊下の角からソキが現れた。ソキは顔が見えないように深くフードを被っていた。
「悪いねビル。別に立ち聞きしてたわけじゃないんだ」
「嘘っすよね……めちゃくちゃ聞き耳立ててたっしょ……」
ソキは隊長としてあまり皆と個人的に話すことが少ない。それは十要のビルとて同じで、それなのにソキを過度に怖がらずに話すビルのような者は案外珍しかったりする。
「まぁ今さら隠さなくたっていいっす、俺でもあなたの立場ならトウヤくんを育てます」
「……やっぱバレるよなあこんなことしたら」
ソキは諦めたように言った。
「保護者なんすか」
率直なビルの質問に、ソキがすぐに首を振った。
「保護者としてトウヤと過ごしたわけじゃないよ。どっちかって言うと……」
トウヤはソキに肩を組まれた。
「兄弟とか……友達みたいな。世話して世話されての関係、いぇい」
ピースサインと共に語尾でふざけて、トウヤが少し笑う。
「っと……たぶん確信を持ってるのは俺だけっす。これからトウヤくんが出会う人も……たぶん誰も気づかないっすけど……言わなくていいんすか」
(何の話だ……?)
トウヤだけが話の内容を全く理解できなかった。
「だめだよ、言ったら」
「……なんでです?」
「一つ、トウヤの負担になる。二つ、トウヤにはでやる気を出してほしくない。三つ、危険に繋がる。過保護かな?」
まくしたてたソキにビルが苦笑した。
「まぁ……そっすね」
(何の話だあ……?)
トウヤだけは何も分かっていない。
「じゃあそのことは言わないっすけど……能力については話した方がいいんじゃないすかね……」
ビルは面倒くさくなってきたようで言葉に力が無くなってきていた。
「ああそれは全然教えてあげてほしい。……俺にはトウヤの能力が全然分からないんだ。あれだけ傍にいながら」
少し憂いを帯びた声色だったように感じられたが、それは一瞬だけだった。
「なんでもいいっすけど……俺の家系は、唯一黒の戦士を継いでる家系で……」
「へぇ!」
トウヤは関心を示すようについ声をあげてしまった。それを見てビルが説明を補足する。
「でもうちの家系に行方不明者はいないんで……トウヤくんは違うっす。……この家系以外は、突然変異……つまり規則性はなく、たまたま黒髪を含んで産まれてくる」
(そうか、じゃあもしかしてビルさんって家がもう強い家なんだろうか)
トウヤの予想は当たっている。黒の戦士を産み続ける家なのだ、もちろん良い家とされる。
「……なんで、俺の家にはいろいろ……資料があるわけなんすけど」
ソキもトウヤも黙ってそれを聞いていた。
「極秘事項なんすけど……言っちゃうっす、まあたぶんトウヤくんは当事者なんで……俺が知っててきみが知らないのは……変なんで」
「あ、ありがとうございます」
トウヤはまだあまりよく分かっていないが、礼は言っておいた。
「まず……その、刀?出してもらえるすか」
「はいっ……黒龍、白龍」
両手の双剣を見て、ビルが頷いた。
「俺が知ってるのはその黒い方だけっすけど……俺の家が知ってることは全て話すっす」
ビルが服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「まずトウヤくんの能力の名前」
画面に写る写真をトウヤとソキに見せた。
「……闇?」
ソキが小さく呟いた。
「そうらしいっす。俺も詳しいことは知りませんけど……トウヤくんのその刀についても書かれてあったっす」
すっ、と画面をスライドすると別の写真が写る。
「トウヤくんのために説明するっすけど……基本的に、能力と武器どちらが先かって言ったら武器なんすよ」
(さ……先ってなんだ?)
