小さな物語たち

柊灯

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「お前さ、俺が実は宇宙人だって言ったら信じるか?」 頭の触覚をウネウネさせながら君は僕に訪ねた。

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「お前さ、俺が実は宇宙人だって言ったら信じるか?」
 頭の触覚をウネウネさせながら君は僕に訪ねた。
 僕は真っ先に彼に背を向け部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。最悪だ。僕は今まであんなとんでもないやつと付き合っていたんだ。ここは彼の家だ。こんな場所に何が仕掛けてあるか分かったもんじゃない。今すぐに逃げなければ。そのまま靴も履かずに玄関から外に出た。ちょうど休日の昼間ということもあり、通行人の子供連れの家族やランニング中の男性が好奇の目で僕を見た。しかしそんなことは構っていられない。この得体の知れない建物から今すぐ離れなければいけないのだ。ほとんど腰が抜けてしまっていた僕は、半ば四つん這いになりながらも必死に逃げようとした。
 走って、走って、走って。靴下がアスファルトで破れたところで、僕はようやく自分の家にたどり着いた。鍵を乱暴に開け、しっかりと二重に施錠し、自室に飛び込み、布団に全身を包んだ。今でも恐ろしい。彼とは高校に入ってから2年ほどの付き合いだった。家が近いこともあって彼の家で食事をしたこともあったし、泊まりに行ったこともあった。家にあげたこともあったし、毎日の行動を共にしていた。今まで自分の知り得ないところでどんなことをされてきたのだろう。あの時彼から分けてもらった弁当の具も、あの時自分の部屋に彼をあげた時も、あの時彼の前で呑気に寝息を立てて……
 考えを巡らせているうちに、僕は自分が涙を流していることに気付いた。思えば友達の少なかった僕にとって、彼は唯一ともいえる親友だったのだ。彼にされた親切は数えきれないし、そうされた時の僕は実際に幸せだった。それがどうだろうか。彼が宇宙人だというだけで、僕は彼の良心をどれほど踏みにじっただろうか。もしかしたら彼にとっての決死の告白だったかもしれない。打ち明けられる人は僕だけだったのかもしれない。それを考えると、自分が彼から突然逃げ出したことはひどく不誠実なことだったのかもしれない。こんなことを考えている間にも、僕の涙は流れ続けている。彼ももしかしたら、同じように泣きじゃくっているかもしれない。
 そう思った僕の行動は早かった。ボロボロになった靴下のまま、もと来た道を引き返した。途中頭から触手を伸ばす彼の姿を思い出し、足がすくんだ。走っているが、本当はバランスを取るのもやっとなほどに震えている。未知の存在への恐怖、自分の犯した不誠実への悔恨、現れてはぶつかり押し合う感情の盛衰が僕の平衡感覚を少しずつ奪っていく。それでも道を間違えぬように走り続けた。
 息を切らしてたどり着いた場所は、彼の家ではなかった。一面が雑草で覆われており、打ち捨てられた木材やゴミが所々に散らばる、家一軒分の空き地がそこにはあった。僕は膝をつき、嗚咽を漏らした。雑草に額を擦り付け、「クソ、クソ」と地面を打った。
 取り返しのつかないことはあるのだ。僕はそれを犯した。もうどうすることもできない。それでも僕は、いつまでもそれを悔み続けるのだろう。
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