勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら……勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)

嵐の前の静けさ。久々の休暇。

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「良い朝だ」

 久々にぐっすりと眠れたノルンは、ベッドの上で背伸びをした。
 部屋を出ると、居間には穏やかなジェスタの寝息が響き渡っている。
どうやら昨晩はソファーの上で寝落ちしてしまったらしい。
そしてそんなジェスタを微笑ましそうに、シェザールがみつめている。

「おはよう」
「おはようございますノルン殿、勝手に上がらせていただきました」
「構わん。なにか用事でも?」
「いえ、実はこれが日課なのです。寝顔から今日のジェスタはどうかな、と観察して1日の日程を決めますので」

 きっとその日課とやらは護衛隊の隊長としてよりも、母親としての気持ちが彼女へそうさせているのだろう。

「ううん……」
「ノルン殿、それでは。今日も一日この子のことをよろしくお願いしますね」

 シェザールは風のように姿を消した。
ややあって、ソファーの上のジェスタが目を覚ます。

「ん……ああ、ノルンおはよう……」
「おはよう。こんなところでうたた寝をしては体に毒だぞ?」
「そうだな。うん、ごめん……」
「暖かいのと冷たいのどちらが良い?」
「冷たいの」
「わかった」

 ノルンは床下の冷室から昨晩淹れたコーヒーの瓶を取り出した。
こうして床下にしまうだけで、随分と冷えるものである。
そうしてアイスコーヒーをジェスタへ差し出すと、今度は朝食の準備に取り掛かる。

 ジェスタがまともに家事をこなせないというのもあるが、一番は彼女に葡萄栽培やワイン造りに集中してもらいたいから。
後者の意思の方が大きい。

「そういえば今夜だったか?」
「ああ! だからあとで買い物を付き合ってくれないか?」

 朝食をとっている最中、ジェスタは嬉しそうに答える。
 葡萄栽培もひと段落し、あとは収穫時期を待つのみ。
不意に発生したボーナスのような休日である。

 そこでジェスタは、これまで作業を手伝ってくれた村人を招いて、盛大な宴会を開くつもりらしい。
 ノルン自身もとても楽しみなイベントだった。

 朝食を終え、早速ノルンは馬竜へ荷車をくくりつける。

「さぁ、ゆくぞ」
「あ、あ、えっと、そのぉ……」

 馬竜の上からジェスタへ手を差し伸べる。
しかし彼女は長い耳の先まで真っ赤に染めて、なかなか手を握ろうとしない。

「どうした早くしろ」
「いや、やはり私は荷車で……」
「あんなところは人が乗るところではない。ほら」
「うう……わかった……」

 ジェスタは渋々といった具合にノルンの手を取り、馬竜の後ろへ乗った。

「しっかり掴まってろ」
「あ、ああ……」

 ジェスタは恐る恐るノルンの腰へ手を伸ばす。
身を寄せ、しっかりと抱きつきいてきた。
こういう体勢になって、どうしてジェスタが戸惑っていたかが分かった気がした。

「これ、なんだ、その……意外に恥ずかしいな」

 身近に感じるジェスタの匂い、熱。
彼女の柔らかい体の感触がノルンの胸を高鳴らせている。

「だから荷車で良いと私は言ったはずだが?」
「むぅ……」
「もう今更荷車に乗るつもりはないからな?」
「……わかった」
「ふふ……」

 2人は身を寄せ合いながら、馬竜に揺られて麓の村まで向かってゆく。


……
……
……

「おはようジェスタさん! 今日は管理人さんとお買い物かい?」
「ああ! そうなんだ!」

 村へたどり着くなり、村人はジェスタへ親しげに挨拶を投げかけた。
 誰かが過ぎるたびに、村人とジェスタは挨拶を交わしている。
どうやら、彼女は村の一員としてすっかり迎えられているらしい。

「ジェスタさーん!」

 すると道の向こうから本を抱えたトーカが駆けてきた。

「お、おい、トーカ!?」

 一緒にいた同い年くらいの男の子は慌てた様子で追いかけてくる。

「やぁ、トーカちゃん。教会帰りにデートかい?」
「そうですね、そんなところです。ジェスタさんも?」
「ああ、そうなんだ。まぁ、あちらはそういう意識はないみたいだけどね」
「あはは! こっちもですよ。あっ、紹介しますね! とりあえず今はお友達のジェイくんです!」
「今は友達って、なんだよそれ?」

 トーカに紹介された少年ーージェイは、不思議そうに首を傾げている。

「なんだろうね? ふふ……」
「私はジェスタだ。ジェイ君、今はそんな惚けた回答をしていても良いが、近いうちに言葉の意味をきちんと理解するんだぞ
?」
「は、はぁ……?」

