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第一部 2章 狙われたヒトガミと、凍りつく京 ―妖界・予兆編―
第27話 京での買い物と、絡んでくるゴロツキ
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幻妖京は、常に多くの妖たちで賑わっている。
皆が人間と同じ容姿。着物姿の者が多く、ところどころに動物や鳥の面、顔をすっぽり覆うような覆面をしている者もいる。角はないが、ピョコンと獣の耳が飛び出している者も。鬼界の雰囲気とは異なる、独特のものだ。
大きな通りの両側には数階建ての木造建築が並び、その間を通る道はゴツゴツした石造りの灯籠が左右二列にずっと奥まで並べて置かれている。ちょうど道が三分割に割られているような状態だ。そこを、多くの者たちが自由に行き交いしていた。
「卸問屋に店主がいるといいんですけど……」
椿が少し先の大きな建物を眺めながら言う。妖界の文字で『良薬』と大きく書かれた目立つ看板の店が目的地だ。
暖簾を潜り中に入れば、小上がりの畳の上、客と店員が何組かやり取りしているのが目に入った。
店で働く子どもが奏太達に気づいてパタパタとやってくる。
「すみません、お客さん! 今、対応できる者がいなくて、ちょっとお待ちいただけますか?」
子どもの視線の先にいるのは縁だ。見た目、まだ若い奏太や咲楽でも、女である椿でも、やや粗野に見える亘でもない。一番落ち着いていて品のあるように見える縁を選ぶあたり、相手をしっかり選んでいるのがわかる。
縁はチラと奏太を見た。自分が前に出るべきか、と問うているのだろう。奏太はそれにコクと頷いてみせた。こういうのは、縁に任せた方がうまく周りそうだ。
「薬が欲しいのもそうだが、店主に少し話があってね。今、いるかい?」
子どもはチラっと店の奥に目を向けてから、小さく首を横に振った。
「今、取り込み中でして。ご対応は難しいかと」
「そうか。それなら、誰か手が空いたら先に商品の注文だけさせてもらうよ。そのあと、ここで少し店主を待たせてもらえると助かる」
「……しかし……」
子どもはどうにも渋る様子を見せる。
「どうかしたかい?」
縁が柔らかく尋ねると、子どもは言いにくそうにしながら、口元に手を当てて声を潜めた。
「今、高貴な身分のお客様がいらしてて……御相手が長引きそうだから、旦那様宛のお客様はお断りしてほしいと言われてるんです」
「ああ、それなら、これをこっそりと店主に渡して来てもらえるかな。見れば意味が分かると思うから」
縁が懐から出したのは、蜻蛉商会のバッジだ。誰が来たのかを知らせるには一番分かりやすい。
「これを、ですか?」
「ああ、頼むよ。黙って渡すだけで良いから」
「わ、わかりました。少々お待ちを」
子どもはそう言うと、再びパタパタと奥にかけていった。
こちらの対応に気を回せる他の者は居ないようで、しばらく小上がりに腰掛けて子どもが戻って来るのを待つ。
「出直した方が良いのでは? 肝心の発注もできなさそうですし」
「出直すって言ったって、行くところがないだろ」
退屈そうな亘に言い返したはずが、困った顔の縁から反応が戻ってきた。
「……あの……行くところなら、あるはずですが……」
「僕は、もうしばらく、ここで待つのもいいと思います」
咲楽は奏太の隣にトンと座りながら無邪気に笑う。
「こうやって、市井に紛れている時でもなければ、奏太様のお側にいられませんから」
「奏太様のお隣に座るなんて……」
「いいよ、椿。俺だけ座って皆が警戒しながら立ってたら不自然だし」
今、奏太達は京の民衆に紛れられるような質素な着物を着ている。気安く接してもらった方が自然だ。周囲の者から見たら、咲楽は奏太の妹か何かに見えるだろう。
文句を言いかけた椿を奏太が止めると、咲楽はフフンと笑って椿を見上げた。挑発的な目に、椿が空気をピリッとさせる。
「やめろって、二人とも。椿も座ればいいだろ」
奏太がポンポンともう片側を叩くと、一転、椿は困ったような顔になった。
「奏太様を護らねばならぬのに、座ってなんていられません」
椿はそう言いつつジロッと咲楽を睨んだが、当の咲楽は何食わぬ顔だ。
「……だからさぁ」
奏太がそう言いかけた時だった。先ほどの子どもが、再びパタパタとやってくる。その手には、何やら紙が握りしめられていた。
「あ、あの……やはり、旦那様から、お引き取り願うように、と……」
子どもは言いにくそうに言いながら、カサリと一枚の紙を差し出した。
縁が受け取り開くと、そこには、簡略化されてはいるものの、『雉』となぐり書きされた文字がある。
それを見た途端、背筋がゾッとした。
縁が額に手を当て、椿と咲楽が顔を引きつらせる。
店主が伝えたいのは、鳥そのものではない。店主が相手にしている客が誰か、ということだ。
「…………どうなさいますか?」
「逃げよう。今すぐ」
奏太は勢いよく立ち上がり、慌てて入り口に向かおうと踵を返す。
「あ、奏太様っ! お待ちを……」
咲楽の声が聞こえた時だった。
ドンと何か大きく弾力のあるものにぶつかり、ほんの少し、跳ね返される。
見れば、立派な着物を着た、太った体格の中年男がそこに立っていた。
「す、すみません!」
「おい、前をよく見ろ、若造が!」
謝ったそばから怒鳴られた。
後ろには、いかにもゴロツキといった雰囲気の男が二人いて、こちらに睨みをきかせている。
「あーあ、せっかくの一張羅が、小汚ねぇ若造のせいで汚れちまったじゃねーか」
そう言いつつ中年男は自分の着物を見下ろし不快そうに眉を顰めた。しかし、奏太の見る限り、汚れのようなものは一切見えない。
「すみません、ぶつかって。申し訳ないんですけど、ちょっと俺たち、急ぐんで」
ここで絡まれて騒ぎにするわけにはいかない。奏太は下手に出つつ、ペコリと頭を下げる。
しかし、足早に一歩踏み出そうとしたところで、中年男の連れにグイッと乱暴に肩を掴まれた。
「旦那様の着物が汚れたって言ってんだよ。地面に頭を擦り付けて謝れ、この野郎」
「うわっ!」
勢いよく肩を抑え込まれて、そのまま倒れ込みそうになる。
瞬間、誰かに腰の辺りを支えられた。
見上げれば、亘が奏太を支えつつ男の手首をギリリと掴んでいた。縁もまた、刀の切っ先をその男の首元に当てている。
キャアー!!
という悲鳴が店内に上がった。
「何をする、この無礼者っ!!」
「無礼者はどっちだよ、おっさん」
激昂する中年男の首にも、いつの間にか咲楽が苦無を突きつけていた。
椿は椿で、中年男を守ろうとしたもう一人のゴロツキの腕を捻り上げ押さえ込んでいる。
「や、やめろ、お前ら! 今は騒ぎを起こしてる場合じゃ……」
奏太が、そう言いかけた時だった。
「こ、これは一体何事です、柳屋の大旦那様っ!」
この店の店主の声が店内いっぱいに響いた。
「おい、店主! この無礼者どもをどうにかしろ! そこの小汚え若造がぶつかって来やがったから、ものを教えてやろうとしたら、こいつらが急に襲って来やがったんだっ!!」
中年男が声を荒げる。
「ほう? 小汚い若造、とは、誰のことかな」
不意に、ガナリ声の中に不釣り合いな、凛と涼やかに通る声が聞こえてきて、奏太はビクッと肩を大きく揺らした。
「見りゃ分かんだろ!? そこの貧相で卑しい奴だよ!」
「お、大旦那様! 口を謹んでください!!」
店主が悲鳴めいた声を上げた。
「そのような者、見当たらない様だが」
「はぁ? あんたも随分と金持ちのようだが、目が腐ってんじゃねーのか?」
「私の目が?」
場に合わない、妙に落ち着いた静かな声が怖い。
「お、おい、あんた、やめた方がいいぞ」
ふと、騒ぎを聞きつけ入り口付近に集まってきていたやじ馬の一人が、親切心からか、中年男に声をかけた。
