【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

文字の大きさ
27 / 68
​第一部 2章 狙われたヒトガミと、凍りつく京 ―妖界・予兆編―

第27話 京での買い物と、絡んでくるゴロツキ

しおりを挟む
 幻妖京は、常に多くの妖たちで賑わっている。
 皆が人間と同じ容姿。着物姿の者が多く、ところどころに動物や鳥の面、顔をすっぽり覆うような覆面をしている者もいる。角はないが、ピョコンと獣の耳が飛び出している者も。鬼界の雰囲気とは異なる、独特のものだ。

 大きな通りの両側には数階建ての木造建築が並び、その間を通る道はゴツゴツした石造りの灯籠が左右二列にずっと奥まで並べて置かれている。ちょうど道が三分割に割られているような状態だ。そこを、多くの者たちが自由に行き交いしていた。

「卸問屋に店主がいるといいんですけど……」

 椿が少し先の大きな建物を眺めながら言う。妖界の文字で『良薬』と大きく書かれた目立つ看板の店が目的地だ。

 暖簾のれんを潜り中に入れば、小上がりの畳の上、客と店員が何組かやり取りしているのが目に入った。

 店で働く子どもが奏太達に気づいてパタパタとやってくる。

「すみません、お客さん! 今、対応できる者がいなくて、ちょっとお待ちいただけますか?」

 子どもの視線の先にいるのはえにしだ。見た目、まだ若い奏太や咲楽さくらでも、女である椿でも、やや粗野に見える亘でもない。一番落ち着いていて品のあるように見える縁を選ぶあたり、相手をしっかり選んでいるのがわかる。

 縁はチラと奏太を見た。自分が前に出るべきか、と問うているのだろう。奏太はそれにコクと頷いてみせた。こういうのは、縁に任せた方がうまく周りそうだ。

「薬が欲しいのもそうだが、店主に少し話があってね。今、いるかい?」

 子どもはチラっと店の奥に目を向けてから、小さく首を横に振った。

「今、取り込み中でして。ご対応は難しいかと」
「そうか。それなら、誰か手が空いたら先に商品の注文だけさせてもらうよ。そのあと、ここで少し店主を待たせてもらえると助かる」
「……しかし……」

 子どもはどうにも渋る様子を見せる。

「どうかしたかい?」

 縁が柔らかく尋ねると、子どもは言いにくそうにしながら、口元に手を当てて声を潜めた。

「今、高貴な身分のお客様がいらしてて……御相手が長引きそうだから、旦那様宛のお客様はお断りしてほしいと言われてるんです」
「ああ、それなら、これをこっそりと店主に渡して来てもらえるかな。見れば意味が分かると思うから」

 縁が懐から出したのは、蜻蛉商会のバッジだ。誰が来たのかを知らせるには一番分かりやすい。

「これを、ですか?」
「ああ、頼むよ。黙って渡すだけで良いから」
「わ、わかりました。少々お待ちを」

 子どもはそう言うと、再びパタパタと奥にかけていった。

 こちらの対応に気を回せる他の者は居ないようで、しばらく小上がりに腰掛けて子どもが戻って来るのを待つ。

「出直した方が良いのでは? 肝心の発注もできなさそうですし」
「出直すって言ったって、行くところがないだろ」

 退屈そうな亘に言い返したはずが、困った顔の縁から反応が戻ってきた。
 
「……あの……行くところなら、あるはずですが……」
「僕は、もうしばらく、ここで待つのもいいと思います」

 咲楽は奏太の隣にトンと座りながら無邪気に笑う。

「こうやって、市井に紛れている時でもなければ、奏太様のお側にいられませんから」
「奏太様のお隣に座るなんて……」
「いいよ、椿。俺だけ座って皆が警戒しながら立ってたら不自然だし」

