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第九話 征連の襲撃

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「えっと……どなたですか?」
トウヤが首を傾げた。トウヤたちはまだ訓練場にいた。しかし訓練場には、トウヤの見知らぬ者が三人、入ってきていた。
「初めまして。俺はバリル・ノースだよー!」
そのうちの一人の男がトウヤたちにひらひらと手を振って言った。その男は長い銀髪で、女のように整った顔をしていた。
(僕よりも歳上……ソキさんの友達とかかな)
トウヤはにっこりと笑って言った。
「初めまし、」
誰かがトウヤの右手首を強く掴んだ。トウヤが反射的にその人物を見ると、
「……キリ?」
キリだった。キリは顔をしかめて首を横に振っていた。
(え……何だ?)
その場で状況を掴めていないのはトウヤのみであった。しかしキリ、キース、リース、アスカラーも咄嗟に動けなかった。
「トウヤは……分からへんの……?この大きい……魔気の威圧……っ!」
知らない男三人のうちの誰かの、魔気による威圧によってだった。アスカラーの言葉でトウヤは初めて理解する。
(この三人は味方じゃないのか!)
「ごめんごめん、ちょっと脅かしただけなんだ」
バリルと名乗った男が眉を下げて笑った。
(威圧が消えた、この男だったのか……それにしてもかなり強力だった……十要並み)
キースが冷静にバリルを見て考える。
「トウヤくんは状況把握が極めて苦手なんだろうから一応言っておくけど」
小声でトウヤに話しかけたキース。
「訓練場に結界が張られてる。彼ら三人は敵で、さらに十要や副隊長たちが向かった先の悪魔はブラフで、本命はこっちだったってこと」
トウヤが強く頷いた。そして一度首を傾げてから言う。
「極めて苦手は言い過ぎじゃない?たしかに説明されなきゃ一つも分かんないけどさ」
「俺らは征連つって……あぁ、正式名称は、征服組織連合なんだけど。きみらは特殲見習いだから、まだ知らないのかな?」
バリルが笑顔で言うと、リースが口を開いた。
「征服組織連合……昨今の特殲に対する嫌がらせのような悪魔による被害は全てお前たちのテロだ」
キース、リース、アスカラーは名家で育ったため、一般人が知らないその事実も知っているようだ。
(あ……悪魔を放ってる人間の組織がある!?そんな……敵は悪魔じゃなくて……人間だったのか)
しかしトウヤはもちろんそんなことは記憶にない。
「まぁ……そういうとこだね」
余裕の笑みを浮かべているバリル。
「でも……十要たちを移動させてまでここを占拠する目的は何なんだ」
「いい質問だねぇ。きみ、名前は?」
「え……教えるわけないよね」
トウヤが戸惑ったようにバリルに言うと、バリルが肩を落とした。
「俺は名乗ったのにぃ?お前は名乗んねぇの?」
「名乗るか名乗らないか決めるのは本人だから……」
トウヤがバリルとできるだけ会話を引き伸ばしている間、トウヤ以外の四人が必死に脳を動かしていた。
(何をするのが正しい……?逃げる?戦う?そもそも何が最高の結果だ?いや、一番避けたい結末はなんだ?)
トウヤも同じだった。
「人間ってそういうものだっけ……忘れたよもう」
はぁ、とため息をついたバリルに、トウヤが話しかける。
「忘れるって……征連の人も人間じゃないの」
「あれ、きみは知らないんだ」
バリルは会話にしっかりと乗っていた。
(一番避けたいのは……誰かが死ぬようなことだよな)
トウヤは話を聞きながら考えていた。
「人間だよ。正確に言えば、元人間かな」
そう言われたところでトウヤの思考は止まった。
「俺たちのボスは数十年前、悪魔と完全契約を結ぶことに成功したんだ。つまり……武器も発動条件も何も必要がない、本物の悪魔の強さを持った、人間と悪魔の間の存在になった。俺も二人も……征連の幹部五人全員ね。この体のすごいところを見せてあげるよ」
ひどく自慢げに話すバリルの人差し指の爪が三十センチほどに伸び、その爪は……バリル自身の手首を完全に切断した。
「うわっ……」
ボタッ、と手首は床に落ち……すぐに灰になって消えてしまった。そして、バリルの腕からは手首が生え始めていた。
「俺たちは老いることがない。どんな傷も再生する」
笑顔で話し続けていたバリルは、トウヤに衝撃の言葉を浴びせた。
「どう?きみもこの体に興味あるでしょ?」
(これは)
トウヤの汗が訓練場の地面に落ちた。
(征連の……勧誘)
初めて見た、人間とは思えないその超再生の技術やその存在の事実への戸惑いを隠してトウヤが口を開いた。
「僕は申し訳ないけど、」
「あぁ、勘違いしないでくれ」
バリルの笑顔は全く崩れなかった。
「これは誘いじゃなくて取引だよ」
トウヤが勢いよく後ろを振り返ると、
(なんで……っいつの間に!)
