【第一部完】蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜

御崎菟翔

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​第一部 5章 愛しき故郷と、三百年の変化 ―人界帰郷・決意編―

​第55話 二つの束縛と、懐かしい故郷との別れ【第一部完】

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 眷属達との話が終わると、奏太はさっさと帰還を決めた。これ以上は、あまり人界に長居すべきじゃないと思ったからだ。

 ひとまず土地神のところへ行き、頭を下げて前言撤回を申し出ると、土地神はフンと鼻を鳴らした。

「そんなことだろうと思ったわ。汝は相変わらず、見通しが甘い」

 そう、苦言を呈された。怒っているというよりも、呆れに近い言い方だ。

「勝手に消えてくれるなよ、奏太」

 土地神はそれだけ言い残すと、祭壇の向こうにすうっと消えていった。
 
 
 土地神の一件が済むと、暇を告げに当主に挨拶に向かう。
 当主には、頭を床に擦り付けんばかりの勢いで平伏された。土気色の顔で、目も合わせられないくらいに震えている。

「……何したんだよ……本当に……」

 燐鳳を見ても微笑むだけだし、巽は胃を押さえてブルブルと首を横に振るばかりで何も言わない。

 奏太はハアと息を吐き出した。

 奏太のせいで酷い目に遭わされたであろう、この憐れな被害者に、救済の一つくらい、あっても良いだろう。

「ごめん、当主。当主にも守護を与えるから、今後、理不尽な目にあったら、それで自分の身を――」

 そう言いながら、手を伸ばし、無造作に指先に金の力を集めようとした。その瞬間。
 
 ガシッ!!!
 左右から同時に思い切り、腕と手首を掴まれた。
 
「……奏太様」
 
 地を這うような、亘の低く厳しい声音。
 指には強い力が込められ、奏太の腕をギチギチと締め上げる。

 手首の方は、燐鳳の長く細い指が絡みキツく握りしめられていた。一体、これほどの力がどこにあったのかと思うくらいに。
 
「……え、なに? 二人とも……」
「奏太様、今、何をなさろうと?」
 
 燐鳳が、凍りつくような笑顔で問う。

「何って……」

 戸惑いつつ、巽や椿、汐の方を見ると、三人ともが、小さく首を横に振った。その目が、『やめてくれ』と、懇願するように揺れている。
 
「貴方が御自分を削ることで、これ以上貴方に何かがあれば、私はこの者共を赦せないかもしれません」

 燐鳳のその言葉に、当主はビクッと肩を震わせた。

「か、神の御力を賜るなど、恐れ多いことでございます……お、お気持ちだけで、十分ですから……どうか、これ以上は、ご勘弁を……」

 哀れになるくらいの怯えっぷり。
 それに、奏太は力なく手を下ろした。

(……本当に、何もせずにさっさと帰った方が良さそうだ)

 左右から挟み込む、痛いほどの束縛。
 けれど不思議と、その重みが不快ではなかった。
 むしろ、まるで自分をこの世に繋ぎ止める、確かな熱のようにすら感じられた。
 

 妖界との関所前。
  
「奏太様!」
「奏太様!」
 
 タタタっと名を呼び追いかけてくる声があった。

 見れば、晦と朔が、灰色の大型犬の姿でドシドシ駆け寄ってくる。

 グルルッ……

と低く燐鳳を警戒しながら、遠回り気味に奏太の側までくると、二人は、ワフワフ言いながら、奏太の周りをくるくるまわった。

「奏太様、もう、帰ってしまわれるのですか?」
「里にお越しになるのを楽しみにしていたのですよ」 
「もう少しゆっくりなさっては?」
「皆、お会いできるのを心待ちにしていましたよ」

 仔犬だった頃と、何も変わらない、二人の様子。それに、なんだか、胸がじんわりと温かくなる。

 二人を追いかけるように、黄色に輝く蝶もヒラヒラとやってきて、戯れるように汐の周囲を舞う。

「元気でね、汐」
「貴方もね、栞」

 その様子は、もう見られないと思っていた、あの頃と同じ光景。

 あの頃とは違う。けれど、あの頃の温かさは、形を変えて、まだ、確かにここに残っている。

 奏太は晦と朔の前に膝をつくと、ふわふわの大きな体をギュッと抱きしめた。

「元気なお前達に会えて、良かったよ」
 
 ただただ、愛おしくて、胸が締め付けられる。

「奏太様?」
「どうなさったのです?」
「また、亘や巽が何かしたのですか?」
「我らも強くなりましたし、制裁を加えましょうか?」

 心配気に鼻を寄せる二人の毛並みに顔を埋め、奏太は小さく首を横に振った。

「大丈夫。また、会いに来るよ。必ず」

 顔を上げると、亘が、巽が、汐が、椿が、そして燐鳳が、じっと自分を待っているのが見える。
 
 ――うん。帰ろう。
 
 あいつらが待つ、あの場所へ。
 
「さあ、行こうか」

 奏太は小さく、そう言った。
 

「…………あの、燐鳳殿……どうか、そんな目であの二人を見ないでやってください……」

 どこか気の毒そうな響きを帯びた巽の声が聞こえたのは、それからすぐのことだった。



(第一部完)


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