【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

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​第一部 3章 束の間の休息と、忍び寄る悪意 ―妖界滞在・拉致編―

​第36話 商会の休息と、神の弱さ

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 机に突っ伏したまま御守りを眺めていたはずが、目が覚めたらベッドの上にいた。

 ムクリと体を起こそうとしたが、どうにも重たい。ようやく起き上がると、奏太はサイドテーブルに置かれた水に手を伸ばした。きちんと冷えたものだ。誰かが持ってきてくれたのだろう。

「……俺、どれくらい寝てたんだろう……」

 奏太は独り言のつもりで呟く。
 
「三日程、ですよ」

 突然、思いもしない方向から低い声が聞こえてきて、ビクッと肩が跳ねた。

「脅かすなよ、亘」

 見れば、扉の横に体を預けるように立つ亘がいた。

「お前がベッドに?」
「まるまる一晩、机で眠られていたようだったので」

 亘は困った者でも見るような目だ。
 
「そっか、ありがとう。けど、運ばれたのも気付かなかったな」
「あれほど、力を暴走させるからですよ」
「…………ごめん」

 ああなったのは初めてではない。以前よりはマシになったけど、怒りが振り切れると、どうしても制御が利かなくなる。自分の瞳が金色になるのも聞いていた。けれど、その状態になった自分を見たのは初めてだった。

 奏太が口を噤むと、亘は溜息をついた。

「巽も目覚めました。話を聞きますか?」
「元気なの?」
「問題なく話ができるくらいには」
「なら、いいや。俺はもうちょっと寝るよ。巽には無理するなって伝えて」

 奏太が言えば、亘は眉根を寄せる。

「体調が悪いのですか?」
「そういう訳じゃないけど、ちょっと疲れた」
「今、起きたばかりですが」
「それでも、疲れたんだよ。部屋から出ないし、護衛はいいから、亘も自由にしてれば?」

 奏太はそう言いつつ、布団の中に潜り込む。
 
 しかし、亘は一向に出ていこうとしない。
 それどころか、バサリと乱暴に奏太の掛布団をはぎ取った。

「気晴らしに、稽古をしましょう、奏太様。久々ですし、腕がなまっているでしょう?」
「嫌だよ。そういう気分じゃない。布団、返せよ」
「布団にくるまって引きこもっていては、気分が塞ぐばかりですよ」
「別にいい」

 亘から掛布団を奪い返そうと手を伸ばすが、届く前にヒョイっと避けられた。
 ジロリと亘を睨み、避けられた方に再び手を伸ばせば、また別の方向に避けられる。
 それをもう一度繰り返したところで、奏太は掛布団を諦めて、亘に背を向けゴロリと寝転んだ。

 しかし、亘は諦めない。今度はグイッと腕をつかまれ、無理矢理体を起こされた。

「もう、何だよ!?」

 堪らず叫ぶと、亘はニコリと笑った。

「稽古ですよ、奏太様。師の言うことは、素直に聞くべきでは?」
「……今日は体調不良で欠席します。これでいいか? 
「仮病は認められませんね。さあ、強制的に運ばれるのと、御自分で準備するのと、どちらにしましょうか」
「生徒に無理強いなんて、教師失格だぞ」
「嫌なことから逃げてばかりでは、強くなれませんよ」
「やっても、これ以上伸びないから、別にいい」
「技や体ではなく心の話ですよ。せめて、力を暴走させない程度の心の強さが欲しいですね」

 二日前のことを引き合いに出されて奏太がギリっと奥歯を噛むと、亘はフフンと奏太を見下ろす。

「さあ、中庭に出ましょう。私に無理矢理運ばれたくなければ、御準備を」

 奏太は思い切り舌打ちをした。


 中庭には、妖界から商会員として連れてきた武官達が鍛錬を行えるような広いスペースがあった。鍛錬用の武具が揃えられていて、休憩中や休みの日には思い思いに自分を鍛えるのだ。

 巽が動けず、奏太も商会の休業を言い渡したきり眠っていたので、多くの者たちが中庭にいた。

 奏太が亘について嫌々中庭に出ると、奏太に近い方から順に、皆がピタリと手を止めて、奏太に向かって恭しく頭を下げていく。

「鬼界なんだし、うるさく言うやつもいないから、普通にしててよ」
「奏太様、お加減はよろしいのですか?」

 他の者と同じように稽古をしていたらしい咲楽が進み出る。

「……あんまり良くないけど、亘に引っ張って来られたんだ」
「奏太様の場合、気持ちの問題ですからね」

 いくら睨んだところで、亘には全くの無意味だ。本当に嫌になる。

 咲楽は気遣うような目を奏太に向けた。

「妖界に居る時から気が塞いでいらっしゃるようでしたから、気分転換も必要だと思います。僕らは場所をあけますから、どうぞ、ごゆっくりお使いください」
  
 亘を止めてくれれば良いなと微かな期待があったけど、逆に鍛錬を勧められた。


 武官達が居なくなった広い鍛錬場で、奏太は木刀を構えて亘の前に立った。いつでも余裕そうな亘の表情がムカつく。

 ここまで来たからには、もう引き返す意味はない。
 
 奏太はギュッと木刀を握りしめ、タタッと亘に駆け出した。思い切り木刀を振り上げかかっていくと、亘は軽く動いて奏太の木刀を弾く。その勢いのまま、もう一度、別の方向から亘に木刀を叩きつけようと狙ったが、そちらもまた弾かれた。

 カン、カンと、木刀同士がぶつかる音が、周囲に連続して響く。奏太の実力では、亘には絶対に敵わない。すべて、余裕そうに交わされるだけ。奏太はギリギリと奥歯を噛む。

 不意に、打ち合いの最中にも関わらず、亘の視線が入り口の方に動いた。

 ここだ、そう思い踏み込んだところで、亘に足をかけられて無様に転んだ。

「どうにも、足元が疎かになりがちですね」

 亘はトンと奏太の足を木刀で軽く叩く。

「あとは体幹と平衡感覚」

 そう言いつつ、体を起こし座り込んだ奏太に亘が手を差し出す。それを、奏太はパチンと弾いた。

「もう良いだろ。俺は部屋に……」
「あれ、もう戻っちゃうんですか? せっかく見学に来たのに」

 聞こえてきたのは、巽の声。
 見れば、椿に支えられ、動きにくそうにしながら巽がこちらにやってくるところだった。

「……いちいち出てこなくていいから、寝てろよ」
「冷たいことを仰らないでください、奏太様」

 巽は、いつもの笑顔で笑う。
 奏太の前まで来ると、椿に手伝ってもらいながら、その場に膝をついて頭を下げた。

「……なんだよ、急に」
「陛下に、お詫びを」

 奏太に、ではなく、妖界の帝に。それだけで、巽が何を言おうとしているのか、わかった。でも今は、あんまり聞きたくない。

「やめろ。詫びなんていらない」
「そういうわけには参りません。僕が不甲斐ないせいで、妖界の武官、二名を失ってしまいました。申し訳ございません、陛下。謹んでお詫びを」

 深く頭を下げる巽を見ていられず、奏太は視線を逸らす。
 
「やめろって。お前が悪いわけじゃないだろ。最初から俺が……いや……、」

 巽に任せず燐鳳を振り切って帰って来なかったのが悪かったのか、光耀教会の誘いに乗ろうとしたのが悪かったのか、そもそも、鬼界にこうして紛れ込もうとしたのが悪かったのか。

(結局、どれも俺の選択だ)

「巽、商会を畳むのに、やっておくべき事はあるか?」
「……後腐れなくするのなら、いくらでも……しかし……」

 巽は戸惑うように顔を上げた。
 
「体調が戻ったらでいいから、後処理、もう少しだけ頑張ってよ。そしたら塔に帰って休んでいいから。望むなら、人界でもいい」
「…………僕を……御側から離すと……?」

 唖然としたように、巽は呟く。
 
「お前だけじゃない。全員、一回休みにする。汐は人界に帰すし、亘と椿も、しばらく好きにしてていい。鬼界の塔でも、妖界でも、人界でも、どこでも」
「……奏太様は、どうなさるおつもりですか……?」

 巽の側で様子を見守っていた椿が、耐えられなかったように、恐る恐る言った。

「俺は、白日教会に。闇を祓うならそっちが動きやすい。それで問題が起こるなら、マソホのとこにでも行くよ」
「正気ですか、貴方は!?」

 ガっと勢いよく亘に肩を掴まれた。

「……痛い、亘」
「信頼できる者を全部周囲から外して、貴方に何かがあれば、どうなさるのです!?」
「……俺は、お前らに何かがある方が困る」

 奏太が言うと、亘は怪訝な顔をした。意味がわからないと言いたげに。

「我らは、護衛ですよ。貴方の」
「わかってる。けど、俺はもう、これ以上無くしたくない。あのまま放っておいたら、たぶん巽は死んでた。実際、妖界の武官は二名殺された。もう、嫌なんだ」

 亘は、真剣な顔で奏太の目を見る。
 
「言ったはずです。貴方一人に背負わせることを、誰も望まないと」
「なら、絶対に死なないって約束できるか? お前、俺と出会ってから、何回死にかけた? 巽はどうだった? 汐は? 椿だって、今まで何度も大怪我を負ってきただろ」

 亘自身が言う通り、亘達は護衛だ。今まで、何度だって危険はあった。今回の巽の一件だけじゃない。運良く難を逃れてきただけだ。奏太の護衛を続ける以上、絶対、なんてこと、あるわけがない。
  
「闇は祓わなきゃいけない。闇の女神が関わっているなら尚更だ。それが俺の役目だから。けど、それは俺の役目であって、お前らの役目じゃない。俺がわがままを通して巻き込んだから、こうなったんだ。もっと、別の方法もあったはずなのに」
「奏太様、僕らの役目は、闇を祓うことじゃありませんけど、その御役目を担う奏太様を支えることが役目です。貴方のお役に立てるなら、僕らは……」

 奏太は巽の言葉に、首を緩く振ってみせる。
 
「役に立つのが役目だって言うなら、絶対に死なないって約束してくれよ。それだけでいいから」
 
 妖界で璃耀と二人で話してから、ずっと考えていた。でも、奏太はもう、どうあっても目の前の者達を手放せない。
 死にかけた巽を見て、本人たちがどう思っていようと、自分自身が耐えられないと、改めてそう思った。少なくとも、無くしたら正常でなんて居られない。
 
 たとえ目の前の者達が生きることに耐えきれず、璃耀の言う通りに自分の首に刃を向けたとしても、奏太は意地でも助けようとするだろう。それは、彼らの為ではなく、奏太自身の為に。
 
「死んだら、もう戻って来ないだろ。お前らは不老だけど、不死じゃない。……俺の未来と共に生きるって約束したくせに、俺を守って死んだら、絶対帰って来ないだろ? ……俺は死ねないのに、お前らは、俺をここに残して……」

 亘も、巽も、椿も、口を噤んで奏太を見る。

「お前らまでいなくなったら、俺は、永遠に一人だ…………永遠に……」

 気が遠くなるほどの年月を、すべてを失って、たった一人で生きていくなんて、そんなの、耐えられる気がしない。それでも、奏太は一人でも生き続けるのだ。死ぬことも許されず。

「俺は、お前らの生を縛ってる。俺の力を与えることで、お前らの終わりを奪い続けてる。けど、それでも、俺はお前らを失いたくない。一人でなんて、生きていけない。……たとえお前達が生きるのに疲れても……それが、俺の、ただのわがままでも……」
「……奏太様、けれど、私達は……」

 椿が何かを言いかける。でも、続きを聞いていられなくて、奏太はすっくと立ち上がった。

「とにかく、もう決めたから。撤退の準備は頼むよ。俺は、部屋に戻る」
「奏太様!」
「着いてくるな。しばらく、一人にしてくれ」

 そう呼び止める者達に命じて、奏太は鍛錬場をあとにした。
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