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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)
広がるワイン事業
しおりを挟む「勝手に人を集めたことは詫びる。申し訳ない。この畑は君が大事にしているところだとは思っている。だから、もし他人に土足で踏み込んで欲しくなければ……」
「シェザール! すぐに道具を準備して! ダリルは皆さんをこちらへ誘導……」
ジェスタは嬉々とした様子で、護衛隊に指示をしていた。
どうやらノルンの杞憂だったらしい。
「姫様、道具が全然足りません!」
「姫様、みなさんのお昼ご飯はいかがいたしましょう?」
「あ、あ、えっと、それは!!」
ジェスタは舞い上がってしまっているらしい。
ノルンはそんな彼女の肩をポンと叩いた。
「諸々安心しろ。すでに手配済みだ」
「へっ?」
その時、ビュンと大きな影が2人の上を過ってゆく。
ヨーツンヘイムの輸送の要、飛龍のボルとオッゴだった。
2匹が着陸し、鞍に跨っていたカフカカス商会の御曹司グスタフ=カールが飛び降りてくる。
「作業を手伝ってくれる皆さーん! こちらへー! 道具の配布を行いまーす! オッゴのところへ集合してくださーい!」
オッゴの前のグスタフはそう叫び、
「お昼ご飯を一緒に用意してくださる方は、ボルのところへお願いしまーす!」
ボルの前でリゼルがそういうとおばさまたちを中心に輪ができてゆく。
「す、凄い……これだけの手配を貴方1人で……?」
ジェスタは感動しているのか、目に涙を溜めていた。
「いや、俺はただ皆に声をかけただけだ。そうしたらグスタフは道具や食材を提供してくれると言ってくれた。リゼルさんはそれを使って昼飯を作ると申し出てくれた。そして今がある」
続々とジェスタの前へ道具を持った村人達が集まってくる。
「よぉ、ノルン来てやったぜ!」
「待っていたぞガルス。ありがとう!」
ノルンと製材場の頭目ガルスは拳を軽くぶつけ合って挨拶をする。
「あんたかい、ヨーツンヘイムで葡萄栽培とワイン醸造をしようっていう妖精さんは!」
「は、はい!」
「こりゃまた偉い別嬪さんだなぁ……って、いてて!」
ジェスタをみて鼻の下を伸ばしていたガルスの耳を、奥さんのケイが無言で引っ張っている。
そして一堂大爆笑。
やはりヨーツンヘイムという土地は、人々は温かい。
ノルンハ改めてそうおもう。
「姫様、皆様が号令をお待ちですよ?」
「わ、分かった!」
シェザールに後押しされ、ジェスタは緊張の面持ちで皆の前に立った。
「は、初めましてだ! 私はジェスタ! ここに立派な圃場があると聞いて、ぜひここで葡萄栽培とワイン造りをしたいと思ったのだ! しかし、この広大な農場は私たちだけでは手に余る! なので是非、協力して欲しい! よろしく頼む!」
ジェスタに続いて、シェザールや護衛隊、ノルンまでもが頭を下げた。
すると沸き起こった拍手喝采。激励の声の数々。
ジェスタは溢れ出た嬉し涙を拭う。
「さぁ、始めよう! 我々がきちんと指導するので安心してくれ!」
皆は一丸となり、和気藹々と作業を進めてゆく。
「へぇ、君、筋いいね?」
「そ、そうですか?」
「ああ! 迷いがない枝の切りっぷり素晴らしいよ。改めて、私はジェスタだ。君は?」
「トーカです! こちらこそよろしくお願いします! ジェスタさん!」
ジェスタは村の子供のトーカと親しくなったらしい。
「まさか祭りの日以外で、君と会うことにはなるとはな」
「……そうね。多少はこうなるかもしれないって予想はしていたけれど……」
「とりあえず今は」
「分かっているわ」
どうやらシェザールとトーカの父親であるギラは旧知の仲だったらしい。
なんとなく近づいてはいけない雰囲気が漂っている。
とりあえずそっとして置こうと思ったノルンだった。
⚫️⚫️⚫️
「へぇ! ガルスさん、本職は建築関係なのですか!?」
「おう! そうさ! 一応、ノルンからは醸造場のことは聞いてるからよ。立派なもん作ってやっから安心しな!」
ジェスタは親しげにガルスと会話を交えていた。
どうやらノルンが伝えるよりも先に、醸造場のことに関して知ったらしい。
「ジェスタさーん! 切った枝はどこで燃やすんだっけ?」
「ああ、それはだな……!」
すっかり頼られるようになったジェスタは今日一日てんやわんやだった。
しかし、表情はここにやってきてから一番生き生きしている。
(これなら大丈夫そうだな)
そんなことを考えつつ、ノルンは今日の最大の恩人達のところへ向かっていった。
「もう! グスタフさんは誰にでもそういう声かけてるんですか? そういうのダメだと思いますよ?」
「いやはや、あはは……リゼちゃんは可愛い顔して手厳しいねぇ……」
「当たり前です。私、そんなに軽い女じゃないんで、顔を洗って出直してきてくださいね?」
「2人とも!」
荷物の片付けを行っていたリゼルさんとグスタフへ声を変えた。
一瞬、リゼルさんは頬を緩ませたような気がしたのは気のせいか。
「おーノルン、どうした。相変わらず怖い顔をしてよぉ?
