16 / 123
【一章:状態異常耐性とアルラウネ】
君と、そしてバナナ
しおりを挟む宿場町の人や、討伐兵団の団員など、クルスを精一杯もてなそうとしてくれた人たちへの申し訳なさはあった。
感謝もしている。心苦しさがあったのは確かだった。しかしそうした皆の気持ちを辞してまでも、彼は樹海へ戻ると決めた。
彼女へ帰ると約束したからだった。
だいぶ遅くはなってしまったが、それでも帰りたかった。帰らねばならなかった。
最も苦しく、辛い時、そっと傍にいて笑顔をくれた彼女(アルラウネ)の下へ。
既に陽は傾き、人の存在を拒む未開の森は、朱色に燃えている。
クルスは、森を出るときに木々へ刻んだ目印を頼りに、彼女の下へひた走る。
(参ったな……)
やがて彼は立ち止り、途方に暮れた。日が沈み、暗くなった森の中では、自分で付けた目印が判別しづらくなっていたのだった。
おかげで誤った方向へ進んでしまったらしく、今やどこを見渡しても目印が見つけられなくなっていた。
ここで諦めるのか――否。
この程度で諦めるつもりなど無かった。
時間はかかるかもしれない。もしかするとたどり着くことさえできないかもしれない。
それでもクルスは前へ進むことを選ぶ。
いつかきっと彼女と、アルラウネと、逢えることを信じて。
そんな中、脇へかすかな気配を感じた。
何かが木の枝の上から飛び下りてくる。
「どっせーい!」
本来なら耳にしただけで変調をきたすだろう、攻撃力のある声。
しかし“状態異常耐性”のあるクルスにとっては、甲高く、そして少し愛らしい童女の声である。
「また来たのか人間! いまさら何のようなのだ!!」
頭に紫の花を咲かせたマンドラゴラの童女はクルスへやや厳しい視線を送っている。
しかし今のクルスにとって、マンドラゴラの襲来は渡りに船であった。
「お願いだ! 俺を彼女の、アルラウネのところへ連れってくれ! 君なら案内できるだろ!?」
「な、なんだのだ、急に!!」
クルスの勢いに気圧されたのか、マンドラゴラは引きつった様子を見せる。
「頼む! かなり遅くなってはしまったが、俺は彼女のところへ行きたいんだ!」
「待つのだ! 落ち着くのだ! なんでお前はねえ様に逢いたいのだ!!」
「帰ると約束したからだ! 彼女の気持ちに応えたいんだっ!!」
クルスの声が森へ響き渡った。マンドラゴラは押し黙り、そして閉口する。
相変わらず視線は鋭い。
冷静に考えてみれば、人間がわざわざ魔物に逢いたいと言うなど、おかしい話。
しかも“気持ちに応えたい”など気が触れていると言われても仕方がない。
「済まなかった、急に大きな声を出してしまって……」
「……」
「無理ならばそれで良い。ならこれをアルラウネへ渡してくれないか?」
クルスは身体に密着させるように、背中で括っていた風呂敷を解く。そしてそこから黄色いバナナの房を取り出した。
「良い匂いなのだぁ」
バナナの放つ甘い香りにさすがのマンドラゴラも頬を緩めた。
「バナナという。君も食べて構わない」
「なんでだ?」
「こうして無事にここへ来られたのも君のおかげだ。これはその礼だ。ありがとう」
「んー?」
マンドラゴラは言葉の意味を理解できていないのか、首を傾げる。彼女はあくまでクルスをバインドボイスや毒で攻撃していただけなので無理からぬ反応である。しかしそのおかげで“耐性”がやがて“無効”に繋がること。そして、もう一つの“脅威の力”の存在を知ることができた。何もかもマンドラゴラのおかげであったのは間違いない。
「渡すだけか? ねえ様には逢わないのか?」
バナナを指し出したクルスへ、マンドラゴラはそういった。
意外なマンドラゴラの言葉に、クルスは息を飲んだ。
「良いのか? 君は俺のことが嫌いだろ?」
「……良いのだ! 着いてくるのだ!」
どんな心境の変化かは知らないが、マンドラゴラは踵を返して歩き出す。
「行くのか!? 行かないのか!? どっちだ!?」
「あ、ああ、すまない。案内宜しく頼む!」
「任せるのだ!」
クルスはマンドラゴラの童女に導かれ、月明かりの下、暗い森の中を進んでゆく。
やがて僅かに暖かい雰囲気を感じた。花のような甘く、芳しい匂いが辺りに漂い始めた。
木々の間に僅かにみえる女神の彫像のように美しいシルエット。
彼は案内役のマンドラゴラよりも前に出て、森を抜ける。
「や、やぁ……!」
「!!」
黄金に輝く三日月を見上げていたアルラウネは、足元の地面を根で少し割りながら、素早く振り返る。
「お、お帰りなさい! 人間さんっ!」
アルラウネは暗がりの中でもわかるほど、顔を真っ赤に染めて、弾んだ声を上げてクルスを迎える。
それだけでこの一週間、彼女が彼の帰りを待ち焦がれていたとわかった。
アルラウネの周囲には、おそらくクルスへ食べさせようと捕らえた獣や鳥の死骸が転がっていて若干悍ましいのだが――今は気にしないものとする。
「済まなかった、遅くなって」
「……」
「?」
「あの、ちょっと、こちらへ……」