明らかにまだ分かっていないトウヤにソキが言う。
「普通の人は、与えられた武器で能力が決まる、ってこと。つまり、武器はチャッカマンだけど能力は氷だ!どうしよう!みたいなことにはならないってコト」
ああー、と半分ほど理解したトウヤが頷く。
「でも稀に……能力を持って産まれる人もいるっす。アスカラーくんの治が一番分かりやすいっすね」
「そういう人は武器がいらないんですか?アスカが武器を持っていないように」
「いらないっていうか……」
とうとう面倒で疲れた顔をしたビルを見かねて、ソキが口を開く。
「武器がなくても能力を安定して使えるから、無理に武器を持つ必要がないんだ。そういう人は、産まれた時点で悪魔と契約済み、体に悪魔を宿して産まれてくる。特に悪影響はない。……言ってしまえば、自分の体が武器だってこと」
(難しいなぁそういう話)
トウヤは必死に話を聞いている。
「で……トウヤくんの能力もそっちなんす。持って産まれてくる方」
「あれ……?でも武器が」
黒と白の双剣を見て首を傾げる。
「そうっすね……えっと……」
先程の写真をもう一度見せて、ビルが言った。
「闇の能力は扱いが非常に難しい……って書いてあるんで武器はあるに越したことはないらしいっす」
ソキが眉をひそめる。
「でも産まれる前に契約した悪魔と……刀の悪魔は違う悪魔でもいいの?」
「あー、そこなんすよ、闇のやばいところ」
すっすっ、とビルが何度かスマートフォンを操作して別の写真を見せた。
「たぶんこのページに詳しく書いてあるんすけど……俺の先祖が闇の使い手を嫌ってるぽくて……読めないんすよね」
「あはは、こりゃひどいな!極秘事項が書かれてる重要文書に……」
その写真には、ソキも呆れるほどぐしゃぐしゃにされた文書が写っていた。
「き……嫌われてる?」
トウヤが困ったように言うが、ビルはそれを気にせずに続けた。
「産まれる前に契約する場合、相手の悪魔は地上にはいないってことっす、でもトウヤくんはその武器を使いこなせている、つまりその武器に今悪魔は宿ってます」
(そうか、武器の中に宿った悪魔との契約で、能力が使えて……それは産まれる前に契約した場合も一緒か)
「もっと単純に言えば……アスカラーくんは産まれる前に悪魔と契約して、悪魔を身に宿して生活をしているんすけど……トウヤくんの場合、悪魔と契約して、悪魔を身に宿さずに産まれ生活してるんですね」
さらに、とビルが言葉を続ける。
「俺は……トウヤくんの一代前の闇の能力使いを知ってるんすけど……トウヤくんが持ってるその黒い刀はその人のものっす」
(黒龍の……前の持ち主)
トウヤがぎゅっと黒龍を握った。
「しかしさっきキリくんに聞いたんすけど……その人が黒い刀を使っていた時期も、トウヤくんは能力を使えていたそうっす……武器無しで」
トウヤが必死に頷く。
「さらに、トウヤくんが産まれたのはその人が黒い刀を使いこなしていた時期なんすよ。俺調べっすけど」
一方ビルは、早く終わらせたいのか、話し続ける。
「でも闇の能力を使悪魔は一体しかいないらしい」
ビルがスマートフォンの画面の中の資料を指さして言った。
「……はぁ。俺の考察はこうっす。トウヤくんの能力は闇の能力で、その悪魔は自由に地上と悪魔の世界むこうを行き来することが可能。さらに、悪魔がトウヤくんから離れていてもトウヤくんが能力を使える、そんな契約が結べるほどの高等悪魔だ……ってことっすね」
(全然わからない……)
トウヤは難しい顔でずっと話を聞いているが、あまり理解はできていなかった。しかしソキはそうではないようで、信じられない、といった顔をしている。
「その契約っていうのは……人間が優位なものなんですか?それとも悪魔が?」
ビルはもう疲れたようで、首を横に振った。
「……場合によるよ。強い人間なら人間が、強い悪魔なら悪魔が優位だ。それは人間と悪魔が対立しているからなんだけど」
(人間と悪魔が対立……?)
トウヤが首を傾げてから、すぐに言った。
「たしかに、そもそも対立してなかったら悪魔討伐したりしなくていいですもんね」
「うん。それで、トウヤ。全然わかんないだろうから、俺がビルの話をすごーく簡潔にするとね」
ソキがいつもの飄々とした雰囲気で言った。
「トウヤの悪魔はすごーく強い!そんでもしかしたら……人間にすごく協力的な悪魔なのかも……ってこと」
「へぇ、いいやつなんだぁ、黒龍」
トウヤが嬉しそうに黒龍を握り直す。
「……たぶん、その白い方も同じような感じじゃないすか?デザイン一緒だし……」
ビルが疲れた顔で白龍を指さした。
「それが闇なら……そっちの白いのは光なのかな」
ソキが黒龍と白龍を見比べて言う。
「あ、その、闇の能力って何ができるんですか?」
とにかく、難しい話よりもそれが気になって仕方がなかったトウヤだった。
「ああ……種類としては、俺の創造の類らしいっす」
(創造……!)