トウヤ以外の四人は地面に倒れていた。外傷は見当たらなかった。
(能力……だろう、あの三人の誰かの……でもまだ息は安定して……眠ってるのか?眠らせる能力か)
「きみが征連に入ると言えば彼らは無事。きみが断ればきみも彼らも俺たちに殺される」
「じゃあ教えてほしい。僕を征連に入れて何がしたい?」
目を細めたバリルがトウヤの目をしっかりと見ている。
(なぜ特殲に入る前の……まだ二十年も生きていないだろうに、こんな子供が、目の前にいる俺たちが、国家の最大戦力である特殲でさえ手を焼き続ける組織だって知っても冷静でいられるんだ)
そう、トウヤは極めて冷静であった。それはトウヤが征連だけでなく特殲についてもよく知らないためなのか、それとも純粋な人間にしか見えない目の前の相手を脅威と感じることが、そもそも出来ないためなのか……それは誰にも分からないが。
「おれたちは征服組織連合だよ。征服以外に何があるっていうんだ」
「僕が入れば征服できるって?」
「いや……きみがいなくてもいつかは達成するよ。しかしその難易度が格段に下がる。きみがいれば」
「じゃあ僕が特殲に入れば特殲があなたたちを止める難易度が下がる。それをあなたたちは防ぎたいのか」
バリルが笑顔を浮かべたまま頷いた。
「理解が早くて助かるよ」
「僕が征連に入るのを拒否すれば、後ろの人達をみんな殺すの?」
「もちろんさ。そういう取引だろ?」
その言葉を聞いて、トウヤが薄く笑った。
「それで……寝ている彼らを殺せたとして、特殲に入れば特殲が有利に、征連に入れば征連が有利に……って、二つの組織のバランスをコントロールするほど重要な僕をあなたたちは殺せるの?」
「きみにその力があることは事実なんじゃない?でも、実際にまだきみは弱い。俺たちには勝てない」
トウヤはまだ堂々と問いかけを続ける。
「そう、僕はあなたたちよりも弱い。だからって殺せるってわけじゃないでしょ?」
バリルが初めて表情を変えた。苛立った表情だった。
「何を調子に乗っ」
「あなたたちのボスは僕を殺すためにここへ来させたの?いや、僕を征連に入れるためだよね?ボスの命令に違反して僕を殺したとして、あなたたちの何になる?」
「調子に乗らないでくれる?」
ここへ来て、はじめてバリルの後ろに立っていた二人のうち一人が口を開いた。それは少女のようだった。
「あんたなんか眠らせてリーがボスのとこに連れてってやるわよ!!」
少女がトウヤのもとへ走り出したとき、トウヤも動く。
「黒龍」
ズン……!とトウヤの右手に黒刀が現れた。
「待て!リー!」
バリルが、リーと呼んだ少女を止める。
「……何あの刀……キッショ……」
少女は恐怖するようにバリルの腕を抱きしめた。
「戦おうよ、バリル・ノース」
「は?」
バリルがトウヤの言葉に顔をしかめた。
「ここじゃ嫌だ、外でだ。結界内でいい……訓練場の裏側の、外の芝生で戦おう」
「あはははっ……嫌だと言ったら?」
高笑いをしたバリルが、ニヤけた面でトウヤを見る。
「仕方ない、僕はここで死ぬことにするよ」
「な……っ」
バリルが目を見開いた。トウヤは自分の首に黒刀を当てていた。じわ……とトウヤの首に切り傷ができて、そこから少量の血が流れる。
(本気で斬るつもりだ……何なんだこいつ)
バリルは笑顔を作った。
「それで、俺が勝ったらきみは征連に入ってくれるの?」
「うん。ただあなたは僕を殺せないけど僕はあなたを殺すつもりでやる。僕があなたを殺せたら、残り二人は黙って何もせず帰ってよ。僕にも、彼らにも、住民や特殲にも手出しせずに」
トウヤはずっと表情を変えずに話していた。バリルはトウヤの感情が読み取れない。
