【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

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​第一部 4章 黄金の鳥籠と、最強従者たちの激昂 ―奪還編―

​第46話 先代眷属への情報共有と、妖界への移送:side.巽

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 王城の奥まった一角に、妖界と鬼界を繋ぐ関所はあった。

 堅固に守られた頑丈な扉を開けると、窓のない部屋がある。その室内、壁に面した場所に更に別の扉があり、その周囲にドーム状に結界が張られていた。扉は、人が一人通れる大きさのもの。結界を開くには、王の許可によって貸与される特別な呪物が必要になる。
 
 相互不可侵。

 悪意のある鬼を通さず、悪意のある妖を入れない。徹底した管理下に置かれた場所。
 
 部屋に入ると、国王は蜻蛉商会の者たちと侍従である深緑の髪の男、他護衛二名だけを残して人払いをするよう伝えた。
 当然、反対意見が周囲の者たちから上がり、そこでまた余計な時間が消費される。

 蜻蛉商会側には、苛立ちが募っていくばかりだ。特に、奏太を抱える亘は。

 時限爆弾を抱えるような心持ちでじっと耐え、ようやく必要最低限の人数だけが部屋に残ると、亘はこれ以上待てないとばかりに、国王や侍従を完全に無視して奥の扉の方に歩き出した。

「早く結界を解いてくれ」

 その肩を掴んで止めたのは、国王の侍従である深緑の髪の男。
 
「待て、状況の把握をしておきたい」
「これ以上、主をこのままにしておけと? 状況なら、汐が伝えたんじゃないのか?」

 心底不快そうな表情で言う亘に、巽は目を見開いた。
 
「ちょ、ちょっと、亘さん!」

 巽は思わず待ったを入れる。
 まずは、この場にいる者たちが、何をどこまで把握しているかを確認すべきだ。

 深緑の髪の男に対して、巽が視線だけで護衛二人の確認をすると、男は巽に小さく頷いてみせた。

「この二名は事情を把握している。普段通りで構わない」

 その言葉に、巽はホッと息を吐いた。

「じゃあ、態度を崩させてもらいます、げんさん」

 深緑の髪の男、玄は、あけびゃく達と同じ先代の秩序の神の眷属だ。あと一名、あおという者が、鬼界の奏太の本来の拠点を守っている。

 つい先日まで玄も鬼界の本拠地にいたのだが、朱に情報収集に動いてもらう関係で、奏太の指示でこちらに移動してきてもらっていた。国の中心部から鬼界を監視する意味合いで、国王の侍従として側についているのだ。

 巽は、自分の後ろにいた妖界勢を振り返る。
 
「僕から説明しとくんで、妖界側に話を通しておいてもらえませんか? 主上が御通りになるからと」
「わかりました」
 
 妖界の武官の一人がコクと頷き了承してくれた。あちらとのやりとりは、妖界の者同士でやってもらったほうがスムーズだろう。
 
 巽はそれに続いて、黒い髪に赤い瞳の、この場で誰よりも高価な服に身を包んだ男に目を向けた。
 
 この国の、国王に。
 
「マソホ、説明はするから、結界の解除を先に頼むよ。なるべく早く、主を向こうに運びたいんだ」

 国王は、雑な巽の呼びかけを気にした風もなく、奏太の方に目を向けた。その表情には、心配の色が浮かぶ。
 
「……奏太様の御容態は、それ程悪いのか?」

 マソホは、この国の国王。しかし、それ以前に奏太の眷属の一人。巽からしたら同僚だ。
 
 巽が蜻蛉商会の商会長を押し付けられたものの拡大版と言っていい。
 
 三百年前に滅びかけた鬼界を立て直すため、同じ鬼であるマソホに鬼界の王の役割が押し付けられた。先代の眷属達が国の中枢にいるのは、その補助でもある。
 
 通常、眷属は鬼の世のまつりごとに直接関与できない。それもまた、制約に触れるからだ。奏太が妖界の帝でありながら、政に一切関与しないのも同じ理由。先代の眷属達は、あくまで補助以上のことはしない。
 
