精霊さまの言うことには!

相澤由華

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序章

八話 アリアの気持ち、シェイドの気持ち

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アリアは、シェイドの制止を無視して足早に自分の部屋へと走り去った。
それだけこの場から去ってしまいたかったのだ。

バタンと部屋のドアを閉めて、椅子に腰掛ける。
アリアは頬杖をついて窓を眺めた。
そこには、輪郭のぼやけた自分がいた。その中で唯一異彩を放つ鮮やかな紅瞳を見やった。
まるで、血のようだと自分でも思う。


アリアは、祖父よりも父親よりも、より濃い紅瞳をもって生まれた。

昔々に精霊コノハナの祝福を受けたセリシール領は温暖で安定した雨量があり、農業が盛んな恵まれた領地となった。そして、その土地を治める一族にも祝福は与えられた。

その祝福は瞳に宿る。セリシールの名を持つ者が赤の瞳を持つのは、むしろ喜ばしいことであった。その瞳は人間のものとは違い、姿を隠した精霊を見抜き、多くの真実を見通すとして歓迎された。実際大人たちは精霊の守護を厚く受けたと、アリアの誕生を大いに祝ったという。

ところが、小さな子供にそんな事が理解出来るはずもない。祖父や父親のような少し黒の入った赤銅色ならともかく、アリアの真っ赤な血のような瞳を彼らが恐ろしく思うのは当然のことであった。

そのため、物心ついた頃のアリアには友達はおろか、寄ってくる子供の一人もいなかった。
アリアが友達になりたくてその子を見つめると、その子は決まって泣きだすのだ。ーーシェイドを除いては。

シェイドは初めてアリアを一目見て、言った。
「強そうで、かっこいい! いいなぁ。僕の目も赤くならないかなぁ」
キラキラとした翡翠の眼をアリアは今も覚えている。どれだけ嬉しかった事だろう。

それからアリアはひとりぼっちの子供ではなくなったのだ。

 
今でも、初対面の人には驚かれるし、子供には泣かれる。もう慣れたと思った人でさえ、アリアが予期せず近づいた時は顔が強張ることを知っている。

コノハナ様の祝福を疎ましく思うわけではない。

気にしまいとは思っていても、さっきのような、ふとしたきっかけで悲しみの沼に落ちて、じわじわ浸っていく心地がするのだ。
アリアももう10歳になった。もう慣れたつもりだったけれど。
ーーいきなり顔を近づけないでくれ!心臓に悪いっ!

もし、シェイドの言葉にほんの少しでもアリアの恐れる意味が含まれていたとしたら、と思うとアリアはどうしようもなく胸が痛くなるのだった。




そんなアリアに一方的に取り残されたシェイドは、途方にくれていた。されど時間は有限で悩める少年のことなんてお構いなしに刻を進める。

ウィリアムとの剣術の稽古があるため、気もそぞろにシェイドは稽古する場所へと向かった。

アリアの父であり、エリシール領主のウィリアムは王都でも名を馳せた剣士だった。

暇さえあれば、定期的にシェイドに剣術を教えてくれる。習ったばかりの頃は素振りを見てもらう程度だったが最近は打ち合いも増えた。少しずつ進歩しているようで、シェイドは嬉しいと思う。

場所は、館の東に面する芝生のある庭で、催し物をする時やガーデンパーティーなんかに使う場所だ。普段は使われない領主の庭としては飾り気がなく物足りないだだっ広い庭はこのような訓練にはぴったりだった。


「ん? どうやら元気がなさそうだけど、何やら悩み事でもある感じかな?」
颯爽と現れたウィリアムはシェイドの顔を見るなり言った。シェイドはぎくりとなった。


エリシール家の人間は嘘を見破るのに長けているという噂は真実なんじゃないかとシェイドは度々思う。

ウィリアムはシェイドの機微にとても敏感で、何かあるたびにこうして聞いてくる。

それに比べてアリアは同じエリシール家なのに何かと騙されやすいのは何故だろう?

