勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

文字の大きさ
11 / 105
第一部 一章【大切な彼女と過ごす、第二の人生】

ワガママな皇子様。目論見は既に水泡に帰す。(*ユニコン視点)

しおりを挟む

――殺せ、滅ぼせ、奪い返せ! この地を、我らの元へ!――

 人の耳では理解できない言語で、スローガンが謳われる。
このスローガンがあるからこそ、様々な種族が混在する“魔物”達の統制が取れていた。
 多様な魔物達は、海中から、あるいは接岸された船舶から次々と、敵の住む【エウゴ大陸】へ上陸してゆく。 

 海岸には待ち受けている軍勢はなし。
これは上陸作戦が気取らなかったのかと、多くの魔物が不安を抱く。
 しかし上陸をしたならば、侵攻を止めるわけにはゆかない。
 魔物達は周囲を警戒しつつ、砂浜を進んでゆく。

 その時、一匹のゴブリンの頭上で何かが瞬いた。
ゴブリンが首を上げると、曇天を写した眼球へ矢が鋭く突き刺さる。
矢は眼底を貫き、脳を破壊し、ゴブリンを絶命させた。
 仲間の突然の死に、魔物達へ動揺が広がってゆく。
そんな邪悪なる者どもへ、矢の豪雨が襲いかかる。
 坂の向こうから次々と矢が打ち込まれ、魔物たちはどんどん数を減らしてゆく。

――我らは四天王水のリクディアス様より命を賜った先遣隊! 挫けてなるものか!

 たとえ種族が違えど、意思は共通。我らは魔族。
 共通認識の下、矢の雨を掻い潜り、魔族たちは唸りを上げながら人の弓兵を殺すために坂を駆け上がる。

 その中で多数の魔族が目にする。
 坂の上へたたった1人で佇み、僅かに嫌な輝きを放つ剣を携えた白の鎧を身にまとう人の姿を。

 愚か者。馬鹿者。命知らず! 仲間を多数やられた魔族たちは、坂の上に立つたった1人の男へ怒りをぶつけるべく走り続ける。

 すると、坂の上に立つ白い鎧の男は、ニヤリと口元を歪めた。

「さぁ、時が来た! 聖剣よ、余に力を! 聖なる導きをぉ!!」

 男の声が天高く突き立てられた聖剣が輝きを宿した。
 丘の上から降り注ぐ、神々しい輝きに魔族達は一斉に怯んでみせる。

「滅せよ邪悪な蛮族! 大陸は余――白の勇者ユニコン=ネルアガマが守ってみせるっ!!」

男の剣が輝きながら凪がれ、魔族たちの視野が一瞬で暗黒に閉ざされ、そして消えた。

 聖剣タイムセイバ――時間や空間さえも引き裂き、貧弱な魔力壁しかない生き物は、存在さえもこの世から消されてしまう。

「行け! 勇敢なるネルアガマの戦士たちよ! これ以上、祖国の大地を化け物どもに踏ませるなぁ!」

 タイムセイバーを指揮棒代わりに、新たに白の勇者となったユニコン=ネルアガマ第二皇子が号令を発した。
後方に控えていた数多の戦士たちが、満身創痍の魔族軍へ突撃して行く。

 上陸された魔族達の阿鼻叫喚が鳴り止むのに、さほど時間は要しなかった。


⚫️⚫️⚫️


「初陣お疲れ様でした、殿下」
「ふん、こんなの疲れているうちには入らん」

 白の勇者であり、ネルアガマの第二皇子ユニコンは将軍の世辞に辟易しつつ、目下に貼られた軍のキャンプを見やる。
 戦いに勝利した戦士たちは安堵の中、暖かい焚き火の炎を囲みながら勝利の美酒に酔っている。

「よく薪がすぐに手配できたな、将軍」
「はっ! この薪は全て、ネルアガマ原産のものでございます」
「なんと! それは誠か!? 我が国の燃料用林は先のファメタス侵攻の際に失ったと聞いているが?」

「おっしゃる通りです。しかしながら、ここ最近カフカス商会がヨーツンヘイムより薪の供給を始めました。これよにより、不安視されていた我が国内での薪不足は発生いたしません」
「ほう、ヨーツンヘイム。何もないど田舎だと思っていたが、なかなか優秀な土地ではないか!」

 ユニコンはキャンプの脇へ堆く積まれた矢筒を見下ろし、頬を緩ませる。

 この矢の材料もまたカフカス商会によって、ヨーツンヘイムから供給されたものだった。
 おかげで勇気づけられた国内の材木業社は、輸入品に負けてなるものか、と情熱的に商売をしているらしい。

(ヨーツンヘイムのようなところがあるのなら、我が国もまだまだ捨てたものではない! やはり余の軍勢の資材は全て国内産に限るな!)

