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【一章:状態異常耐性とアルラウネ】

冒険者ドッセイと妖精の末裔の魔法使い

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「いってらっしゃい、クルスさん! 今回はいつぐらいになりますか?」
「月が空へ二回昇って、朝が来たら、帰って来られる筈だ」
「わかりました。待ってますね……?」

 少し不安げな様子で、アルラウネは見上げて来た。
きっと以前、一週間ほど帰らなかった時のことが、まだ尾を引いているのだろう。
 森で暮らすようになってからしばらく経ち、こうしてアルラウネの彼女が見送ってくれることは日常になりつつある。
しかしいつまで経っても、彼女のこの切なげな表情は胸が痛む。

「ああ、帰ってくる。必ず」
「はい!」
「代わりにいつも通り宜しく頼む」
「任せてください! 引き留めてごめんなさい」
「いや。じゃあ、行ってくる」

 クルスはアルラウネに見送られて歩き出す。今日は冒険者として“依頼(クエスト)”を受注するために、森の近くにある交易都市アルビオンへ向っていた。

 行く先々の幾つかの木の幹には蔓が絡まっていて、赤い花を咲かせている。
これらはアルラウネが道の迷わないよう咲かせてくれた“目印の花”だった。おかげで以前のように森で迷うことはなく、アルラウネのところへ戻るための時間も極めて短時間となっていた。それだけ彼女が、彼の帰りをいつも心待ちにしているのだと思う。

 クルスもクルスとて、依頼を終えれば、できるだけ早くアルラウネの下へ帰ると心掛けていた。
 もはや彼女は魔物ではなく、クルスにとってかけがえのない存在なのである。

 クルスは約半日で森を抜け街道に出た。運よく商人の荷馬車が通り、それへ乗せてもらうことができた。おかげで移動時間を大幅に短縮することができ、日が傾く前に聖王国第二の都市アルビオンへ到着することができていた。夜間の到着を覚悟していたので、非常に幸先が良かった。
 クルスは城門を潜るなり、ギルド集会場のある“ペガサス区”へと向かってゆく。

 至高神を崇拝するラビアン教会。蔵書量は国随一の国立大図書館。そうした施設があると思えば、区の中央部分には娼館を中核とした繁華街が広がり、荒くれ者が集う冒険者ギルドもある。アルビオンの中でも一際雑多で、しかし賑やかなのが“ペガサス区”の特徴である。
 
 そんな賑やかな区画なのだから、城塞のような佇まいの冒険者ギルドの中も、今から依頼へ向かう者、帰還した者、何もせずに酒を飲む者など多様な人々で溢れかえっている。
 田舎の小さなギルドならば昼過ぎにもなると依頼は基本的に途絶えてしまう。しかしここは聖王国一、依頼が多く集まるアルビオンギルド。ここならばきっと、クルスに都合が良く、そして手ごろな依頼に巡り合えるはず。なにせ今日は幸先がいいのだから。

「ぬぅー! うぬぬぅー!」

 聞いたことがあるような無いような、そんなうめき声が聞こえた。

 まだまだたくさんの依頼が記された羊皮紙が張り付けられた掲示板。
その前で、子供のように背の小さな冒険者が必死に背伸びをしていた。

 皮と金属が入り混じった軽装鎧(ライトアーマー)と、腰にぶら下げてている二振りの短刀。頭にちょこんと乗っけた鉄帽子からは、背中まである長い髪が生えている。

「もうちょっと、なのだぁー!」

 小柄な“双剣使い”は必死につま先立ち、更に胴と指を伸ばして、上の方にある依頼の羊皮紙を必死に取ろうとしていた。指先は何とか届いているが、そこから依頼書を剥すのは至難の業な様子だった。

「ほら」

 見て見ぬふりはできないと思ったクルスは、ひょいと羊皮紙を取り、小柄な双剣使いへ差し出す。

「ありがとうなの……なんでクルスがここにいるのだぁ!?」

 やはり小柄な双剣使いの正体は、アルラウネの眷属:マンドラゴラの童女だった。

「依頼を受けようと思ってな。まさか、お前も冒険者だったのか?」
「そうなのだ!」
「よぉ、“ドッセイ”」

 屈強な戦士が脇を過りつつ、そう声を投げかける。
 マンドラゴラは親しげに手を振って応えた。

「ドッセイちゃん、久しぶり!」
「おー生きていたか、ドッセイ!」
「相変わらずチビだなぁ、ドッセイは」
「それは言うんじゃないのだ! ぶち殺すぞい!?」

 他の冒険者も過る度にマンドラゴラへ“ドッセイ”と呼びかけ、彼女自身も身振り手振りで応えていた。どうやら冒険者としてのマンドラゴラは“ドッセイ”という名を名乗っているらしい。しかもそれなりに馴染んでいる様子だった

 アルラウネの話では、マンドラゴラは森から出られない彼女の代わりに外へ出て色々と採集をしていると聞く。

(しかし、まさか冒険者(どうぎょうしゃ)だったとはな)

 もしかすると今まで出会った冒険者の中には人でない存在も多数紛れ込んでいたのかもしれない。やはり世界のことで、人が知っていることなどほんの一握りのことでしかないのだと、改めて思い知るのだった。

