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第二部 1章 歪んだ信仰と、神威の顕現 ―鬼界帰還編―
第60話 身体の衰弱原因と、制約の代償
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部屋に戻る道すがら、奏太は亘に解放されることなく、抱えられたまま移動する羽目になった。
その異様な光景に、目撃した者たちの間で「奏太様に何かあったのか」と動揺が走ったが、背後に控える燐鳳が冷徹な視線で武官たちを黙らせる。
それでも噂が広まるのは早く、異変を聞きつけた汐と椿が血相を変えて部屋に駆け込んできた。
「あー……えっと。朱と二人で話せると助かるんだけど……」
奏太は、玄との間に起きたことが自分にどう影響しているのかも確認したくて、周囲を見回した。
けれど、そこにいる仲間たちは誰もが厳しい表情を浮かべたまま、一歩も退く気配はない。
「僕らも、知る権利はあると思います」
「むしろ、知らなければ、奏太様を御守りできません」
巽と椿に真っ直ぐな瞳で訴えられ、奏太はハアと諦めの溜息をついた。
玄との一件の相談は、別の機会を見つけなければならなそうだ。
「――それで、さっきの件だけど。陽の気を使ってる時は何ともなかったんだ。問題は、金の力を使い始めたところから。最初は大丈夫だと思ったんだけど、だんだん意識が遠のき始めて……金の力がきっかけってことだよね?」
それに、朱が首肯した。
「間違いないでしょう。陽の気は秩序の神の御力で強化されてはいますが、元を辿れば血脈によって繋がれた日向奏太様自身の力です。一方で、金の御力は外から譲渡されたもの。それが本来の状態に戻ろうとする力が働いたのでしょう。抑え込んでいた奏太様の御身体が弱まり、秩序の神の御力が時間と共に強くなってきているのもあるかと」
「……秩序の神の御力が強まって、奏太様の御身体が……?」
ポツリと、椿の恐れを含んだ声が聞こえた。
「奏太様には、御自覚があるのでは?」
朱の言葉に、その場にいた者たちの視線が一気に奏太に向いた。
「三百年前にあの方から御力を継いだ当初、百年もすれば完全な神になれると期限を示されていたはずです。それは、人の御身体が弱まり、神の御力が回復して入れ替わりが可能となる時期でした」
朱の言う通りだ。そして、玄の行為が苛烈になってきたのも、その頃からだった。
「……百年……?」
巽が、唖然としたように呟いた。
「……俺が……その期間を引き伸ばしてきたんだ。ただ……日向奏太のままで、いたくて……」
百年を過ぎた頃から少しずつ、身体の疲れが取れにくくなっていき、それを支える為に神の力を使う量も増えていっていた。一方で、奏太の中の秩序の神の力も確実に増えていった。
今までは、ある意味でバランスが取れていた、とも言える。神になどならずとも、こうして誤魔化し続けていれば、ずっと亘たちと共に暮らしていけると……そう信じたかった。
けれど、その幻想は例の事件で無残に崩れ去った。
鳥籠の中で、回復を待たずに目覚めるまでの時間が目に見えて短くなっていった。どれほど力を注いでも、肉体が修復を拒んでいるかのように。
無理やり体を維持するためには、以前とは比較にならないほどの力を割かなければならず、結果として奏太はかつてないほどに衰弱していった。
「――ツケが、回ってきたんだ……理が、正常な状態に戻ろうとしている。もう無視できないところまで来てるんだ」
奏太は、両手に顔を埋めた。
ここに居る誰にも言いたくないけれど、本来世界の均衡に使われるべき神の力を、奏太は自分という「器」を維持するためだけに浪費し続けてきた。それは神の理に背く、許されざる罪だ。
玄に突きつけられて来たその罪と、それでも尚、自分のまま、亘達と共にここにいたいという私欲。
二百年もの間、神の力を自分の為に消費してきた罪悪感に、押しつぶされそうになる。
それでも……たとえ罰を受けながらでも、神ではなく、自分は自分のままで居たいと、縋り付いてきたのだ。
けれど、そのわがままも、限界まで来てしまっている。
「奏太様」
亘の低く唸るような声に、奏太は顔を上げた。
まるで奏太の考えを全て見通しているかのような瞳に耐えられず、奏太はフッと視線をそらす。
「……そういえば、さっき、注連縄が巻かれた、葉も幹も白い大きな木がある光景が見えたんだ。金色の林檎みたいな実が生ってる木で、丘みたいなところに1本だけ立ってて……注連縄に大きな鏡が下がってた。朱は、何かわかる?」
金の力を注ぎ、遠のく意識の中、頭を掠めた光景。奏太が知らない場所でも、秩序の神の記憶なら、朱が知っているかもしれない。
「神界、我が君の御庭の木かと。天と地を繋ぐ神木です」
「……神界……?」
「貴方様の、本来、帰るべき場所です」
「………………そっか……」
早く帰ってこいと、世界が呼んでいる。そう、言われた気がした。
「朱さん、どうにかならないんですか?」
巽の問いに、朱は静かに首を横に振った。
「金の御力を外へ使うことをなるべく避け、陽の気の行使に留めるくらいだろう。それ以上の不敬な考えは、捨て去ることだ」
「……それ以上のこと、ですか? もしかして、他にも何か手が――」
巽がそこまで言いかけると、朱は今までの穏やかな表情を一変させ、赤く燃える瞳でその場にいる者たちを睨みつけた。さらにそのまま、朱の瞳は奏太を捕らえる。
「我が君、貴方様にも予め忠言申し上げます」
「忠言?」
「貴方様も、いずれお気づきになるでしょう。陽の御子様や闇の御方様方が辿った道が、どのようなものであったかを。そうすれば、自ずと答えは出るはずです」
「……それって……」
秩序の神の子であった、陽の御子と陰の御子の争い。それによって、陰の御子は陽の守護を受ける地上の者達を虐殺して制約を破り、鬼界に封印された。
陽の御子は、喧嘩両成敗として神の力を奪われ、人妖界に堕とされて奏太達の先祖となった。
そして闇の女神は、陰の御子の封印を解くためだけに鬼界で制約を破り続けた。
それは、上位の神々によって裁かれ、力を奪われた神々の末路。
「……制約を……破れば……?」
巽の呟きがポツリと落ちた。
瞬間、圧倒的な威圧が空気に満ちた。周囲を燃やし尽くさんばかりの神の眷属の気。それに当てられ、亘たちまでもが苦悶に顔を歪めた。
「朱、やめろ!」
奏太が制止の声を上げると、朱は強い光を宿した瞳で奏太をじっと見据えた。
「貴方様を神の座から地に堕とすような真似は、我ら秩序の神の眷属が、絶対に許しません。その様な企てを抱いた者共を全て滅ぼしてでも。貴方様がいくらお厭いになろうとも、です。どうか、努々、お忘れなきよう」
夜。奏太はぼうっと、ベッドの上にいつの間にかつけられていた簡易的な天蓋を見つめていた。ベッドの周囲にはカーテンが垂れ下がり、ベッドの中だけがプライベート空間のようになっている。
カーテンの向こうには、武官二名と亘。奏太がベッドに入るまでは、燐鳳に命じられた咲楽が忙しなく動き回って、甲斐甲斐しく奏太の世話を焼いていた。風呂の手伝いをされ、自分でできる着替えにまで手を出される始末だ。
たった一日でこの状態。燐鳳は、
『本来の状態に整えるにはまだ足りない』
と嘆いていたが、これからこの部屋はどうなっていくのだろうか。
「……なあ、亘。もしも俺が神になったら、お前はどうしたい?」
「……人であることに縋ると仰ったのは、何処のどなたです?」
不機嫌そうな声。けれど、長い付き合いだ。その響きの奥に不安が混じっているのがわかる。
「ギリギリまでそうするつもりだよ。けど、いつかその日はやってくる。だから、希望を聞いといた方が良いかなって。黙って人界に置き去りにするような真似は、もうしないようにさ」
きちんと話をして、納得できる道を探しておくべきだ。今度こそ、独りよがりで終わらせないように。
それが、ずっと日向奏太を支えてくれていた者たちへの礼儀だと、人界で柊士の言葉を聞いて、思ったのだ。
柊士のように、大切な者たちの道を、たとえ自分が居なくなっても示し続けていられるように。