「2人とも、今日は本当に、本当にありがとう! 忙しいジェスタに変わって礼をいう!」
ノルンは深々と頭を下げるのだった。
「頭を上げてくださいノルンさん。それにお礼は私たち2人にいうだけじゃダメですよ?」
言葉は厳しい。だけどリゼルさんは夕日の中で朗らかな笑顔を浮かべている。
まだ出会って日は浅い。これまで特に親しかったわけでもない。
なのにどうしてか、リゼルさんには、昔から知っているかのような親しみを覚えている。
「一応、お礼は受け取っておきます。だから次は皆さんへ、お願いしますね?」
「そうだぞ、ノルン。しかも何故、こんな大事な場に私を誘わないんだ?」
気がつくと、いつの間にか隣にジェスタが居たのだった。
「私からもお二人へはお礼を言わせてくれ。本当に今日はどうもありがとう。皆からも継続して協力を取り付けることができそうだ」
「そうですか! それなら良かったです!」
「グスタフさんも道具の手配など本当にありがとう! このお礼はいずれ必ず!」
「頼むぜ! 成功した際は是非、カフカス商会をよろしく頼むな?」
グスタフの大商人としての勘が、彼を動かした。
ならば、ヨーツンヘイムでジェスタと共に始めた、このワイン事業は必ず成功する。
ノルンはそう思えてならなかった。
「それじゃ、私はこれで! 今夜は夜勤なんでお先に失礼しますね。グスタフさん、送ってくれます?」
「あ、ああ! 良いぜ!」
本当にリゼルさんは逞しい女性なのだと思うノルンだった。
「ノルンはあの人の、リゼルさんのこと覚えているか?」
「どういうことだ?」
「どうして彼女のことを知っているかのような感覚を抱いていたか、ようやく分かったんだよ。スーイエイブ州ゾゴック村、邪教に、魔竜……」
「……ああ! そうか! 彼女は確か生贄にされそうだった!」
かつてノルンが黒の勇者だった頃、大陸の外れにある小さな村で、1人の村娘の命を救った。
その娘の名こそ、リゼル。
そしてスーイエイブ州の人間はみな義理堅く、人情味あふれる気質である。
「なぁ、ノルン……私たちはみんなの笑顔を守れていたんだよな?」
ジェスタの不安げな声が胸に突き刺さる。
ノルンも力を失い、ヨーツンヘイムに流れ着いたばかりの頃を、そんなことを考えていた。
「結果が目の前にある」
「えっ?」
「ヨーツンヘイムで皆が平穏に暮らし、そして田畑を耕している。これが結果だ」
「……そっか。なぁ、ノルン」
「なんだ?」
ジェスタはおっかなびっくりな様子で、泥塗れの指をノルンの指へ絡め出す。
「正直、まだ私は不安だ。だから、側にいてくれるかい?」
「そのつもりだ」
胸に芽生えた感情がどんなものなのか。
今ははっきりとした言葉を与えることは難しい。
しかし、こうして泥まみれになりながら、汗を流し、奮闘するジェスタをこれからも支えてゆきたい。
ノルンはそう思うのだった。
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