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第一章 愛と家族

2.てをあげたのに、どうしてだきしめてくれないんだろう? Братья Карамазовы Млечный путь

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 わたくし、アイ・ミルヒシュトラーセが子供の時分じぶんからいつも感じていたのは、ある不思議だった。その疑問は、
 
 ――てをあげたのに、どうしてだきしめてくれないんだろう?
 
 というものだった。それはいつも感ぜられる、例えば食卓で、居間でお庭でお外で。家族で集まっていると、よくシュヴェスターおねえさまやエゴペーおねえさま、ゲアーターおにいさまが、お母様やお父様にだっこをせがんでいた。皆小さいので腰の近くまで行って両手を上に向かって伸ばす。そうすると、優しい笑みで、しくは呆れ笑いと共に抱き上げてくれるらしいのだった。


 
 それをみて、3才の私も愛する人の温もりを肌で感じたくて、
 
――ああすればだきしめてもらえるんだ!あいも!あいも!
 
 と思って小さい歩幅でお母様のひざの方に駆けていった、そして両手を広げて、期待に満ち満ちた表情で待っていた。
 
 ――だがその瞬間は永遠に訪れなかった――。


 
 お母様は忌々いまいまし気にわたくしを一瞥いちべつしたのち他のきょうだいのほうへいってしまった。その時かもしれない、わたくしは彼らの形式上の家族の一員ではあるけれども、わたくしは彼らの家族ではないのだ、ということに気が付いたのは。あまりに遅く、気が付いてしまったのは。



 ◇◆◇
 
 この時空には上から天国・煉獄れんごく文学界リテラチュア地獄パンドラという順に世界が存在している。リテラチュアと呼ばれる現世には、広大な大地と大海が広がっている。
 
 その西の果て、極西きょくせいは、早々に地獄パンドラ資源の活用に乗り出し、長い歴史を誇るファンタジア王国が支配していた。
 
 そのさらに西にあるパンドラ公国、ファンタジア王国の現王の子が君臨くんりんする公国ではあるが、統治する実権はミルヒシュトラーセ辺境伯爵へんきょうはくしゃく家が握っている。この国は西の蛮族ばんぞくに対抗する為の緩衝かんしょう国家として、ファンタジア王国の国王が自らの第二子を王にえ、ミルヒシュトラーセ辺境伯爵家をその武力として与え、作った国である。
 
 当然その権威と権力は辺境伯爵よりも公国の王が優越ゆうえつする――はずだった。辺境伯が地獄パンドラから賢者の贈り物を見つけるまでは。

 ◇◆◇
 
 それが見つかったのはミルヒシュトラーセ家邸宅の庭だった。見つけたのは、当時の名でアイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシネュトラーセ、当代のミルヒシュトラーセ家当主エレクトラの夫オイディプスと公妾こうしょうサクラ・マグダレーナマグダラのサクラとの間にできた子だった。この醜聞しゅうぶんは厳重に秘匿ひとくされたので、それを知るのはミルヒシュトラーセ家と近しい有力者に限られ、当人のアイですらそれを知らない。
 
 まだ歩けもしないアイが庭で乳母うばからもエレクトラからも捨て置かれていた時、地獄パンドラ語で「おー〇、○て○ーい!」という声が聞こえた。勿論アイにはその意味などかいさぬところであったが、音がする方にっていった。するとそこにはちいさな小石が落ちてあった。ふと上を見上げると、穴が開いている。地面に、ではなく空に、だ。
 
 そこから一冊の本が落ちてきた。其処にはおおよそこの世のものではない言葉で、フランツ・カフカ著『The Judgment』と書いてあったが、もちろんアイにはわからない。ただ古い本のいい匂いにかれて身体いっぱいで抱きしめた。

 これをきっかけにミルヒシュトラーセ家邸宅に、不定期に地獄パンドラからものが落ちてくるようになった。後にfalls from the skiesファフロツキーズ現象と名付けられるこの恵みを独占することによって、ミルヒシュトラーセ家は文化的・軍事的に発展し、自らの王を傀儡かいらいにし、国号をパンドラ公国に変えさせるまでになった。そしてエレクトラはこれを巧みに利用し、世界でも有数の地獄パンドラ先進国を創り上げたのである。

 この地獄パンドラ利権の獲得に寄与きよしたことから、めかけの子であったアイ・サクラサクラーノヴナ・フォン・ミルヒシネュトラーセはその地位を回復し、正式に現当主であるエレクトラの名を親性しんせいかんすることを許された、こうしてアイは、アイ・・フォン・ミルヒシュトラーセになった。
 