 ジェイは本当に意味がわからないらしく首を傾げている。
なんとも初々しい姿に、ノルンの気持ちが温かさを得ていた。

「なにをほっこりした様子を見せているんだ。貴方だってさっき、私の気持ちをわかってくれなかったじゃないか?」
「いや、あれは……」

 まだ馬竜の後ろに乗るか、乗らないのかことを言っているらしい。
 ジェスタは意外に根に持つ性格なのかもしれない。

「それじゃトーカちゃん、今夜はよろしくね! 良かったらジェイ君も連れてきてね!」
「わかりました! それじゃまた今夜に!」

……
……
……


「それではお嬢様より乾杯の後発声を頂戴したいと思います!」

 シェザールの声を受け、やや緊張した面持ちのジェスタが登壇する。
 夕暮れの管理人小屋の前に集った村人たちは、盃を持って、ジェスタへ熱い視線を浴びせている。

「まずはみなさん、これまでの葡萄栽培への尽力本当にありがとう! 今のところ特に問題もなく、無事収穫が迎えられそうだ。しかし、ここからが本番なのはいうまでもない!」

 ガルスから「よ! 良いぞ良いぞ!」と合いの手が入り、一同大爆笑。
 ジェスタの緊張も良い具合に解れたらしい。

「もう少しだけ協力を頼む! その代わりに私は大陸いちのワインを造り、その利益を皆さんへ必ず還元する! そう約束する! それでは、これまでのお疲れ様と、これからのよろしくお願いしますを祝って……かんぱーい!」

 声が弾け、皆は一斉に盃を打ち鳴らす。
 そうしてジェスタ主催の、お疲れ様会が盛大に始まった。

 皆で持ち寄った料理に、お酒。
 宴は盛大な笑い声に包まれながら、和やかに進行してゆく。

 ふと、ノルンはそうした人の輪の中へ、ジェスタの姿がないことに気がついた。

「ジェスタさんなら、お一人であっち方へ行きましたよ?」

 キョロキョしていたノルンヘリゼルさんが声を掛けてくる。

「ど、どうしてわかった?」
「……秘密です。そんなことよりも、ほうぉうら!」

 リゼルさんはワインボトルとチーズを無理やり渡すと、ノルンの背中を押した。

「ありがとう。この礼はいつから必ず!」

 ノルンは気持ち足早に、森の奥へと進んでゆく。
そんなノルンの背中をリゼルさんはみえなくなるまで笑顔で見守り続けていたのだった。

「主催者がこんなところで、1人で何をしている?」

 ノルンは森の奥の岩の上で、ワインを飲んでいたジェスタへ声をかける。

「なにって1人で飲んでいるんだが?」
「そうか……邪魔をしたか?」
「いや、別に。それに貴方なら大歓迎だぞ!」

 ジェスタは自分の隣をポンポン叩いて座るよう促してくる。
 彼女のところまで一っ飛びで達したノルンは、腰を下ろした。

「へぇ、それぐらいはできるんだな?」
「一応な」

 ワインを注いで、互いに打ち鳴らそうとグラスを掲げる。
すると、ジェスタは首を横へ振ってみせた。

「ワイングラスは打ち合っちゃダメなんだだぞ? 割れてしまうから。乾杯ならば軽くグラスを掲げるだけだ」
「な、なるほど。確かに……」

 改めて、互いにグラスを軽く掲げて、乾杯をした。
 ただグラスを唇へ運び、細いのどへ酒精を流し込んでいるだけ。
しかしそんな些細な動作であっても、やはりジェスタは美しく見えた。

「なぁ、貴方はどうして今、ノルンと名乗っているんだい? なにか理由があるのかい?」
「いや、理由というよりも、これが俺の本当の名だ」
「そうだったのか」
「この名はバンシィという名を授けてくれた師匠以外は知らない名だった」
「と、なるとロトちゃんや他の三姫士も?」

 ノルンが「そうだ」と答えると、ジェスタははにかんでみせた。
そして嬉しそうな様子でワインを口に運ぶ。

「そっか。今は私だけか……ふふ……」

 戦場では勇ましく、時にはノルンに変わって勇者一行を率いていた彼女。
しかしここに暮らし始め、一緒に農作業をするようになってわかったことがある。

 やはりジェスタは血生臭い戦場よりも、土や葉に塗れて農作業をしている方がよく似合っている。
その方が彼女も素直でいられる様子だし、それに……。

「なぁ、ノルン。一つ、聞きたいことが……」
「なんだ?」
「わ、私の気のせいだったあれなのだけれども……最近、貴方の視線が気になるのは、考えすぎか?」

 向けられた顔はどこか切なげで、不安そうで。
 そんな潮らしいジェスタの顔を見ると、どうしようもない感情が胸へ沸き起こってる。

(やはり、今決めるべきか……!)

 ノルンは考えを改める。
 そして不意に、今は亡き師の言葉が思い出された。

『もしいつの日か、お前が私よりも大事と思える人ができたなら、それをしっかり、想いを込めて伝えるんだ。女に言わせるんじゃない! 絶対に男からだ! それが男としての礼儀だ。これはしっかり守るんだぞ、ノルン!』

 かつての師からの教えが思い出された。

(抱き合った後に、そんなことを言う人なのだから、リディ様も相当な変人だったのだな……)

 ノルンは心の中で、優しげに微笑む師へ頭を下げた。
そして今度こそ、彼女へ本当の別れを告げる。
 過去を振り返るのはここまで。今は、一歩でも前へ進む時。
心の中の、かつて愛した人は、そんなノルンの気持ちを理解したのか、笑顔で頷いてくれたような気がした。

「ジェスタ」
「ん?……えっ……!?」

 ノルンはしっかりとジェスタの方を掴み、彼女を見据える。
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