果物の種を飲み込んだら腹の中で種が育つというホラ話を信じて、本気で怯えていたアリアを思い出す。
精霊の加護とは? と疑いたくなるレベルだ。


シェイドの反応を見たウィリアムは、これは話がありそうだと思ったのか庭の隅に置いてあるベンチへとシェイドを誘導した。

「昨日は色々あったからね。自分だけで抱えきれないと思ったらいっぱいになる前に吐き出すのも手だと思うよ?」

シェイドにとって、ボナパルトが北風だとすれば、ウィリアムは太陽のようなものだった。実際の叔父よりもよほど親身に接してくれる人間の言葉は悩める少年にとっては渡りに船だった。

シェイドの口からためらいがちに言葉が出た。
「……お祖父様が亡くなったと聞いただけでも僕にはいっぱいいっぱいなんです」

これをきっかけにして、せきを切ったようにシェイドの中にあった感情が言葉となって溢れ出た。
「それなのに、叔父は用事だけ済ませて変な手紙だけ残してさっさと帰るし、頭がごちゃごちゃになってアリアにはひどいことを言ってしまうし、本当に自分でもどうしたらいいのか分からないんです」
思考より感情が先走って、言葉が感情のままに垂れ流されている。そんな事を頭の端でシェイドは思った。

感情の赴くままに話しているせいか、ふと手紙の例の文言をシェイドは思い出した。そしてそれを、特に深く考えずに目の前のウィリアムに問いた。
「……都にある黄金の扉とか、心当たりありませんか?」
「ん、あるよ」

ずっと相づちを打つばかりだったウィリアムがぺろっと返答したのでシェイドはうっかり流してしまうそうになった。
「ああそんなんですか……って、ええっ!?」
「ん? 黄金の扉ってあれだろ? オリュートス学院の成績最優秀者しか入れない特待生室のことだろう」

オリュートス学院。
王都にある学校だ。将来、国の中核となる人材を育てるために建てられた学校で入れるのは王族や上位貴族、領主の直系など限られた人間だけだという。ウィリアムやシェイドの父親も通っていたはずだ。

ボナパルト叔父はもしや、そこに入れと言っているのだろうか?
バーガット家は武門四家に数えられているくらいなので入学に問題はないと思うが、自分でも成績優秀者になれるのだろうか。

そもそも学校の特待生室に入ることと、両親の事件が関係しているのかも怪しい。


「黄金の扉の中には何があるんですか?」
「詳しくは知らないな。でも、オリュートス学院は教育だけでなく研究の最高峰でもあるからね。確か、僕が通っていた頃はこう言われていたよ。
“黄金の扉を開けば、人の叡智その全てがつまっている”」

もし人の叡智を見ることができたなら、その全てを使って事件のことを知ることが出来るのだろうか。


「僕でも、黄金の扉を開くことが出来るでしょうか?」
「ん? もしかして人の叡智に興味があるのかい?」
シェイドが尋ねると、ウィリアムはそう言って嬉しそうに問い返された。大体間違ってないと思ったので、シェイドは頷く。

「何事も、強く願えば叶う!」
突然にウィリアムがそう言ったので、何事かとシェイドは首をかしげる。

「これがうちの格言なんだけど、シェイドくんはどう思う?」
ウィリアムの真意が読めず、シェイドは戸惑った。
「はぁ、えっと、まぁ、夢があるなと思います」
「僕はね、この格言って単に願いが叶うまでひたすら実行し続けた結果だと思うんだよね」

「……」
「願いが叶うまで実行し続ける気はあるかい?」

はい、と答えた瞬間シェイドは何故だか悪寒がした。ウィリアムが目の前でニコニコと笑っているだけなのに。


「そうか、覚悟があるならリリアーヌにも伝えておこう」
何故そこでアリアの母親の名前が出るのか。

シェイドは疑問に思ったが、なんとなく聞けなかった。

そして、その後の打ち合いで普段の三倍ぐらいボコボコにされてシェイドは悟る。


この一族エリシールは、武門四家うちより脳筋一族だと。
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