クルスは言われた通り、アルラウネへ歩み寄る。もはや彼女が危険度SSの魔物であろうとも、彼の中に不信感は存在しなかった。
「もう少し近くに……」
「あ、ああ」
彼女の頭に咲く、髪飾りのような赤い花の甘美な香りが真近に感じられる距離。
彼女は彼を見上げて、青みがかった瞳へ彼を写す。
「お帰りなさい……待っていました……ご無事で嬉しいです……」
そして倒れ掛かるように、クルスの胸元へ寄り添ってくるのだった。
近くに感じる彼女の香り。柔らかい身体の感触は、ただ寄り添われているだけなのに、心が緩んだ。
胸に訪れた緩やかな熱は、自然と体を突き動かす。
「ただいま。心配かけたな」
そう囁きつつ、クルスは少し冷たさを感じさせるアルラウネの身体を抱き寄せるのだった。
誰かがこうして待ってくれている、そして帰還を喜んでくれる。
それが人間だろうが、動物だろうが、魔物だろうが関係ない。
言葉などいらない、想いがこうして傍にはっきりとあるのだから。
「ねえ様嬉しいか?」
脇に現れたマンドラゴラはいつもの調子で問いかける。
「うん! ありがとね、人間さんをここでまで連れてきてくれて!」
「そうか。なら良かったのだ!」
「ねぇ、その手に持ってるのはなに?」
アルラウネはマンドラゴラが持っていた一本の黄色い果実――バナナへ首を傾げた。
「この人間に貰ったのだ!」
「人間さんに?」
「おい人間! さっさと渡すのだ!」
「あ、ああ……」
クルスはアルラウネの肌熱に少し名残惜しさを覚えつつも彼女から離れる。
そして背中の風呂から、バナナの房を取り出した。
「これはバナナといって人間の世界ではとても甘くて美味い食べ物だ。君とマンドラゴラに食べてほしくて持ってきたんだ」
「あらまぁ、またそんなことを……良いんですか?」
「君と、いや、君とマンドラゴラと一緒に食べたいんだ。貰ってくれ」
「先日に引き続いて今日も。本当にありがとうございます。謹んで頂かせて貰います」
アルラウネは魔石の時と同じように丁寧に腰を折って礼を言う。二度目だが、それでもクルスはこそばゆさを禁じ得ない。
クルスはバナナの蔕(へた)を持ち、下に下げるような動作をして見せる。
アルラウネとマンドラゴラはクルスを真似て同じ動作をして皮をむく。
そうして現れた甘い香りを放つ白い果実を口へ運び始めた。
「はぁー……んまいのだぁ、はむ、んっ! むぐっ!」
マンドラゴラの小さな口が、少しオーバーサイズのバナナを一生懸命包み込む。
「そうだね! はむ、んぐっ、んっ!」
アルラウネはバナナを頬張るたびにうっとりとした笑顔を浮かべていた。
二人ともバナナを気に入ってくれているらしい。嬉しいことなのだが、どうにもバナナを食べる様子を直視しずらい。
特にアルラウネの真っ赤な舌がバナナに触れ、白い歯が果実へ添えられるたびに、妙な興奮を覚えた。
(俺もまだ若いんだな……)
邪(よこしま)な考えは置いておくとして、やはり誰かとこうして美味いものを食べるのは幸福なのだと改めて感じるクルスだった。
「どうひまひた? にんへんひゃん?」
「な、なんでもない……やはり食べているときに喋らないほうが良いぞ?」
「んぐっ! わかりました。これからは気を付けますね。人間さん、いつもありがとうございます」
律儀なアルラウネはいつものように礼を言う。そして、やはり少しばかり胸へもどかしい感覚を得る。
この間まではほとんど気にしていなかったこと。だけど今は、そこが気になるのと同時、このままでは寂しいように思う。
「俺は“クルス”だ」
「くるす……?」
「俺は人間で“クルス”という、俺を俺と指す言葉だ。これからはその……人間ではなく、クルスと呼んでくれるとありがたい……」
我ながら何を子供じみたことを言っているのか。しかしいつまでもアルラウネに“人間さん”と呼ばれ続けることに、どこかもどかしさを覚えていた彼。
「クルスさん……それが貴方が貴方であることを指すのですね?」
「ああ。そうだ」
「わかりました! では、早速……え、えっと……クルス、さん?」
顔を真っ赤に染めながら、消え入りそうな声で、しかしはっきりとアルラウネは彼の名前を呼ぶ。
それだけでクルスの胸は満たされてゆく。
「ああ。俺だ。ありがとう」
「改めてよろしくお願いしますクルスさん。あの、ところで……」
「?」
アルラウネは彼の名前を呼ぶ時以上に顔を真っ赤に染めて人差し指を突き出した。
「そ、そのぉ……バナナというのを、もう一本……」
「クルス! 僕にもよこすのだ!」
どうやらアルラウネとマンドラゴラはバナナを凄く気に入ってくれたらしい。
クルスは笑顔で房からバナナを千切り、そして渡す。
幸福な時間の中で、満ち足りた気分のクルスなのだった。
明日も良い日になるはず。
きっと、必ず……。
0
あなたにおすすめの小説
お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
空月そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる