世界は荒野でできている

立夏 よう

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悠 7

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放課後は千葉先生はだいたい職員室か、社会科準備室にいる。後者だったら話しやすい。南館の2階だから比較的教室から近いのでとりあえず寄ってみる。気が重すぎてもうなにも考えたくなくて、出たとこ勝負という心境。なんでも聞いちゃえ。

「失礼します」
と声かけて引き戸を開ける。
運良くなのか運悪くなのか、千葉先生は社会科準備室に一人だった。パソコンに向かって作業してる様子。千葉先生が振り向く。わたしはいつも動揺したり高揚したりするのに、今日のわたしは千葉先生の姿見たくらいでは無反応。

「あの、先生、伊東先生と親しかったんですか?」
単刀直入にぶつけてみる。千葉先生はちょっと戸惑った顔をした。

「警察に聞かれたこと誰かに聞いた?」

警察に聞かれたんだ。知らなかったな。

「まあ。いろいろと。友達も一緒にいるところ見たとかいう話もあったりで。個人的にこの前図書室でお聞きしたように、なんかすごく気になってるので、何かご存知でさしつかえなかったら、伊藤先生のこと、どういう事情なのか教えていただけないでしょうか」

随分不躾かつ厚かましいなと言いなが我ながら思うんだけど、他に言いようもなくて。

「学校でも噂になってるらしいけど、別につきあってるとかじゃなかったんだけどな、伊東先生とは。彼女が妙に積極的にいろいろ誘ってきて、それで一緒に飲んだりはしたけど、彼女には結構はっきりした下心あったわけで。そういうのもわかってのつきあいだから、心配するような話はなにもない」

心配?心配してるように見えるかな、わたし。

「下心ってなんですか?」

「知ってるかもしれないがうちは教育一家でね、伯父は市の教育長だし、父も祖父も叔母も教師。あれこれツテはなくはない。そんなのを知って声かけてきたんだろう」

千葉先生の話がまったく見えない。そんなわたしの様子を察したか補足してくれる。

「彼女のお姉さんの話は聞いてる?」

「ええ、亡くなられたっていう」

「お姉さんは小学校の先生でね、トラブルがあったのは確からしい。そのトラブルの経緯を知りたがってたんだよ。学校っていうところはそういう情報を漏らさないから、僕のツテでなんとか調べてもらえないかっていうのが彼女の下心」

美冬が言ってたお姉さんの話、あの話がここにつながってたんだ。想像してなかったな。

「それで何かわかったんですか?」

「せっかくだし彼女も思いつめてたからいろいろ聞いてあげたよ。ただやっぱりみんな口が重いから、知ってる人は少なくてほとんど噂どまりの不確実な話しかはいってこなかった。とはいえ、小学校でトラブルがあったことは確かで、異動先の教育委員会でもトラブルがあったらしい。小学校のことは僕のツテだと全然詳細は探れなかったけど、教育委員会ではお姉さんがおられた部署の、学校教育課初等教育担当の女の係長と折り合いが悪かったという話はあった。ただそれが直接自殺に至った経緯と言い切れるほどとは思えないって話みたいなんだけど、聞いたまま教えてあげたよ」

伊東先生はお姉さんの死のことで思いつめてたんだな、わざわざ千葉先生に頼むほど。でも、それでどうして彼女まで死ぬことになったんだろう。

「千葉先生は、伊東先生が自殺されたって思ってますか?」

千葉先生はしばらく考え込んでいた。

「正直、彼女のキャラクターがつかめなくてね、警察でも聞かれたけどわからない、心当たりはないというしかなかった。強いものを秘めてるんだなとは感じてた。なんらかの下心もって人に近づいていけるくらいの神経で、そういう必死さを持っているわけだから。その強さが、衝動的な行動に出る要素なのかもしれない。でもやっぱりわからないとしか言いようがない。あの日、図書室で本の予約をいれてたわけだから、生きるつもりはあったんじゃないかと僕も思いたい。だから事故か衝動的な何かの引き金となる出来事があったか、そのどちらかなのかなと考えて自分を納得させてみたものの」

先生はそこで一度言葉を切った。

「佐野さんは大丈夫?デリケートだといろいろ神経に来るんじゃないか?」

そして、スマホをいじりながら何かをメモして渡してくれた。

「これ追加用URL。連絡先、追加して」

えっ、えっ、予定外の展開なんだけど……
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