トウヤが目を輝かせた。
「まず武器なしで能力を使う場合っすけど……」
スマートフォンを操作して、ひとつの画像を見てビルが言った。
「闇の能力を素手で使われると……素手で触れた部分だけ消える……って書かれてるっすね」
(消える?)
トウヤが不思議そうな顔をした。
「それと、武器を……その刀を使えば、刀が触れたものが消えるらしいっす」
ビルがトウヤを見て言った。
「たぶん使いやすいのは白い方っすね」
「白龍は……黒龍と逆なら、消えるの逆で……現れる?」
トウヤの言葉にビルが頷いた。
「俺はそう予想するっすけど……まぁなんとなく能力の雰囲気が分かったなら実践して掴むだけっすね」
ソキがトウヤの白龍を指さして言った。
「白が何かを生み出し黒は何かを消滅させるってことか。範囲なんかに制限はあるだろうけど、それは恐らく使えば分かるってやつで」
困ったように笑ったソキは、まっすぐトウヤを見た。
「能力を二種類持ってる人は、少ないけどいないわけじゃない。でもここまで真逆の能力だと、どちらも使いこなすのはかなり難しいと思うよ」
(能力を二種類……そうか、闇と光……)
じっ、と黒龍と白龍を見たトウヤ。
「俺はトウヤの前にその黒い刀を持っていた……闇の能力を持っていたってことなんだろうね。その人を知ってるんだ。でもその人は、闇の能力を上手く使いこなせていなかった。だから、その人が戦いの場で能力を使うことはなかった」
トウヤが驚いた顔をした。
「戦いの場ってことはその人も特殲隊員だったんですよね?じゃあ、黒龍に魔気を纏わせるだけで戦ってたってことですか?ずっと」
頷いたソキに、トウヤは驚きを隠せなかった。トウヤ自身まだ能力は使えないが、周りは能力で戦っている。それなのにずっと能力以外の力で戦い続けていたと聞いて驚くしかなかった。
「それからその白い刀の前の持ち主のことも聞いたけど、同じく使いこなせなかったらしい」
「……じゃあどっちも持ってるトウヤくんはもっと使いこなしにくいっすね」
ビルの口から出た本音にトウヤが目を見開いた。
「うわっ、たしかに!僕今心の中で、光と闇が揃わないと使いこなせないのかな?って思ったけど、普通に考えたらそっちだ!」
うわぁほんとだー!と、トウヤが頭を抱える。ソキはそんなトウヤを見て数秒考えて……
「いや、たしかに……有り得るかもしれない」
突然そう言った。
「俺は間近で一度闇の能力を見た……トウヤの一代前の人の能力を見たんだけど、本当に、さっきまで目の前にあったはずのものがなくなったんだ。そして二度と現れなかった。じゃあ光の能力も、一度生み出したら二度と消せない……だから使いこなせなかったんじゃないかな?」
トウヤが何度も瞬きをした。
「具体的に言えば、光の能力で悪魔との戦場に霧を発現させたとする。でもそれは戦いが終わっても何をしたって消えないってことだ。その場所での後の生活に支障が出るような能力はもちろん使う訳にはいかないから、光の能力だけだとダメなのかもしれない」
少し興奮気味に話すソキ。
「でも闇の能力も持っていれば、消せる……もし光の能力の、生み出したらもう消せないって仮説があってれば、トウヤの能力の使い方はすごく分かりやすいものになるよ」
「おぉー!!」
トウヤがぱちぱちと手を叩いた。
(この二人、なんか熱いな……)
ビルは盛り上がる二人を冷静に見ていた。
「あれ?でも、僕能力は分かっても発動条件は……」
「あぁ、それなら問題ないんじゃない?産まれる前に契約した人はこれまで全員、発動条件が無い。まぁ……トウヤがそれに当てはまるかは微妙かもだけど」
(わわ……一気に前進した!)
