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第二部 一章【愛すべき妖精剣士とぶどう農園】(ジェスタ編)
ファメタスの脅威再び。
しおりを挟む「しかしファメタスはジェスタのムーンライトバタフライによって完全に消滅したはずでは?」
「おっしゃる通りです。しかしこれが現実です、ノルン殿」
「くっ……」
黄金の粘液は森を覆い蝕んでいる。
しかし以前とは少し様子が違うことにも気がついたのはすぐのことだった。
「相変わらず意思のようなものは感じられない。しかも動きが緩く見えるのは気のせいか?」
「おっしゃる通りです。私にも同じように見えます。再発生しているにしても、このファメタスの残滓は相当弱っていると推察できます」
弱ってはいるものの、これを全て消滅させるには相当な労力がいるかと思われた。
その時、ヨーツンヘイムで最も大きな山が目に止まる。
「そうか……その手が!」
「何か案でも?」
「以前、調査した時ヅダ火山は活火山で、火口にはマグマがあった。ならば、ファメタス残滓をそこへむかわわせ、マグマの中に落とし消滅させるのはどうかと思ってな」
「なるほど。今のファメタスには意思がありませんし、うまく誘導できればあるいは」
「知らせてくれてありがとう」
ノルンが歩き出すと、シェザールが呼び止めてきた。
「まさか今からなさるおつもりで?」
「こういうことは早く済ませておきたい性格でな」
「では我々も!」
「いや、俺が1人でやる。それにシェザール殿にはジェスタの側にいて、彼女のワイン作りを手伝ってもらいたい。俺は残念ながら醸造の知識は全くないからな」
再度のシェザールの呼び止めを受け流し、ノルンは断崖を滑り降りる。
目の前では泡立った黄金の粘液が森を蝕んでいる。
しかしノルンのように僅かでも魔力を持った存在が現れても、なんの反応も示さない。
ノルンは魔法上金属の籠手を左手へ装着させた。
「メイガーマグナム!」
左手から光弾が打ち出され、地面を深く抉った。ファメタスの残滓は、穴へ流れ込んでゆく。
(とりあえず今夜はこのあたりの掃除をするとしよう!)
ノルンは体力に若干不安を覚えつつも、光弾で地面を穿ち、ファメタスの残滓へ流れを作ってゆく。
⚫️⚫️⚫️
「あっ、お帰り。こんな時間まで何をしていたんだ?」
山小屋へ帰ると、収穫鋏の手入れを行っていたジェスタに出会した。
「ただいま。遅くなって済まない。少しシェザール殿と話があってな」
「こんな遅い時間まで?」
「うっ……」
ジェスタへはファメタスの残滓のことは黙っておきたかった。
きっと話してしまえば、彼女はワイン造りどころではなくなってしまうと容易に想像ができたからだった。
「あの、その、えっと……変なことを聞いていいか?」
「なんだ?」
「シェザールと話をしていたって、言葉通りに受け取っていいんだよな……?」
すごく不安げなジェスタの声。
どうやら彼女は割とマイナス思考なところがあるのかもしれない。
「安心しろ。俺とあの方は、お前を支える同志という間柄だ」
「そ、そうだよね……ごめん……」
「俺の心はお前のものだ。今も、そしてこれからもずっと……」
そっと包み込むようにジェスタを抱きしめる。
彼女もまたノルンを抱きしめ返してきた。
「ありがとう。そういってくれてすごく嬉しい……面倒臭い女で本当にごめん……」
「構わん。そういうところを含めて、俺はジェスタを愛している」
「幸せだ。今、本当に、心の底から……」
2人はどちらともなく顔を寄せ合い、唇を重ねた。
それだけで今日の疲れと、これから訪れるだろう過酷な日々への憂いがあっという間に消し飛んでゆく。
(必ず守ってみせる。ジェスタを、彼女の夢を、俺は必ず……!)
決意の夜は更けて行き、ノルンは使命感で胸を熱くする。
⚫️⚫️⚫️
「今日も収穫を手伝ってくれてどうもありがとう!」
本日の葡萄の収穫も滞りなく終了し、解散となった。
「ジェスタ、済まない管理人としての仕事が入った。離脱させてもらう」
「わかった! そっちの仕事も頑張ってくれよ!」
ノルンは1人、森の奥へと進んでゆく。
そして断崖の上からファメタスの残滓の流れ方を確認する。
順調にファメタスの残滓は昨日掘った溝に沿って流れている。
(問題はなし。さぁ、もう一仕事だ!)
ノルンは意気揚々と断崖を駆け下り、ファメタスの残滓へ向かってゆく。
……
……
……
夏が終わろうとしていた。
白葡萄の収穫はほぼ終わり、赤ワイン用の黒葡萄の収穫が始まろうとしていた。
「そんな大荷物を持ってどうしたんだ?」
ノルンは居間に置かれた大量の荷物を指し示す。
「明日から赤ワインの仕込みだからな。しばらくは醸造場で寝泊まりをするよ」
「そんなに大変なのか?」
「まぁな。定期的に様子を見なければいけないし、結構作業があるんだ」
「そうか」
「寂しいか?」
ジェスタはいたずらっ子のような表情で聞いてくる。
寂しいのもあるが、大変そうな醸造作業を心配に思う方が大きい。
「ーーッ!?」
突然、ジェスタはかがみ込み、ノルンの頬掴んでキスをしてきた。
「たくさん我慢させてごめん。でもこれが終わったら、私のこと好きにして良いから……私も実はノルンともっと恋人らしいことたくさんしたいって思ってるから……」
「ジェスタ、お前……」
「では、行ってくる! また農園で会おう!」
ジェスタは意気揚々と山小屋を後にしてゆく。
(ジェスタも頑張っているんだ。俺も頑張らねばな!)
……
……
……
「これより皆様には運び込まれた葡萄を除梗(じょこう)していただきます。更に粒の状態で色味が悪いものや、品質に問題があるものを弾いていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
ギラ農場長の説明が終わり、大量の黒葡萄が運び込まれてきた。
醸造場に集まったノルン達はシェザールの指示通り、梗から実を手で落とす。
良質な粒のみ目視で確認し、選別してゆく。
単純な作業ではあるが、非常に重要な作業でもあるらしい。
ジェスタをはじめ、シェザールさえも真剣に、黙々と選果作業を進めてゆく。
そして選果作業が終わる頃には、醸造場の外は真っ暗になっていた。
(これはなかなかの過酷さだな……)
良いワインを造るのは非常に大変なことなのだとノルンは身をもって思い知る。
皆も体感したらしく、クタクタな様子だった。
そんな中、ジェスタは選果を終えた桶を、タンクの醸造室まで運び始める。
「まだ作業をするのか?」
「ああ。すぐに仕込まないとダメだからな。ノルンも皆も今日はゆっくり休んでくれ。またよろしく頼む」
しかし相当疲れているのか足元が覚束ない。
そんなジェスタへ、シェザールが並んだ。
「お供します」
「さすがはシェザール。ありがとう、助かるよ」
ジェスタとシェザール、そして護衛隊の面々も醸造室へ入ってゆく。
「なぁ、ノルン久々に一杯……」
「済まない、俺も管理人の仕事だ! またよろしく頼む!」
ノルンはガルスの誘いを断って、山奥へ駆けてゆく。
ファメタスの残滓を
ジェスタも命をかけてワインに向き合っている。
ならば自分も、という思いを胸に……。
……
……
……
葡萄を収穫し、選果をして、仕込む。
休みなく、その活動が続いた。
「お嬢様、少し休まれては……?」
「大丈夫だよ、まだ……。ヨーツンヘイムのみんなは私の我儘に付き合ってくれてるんだ。へこたれてる暇なんてないんだよ!」
「全く……しかしその根性を認めます。さぁ、頑張りましょう!」
「ありがとうシェザール」
ジェスタはフラフラになりながら、今夜も醸造室へ消えてゆく。
「ジェスタさん、大丈夫かな……」
トーカは不安げな表情でジェスタの背中を見つめていたのだった。
ノルンもまた、1人山奥でファメタスの討伐に向かってゆく。
「くそっ……今度はこっちか!」
ファメタスの残滓は素直に溝に流れ込んではくれている。
しかし、翌日来てみれば、溝に溜まったファメタスの残滓は、そこから溢れ出て、また別の広がり方をしてしまう。
正直なところ、自分の見込みが甘かったのだとノルンは反省する。
しかしここで反省をしても、何の解決にもならない。
(ジェスタも頑張っているんだ。俺も……!)
ノルンは決意を新たに弾劾からいつも通り駆け降りる。
「ぐっーー!?」
しかし足が突然もつれ、そのまま地面へ叩きつけられてしまった。
怪我自体は大したことはない。しかし何故かノルンは起き上がることができなかった。
(無理が祟ったか……くそっ!)
日中はジェスタのワイン造りを手伝い、夜はファメタスの残滓討伐に乗り出す。
ここ数週間はまともな睡眠が取れていなかった。休みなど1日もなかった。
それはノルンが愛してやまない、ジェスタも一緒だった。だからこそ、ここまで頑張れた。
しかし意思はあれど身体いうことを効かない。
どんなに鋼の意思を持っていたとしても、人は肉体の不調には抗えない。
「俺がまだ勇者だったならば……聖剣さえあれば……!」
ノルンは自分の不甲斐なさに涙を浮かべ、土を握りしめる。
そんな彼へ、突然現れた黒い影が伸びてきた。
「よぉ! こそこそ1人で何をしてるかと思えば、こんなことしてたのかい?」
「グスタフ? お前どうして……?」
顔あげると、友人のグスタフは人懐っこい笑顔を浮かべる。
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