「考えたくもありません」
拒絶するように放たれた短い言葉。
「答えは今じゃなくていい。もう少し耐えるから。だから、その日が来るまでに、考えておいてよ」
亘からの返事は戻って来なかった。
その異様な光景に、目撃した者たちの間で「奏太様に何かあったのか」と動揺が走ったが、背後に控える燐鳳が冷徹な視線で武官たちを黙らせる。
それでも噂が広まるのは早く、異変を聞きつけた汐と椿が血相を変えて部屋に駆け込んできた。
「あー……えっと。朱と二人で話せると助かるんだけど……」
奏太は、玄との間に起きたことが自分にどう影響しているのかも確認したくて、周囲を見回した。
けれど、そこにいる仲間たちは誰もが厳しい表情を浮かべたまま、一歩も退く気配はない。
「僕らも、知る権利はあると思います」
「むしろ、知らなければ、奏太様を御守りできません」
巽と椿に真っ直ぐな瞳で訴えられ、奏太はハアと諦めの溜息をついた。
玄との一件の相談は、別の機会を見つけなければならなそうだ。
「――それで、さっきの件だけど。陽の気を使ってる時は何ともなかったんだ。問題は、金の力を使い始めたところから。最初は大丈夫だと思ったんだけど、だんだん意識が遠のき始めて……金の力がきっかけってことだよね?」
それに、朱が首肯した。
「間違いないでしょう。陽の気は秩序の神の御力で強化されてはいますが、元を辿れば血脈によって繋がれた日向奏太様自身の力です。一方で、金の御力は外から譲渡されたもの。それが本来の状態に戻ろうとする力が働いたのでしょう。抑え込んでいた奏太様の御身体が弱まり、秩序の神の御力が時間と共に強くなってきているのもあるかと」
「……秩序の神の御力が強まって、奏太様の御身体が……?」
ポツリと、椿の恐れを含んだ声が聞こえた。
「奏太様には、御自覚があるのでは?」
朱の言葉に、その場にいた者たちの視線が一気に奏太に向いた。
「三百年前にあの方から御力を継いだ当初、百年もすれば完全な神になれると期限を示されていたはずです。それは、人の御身体が弱まり、神の御力が回復して入れ替わりが可能となる時期でした」
朱の言う通りだ。そして、玄の行為が苛烈になってきたのも、その頃からだった。
「……百年……?」
巽が、唖然としたように呟いた。
「……俺が……その期間を引き伸ばしてきたんだ。ただ……日向奏太のままで、いたくて……」
百年を過ぎた頃から少しずつ、身体の疲れが取れにくくなっていき、それを支える為に神の力を使う量も増えていっていた。一方で、奏太の中の秩序の神の力も確実に増えていった。
今までは、ある意味でバランスが取れていた、とも言える。神になどならずとも、こうして誤魔化し続けていれば、ずっと亘たちと共に暮らしていけると……そう信じたかった。
けれど、その幻想は例の事件で無残に崩れ去った。
鳥籠の中で、回復を待たずに目覚めるまでの時間が目に見えて短くなっていった。どれほど力を注いでも、肉体が修復を拒んでいるかのように。
無理やり体を維持するためには、以前とは比較にならないほどの力を割かなければならず、結果として奏太はかつてないほどに衰弱していった。
「――ツケが、回ってきたんだ……理が、正常な状態に戻ろうとしている。もう無視できないところまで来てるんだ」
奏太は、両手に顔を埋めた。
ここに居る誰にも言いたくないけれど、本来世界の均衡に使われるべき神の力を、奏太は自分という「器」を維持するためだけに浪費し続けてきた。それは神の理に背く、許されざる罪だ。
玄に突きつけられて来たその罪と、それでも尚、自分のまま、亘達と共にここにいたいという私欲。
二百年もの間、神の力を自分の為に消費してきた罪悪感に、押しつぶされそうになる。
それでも……たとえ罰を受けながらでも、神ではなく、自分は自分のままで居たいと、縋り付いてきたのだ。
けれど、そのわがままも、限界まで来てしまっている。
「奏太様」
亘の低く唸るような声に、奏太は顔を上げた。