「……分かった。言っておくけど、俺の張った結界は最高強度だから、きみが俺と戦っている間に起きた彼らが結界を破るなんてことは不可能だよ?」
「そんなずるい真似しない。でもあなたの後ろの二人……放っておいたら僕の友達に手を出しかねない。それにあなたが殺される瞬間を見ていてほしいから、二人とも外へ出てきて」
トウヤの首に黒龍がくいこみ、出血量が増えていく。
「わかったわかった、外へ出よう」
(俺が勝てばいいだけの話だ)
バリルは勝ちを確信していた。……しかし結果を確信していたのはバリルだけではなかった。
(外で戦ったって中で戦ったって結果は同じだ。僕が負けるに決まってる)
トウヤもそれは分かっていた。
「バリルー、いいのお?そんなに条件のんでさぁ」
リーと呼ばれる白とピンク二種類の色が混合している髪の少女が、バリルに言った。
「勝てば問題ないよ」
バリルには余裕の笑みが戻っていた。
「それじゃあ外に出ようか」
トウヤは、バリルが言うより先に、非常口という看板があった場所から外に出ていた。訓練場の裏側の芝生の空間で、トウヤが立ち止まる。
「楽しみだなぁ、久しぶりの戦い」
ニヤニヤと不気味に笑うバリル。そしてその後ろに二人もしっかりついていた。
「これが結界か」
トウヤは初めて実物を見た。半透明な黒色の、地面に付いたシャボン玉のような半球形のものが訓練場周辺を覆っていた。外の景色は見えない。
「残念だけど逃げられないよ」
バリルがトウヤに言う。
「逃げないよ」
負けじとトウヤも言い返すが、余裕があるのは圧倒的にバリルだった。
「この人が殺されそうになってても、後ろ二人は何もしないでよ」
トウヤが釘をさすと、リーが不機嫌な顔で言った。
「何もしないわよ!!第一死にかけるのはあんただから」
「……じゃあ最後にこれだけ聞かせてほしい」
(最後に……そろそろ始めるのか)
バリルが身構える。
「どこで僕の存在を知ったの?なんで僕を狙うの?」
「そんなことボスたちしか知らないよ。俺たちはただきみがすごい力を持ってるとしか聞いていないから」
(それが嘘か本当かはしらないけど、情報はこれ以上聞き出せそうにないな)
トウヤがふぅ……と息をついた。
「じゃあもう僕はあなたたちに用がない」
そして黒龍を構えた。
「半殺しにしてあげるよ」
バリルもトウヤを挑発して……トウヤが刀を振り上げた。
(?なんでそんなところで刀を振り上げて……)
二人の間には五メートルほどの距離があった。
(そこから走ってきたとしても跳んできたとしても、遅いだろうから俺の目で追えるのに……無意味だ、無意味すぎる)
バリルが眉をひそめたところで、トウヤがニヤリと笑った。
「僕じゃあなたには勝てないよ」
(は?)
バリルが目を見開く。
「黒龍……斬れるよな」
漆黒の刀がもやを纏い、トウヤの言葉に答えるかのようにそのもやが揺れた。
「なんだよこの魔気は!!」
バリルがぎりっと奥歯を噛み締めた。
(能力……使い方なんて全く分からなかったけど)
トウヤはぎゅっと黒龍を両手で握った。
(今は刀が……それから誰かが……教えてくれる)
その心の中を読んだように、トウヤの頭の中に誰かの声が浮かんだ。
『能力に必要なのはイメージだ。闇の能力だから真っ黒をイメージするなんて安直じゃいけない。黒龍が常に知りたがるのは、何をどう斬りたいか、なんだよ』
(何をどう斬りたいか……)
トウヤは目を瞑った。
『剣技名?そんなの考えなくていいさ!黒龍が教えてくれるから』
それからゆっくりと目を開いて……バリルがその目を見てニヤリと笑った。
「そんな恐ろしい目のやつが民を護る特殲に入れんのかよ」
バリルの額から汗が出る。
(こんな感情は初めてだ……何を斬りにくる?)