「なんでだよ?」
「あの方は、雉里家の御当主様だ。逆らって打ち首にでもなっても知らねーぞ」
中年男が一気に青ざめて息を呑み、言葉を失ったのがわかった。
皆が人間と同じ容姿。着物姿の者が多く、ところどころに動物や鳥の面、顔をすっぽり覆うような覆面をしている者もいる。角はないが、ピョコンと獣の耳が飛び出している者も。鬼界の雰囲気とは異なる、独特のものだ。
大きな通りの両側には数階建ての木造建築が並び、その間を通る道はゴツゴツした石造りの灯籠が左右二列にずっと奥まで並べて置かれている。ちょうど道が三分割に割られているような状態だ。そこを、多くの者たちが自由に行き交いしていた。
「卸問屋に店主がいるといいんですけど……」
椿が少し先の大きな建物を眺めながら言う。妖界の文字で『良薬』と大きく書かれた目立つ看板の店が目的地だ。
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店で働く子どもが奏太達に気づいてパタパタとやってくる。
「すみません、お客さん! 今、対応できる者がいなくて、ちょっとお待ちいただけますか?」
子どもの視線の先にいるのは縁だ。見た目、まだ若い奏太や咲楽でも、女である椿でも、やや粗野に見える亘でもない。一番落ち着いていて品のあるように見える縁を選ぶあたり、相手をしっかり選んでいるのがわかる。
縁はチラと奏太を見た。自分が前に出るべきか、と問うているのだろう。奏太はそれにコクと頷いてみせた。こういうのは、縁に任せた方がうまく周りそうだ。
「薬が欲しいのもそうだが、店主に少し話があってね。今、いるかい?」
子どもはチラっと店の奥に目を向けてから、小さく首を横に振った。
「今、取り込み中でして。ご対応は難しいかと」
「そうか。それなら、誰か手が空いたら先に商品の注文だけさせてもらうよ。そのあと、ここで少し店主を待たせてもらえると助かる」
「……しかし……」
子どもはどうにも渋る様子を見せる。
「どうかしたかい?」
縁が柔らかく尋ねると、子どもは言いにくそうにしながら、口元に手を当てて声を潜めた。
「今、高貴な身分のお客様がいらしてて……御相手が長引きそうだから、旦那様宛のお客様はお断りしてほしいと言われてるんです」
「ああ、それなら、これをこっそりと店主に渡して来てもらえるかな。見れば意味が分かると思うから」
縁が懐から出したのは、蜻蛉商会のバッジだ。誰が来たのかを知らせるには一番分かりやすい。
「これを、ですか?」
「ああ、頼むよ。黙って渡すだけで良いから」
「わ、わかりました。少々お待ちを」
子どもはそう言うと、再びパタパタと奥にかけていった。
こちらの対応に気を回せる他の者は居ないようで、しばらく小上がりに腰掛けて子どもが戻って来るのを待つ。
「出直した方が良いのでは? 肝心の発注もできなさそうですし」
「出直すって言ったって、行くところがないだろ」
退屈そうな亘に言い返したはずが、困った顔の縁から反応が戻ってきた。
「……あの……行くところなら、あるはずですが……」
「僕は、もうしばらく、ここで待つのもいいと思います」
咲楽は奏太の隣にトンと座りながら無邪気に笑う。
「こうやって、市井に紛れている時でもなければ、奏太様のお側にいられませんから」
「奏太様のお隣に座るなんて……」
「いいよ、椿。俺だけ座って皆が警戒しながら立ってたら不自然だし」
今、奏太達は京の民衆に紛れられるような質素な着物を着ている。気安く接してもらった方が自然だ。周囲の者から見たら、咲楽は奏太の妹か何かに見えるだろう。
文句を言いかけた椿を奏太が止めると、咲楽はフフンと笑って椿を見上げた。挑発的な目に、椿が空気をピリッとさせる。
「やめろって、二人とも。椿も座ればいいだろ」
奏太がポンポンともう片側を叩くと、一転、椿は困ったような顔になった。