「丁度良いのだ! クルス、僕とパーティーを組んでこの依頼を受けるのだ!」

 マンドラゴラの冒険者ドッセイは、クルスが先ほど取った羊皮紙を指す。

 依頼内容は毒蛇の退治。場所はアルビオンから少し離れたショトラサ丘陵地にある“GINAヴィンヤード”というブドウ園兼ワイン醸造所。報酬はそれなりに良く、達成の際は副賞として“ワイン”が進呈されるらしい。Eランクのクルスでも受注可能だった。

 ワインに惹かれた訳ではないが、この依頼をおあつらえ向きのものだと思った。同行してくれるのがマンドラゴラのドッセイならば尚のこと。

「分かった。同行しよう」
「よく決めたのだ! さすがクルスなのだぁ!」

 バナナの一件以来、マンドラゴラもそれなりにクルスのことを認めてくれたらしい。
 クルスとマンドラゴラの童女で、双剣使いの冒険者:ドッセイは受付へと向かってゆく。

「一つ聞いても良いか?」
「なんだ?」
「そのドッセイと言う名前の由来はなんなんだ?」
「適当なのだ! でも名前が無いとダメと言われたからなのだ!!」

 答えたというよりは、もしかするといつも通り“どっせーい!”と叫んだだけなのかもしれない。そう思うクルスなのだった。


●●●


「ねえ様は根を張っているから森から出られないのだ。だから僕がたまに外へ出てねえさまの必要なものを持ってきているのだ」
「そうか。偉いな」
「えっへん! 僕は偉いのだ! でへへ」

 ドッセイは嬉しそうに笑みをこぼす。装備を整えて、頭の花を鉄帽子でかくしてしまえば、確かに人間の童女としか見えない。

 クルスとマンドラゴラを改め、冒険者の少女:ドッセイは、アルビオンで一晩それぞれの時間を過ごす
。そして翌日の朝、移動用の馬車に乗って、アルビオンから少し離れた“ショトラサ丘陵地”を目指したのだった。

 地形の起伏が激しく、寒暖差も激しいショトラサ丘陵地は、ワインの銘醸地として名高い地域だった。しかし近年天候不順が相次いで、思うようにワインが製造できず、ワイナリーは軒並み経済的に苦しい状況が続いていると聞く。

(ショトラサか……そういえばビギナの実家もあそこにあるんだったな)

 かつて魔法剣士フォーミュラの一党に加わっていた時、クルスを冒険者の先輩として慕ってくれていた“魔法使いのビギナ”を思い出す。

 あの時味わった屈辱は今でも忘れられない。しかしそれ以上に、自分を必死に庇い、そして傷つけられたビギナの姿を思い出すと、今でも胸が張り裂けそうなほど痛む。

(今、あの子はどうしているのだろうな。元気でやっているだろか)

 絶滅寸前の原住民:妖精(エルフ)の血を引き、魔法使いとしての適性も高い彼女のことだから、きっとどこか遠くで活躍していると信じて疑わないクルスだった。

 やがて馬車は地形の起伏が激しい“ショトラサ丘陵地”に達した。
 山の斜面や平地には、まるで整然と隊列を組んでいる兵士のように、ブドウの木がずらりと並んでいる。実りはまだ後の時期で、ようやく若葉が伸び始めた頃のようであった。

「おおー! 凄いのだ! 綺麗なのだ!!」

 ドッセイは、アルラウネとよく似た青い瞳を輝かせて、整然と広がるブドウ園に興味津々な様子だった。アルラウネも好奇心が旺盛なので、彼女から分化したというのは間違いないらしい。

「この仕立て方は垣根仕立(かきねじた)てと言って、ワイン用の良いぶどうを栽培するのに最適な方法なんだ」

 クルスは以前、ビギナが自慢げに言ったことを、自分の声に変えて説明する。
 垣根は他の栽培方法に比べて収穫量は減るが良いブドウが採れるようになること。収穫作業が容易になるなど、ここ出身のビギナに聞いた話を想い出して、ドッセイへ語りながら道を行く。

 目的地のGINAヴィンヤードは、この地で最も斜面のきついデナン山のゾンという地区に醸造所兼務事務所があるらしい。この辺りに害獣の毒蛇(ヴァイパー)が多数確認され、作業員の作業の邪魔をしている。
今回の依頼は、その毒蛇の排除であった。

 クルスとドッセイがきつい斜面を昇り切ると視界が開けて、垣根仕立ての広大なブドウ園が広がる。そんなブドウ園の奥に石造りの、蔵のような建物があった。立て看板からそこがGINAヴィンヤードの製造場らしい。

「ごめんくださいなのだ! アルビオンギルドからやってきた冒険者なのだ! 依頼を遂行しに来たのだ!」

 GINAヴィンヤードの看板を下げる扉の前で、ドッセイは要件を叫んだ。
すぐさま扉の向こうから、どたどたと少し騒がしい足音が聞こえてくる。

「今、開けますっ!」

 その声を聞いて、クルスは自分の耳を疑った。同時に胸が早鐘のように鳴り響く。

「ごめんなさい、お待たせ……えっ……嘘っ……?」

 僅かに尖った耳。銀の長い髪。背が小さいので少し子供っぽくみえてしまうことを本人が一番気にしている。だけどもそんな彼女の頑張る姿は見ていて胸が躍り、つい手助けをしたくなってしまう。

「久しぶりだな、ビギナ。元気そうだな」

 クルスは扉の向こうに居た後輩へ声を掛ける。
 しかしビギナは赤みを帯びた目を見開いて、口を魚のようにぽかんと開けながら佇んでいたのだった。



*一章(チュートリアル)あと数話で終わります。
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