そして、バリルの目がトウヤの手元のあたりを見た。
(……今何か……)
「一刀流第二剣技」
トウヤが静かに呟いた。
「神威黒龍一閃」
そして刀を振り下ろして……後ろを向いた。
「な……まさか」
バリルがはっとした顔をした。
「そのまさかだよ!!!」
トウヤは刀を振りきった。トウヤが斬ったのは、バリルでも、ほかの二人でもなく……
「結界を斬りやがった……無効化された!!」
結界だ。トウヤの一撃で一瞬にして結界の一部が消え、そこから全体が崩れてゆく。そして、結界が消えれば……
「おうよぉ久しぶりだねぇ征連サン」
ソキが……特殲が来る。
「てめぇ……!!!」
バリルは口では苛立ったようなことを言いながらも非常に楽しそうに笑っていた。
「な……何よ今の!!何で刀で結界が斬られるの!!」
リーはバリルの背中にくっついて喚いている。もう一人は男だが、何かをずっとぶつぶつと言っているがそれが何かは聞き取れない。
「七十万回死ね」
いつの間にかソキは右手で三人全員の髪を握っていた。
(は……!?速すぎんだろっ)
バリルが気づいた時にはもう、三人の頭は首から離されていた。
(か……髪を持って……頭を首から抜いた……)
しかし血は流れなかった。
「ざんねーん、本体じゃないんでーす」
べー、とソキに掴まれている頭のバリルが舌を出した。
「本体に同様の痛みが伝わることは知ってんだよ」
ソキが頭三つを地面に叩きつけ、バリルの顔を足で踏み潰した。その瞬間、三つの頭と、それと引き離された身体が消えた。
「……自分の身体に帰りやがった……根性無し、べー!」
ソキは先程までの残忍さが嘘のように、子供っぽく何も無い空間に舌を出した。
「こ……こっわ」
トウヤがリアルに怖がっていると、マークがトウヤの横に立った。
「大丈夫か?怪我は?他の子は?」
「キリたちは中で眠らされてて……たぶん普通に起こしたら起きると思うんですけど」
少し心配そうにトウヤが言うと、ソキが笑ってトウヤへ近づいてきた。
「びっくりしたね、怖かったでしょ」
ソキの言葉に、トウヤがソキの顔を見て……
「は……はいぃ……」
地面にへたりこんでしまった。
「マーク。悪魔を見張ってる十要に、テキトーに追い返せって伝えて。本命が失敗に終わったから、相手もすぐに引くはずだ。マークは中の子達を確認して。気配からすると無傷そうだけど」
「了解」
マークはすぐに訓練場の中へ入っていった。
「トウヤ?」
ドクドクドクドク……と、今まで抑えてきた汗と鼓動が一気にトウヤを襲っていた。
「いや……ほんとに死ぬかと……」
トウヤの指先はカタカタと震えていた。ソキはトウヤの前にしゃがみこむ。
「これは自分でやったね」
ソキがトウヤの首からの出血を見て、ポケットからガーゼを取り出して当てた。
「落ち着こうか。血が止まらないから」
ふぅ……ふぅ……とトウヤが深呼吸をする。
「まさかトウヤが本命だったとは……また危険に晒してごめんね」
「いや……あの……はい」
そんなことないですよ、と言えるほどトウヤは大人ではなかった。トウヤが死の恐怖を感じた相手を、ソキは出会った瞬間に殺したのだから。
「でも……僕が強くならなくちゃ、ああいう相手がきて……ずっとソキさんに頼る訳にもいかなくて……」
「強がっちゃってー、手震わしてるくせに」
「うるさいですっ」
トウヤが頬をふくらませてソキを睨んだ。
「でもよくあんな冷静に動けたね。きみにとっての最悪はあいつらに戦わせてしまうこと。相手にとっての最悪は俺たちを呼ばれることで。仲間がいる場所では戦えないふりをして外に出て、俺たちの侵入を許した」
「見えてたんですか?」
「まあ、中の様子くらいは簡単に分かったよ。ただ敵の結界に入り込めなかった俺の落ち度でもあるんだけど」
(レベル高いな……)
トウヤがソキに思えることはそれだけだった。
「でもそれは相手が僕のできることを知らなかったからです。次からはできない」
「それでも今回、ほとんど無傷で終わらせたのは素晴らしいんじゃない?トウヤが後ろにいた仲間を起こしたら三人を倒せたかもしれないけど、あまりにも危険だ。たとえ結果的に三人を倒せていたとしても俺は素晴らしいとは言わないよ。正解だった。戦わないって選択肢がね」
トウヤの手の震えは治まっていた。ソキが笑顔で立ち上がりトウヤに手を伸ばす。
「さあ立って。治の子に治癒してもらおう。俺じゃ時間がかかる」
「はいっ」
トウヤはその手を取り、立ち上がった。
「黒龍……ありがとう、戻っていいよ」
そう言うと、黒龍はトウヤの手から消えた。
「なんか難しい技名言ってたけど……自分で考えたの?」
「ああ、いや考えたっていうか、うーん……浮かんだ?おりてきた?みたいな」
トウヤたちは訓練場に入った。
「へぇ、よくわかんないねぇ」
「あはは」
トウヤの声が訓練場に響くと、キリたちは一斉にトウヤを見た。
「お、おま……お前何してんだてめぇこらぁ!」
「あー!血出てるやん!大丈夫ー?」
キリはすぐにトウヤを怒鳴り、アスカラーは慌ててトウヤのもとへ走ってきた。
「ご……ごめんね!みんな」
トウヤが謝ると、キースが聞き返す。
「え?なんで?」
「僕はその……魔気の威圧とか全く感じられなくて。しかも敵に挨拶しようとしてみんなよりも一歩前に出ていたから、しかも敵と話し始めたから、みんなは攻撃のタイミングを完全に見失ってた。その隙にみんなは眠らされて」
「ほんっとにそうだよ、よく分かってんじゃねぇか」
キリがトウヤに噛み付く。
「確かにトウヤくんの眠らされたけど、結果的にはトウヤくんのおかげで全員無傷。戦ったって勝てていたとは限らない」
「はあ……」
トウヤのせい、を強調したキースにトウヤが少し呆れた顔をした。
「トウヤくん以外はあの場で戦わなきゃ死ぬって判断したけど、トウヤくんはそうじゃなかった」
マークが少し笑った。
「実際あの状況では、戦わなきゃ確実に死んでたと思う。でもトウヤくんはその状況を話の中で少しずつ変えていってた。状況把握は小動物以外なんだろうけど、都合のいい状況に変える力があったってことだ」
キースの長い話に、トウヤが少し笑ってから言う。
「つまりどういうことなんだよー」
「は?礼なんか言わないし」
キースがイラッとしたような顔でトウヤに言った。
「礼言えなんて言ってないよ、言いたいならそんな遠回しにじゃなくてハッキリ言ってってこと!」
あはは、と楽しそうに笑うトウヤにアスカラーが悲鳴をあげた。
「ぎゃーー!!やめて!笑わんといて!ひっどい傷やなあ動くなあほー!」
当てていたガーゼをよけて傷跡を見たからだ。
「なんかキース猫かぶってたよねアスカ」
トウヤが訓練場の隅の椅子に座ってアスカに言った。
「せやねん、でもそれ言わんといたって。大人しい男がかっこいい思とるだけやから」
「チビアスカうるさい!!」
「俺の耳元で叫ぶなうるせぇ猫赤髪!!」
叫んだキースにキリが叫び返した。
「はぁ……」
リースはうるさい空間の中で静かにため息をついていた。
「はい、じゃあトウヤは目ぇ瞑って」
アスカの言う通り、トウヤが目を瞑る。アスカが首元に触れ、トン、トン、トン、と三度傷口を軽く叩く。
「……わわわ」
「いいよー目ぇ開けて」
トウヤが目を開けた時には、すっかりトウヤの首の傷は治っていた。
「はいおしまい。他に痛いところもない?」
「ない!ありがとアスカ」
治癒すげー!とトウヤが首を触りながら言っていると、
「はいはい注目ー!」
パンパン、と誰かが手を叩いた。それはフードを深く被っている、ソキ。
「どうも、特殲の隊長でーす」
ダブルピースとともにそう言ったソキはその場を凍りつかせた。
(た……隊長?)