 一方でマソホは、実は奏太の完全な眷属ではない。奏太の力を分け与えられてはいるが、与えられた量がそもそも少なく、不老でもなければ、立場も普通の鬼とあまり変わらない。
 
 マソホの望みは、奏太の完全な眷属になることだが、鬼の世の国王をやっているため、扱いは保留状態だ。
 
 これだけ大変な役割を押し付けられて三百年も奮闘しているのに、本人の望みである完全な眷属には未だしてもらえないなんて、正直、気の毒だと巽は思う。
  
「奏太様は今、身体の傷を自力で修復できないくらいに力を消耗してるんだ」

 今、奏太は、その身体を周囲に晒さないよう、白から借りたマントに包まれている。亘の側まで行って、そっとそのマントを捲ると、先ほどと全く変わらない噛み跡と爛れだらけの腕が覗いた。

 何度見ても酷い状態。マソホが息を呑んだのが分かった。

「さっきから、全く状態が改善してない。妖界の薬に頼らないと」
「……分かった。すぐに、扉を開けよう」

 マソホが妖界勢と共に動くのを横目に、玄は眉根を寄せた。
 
「この方を害したのは鳴響商会だと聞いたが、商会長は捕えたのか?」

 玄の問いに、巽は首を横に振る。

「奏太様を見つけた時には、既に逃げられた後でした。今は白さんが探してくれているはずです。それに、どうやら鳴響商会の裏に、聖教会、さらに闇の女神がいるようだと奏太様が。白さんには伝えましたが、国の方で聖教会を探っていただけると助かります」
「……聖教会か……」

 渋い顔の玄に、巽は手掛かりを提示する。

「調査を入れるための大義名分がないんですよね? 僕を使ってください。この前、光耀教会に散々、酷い目に遭わされましたから。妖界の武官も殺されてしまいましたし……」
「あちらの大司教と従者、護衛が被害に遭ったからと、白日、光耀の教会間で手打ちになったんじゃないのか?」

 奏太が白日教会に処理を丸投げした結果、白日教会側は、一番面倒のない落としどころを選択したと聞いた。ただし、それはあくまで鬼界側に閉じた話だ。
 
「教会間はそれでいいかもしれませんが、国際問題にしてしまえば、手打ちになんて到底できませんよ。妖界の者から訴えがあったことにしては? 証拠書面が必要なら、あちらで用意してもらいましょう。どうにか穏便に済ませたいから協力してほしい、と仮想敵を妖界に設定して仲間の顔をして近づくのもありかもしれません。その場合は、国ぐるみというよりは、陛下に余計な心配させないため、とか言いつつ玄さん個人で近づくのがいいと思いますけど。もちろん、その後で素知らぬフリして国の強制調査に踏み込めば、両面から探りを入れられます。ああ、そこで恩を売って、さらに近づくって手も……」
 
 巽としては、ちょっとした提案をしただけのつもりだったのに、玄は途中から、ものすごく微妙な顔になった。

「……お前は、本当に小賢しいな」
「………………それは、褒め言葉と受け取って良いんですか?」
「………………」

 玄からは、なんの回答も戻って来なかった。

「……まあ、あの一件をうまく使ってください。あの方をあんな目に遭わせたことに加担してるなら、到底許せませんから」
「蜻蛉商会に残されたガラス玉も、出どころは闇の女神に関連している可能性があると汐の報告にあったな。奴隷商、鳴響商会、聖教会、闇の女神、か。調べられるだけ、調べてみよう」

 玄がそう言ったところで、関所の扉にいる武官から声がかかった。

「関所のドアを開けていただき、あちらにも話を通しました。問題なく通過できそうです」
「ありがとうございます。玄さん、マソホへの説明はお願いしますね」

 説明するとは言ったが、マソホは関所の方の対応でほとんど聞いていなかっただろう。

「鬼界の方は、頼んだよ。マソホ」

 挨拶もせずに足早に妖界側に抜ける亘を追って扉へ向かう途中、不安そうに主を見送る、この国の王の背を、巽はトンと軽く叩いた。
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