トウヤがキラキラも目を輝かせる。しかしすぐに何かを思い出したようにソキを見た。
「あと、その……以前マークさんから、武器は子孫が受け継いでいく、って聞きました」
ぎゅっ、とトウヤは両手の双剣を握った。
「僕が産まれる前に悪魔と契約したのはたまたまだったとしても……黒龍を前に使っていた人や白龍を前に使っていた人は、僕にとって全く無関係な人だったんですか?それか……やっぱりそういう……」
ビルがちらっとソキを見た。ビルからソキの顔はフードで見えない。
「さぁね」
迷わず答えたソキに、トウヤが目を見開いた。
「刀が教えてくれるんじゃない?自分で思い出すまで記憶喪失前のことは何も言わないって前に言ったでしょ」
トウヤはそんなソキの言葉に、少し笑った。
「もう、ケチー」
(でも……たしかに、人に言われたってまだ……わかんないもんな)
案外トウヤはソキの秘密主義に納得していた。
「でも、二人ともめっちゃ強かったってことだけ教えておくよ」
にっこりと笑ったソキに、トウヤもつられて笑った。すると突然、ブーブー……とソキのスマートフォンが振動した。ソキはその画面を見て、訓練場に入る。
「マーク、何?ここにいるけど」
ソキへの着信はマークからのものだったようだ。
「都市部に悪魔が出現した!!住人は避難させているところで、隊員が確認したところ階級は……っ第五階級が五体!第四階級が七体!!」
「はあ!?」
ソキがつい怒鳴った。
「今すぐ集まれ!エン、ライ、ビル」
(過去にも突然都市部にこの数の高位悪魔が出たことはなかった)
エンは厳しい表情でソキの前に立つ。三人がソキの前に並んだ。
「俺とマークが今すぐ向かうから心配するなと伝えた上で、エンは十要を全員……いや、グレイだけ特殲本部に残した上で現場に連れてきてくれ」
「了解」
エンが消えた。トウヤはアスカたちが一箇所に集まってきた場所に合流し、不安げな顔をしていた。
「隊長……悪魔を発見した隊員から追加連絡です」
マークは厳しい表情でソキに言った。
「何故か……見ているだけで、何もしてこない、と」
(何もしてこない?)
ソキは眉をひそめる。
(何かを待っている……?何のタイミングを狙って……俺を狙っている?いや、それなら第四と第五ではぬるい。それくらい分かっているはず)
「どうします」
少しだけだがマークも冷静になってきて、ソキに意見を求めた。
(しかし都市部にあの階級が突然現れたなら……隊長の俺が行かないわけにはいかない。士気ってそういうものだから……でもそれは相手も分かっている)
「行く……行くしかない」
ソキはまだ何かが引っかかっているようだった。
「そ……隊長!」
トウヤがソキを呼び止めた。
「僕たちは……」
「トウヤくんたちには後で連絡するよ。安全な場所をすぐに送るからそこへ行ってくれ。行きましょう隊長、もう十要は到着してるらしいです」
「……ああ」
ソキたちは訓練場から消えた。そして、訓練場にはトウヤ、キリ、アスカラー、リース、キースの五人のみとなった。

ソキたちはすぐに現場に到着していた。
「本当に何も攻撃を仕掛けてきませんね。狙いが分からないのでこっちから行くのも……」
同じ住宅の屋根の上に、悪魔が十二体立っていた。人間と背丈などは大して変わらないが、それぞれに特徴的な部位が多く悪魔か人間か見間違えることはまずない。
「狙い……なぜ急に……今……最近の出来事は……」
ぼそぼそとソキは何かを呟いていた。
「偵察に何か掴まれた……?最近の偵察は……トウヤの……黒……黒の戦士……家系……?黒の戦士の家系」
ソキの声がだんだんと大きくなっていく。
(ビルは……あいつと仲がよかった……それなら、闇……それを知っていてもおかしくない……さらに偵察で……明らかな黒の戦士の……)
「やられた」
「え?」
ソキの一言をマークが聞き返した。
「訓練場から強力な結界の気配……あいつらだ」
「あいつらって……まさか……」
「この都市部襲撃……狙いは俺でも都市でもない」
顔を流れた汗が、ぼとぼと、とソキの立つ地面に落ちた。
「トウヤだ……っ」
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