陰キャラモブ(?)男子は異世界に行ったら最強でした

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閑話

閑話 私のお兄ちゃん 後編

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「俺がクラスの子から聞いた話と違うんですよ、今の」
「「はぁ?」」

 理解できていない龍太郎の母親と教頭の声が重なり、校長と龍太郎の父親は訝しげな顔でお兄ちゃんを見る。
 龍太郎は何を言い出すか分からない見知らぬ年上の人に、変なものでも見るかのような視線を向けている。
 クラスの子とここの話の内容が違うのは当たり前だ。
 ここでは何故か龍太郎が被害者面しているのだから。
 迷惑をこうむったのは私と拓哉なのに、おかしな話だ全く。
 多分勘の良いお兄ちゃんは、どっちが真実かもう分かっているんだろう。
 顎に当てた手の内で微妙に笑っているのが窺える。

「それは、あの子達は龍太郎をイジメてたお宅の妹さんと共犯のようですし、話がかみ合わないのは当然ですわ!」
「…そうですか?俺には妹とあの子達が手を組んだというより、貴女達が龍太郎君の嘘に踊らされているようにしか見えませんが?」

 お兄ちゃんがそう言った瞬間、龍太郎の母親が弾かれたように立ち上がりお兄ちゃんに掴みかかった。

「う、家の子が嘘をついているとでも言いたいの!撤回しなさい!今すぐ!」
「いやいや、あくまでも仮説…俺の憶測に過ぎませんよ?」
「憶測にしてもそれは家の子に対しての侮辱です!」
「…侮辱、ねぇ…」

 突然にこやかに笑っていたお兄ちゃんの顔つきがガラリと変わった。
 雰囲気もほんわかしたものではなく、どこか冷たく重苦しいものに変わっている。
 それだけで龍太郎の母親は僅かに怯え、お兄ちゃんから離れた。
 しかし、龍太郎と同じく無駄にプライドが高いのか、まだお兄ちゃんに噛み付いてくる。

「な、何よ!」
「…それなら、確かめてあげましょうか?」
「な、何を、どうやって!」
「どの話が真実か嘘か、ですよ」

 冷たい雰囲気は一旦鳴りを潜め、またお兄ちゃんはにこやかに微笑んだ。
 掴まれて乱れた制服を綺麗に直して立ち上がった。

「龍太郎君」
「!?」

 話しかけられるとは思っていなかったのか龍太郎の肩は盛大に跳ね上がった。
 青ざめた顔で恐る恐るお兄ちゃんを見上げる。

「な、なんだよ」
「君は佳代に、何をされたの?」
「そ、そりゃ…そいつに投げ飛ばされて凄え痛い思いして、皆の前で泣かされたんだよ!ほんと最悪だよ!そいつ!」

 私を貶め始めたことで元気を取り戻したのか龍太郎は一気に捲し立てた。
 その間龍太郎の両親は龍太郎を慰めるように、母親は涙ぐんで息子を抱きしめ、父親はまた私に蔑んだ目を向ける。
 お兄ちゃんは目を細めてその様子を眺めていた。
 やがてゆっくりと頷き、龍太郎に微笑みを向けて言った。

「そっか。…で」
「?」
「それだけ?」
「「「「「!?」」」」」
「たったそれだけなの?」

 優しい声音だったが、何故か凄みがあった。
 私も少し竦んだ。
 母親はまたしてもヒステリックに怒鳴ってお兄ちゃんを責め立てた。

「たったそれだけとはなんですか!息子は辱めを受けたのですよ!キチンと謝罪すべきではありませんか!」
「だってそれだけなのでしょう?佳代がその子にしたことは」
「それだけなどではありません!学生を出してきたと思ったら、現状の把握もまともに出来ないなんて、親はどんな躾をしているの!」
「躾?そこは教育というべきですよ」
「躾で十分です!こんな野蛮で頭の回らないような…」
「巫山戯るのも大概にしておけよ?」

 突然のお兄ちゃんの低い声。
 それまでやんわりと対応していた少年が急に態度を変えた事で、また竦み上がる龍太郎の母親。
 今度はお兄ちゃんも少し癇に障ったようで、柔らかい笑顔も目の光も消え、そのどす黒い感情が伝わってくるようだった。
 でもまだ完全にキレたわけではない。
 殺気は出ていないから分かる。

「他人を貶める言葉を考える頭があるのなら、真偽の見極めぐらいは出来るようになれ。俺は、俺の妹があんた達の息子にされたことに比べれば、あんた達の息子が妹にされた事なんてそれだけの一言で済む程度だと言っている。佳代の状態を見て分からないのか?」

 お兄ちゃん以外の視線が、私に集まるのが分かる。
 その目が驚愕で見開かれたのを見て、私は彼らにちゃんと見られていなかった事を気付いた。
 目の前でギャンギャン泣きわめいている龍太郎に気を取られていたから。
 校長が私に訊ねてきた。