「奏太様を護らねばならぬのに、座ってなんていられません」
椿はそう言いつつジロッと咲楽を睨んだが、当の咲楽は何食わぬ顔だ。
「……だからさぁ」
奏太がそう言いかけた時だった。先ほどの子どもが、再びパタパタとやってくる。その手には、何やら紙が握りしめられていた。
「あ、あの……やはり、旦那様から、お引き取り願うように、と……」
子どもは言いにくそうに言いながら、カサリと一枚の紙を差し出した。
縁が受け取り開くと、そこには、簡略化されてはいるものの、『雉』となぐり書きされた文字がある。
それを見た途端、背筋がゾッとした。
縁が額に手を当て、椿と咲楽が顔を引きつらせる。
店主が伝えたいのは、鳥そのものではない。店主が相手にしている客が誰か、ということだ。
「…………どうなさいますか?」
「逃げよう。今すぐ」
奏太は勢いよく立ち上がり、慌てて入り口に向かおうと踵を返す。
「あ、奏太様っ! お待ちを……」
咲楽の声が聞こえた時だった。
ドンと何か大きく弾力のあるものにぶつかり、ほんの少し、跳ね返される。
見れば、立派な着物を着た、太った体格の中年男がそこに立っていた。
「す、すみません!」
「おい、前をよく見ろ、若造が!」
謝ったそばから怒鳴られた。
後ろには、いかにもゴロツキといった雰囲気の男が二人いて、こちらに睨みをきかせている。
「あーあ、せっかくの一張羅が、小汚ねぇ若造のせいで汚れちまったじゃねーか」
そう言いつつ中年男は自分の着物を見下ろし不快そうに眉を顰めた。しかし、奏太の見る限り、汚れのようなものは一切見えない。
「すみません、ぶつかって。申し訳ないんですけど、ちょっと俺たち、急ぐんで」
ここで絡まれて騒ぎにするわけにはいかない。奏太は下手に出つつ、ペコリと頭を下げる。
しかし、足早に一歩踏み出そうとしたところで、中年男の連れにグイッと乱暴に肩を掴まれた。
「旦那様の着物が汚れたって言ってんだよ。地面に頭を擦り付けて謝れ、この野郎」
「うわっ!」
勢いよく肩を抑え込まれて、そのまま倒れ込みそうになる。
瞬間、誰かに腰の辺りを支えられた。
見上げれば、亘が奏太を支えつつ男の手首をギリリと掴んでいた。縁もまた、刀の切っ先をその男の首元に当てている。
キャアー!!
という悲鳴が店内に上がった。
「何をする、この無礼者っ!!」
「無礼者はどっちだよ、おっさん」
激昂する中年男の首にも、いつの間にか咲楽が苦無を突きつけていた。
椿は椿で、中年男を守ろうとしたもう一人のゴロツキの腕を捻り上げ押さえ込んでいる。
「や、やめろ、お前ら! 今は騒ぎを起こしてる場合じゃ……」
奏太が、そう言いかけた時だった。
「こ、これは一体何事です、柳屋の大旦那様っ!」
この店の店主の声が店内いっぱいに響いた。
「おい、店主! この無礼者どもをどうにかしろ! そこの小汚え若造がぶつかって来やがったから、ものを教えてやろうとしたら、こいつらが急に襲って来やがったんだっ!!」
中年男が声を荒げる。
「ほう? 小汚い若造、とは、誰のことかな」
不意に、ガナリ声の中に不釣り合いな、凛と涼やかに通る声が聞こえてきて、奏太はビクッと肩を大きく揺らした。
「見りゃ分かんだろ!? そこの貧相で卑しい奴だよ!」
「お、大旦那様! 口を謹んでください!!」
店主が悲鳴めいた声を上げた。
「そのような者、見当たらない様だが」
「はぁ? あんたも随分と金持ちのようだが、目が腐ってんじゃねーのか?」
「私の目が?」
場に合わない、妙に落ち着いた静かな声が怖い。
「お、おい、あんた、やめた方がいいぞ」
ふと、騒ぎを聞きつけ入り口付近に集まってきていたやじ馬の一人が、親切心からか、中年男に声をかけた。
「なんでだよ?」
「あの方は、雉里家の御当主様だ。逆らって打ち首にでもなっても知らねーぞ」
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