精霊さまの言うことには!

相澤由華

文字の大きさ
7 / 8
序章

第七話 なぞなぞと行き違い

しおりを挟む
ボナパルトの来訪があった次の日の朝。

シェイドは、自室で神妙な顔で机に座っていた。その視線の先には、達筆な文字で書かれた手紙があった。

……ボナパルトからの手紙だ。

シェイドが起きた頃には、すでにボナパルトはエリシール領を出発した後だった。

手紙だけをシェイドに残して。

用が済めば、休むことなくさっさと帰るとはいかにも無駄を好まない叔父らしいと思った。

でも、こんな手紙を残して帰るとは……。
一体何が書かれているのだろうか?
シェイドは首を傾げた。

昨日の事を思えば、すぐに手紙を読む気にはなれなかった。

昨日の夜のことは、覚えている。

ボナパルトは、シェイドの両親が亡くなった落石“事故”を“事件”だと言っていた。

そして、その現場に立ち会っていたシェイドの記憶を半ば無理やりに聞いてきたのだ。

当時7歳、現時点でもまだ10歳の子供に、目の前で両親を亡くした話をさせるというのは中々に酷な話だ。しかし、それを考慮してくれるような叔父ではない。


ただシェイドのその記憶も靄がかかったように途中が欠落していた。

唯一思い出せた事は、両親が倒れていたところだ。落石事故で亡くなったはずの両親は、馬車の外で、ひどい傷を受けた状態で倒れていた。

なぜ今までこんなに大事な事を忘れていたのだろうかと思う。

シェイドの両親は落石で亡くなったのではなく、何者かに仕組まれて殺されたのだ。

誰に? 何のために?
子供のシェイドには、情報が何もない。だから、いくら考えても何も浮かばなかった。

もしあるとすれば、今この手にある手紙だけだ。


ーー両親が死ななければならなかった理由を知りたい。

シェイドは心を決めて、折りたたまれた手紙を開いた。


『昨日は世話になった。
色々な事を聞いたが、あれに関して余計な詮索はしないように。
よく学び、鍛え、精進せよ。
都にある黄金の扉を叩く頃に、自ずと道は開かれる』


手紙にはそう書いてあった、だけだった。

「…………は?」
どういうことかわからずに、思わずシェイドは声が出る。

情報どころか、何にも書いていないじゃないか。
結局子供は蚊帳の外でじっと指でも加えて見ていろとでも言いたいのだろうか?

ていうか、なんだよ『黄金の扉』って!?

なぞなぞなんて出してくるような可愛げのある性格じゃないだろ! あの強面だぞ?

シェイドはがっかりしつつも、心のどこかで安堵するという訳が分からない気持ちになった。思わずため息が出た。
 

「シェイドー!」

ドアの外から声がした。アリアの声だ。

シェイドは手紙をたたんで丁重に懐にしまうとドアを開けた。


そこには、エリシールの枝を抱えたアリアがいた。

「昨日は、叔父様とお話してたんでしょう? 体調は大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫だ」
シェイドは努めて平静な顔を作って言った。