「……た、立花さん、その傷はどうしたのかね?」
「…龍太郎、君に筆記用具を投げられました。後ろに拓哉君が居たので避けられなくて。至近距離だったから結構痛かったです」
「それはどうして?」
「私と拓哉の仲を囃し立てた事を私が怒って詰め寄ったら、逆上して…」
「う、家の子はそんな事してません!」

 母親がまた喚いているけど、事実なんだから仕方ない。
 そんな母親に絶対零度の視線を向け、お兄ちゃんは冷たく言い放った。

「現に怪我をしているが?朝見た時はなかったものだ」
「そ、そんなの、貴方達兄妹で示し合わせれば…」
「…何の意味がある?」
「へっ?」
「あんた達家族を貶める事で、俺に何の得があるんだ?俺とあんた達は初対面の筈だが?」
「あ…」

 母親は崩れるようにその場にへたり込んだ。
 父親は難しい表情をして息子を見下ろしている。
 龍太郎は更に青ざめた顔で私達を見てくる。
 そんな龍太郎に、お兄ちゃんはまた最初の柔らかい笑みを向けた。

「ねぇ、龍太郎君」
「ヒッ!」

 ただ呼びかけただけでこの怯えようである。
 だが気にせずお兄ちゃんは龍太郎に詰め寄る。

「聞いていい?“君は人の恋愛を引っ掻き回して、何が楽しいの?”」

 私と全く同じ問いだった。
 龍太郎は追い詰められて、ついに自分の話が嘘で、自分が私と拓哉にやった事を両親や校長達に話した。
 両親達は絶望した、校長達は血の気の引いた顔でその話を最後まで聞いていた。
 お兄ちゃんはその間、またニコニコしながら私の頭を撫でてくれた。

 その後結局、私への処罰はなくなった。
 濡れ衣を着せて執拗に責め立てたことへの細やかな謝罪らしい。
 龍太郎は一ヶ月間学校の居残り掃除を言い渡されたが、嫌な顔をすることもそれを渋ることもしなかった。
 お兄ちゃんの覇気に当てられてかなり反省していたし、根は悪い奴でもないから私もそれで許している。
 龍太郎の両親も私に大袈裟といえる程頭を下げて全力で謝罪してきた。
 自分の息子がイジメられていると聞いて頭に血が登っていたとはいえ、酷い事を言ってしまったと何度も何度も。
 私は「誤解が解けたなら良い」と言って彼らを許しているが、やっぱりお兄ちゃんへの恐怖は抜けきれなかったみたい。
 最後お兄ちゃんが笑ってお別れの挨拶をした時、母親は明らかに怯えていたし、父親は顔が引き攣っていた。

 皆私が何の罰も受けずに帰ってこられたことを心から喜んでくれた。
 拓哉も安心した表情で私を迎えてくれて、優愛達と言ったら号泣して抱きついてくる程だった。
 あんな騒ぎのあった後だから、私は今日は早退することにして、お兄ちゃんと一緒に帰路についた。

「お兄ちゃんは学校、大丈夫なの?」

 来てくれた時に思ったことだ。
 まだ高校に上がったばかりで、勉強が大変だと話していたのを覚えていたから不安なのだ。
 だけどお兄ちゃんは笑って

「大丈夫大丈夫。いざとなれば綾乃とか大輝に教えてもらうよ」

 と言っていた。
 綾乃さんはともかく、大輝さんがお兄ちゃんの友達としていてくれたのは良かった。

「なあ佳代」
「何?」
「あの龍太郎って子に技かけた時、ちゃんと手加減したんだな」
「えっ」

 言ってないのにどうして分かったの?

 声には出なかったけど、私の疑問を表情から読み取ったのかお兄ちゃんは答えてくれた。

「あの子、お前に投げ飛ばされたにしてはピンピンしてたし、怪我一つしてなかった。普通武術の心得なんてない奴が、お前みたいな猛者に本気投げられたら、打撲で済めば良い方だ」

 お兄ちゃんは歩みを止めて私と同じ目線まで屈んで、頭にポンと手を置いた。

「自分と相手の力量をしっかり見極めたからこそ出来た芸当だ。佳代は凄いな」
「っ…うん!」
「さて、帰るか。今から始めれば、かなり手合わせ出来るぞ」
「本当!?」
「おう。走るか」
「じゃあ家まで競争ね!よーいドン!」

 そう言って、私は走り出した。

「あ、おい!それはフライングだろ!」

 そんな不満を漏らしながら私を追って駆け出した、頼りがいがあって私がピンチの時はいつも来てくれる、大好きな私の自慢のお兄ちゃんの声を聞きながら。



 ---------この数日後、まさかお兄ちゃんがクラスメイト全員と一緒に行方不明になるなんて、この時は考えもしなかった。

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