しばらくトウヤとマークとソキ以外の四人が固まり……
「あ、ストップ、ストップ。跪くとか挨拶とかそういうの今はいいから、普通に聞いてね」
「は……はい」
最初に返事をしたのはキースだった。
「ええと、まず……俺は、今回の入隊試験以降、一般人からの特殲志望を受け付けないことにした」
ソキの顔はフードで見えないが、口調は柔らかい。
「征連幹部三人を見た……といってもあれは本体じゃなかったから、本体の力の十分の一程度だったけど、あいつらを見たきみらなら分かると思う」
(十分の一……あの威圧で)
キリが不快そうに顔をしかめた。
「これ以上仲間を死なせるわけにはいかない。十要のほとんどもそれに賛成してくれたよ」
マークが難しい顔でソキの話を聞いていた。
「そろそろ終わらせたいんだ。終わらせなきゃいけない」
強く頷いたのはトウヤだった。
「……てなわけでぇ、五人で班を組んじゃいなー!」
真面目なトーンから一気にふざけたソキはまたダブルピースでそう言った。
「「「「「え」」」」」
五人全員がその一文字を発した。
(うーん……またソキが大胆なことを……)
マークは苦笑いだった。
「もうみんなの力や相性は十分分かった。あとは実力を伸ばすだけだ。試験なんかももういらなーい。完全に俺の贔屓入隊、あははは」
(えぇ……)
トウヤがソキの提案に引いていた。
「班長、副班長はきみらで決めてくれ。以上!」
「は、はい!」
疎らな返事が響いた。
(特殲……入れた!!……のか?)
トウヤは微妙な気分だった。
「どうしてですか」
誰かがソキに質問を投げかけた。リースだった。
「何がかな?」
「どうしてそこまで優待するんですか」
ソキが、リースの質問に質問で返した。
「俺が、何を優待する理由を聞いてるの?」
「……」
リースは何も言わなかった。
「きみら五人を班として優待するのは、期待してるからだよ。入隊試験も時間の無駄に思えるくらい、班として成長してほしいと思っている。成長したら、特殲で一番の武器になり得ると判断した」
しばらく訓練場が静かになった。沈黙を破ったのはソキだった。
「……リース・カグチャ。きみが聞きたかったのは、俺がトウヤを優待する理由?」
トウヤが目を見開いた。
「……違ったなら謝ります。……俺が勝手に、隊長がトウヤを優待している風に感じた……誤解しただけなら」
慎重に言葉を選んでいるように話したリースに、ソキは少しだけ考えてから言った。
「特殲の隊長である俺にとって隊員は家族みたいなものなんだ。俺が大黒柱だから、護らなきゃならないと思ってる」
マークもリースの問いに興味があるようだった。
「でもトウヤはそれとは違う。……ぶっちゃけ、七年一緒に住んでる」
「あ、言った……」
トウヤは思わずそう口に出してしまった。マークも目が取れそうなほど驚いている。マークだけではなく、その場のソキ以外の全員が衝撃を受けていた。
「家族なんだ。俺は、トウヤの」
マークは笑いが溢れてくるのを感じた。
(家族……ソキに家族か)
「リース、考えてほしい」
リースは何度か瞬きをした。ソキは腕を組んで話し始めた。
「七年間毎朝毎晩一緒に食事をした。トウヤは黒の戦士で俺は特殲の隊長だ、さすがに一緒に外出することはできないし、でもトウヤを一人で街に出す訳にはいかない。俺はトウヤを七年間一度も外へ出さなかった。その間部屋の中で訓練をした。俺は特殲の隊長だってトウヤに言うことなく……っていうか俺は本当にトウヤには特殲に入ってほしくなかったんだ、危ないし危ないし危ない!だから特殲から遠ざけ続けてきた。トウヤが十一の時に将来の夢は俺の家政婦だって言った時は本当に感動したよ、いい子に育ってくれた!ってね!それなのにマーク……お前のせいで俺はトウヤに正体がバレた!トウヤの夢が俺の家政婦から特殲最強の男にすり替わった……はぁ、嘆かわしいよ本当に。必死に教えた剣術でトウヤは自分の身を護れるのか……?いや不安だ、それでこの会を開催した、トウヤが成長しなきゃ殺される!俺がトウヤを強くしなければいけないと思った……それなのに俺はきみたちにトウヤを預けようとしてる、その思いやりが分からないの?まぁ道を選んだのはトウヤだ、俺としては応援したい……それでもトウヤには強くなってもらいたいんだよ、そりゃ誰よりも死んでほしくない人だからね!そりゃあ血は繋がってないさ、似てないから分かるだろうけど。でもそんなことはどうでもいいだろ。俺とトウヤは家族なんだ。きみらもトウヤと家族になっていいよって言ってるんだ、素直に受け入れな。俺の家族にもなっていいよって言ってるんだ。長くなったが要約すると、俺がトウヤを優待するのは人間が息をするくらい自然で当たり前なことなんだよ」
しん、とその場が静まり返っていた。
(七年軟禁……)
(トウヤを預ける思いやり……?)
