【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

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​第一部 4章 黄金の鳥籠と、最強従者たちの激昂 ―奪還編―

閑話 悪夢に震える夜と、護衛役の静かなる焦燥

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 深夜、帳の向こうから、酷くうなされる声が聞こえた。

「……も……、い……やだ……。いたい……い……たい……」

 亘はハッと息を呑み、慌てて帳をバサリと開ける。
 奏太は寝入った時のまま、周囲に異常はない。

 けれど、その身体は酷く震えていて、閉じたままの目から涙が溢れて頬を伝った。

「……さ、わるな…………だれ……か…………わたり……た……すけ…………」

 虚空に向かって伸ばされた手を、亘は咄嗟に掴んだ。
 氷のように冷え切った奏太の指先。その震える手を、自分の体温で包み込むように、両手できつく握りしめた。
 
​「……ここに居ます。奏太様」
 
​ 悪夢を振り払うように、祈るような声で呼びかける。
 すると、縋るようにギュッとその手が握り返された。

 青白い顔。あの時、鳥籠で見た主の姿が、どうしても頭をよぎる。

「……大丈夫です。もう、誰にも触れさせませんから」
 
​ その声が届いたのか、それとも手のひらの熱に安心したのか、奏太の苦悶の表情がわずかに和らいだ。
 
​ ただそれだけのこと。けれど、胸が張り裂けそうに痛む。

「奏太様は?」

 汐がヒラリと蝶の姿で舞いながら帳の内側に入り、奏太の額に降りた。

「落ち着かれた」
「……痛みを、笑顔で誤魔化される事が増えたわね」

 ポツリと、汐が言った。
 
 それは、亘も感じていた。昔はもっと、素直に感情表現をしていた。痛みも苦しみも。辛い時は辛いと言い、ちゃんと涙を見せていた。

 三百年の時の流れで成長した、そう捉えることもできる。けれど、恐らくはそうではない。自分自身の中の悲鳴に蓋をし、本人すら気づかないふりをしている。

『大丈夫』

 そう笑って、痛みを心の奥底で押し殺している。正気をなんとか保とうとするかのように。

「淕のことも、話せないままね。人界に行けば、隠しきれないことだけれど……」

 奏太の従兄であり、十代前の日向家当主であった柊士。その忠実過ぎるほどの護衛役が淕だった。
 
 それが亡くなったと聞かされたのは、一年程前。

『柊士様は、奏太様の未来を何よりも心配されていた。あの方を心の拠り所とされている奏太様の御心が崩れないよう、お伝えする機は慎重に見計らってくれ』

 そう、遺言があったそうだ。

「栞から連絡があってから、いつかは、そう思っていたけれど、時間をおけばおくほど、言えなくなってしまって……でも、今は、特にお伝えできないわ」

 汐は、心配と不安の混じる声で言う。

「……そうだな」

 亘は、柊士も淕も、昔から気に入らなかった。

 奏太がまだ人だった頃。奏太は柊士を守る為に、その命を捨てようとしたことが何度かあった。柊士が死んでからも、主は柊士に心を囚われたまま未だに縋り付いている。繋がりが切れれば自分を保っていられないと言わんばかりに。
 そして、淕は常にその柊士の影にいた。いつ、どんな時でも柊士の為に。まるで、柊士の亡霊でも見ているような心地だった。

(未だに、あの方に煩わされることになるとは)

 亘は、知らず知らずのうちに、奏太の手を握る手に力を込めていた。

 奏太が、「ん……っ」と声を出して眉根を寄せたのが目に入り、慌ててその手を緩める。けれど、放す気にはならなかった。
 
 奏太の足が人界から遠のき始めたのは、いつからだったか。少しずつ、少しずつ。
 人界は、人の寿命故に、鬼界や妖界よりも時の流れが早い。
 誰かが死んでしまったという事実を耳にする度に、これ以上は耐えられないとばかりに、居場所であった故郷と距離を置き始めた。

 今までは、鬼界と妖界の往復で済んでいた。

 けれど突然人界に帰ると言い出し、実際、奏太の口から淕の名前が出ていた。会いたいと言われれば、伝えないわけにはいかない。

「……せめて、お伝えするなら、人界で栞がいる時の方がいいかもしれないわね。まだ、柊士様との繋がりが残っていると、その目で確かめられる時に」
 
 栞は汐の姉妹であり、柊士の元案内役。鬼界と妖界を渡り歩く奏太と故郷の間の数少ない繋がり。そして栞の存在もまた、柊士と奏太を繋ぐもの。
 正直なところ、面白くはない。が、汐の手前、口に出すことはできない。
 
​ 汐の言葉に、亘は無言のまま、ただ、強く顎を引いた。
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