 次代の王は、民の励みに感激しつつ、最近供物として献上された【真っ赤で美しい盃】に水を注いで飲み干す。
 見た瞬間から、その美しさに惚れ惚れしたこの器もヨーツンヘイム原産。
【イスルゥ塗り】というものである。

「将軍よ、いつ見てもこの器美しいと思わないか」
「私もそう思います殿下。こちらも国内では大変な人気だそうで、争奪戦が繰り広げられているとか」
「ふふ……戦時下ながら、イスルゥ塗りを巡って争うか……なんと、可愛い民ではないか! はははっ!」
「はっ、おっしゃる通りで」
「将軍よ、マルティン州の知事、ヨーツンヘイムの代表、そしてカフカス商会へは、より励めと余の刻印の入った感謝状と褒美を贈呈せよ!」」
「はっ、直ちに」

 そんな上機嫌なユニコンの背後へ、伝令の兵が現れた。

「殿下、ご報告いたします」
「うむ、聞こう! 今の余は大変機嫌が良いからな!」
「バルカポッド、アッシマ、ウェイブライダの三国より殿下の初陣に際し祝いの補給物資が到着しております」
「……なに? 今更、補給物資だと?」

 それまで上機嫌だったユニコンは、あくまで伝令でしかない兵を、まるで当人のように睨みつけた。
このユニコンという男はややせっかちなきらいのある男である。

「は、はは! お、恐れながら!」
「まぁ、良い」

 ユニコンは伝令から奪い取るように目録書を手に取る。
そして更に不愉快そうに眉を顰め、目録書を地面へ投げ捨てた。

「いらぬ! 今すぐつき返せっ! 余へ献上するならば、もっと上等なものをよこせとの言葉を添えてな!」
「は、ははっ! 仰せのままに!」

 伝令は脱兎のごとく駆け出した。
 いつもユニコンのワガママに付き合わされている将軍は辟易しつつ、投げ捨てられた目録書を拾い上げた。

「殿下、薪と矢でしたら頂戴してもよろしかったのでは?」
「妖精と竜人風情の粗悪な薪と矢などいらぬ! 何故ならば、ネルアガマには高品質なヨーツンヘイムの薪と矢があるからだ!」
「……鉄器は……?」
「ふふ、余には我が愛する民が丹精込めて作ったイスルゥ塗りの器がある。手垢まみれの鉱人が作った鉄器など、敢えて使ってやる必要はなかろうて」


何故、ユニコンがここまで突き放す態度をとっているのか。
元々蛮族として見下しているのもあるが、最も大きな原因は……

(ろくに自分の娘を御せないくせに、こちらの顔色ばかり! 話が違うではないか!!)

 三国の蛮族でありながら、長所ばかりを受け継いだ絶世の美女達。各国の姫君で、ネルアガマの勇者を支えるメンバーー妖精のジェスタ、鉱人のアンクシャ、竜人のデルタ・運命の三姫士だけはユニコンの心を掴んで離さない。




『悪いが私は一時、本国へ帰らせてもらう。黒の勇者殿の退任に関して確かめたいことがあるのでな!』

【妖精剣士ジェスタ】にはそう宣言され、

『ばっきゃろ! いきなりてめぇの下に付けだなんて聞けるか! 僕はバンシィと一緒に戦いたいだけなんだ! アッカンベー!』

【鉱人術士アンクシャ】には悪態をつかれてしまった。

『我を使役できるのはバンシィのみ。お前ではない! 失せる! ガァァァァ!!』

 通話魔石越しでも竜人闘士デルタの激しい怒りを感じて、背筋を凍らせたのは記憶に新しい。




 このように、肝心な<運命の三姫士(さんきし)>たちは、ユニコンが新たな勇者に就任するや否や皆、一時祖国へ帰ってしまっていた。
 ユニコンは何度も三国の代表へ、三姫士の集結を叫んでいるが、なしのつぶてである。


(今にみていろ蛮族の姫どもよ。いずれは余の魅力で圧倒してやろうぞ! そして余はネルアガマを更なる高みへ押し上げるのだ!)

 不満は心の奥で燃え盛る野心の炎で焼き尽くされ、気分は魔族を蹂躙した直後のように爽やかになった。

「将軍よ、今宵は余の初陣と戦勝を祝して宴とする! ネルアガマの勇敢なる戦士達へ存分に美味いものを、美味い酒を! 望むものへは美男美女を!」
「い、今からですか?」
「そうだ! 今すぐにだ! 余がせよと言ったのだ! 速やかに動かぬか!」
「……仰せのままに……」

 言い出したら、聞かない。これもまたユニコンという、人物の一端である。

 かくして将軍は、いつものことだと呆れながらも、宴の準備に奔走を始める。

「殿下、参上が遅れて申し訳ございません。【盾の戦士ロト】、ただいま参上いたしました」

 再びユニコンの背中に声が響く。
まだ少しあどけなさの残る少女の声だった。

「なんだ、やはり来たのはお前だけか」

 ユニコンは小柄ながら、身の丈よりも遥に巨大な盾を携えた少女――ロトを興味なさげに見下ろす。



*次回が本格的なざまぁ箇所です。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。 しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。 やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。 一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。 これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!

追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...