(俺の家政婦……)
(当たり前……)
明らかにトウヤ以外の全員が引いていた。
「ちょっと、僕の将来の夢の話とか勝手にしないでっ」
トウヤが顔を赤くしてソキに言った。
「あ……ごめんそんな話した?俺」
「してました!!もう!」
(いや、もう!とかじゃなくない……?)
マークがトウヤにも引いていた。
「ああ、でもさ」
ソキが話を元に戻した。
「全員に期待してるのはホント。班として成長してほしいのも、ホントだよ。リース、キース、キリ、アスカラー。ちゃんと実力があるって分かってる」
名前を呼ばれた四人が目を見開いた。最強の男に褒められて、悪い気はしない。
「実は隊長はトウヤくんを自分付の隊員にしようとしてたんだよ」
「え……」
トウヤが、マークの言葉に絶句した。
「それほどトウヤくんの身を案じてたってこと。それなのに、きみたちにトウヤを任せるって言ってるんだよ」
マークの言葉に、アスカラーの口角が上がった。
「喜ぶしかないんじゃないかな。隊長が実力を認めるなんてなかなかない」
「まあ当然だな」
キリがマークの言葉にすぐにのせられた。
「リースくんも、トウヤくんが特別な人間なんじゃなく、隊長にとって特別なだけだから、あまり気にすることないよ」
「……はい」
リースはソキに若干引きつつそう返事をした。
「トウヤくんも大変だね」
あはは、と可笑しそうに笑ったキースがトウヤに言った。
「それらを踏まえて、五人班嫌な人はいる?」
ソキの問いに、誰も何も言わなかった。
「俺の贔屓だって最初は言われ続けるだろうけど、そんなの結果残せばなくなるよ。そういう世界だ」
なぜか、ソキの言葉には説得力があった。
「……その前に一つだけ聞かせろ」
(タメ口かよー)
ソキがそう思いつつ頷く。
「今回の狙いはトウヤだったんだろ?」
話しているのはキリだ。
「これから先も、トウヤが狙われることはよくあるってことだよな?なんでこいつが狙われる?本当にあんたにとって特別ってだけかよ、こいつ」
「それについては今後調査を進めるよ。ただし、きみたちがトウヤが班にいることによって危険な目にあわないとは言ってあげられない。むしろ覚悟してほしいと言いたい」
ソキはハッキリとそう言った。
「……分かった」
そのソキの言葉に応えるように、キリもハッキリと言いきった。
「班長と副班長はどうするー?」
アスカがトウヤたちに言った。
「副隊長、班長に必要とされる資質ってなんですか?」
キースがマークに聞いた。
「うーん。班長に限らず、隊長なんかのリーダーに必要だと思うのは……って、俺じゃなく隊長に聞いた方が的確だと思うよ」
その答えを聞いて、キースがソキを見る。
「えぇ……いろんなタイプのリーダーがいると思うよ。その中でも俺が一番憧れるのは……現場に現れるだけで安心できるような、そういうものを持った人かな」
(現れるだけで安心……ソキさんみたいだ。そんなこと言わないけど)
トウヤは心の中でそう思っていた。
「ああでも、班長か副班長どちらかはいつでも冷静な人であった方がいいかも。メンタル面で落ち着く」
全員がリースを見ていた。
「静かイコール冷静、ではないけど……リースくんはいいんじゃないかな?」
マークがそう言うと、リースが口を開く。
「せめて副班長なら」
「よし決まり」
すぐに承諾したのはソキだった。
「それと班長はトウヤでいいんじゃないか」
リースの言葉に、トウヤが目を見開いた。そしてさらにリースが言う。
「いや、俺はトウヤいいと思う」
「おお、賛成ー」
アスカラーがすぐにそう言い、キースも笑顔で頷き、キリも異論はなさそうだった。
「あ……僕はみんながいいなら引き受けます」
「よし決まり」
ソキが承諾し、トウヤ、キリ、アスカラー、キース、リースの五人のトウヤ班が結成され、特殲入りが確実となった。
「試験を予定してた三日後にトウヤ班のお披露目をするから、それまでは個人で訓練に励んでくれ。あと休暇以外は原則帰宅できないようになっているから、寮に入る用意も三日後に持ってくるように」
「はいっ!」
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