アリアは別のところに視線がいっていてそれには気付かぬ様子だった。
その視線は目下、胸に抱いたエリシールの枝に注がれていた。


アリアは照れ臭そうにえへへと笑う。
「実は、エリシールの枝に花の精霊の加護を、頼んでつけてもらったの。きっとジル祖父様も喜んでくれると思って」


エリシールの枝をよく見れば、昨日花見の時にアリアたちとお祖父様のお見舞い用にと探した枝だった。

採る前よりも枝は活き活きとして、まだ咲いてない蕾が少し色濃く膨らんでいる気がする。

ーーあの時から1日と経っていないはずなのにとても昔の出来事のように感じた。


えへんと誇らしげに微笑むアリアと対照的に、シェイドは泣きたい気分になった。

「アリア、その……ジル祖父様のことなんだけど、お見舞いには行けなくなった」

自分の言葉で、アリアがどれだけ悲しい思いさせるのか分かるからだ。

「うん」

「ジル祖父様はもう亡くなったんだ。だから僕はお見舞いには行けそうにない」


アリアの笑顔が、凍りついた。ハの字に下げられた眉に、赤い瞳が涙をたたえながら瞬いた。

「……シェイドは、大丈夫? バーガットのお家に帰らなくていいの?」

「え?」
ピーピー泣き出すアリアを想像していたシェイドは驚いた。

「お祖父様はシェイドの大切な家族でしょ? まさか、一目も会えずにさよならなんて悲しすぎるよ」
アリアは枝をぎゅっと抱きしめて、涙声で言った。

叔父は亡くなったとしか言わなかったしその後の口ぶりは葬儀を済ませた後のようだった。

確かに変だ……。

バーガット家の当主である祖父が亡くなって、孫の自分に知らせしか来ないなんてことがあるだろうか。


祖父の話の後に聞かされた両親の話に衝撃がありすぎて、今まで麻痺していたに違いない。シェイドはそう思った。

もしかして、お祖父様もお父様やお母様の時みたいにーー。
「シェイド、どうしたの?」
アリアの問いかけで、シェイドは我に帰った。


シェイドはなるべくアリアが安心するようないつもの顔を浮かべて首を振った。

「なんでもない。
叔父様の言った感じだと葬儀は終わっているみたいだ。最近まで雪で王都からエリシールまで道が閉ざされていたし、連絡が遅れたんだと思う。
僕は家に帰るように言われてないから帰らないよ」

シェイドはそこでアリアの、包帯で巻かれた腕に目を止めた。今の今までいっぱいいっぱいで気付かなかったが、おそらく魔物に襲われた時に負った傷だろう。


……アリアには、知って欲しくない。
シェイドの両親の死についても、祖父の死で感じる違和感も、それを取り巻くシェイドの環境も、何もかも。

だからシェイドはなんでもないフリをして泣くアリアを慰めた。



アリアは涙が止まらなかった。

シェイドが「家に帰らない」と言ったのが、アリアの耳には「家に帰れない」に聞こえてしまうのだ。

シェイドの祖父は、アリアの知っている中で、バーガット家で唯一シェイドの味方の存在だった。

その祖父が亡くなることで、シェイドが帰れる居場所が減ったような気がする。

それが自分の出来事のように、アリアには心細く感じるのだった。




「エリシールの枝はシェイドにあげる。大切にしてあげてね。きっとその方がお祖父様も喜ぶと思うから」

ひとしきり泣いたアリアは枝をシェイドに半ば無理やりに押し付けて、シェイドから離れた。


アリアの目に涙がないのを確認してシェイドは少しほっとする。
「分かった。大事にする」

シェイドが返事をすると、アリアの赤く腫れた目元がほころんだ。


「そうだ。……お昼の後時間が取れたから剣の練習をしようってお父様が言ってたの伝えに来たんだった」
「準備しておく。伝えてくれてありがとう、アリア」


シェイドは隠していることがばれてしまわないように早々とドアを閉めようとした。
しかし、閉まる直前にアリアがそれを遮った。

「……シェイド? なんか変だよ? 私に何か隠していない?」

アリアがシェイドの両頬を手で包み込むようにして、問う。


赤の瞳に射抜かれて、後ろめたい事のあるシェイドの心臓が大きく音を立てて跳ねた。



「…!!  頼むから、いきなり顔を近づけないでくれ! 心臓に悪いっ!」

シェイドは誤魔化すように、勢いよく仰け反って言った。



そして、咄嗟にでた言葉はアリアの顔を明らかに強張らせた。

シェイドの頬に添えた両手を光の速さで引っ込める。その後、アリアは消え入りそうな声で詫びた。
「……ごめんなさい」
  

「いや、ちょっと待ってくれ、アリア。……そんなつもりじゃ」

シェイドはアリアを傷つけるつもりは毛頭なかったので狼狽した。

さらに言葉を重ねようとしたところで、アリアはドアをバタンと閉めて行ってしまった。

静まり返った部屋にひとりぼっちにされたシェイドは呟く。

「はぁ、僕はどうしたらいいんだ?」

ーー懐には、なぞなぞの手紙。腕には、絶賛行き違い中の幼馴染のくれたエリシールの枝。

前途多難の少年を嘲笑うように、春一番の風が窓を叩きつけるように吹いた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

私が消えたその後で(完結)

毛蟹
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。 シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。 皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。 シビルの王都での生活は地獄そのものだった。 なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。 家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。

処理中です...