まるで奏太の考えを全て見通しているかのような瞳に耐えられず、奏太はフッと視線をそらす。
「……そういえば、さっき、注連縄が巻かれた、葉も幹も白い大きな木がある光景が見えたんだ。金色の林檎みたいな実が生ってる木で、丘みたいなところに1本だけ立ってて……注連縄に大きな鏡が下がってた。朱は、何かわかる?」
金の力を注ぎ、遠のく意識の中、頭を掠めた光景。奏太が知らない場所でも、秩序の神の記憶なら、朱が知っているかもしれない。
「神界、我が君の御庭の木かと。天と地を繋ぐ神木です」
「……神界……?」
「貴方様の、本来、帰るべき場所です」
「………………そっか……」
早く帰ってこいと、世界が呼んでいる。そう、言われた気がした。
「朱さん、どうにかならないんですか?」
巽の問いに、朱は静かに首を横に振った。
「金の御力を外へ使うことをなるべく避け、陽の気の行使に留めるくらいだろう。それ以上の不敬な考えは、捨て去ることだ」
「……それ以上のこと、ですか? もしかして、他にも何か手が――」
巽がそこまで言いかけると、朱は今までの穏やかな表情を一変させ、赤く燃える瞳でその場にいる者たちを睨みつけた。さらにそのまま、朱の瞳は奏太を捕らえる。
「我が君、貴方様にも予め忠言申し上げます」
「忠言?」
「貴方様も、いずれお気づきになるでしょう。陽の御子様や闇の御方様方が辿った道が、どのようなものであったかを。そうすれば、自ずと答えは出るはずです」
「……それって……」
秩序の神の子であった、陽の御子と陰の御子の争い。それによって、陰の御子は陽の守護を受ける地上の者達を虐殺して制約を破り、鬼界に封印された。
陽の御子は、喧嘩両成敗として神の力を奪われ、人妖界に堕とされて奏太達の先祖となった。
そして闇の女神は、陰の御子の封印を解くためだけに鬼界で制約を破り続けた。
それは、上位の神々によって裁かれ、力を奪われた神々の末路。
「……制約を……破れば……?」
巽の呟きがポツリと落ちた。
瞬間、圧倒的な威圧が空気に満ちた。周囲を燃やし尽くさんばかりの神の眷属の気。それに当てられ、亘たちまでもが苦悶に顔を歪めた。
「朱、やめろ!」
奏太が制止の声を上げると、朱は強い光を宿した瞳で奏太をじっと見据えた。
「貴方様を神の座から地に堕とすような真似は、我ら秩序の神の眷属が、絶対に許しません。その様な企てを抱いた者共を全て滅ぼしてでも。貴方様がいくらお厭いになろうとも、です。どうか、努々、お忘れなきよう」
夜。奏太はぼうっと、ベッドの上にいつの間にかつけられていた簡易的な天蓋を見つめていた。ベッドの周囲にはカーテンが垂れ下がり、ベッドの中だけがプライベート空間のようになっている。
カーテンの向こうには、武官二名と亘。奏太がベッドに入るまでは、燐鳳に命じられた咲楽が忙しなく動き回って、甲斐甲斐しく奏太の世話を焼いていた。風呂の手伝いをされ、自分でできる着替えにまで手を出される始末だ。
たった一日でこの状態。燐鳳は、
『本来の状態に整えるにはまだ足りない』
と嘆いていたが、これからこの部屋はどうなっていくのだろうか。
「……なあ、亘。もしも俺が神になったら、お前はどうしたい?」
「……人であることに縋ると仰ったのは、何処のどなたです?」
不機嫌そうな声。けれど、長い付き合いだ。その響きの奥に不安が混じっているのがわかる。
「ギリギリまでそうするつもりだよ。けど、いつかその日はやってくる。だから、希望を聞いといた方が良いかなって。黙って人界に置き去りにするような真似は、もうしないようにさ」
きちんと話をして、納得できる道を探しておくべきだ。今度こそ、独りよがりで終わらせないように。
それが、ずっと日向奏太を支えてくれていた者たちへの礼儀だと、人界で柊士の言葉を聞いて、思ったのだ。
柊士のように、大切な者たちの道を、たとえ自分が居なくなっても示し続けていられるように。
「考えたくもありません」
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