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白の勇者一行の大失態

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「ええい! ラインハルト! 貴様は盾であろう! もっとしっかり余を守らんか!」

「そ、そう仰られても……う、うわっ!!」

 上空から紅蓮の業火がラインハルトめがけて降り注ぐ。
彼はパーティーの盾役《タンク》でありながら、自己保身のために身を翻した。
彼の身代わりとなって、樹齢数百年を超える霊樹の森が、焼き払われて行く。

「どけ、ラインハルト! スローサンダーっ!」

 クラリスの魔法の杖から、必殺の雷矢が放たれた。
しかしそれを、エレメントドレイクはひらりとかわしてみせる。

「避けられた!? 嘘でしょ!?」

 これまで百発百中だった雷矢が外れたことに、クラリスは驚きを隠せないでいる。
そんなクラリスへ向けて、エレメントドレイクが火球を吐き出した。

「何やってんの、あんた達! ウォールバリア!」

 すかさず皆の前へ飛び込んだアリシアが魔法障壁を展開したのだがーー

「「「うわぁぁぁーー!!」」」

 魔法障壁は火球によってあっさり四散した。

 幸い、衝撃はバリアが受け止めてくれたものの、アリシアは唖然としたまま動くことができずにいる。

「ええい! ええい! 使えない連中め! 退かぬか!!」

「ま、待ってくださいよ、旦那!」

 ラインハルトはブランシュへ静止を叫ぶ。
しかしブランシュは、荘厳に輝く聖剣を手に、エレメントドレイクの前へ躍り出た。

「まさか殿下は……!? クラリス、お止めするわよ!」

「う、うん! 殿下! やめてください! ここでそんな強力な魔法を使っちゃーー!」

「喰らえ! ひぃっさつ! デストロイヤエッーーッジ!!」

 ブランシュはアリシアとクラリスの声を無視して、聖剣の力を解放した。

「GAGAGAーーNN!!」

真っ赤に染まった聖剣の刃が肥大化し、上空のエレメンタルドレイクを真っ二つに切り裂く。
同時に聖剣から溢れ出た魔力が、樹齢平均1000年ほどの霊樹へ飛んでゆく。

ーーそしてブランシュの魔力が導火線の役目を果たして、霊樹が次々と爆発をし始めた。
エレメントドレイクは討伐できたものの、貴重な森が次々と紅蓮の炎に包まれてゆく。

「な、なんなんだのだ、これは……」

「殿下! ずらかりましょう!!」

 呆然とするブランシュはラインハルトに手を引かれ、赤く染まった森の中を駆け抜けてゆく。
既にアリシアとクラリスの姿はない。どうやら一目散に逃げ出したらしい。

 霊樹とは大気中に存在する微量な魔力を、長い年月をかけて吸収し、成長したものだった。
魔を払い、あるいは近づけない特性があり、この近くに街や村を築くことが定石となっている。
しかし同時に、霊樹はある一定量を超えた魔力を受けると、爆発する特性があるのだが……無学なブランシュはそのことを知らなかったのだった。

 こうしてブランシュ一向の大失態によって、霊樹の森が一つ、消し炭となる。
しかし状況はこれだけでは済まなかった。

●●●

「おいおい……こりゃ、かなり不味くないか……?」

 ラインハルトは丘の上から街を見下ろして、そう溢した。
アリシアとクラリスも、ほぼ廃墟と化した街を見て、顔色を真っ青に染めている。

「なんと酷い……これが魔物の所業か……! おのれぇ!」

 しかし1人だけ、状況がよくわかっていないブランシュは、憎悪を魔物へ押し付けている。
そもそも街がこうなってしまったのは、ブランシュが霊樹の森を焼き払ってしまったからだ。

「ええい! ええい! 貴様ら、さっさと立たんか! 民草を救出に行くぞ!」

 ブランシュはそう喚き立てるが、三人は廃墟から視線を逸らして、動く様子を見せない。

「なぁ、旦那、さすがに今はマズイ気がするんですけど……」

「そ、そうだよ殿下! 街には衛兵団もいるし、瓦礫の撤去とかはその人達に……ねぇ、アリシア!」

「そ、そうね! 御身も消耗しております、まずは一旦、私の治癒魔法で……」

「ちっ、雑草共めが……ならば勇者ブランシュ・ニルアガマとして命じる。これより我々はエポクの街へと降り、民草を救出する! 余に続けぇー!」

 勇者に命じられたのであれば仕方がない。
三人は仕方なくブランシュに続いて、すっかり崩壊した街へ降りて行く。

「勇者ブランシュ・ニルアガマとその仲間が救出に来たぞ! 何かあれば遠慮なく言うがいい!」

 廃墟へ降り立った途端、ブランシュはそう言い放つ。
そしてーー予想に反した、嫌な空気に息を呑んだ。

 煤まみれの住人たちは、一斉に煌びやかなブランシュ達へ、鋭い視線を向けてくる。

「今更なんの用だ! 帰れぇーっ!」

「うおっ!?」

 ブランシュへ石礫が投げつけられる。
子供だった。煤まみれの子供が、ブランシュとその一向へ憎悪の視線を向けている。
 一瞬、石を投げつけられてカッとなったブランシュだったが、さすがの彼でもここで怒るのはマズイと思ったらしい。

「ど、どうしたのだ、少年よ。余は君たちの救出に……」

「ならなんで街が襲われてる時に来てくれなかったんだ! 何してたんだ! そのせいで僕のお父さんもお母さんも、イレイナも……ううっ……」

「それは済まなかった。なにぶん、余は先ほどまでエレメントドレイクと霊樹の森で戦闘を……」

「だ、旦那!」

 ラインハルトがブランシュの口をふさごとしたが、後の祭りだった。

 住民たちが先ほど以上の冷たい視線を送り始めている。

「まさか、街が襲われたのって……」
「やっぱりそうだったのか! こいつらが森を焼き払ったせいで……!」
「ふざけんじゃねぇーぞ、この野郎!!」

 住民の怒声が、憎悪を孕んだ石礫が、次々とブランシュ一向へ投げつけ始める。
そして湧き起こり始めたブランシュ一向への「帰れ!」コール。

 堪らずブランシュ一向は、石を何発も浴びながら、その場から退散して行く。

「この被害はまさか余のせいで……余が民草を……くぅっ……!」

 安全圏まで逃げおおせた途端、ブランシュは地面へ膝まづいて悔しさを滲ませる。

「これでは父上に、兄上たちに……くぅっ!!」

 しかし愚かな彼は民草といって置きながら、実は自分の身の保身の方が心配だったらしい。
そんなブランシュへラインハルト、アリシア、 クラリスの三人は冷ややかな視線を送っていた。

「しっかし参ったなぁ……なんで、俺の防御スキルがあんなにも弱体化してたんだろ……」

「それ、私も思った! 私の魔法が外れるだなんて、一体どうして……」

「全く……飲まなきゃやってらんないわ……」

ーーこれが恩人である"ノワール"を裏切った代償であると、この時の三人は未だ気がついていない。
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