 今、奏太達は京の民衆に紛れられるような質素な着物を着ている。気安く接してもらった方が自然だ。周囲の者から見たら、咲楽は奏太の妹か何かに見えるだろう。
 
 文句を言いかけた椿を奏太が止めると、咲楽はフフンと笑って椿を見上げた。挑発的な目に、椿が空気をピリッとさせる。

「やめろって、二人とも。椿も座ればいいだろ」

 奏太がポンポンともう片側を叩くと、一転、椿は困ったような顔になった。

「奏太様を護らねばならぬのに、座ってなんていられません」

 椿はそう言いつつジロッと咲楽を睨んだが、当の咲楽は何食わぬ顔だ。

「……だからさぁ」

 奏太がそう言いかけた時だった。先ほどの子どもが、再びパタパタとやってくる。その手には、何やら紙が握りしめられていた。

「あ、あの……やはり、旦那様から、お引き取り願うように、と……」

 子どもは言いにくそうに言いながら、カサリと一枚の紙を差し出した。

 縁が受け取り開くと、そこには、簡略化されてはいるものの、『きじ』となぐり書きされた文字がある。

 それを見た途端、背筋がゾッとした。
 縁が額に手を当て、椿と咲楽が顔を引きつらせる。

 店主が伝えたいのは、鳥そのものではない。店主が相手にしている客が誰か、ということだ。

「…………どうなさいますか?」
「逃げよう。今すぐ」

 奏太は勢いよく立ち上がり、慌てて入り口に向かおうと踵を返す。

「あ、奏太様っ! お待ちを……」

 咲楽の声が聞こえた時だった。
 ドンと何か大きく弾力のあるものにぶつかり、ほんの少し、跳ね返される。

 見れば、立派な着物を着た、太った体格の中年男がそこに立っていた。

「す、すみません!」
「おい、前をよく見ろ、若造が!」

 謝ったそばから怒鳴られた。
 
 後ろには、いかにもゴロツキといった雰囲気の男が二人いて、こちらに睨みをきかせている。

「あーあ、せっかくの一張羅が、小汚ねぇ若造のせいで汚れちまったじゃねーか」

 そう言いつつ中年男は自分の着物を見下ろし不快そうに眉を顰めた。しかし、奏太の見る限り、汚れのようなものは一切見えない。

「すみません、ぶつかって。申し訳ないんですけど、ちょっと俺たち、急ぐんで」

 ここで絡まれて騒ぎにするわけにはいかない。奏太は下手に出つつ、ペコリと頭を下げる。
 しかし、足早に一歩踏み出そうとしたところで、中年男の連れにグイッと乱暴に肩を掴まれた。

「旦那様の着物が汚れたって言ってんだよ。地面に頭を擦り付けて謝れ、この野郎」
「うわっ!」

 勢いよく肩を抑え込まれて、そのまま倒れ込みそうになる。

 瞬間、誰かに腰の辺りを支えられた。

 見上げれば、亘が奏太を支えつつ男の手首をギリリと掴んでいた。縁もまた、刀の切っ先をその男の首元に当てている。

 キャアー!!

という悲鳴が店内に上がった。

「何をする、この無礼者っ!!」
「無礼者はどっちだよ、おっさん」
 
 激昂する中年男の首にも、いつの間にか咲楽が苦無くないを突きつけていた。
 椿は椿で、中年男を守ろうとしたもう一人のゴロツキの腕を捻り上げ押さえ込んでいる。

「や、やめろ、お前ら! 今は騒ぎを起こしてる場合じゃ……」

 奏太が、そう言いかけた時だった。

「こ、これは一体何事です、柳屋の大旦那様っ!」

 この店の店主の声が店内いっぱいに響いた。

「おい、店主! この無礼者どもをどうにかしろ! そこの小汚え若造がぶつかって来やがったから、ものを教えてやろうとしたら、こいつらが急に襲って来やがったんだっ!!」

 中年男が声を荒げる。

「ほう? 小汚い若造、とは、誰のことかな」 

 不意に、ガナリ声の中に不釣り合いな、凛と涼やかに通る声が聞こえてきて、奏太はビクッと肩を大きく揺らした。

「見りゃ分かんだろ!? そこの貧相で卑しい奴だよ!」
「お、大旦那様! 口を謹んでください!!」

 店主が悲鳴めいた声を上げた。

「そのような者、見当たらない様だが」
「はぁ? あんたも随分と金持ちのようだが、目が腐ってんじゃねーのか?」
「私の目が?」

 場に合わない、妙に落ち着いた静かな声が怖い。
 
「お、おい、あんた、やめた方がいいぞ」

 ふと、騒ぎを聞きつけ入り口付近に集まってきていたやじ馬の一人が、親切心からか、中年男に声をかけた。
 
「なんでだよ?」
「あの方は、雉里きじさと家の御当主様だ。逆らって打ち首にでもなっても知らねーぞ」

 中年男が一気に青ざめて息を呑み、言葉を失ったのがわかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...