 こうしてアイは、、なったのである。

 ◇◆◇
 
 高官たちからの評価は回復したが、エレクトラからの心証ははなはだ悪かった。アイの容姿が良くなかった。
 いや、彼の容姿は悪くなく、むしろ世界でも無比むひの可愛らしさであったが、それが良くなかった。アイは生みの親からそれぞれ容姿を受け継いでいた。
 
 つまり瞳の色はエレクトラの夫である、実の父オイディプスから受け継いだ、太陽の輝きを宿した蒼空そらの色をしたサファイアのひとみたずさえていた。そしてそれ以外はすべて実母から、オイディプスの公妾サクラ・マグダレーネから受け継いでいた。
 
 漆のようなぬばたまの黒髪、華奢きゃしゃな体躯、新雪のごとく輝く白い肌、くりくりと大きな目の形、かなしいほどにうつくしい花のかんばせも、瞳の色以外のそのすべてがサクラと瓜二つであった。



 それが良くなかった。サクラとその美しさを嫌悪しているエレクトラからすれば、アイと相対あいたいするときは常に、もっとも愛する夫ともっとも憎んでいる女が交わった証を突き付けられることに他ならない。故にその姿を認めるたびに、アイに対する憎悪の念は膨らんでいくばかりであった。
 
 しかもアイが地獄《パンドラ》から賢者の贈り物を見つけた功績によって、サクラまでもが大手を振って肩で風を切り、貴族のサロンを歩くようになった。そのこともアイへの憎しみを雪のように静かに降り積もらせるのだった。

 ◇◆◇

 そして父であるオイディプスもアイにはとても厳しくあたるのだった。アイの性別が良くなかった。アイは男児として生まれてきた。オイディプスは自身の娘たちは目に入れても痛くないほどかわいがり、わがままも喜んで聞き入れ、少しでもつらいことがあれば親身になってその原因を万難を排して潰した。そしてなにより、とても、とてもやさしく愛情をもって接したのである。



 しかし、息子であるアイには真逆の接し方をした。つまり厳格げんかくな態度で扱い、少しでもわがままを言えば、それがどんなにかわいいものでも、教育のために殴った。そしてつらい目にっていると、
 
「男なんだから、自分の力でたたかってどうにかしろ!」
「男は泣くんじゃない!」
 
 と叱責したのであった。生来せいらい争いを嫌いやさしい子であったアイには全く合わない方法であった。加えてなにより、とても、とても厳しく愛情を表に出さずに接したのである。

 これにより母には憎まれ父からは愛情を感じられず、ますますアイは家族の中で息をすることが苦しくなった。もっともこれは父なりの愛情でもあった。実はオイディプスも男だからという理由で父に厳しく、時には殴られて育った。つまり彼は自分がまともに育ったこの方法こそ正しいものであり、息子のためになると信じていた。なにより、彼は、息子との接し方をのである。

 ◇◆◇
 
 現当主であり、今では母でもあるエレクトラに蛇蝎だかつのごとく嫌われていても、実父じっぷであるオイディプスから愛情を感じられなくても、使用人たちからめかけの子として嫌がらせを受けていても、アイをあいしてくれる人がいないわけではなかった。

 ◇◆◇

 まず一番上の兄である、ゲアーターおにいさま。



 「よう、アイ」
 
 「おにいさま!」
 
 「こんなところで何してんだ?地獄パンドラ本大好きなお前が、書庫にもいかず庭の隅っこで日向ぼっこ?……ぷっ、ついに本みてぇーに紙魚むしが涌いたから天日干てんぴぼしされてんのか。」
 
 「ちがいますよ!もうっ!確かにあいは本の虫ですけど、本に紙魚しみじゃありません!」
 
 「じゃー書庫にいる母上にビビッて逃げてきたか?」
 
 「うっ……ううぅ……」
 
 「はぁ……しゃーねぇーなぁ。おら、いくぞ!」
 
 「え?どこにですか?」
 
 「文学書と哲学書ばっかよんでる不健康な弟に、お兄様が外での遊びを教えてやるっつってんだ!まずは乗馬だ!」
 
 「えっ!……遊んでくれるのはうれしいけど、お馬さんはまだ、あいはこわいのですが……」
 
 「うるせぇ!つべこべゆうな!無理やり連れいくぞ!」
 
 「あの!おにいさま!むりやり抱えないでください!」
 
 「……!……かるいな!?ちゃんと飯食わせてもらってんのか!?また飯になんかされたらお兄様に言えよ!使用人共ぶっとばしてやるから!」
 
 「いや、あの……離し……話を聞いてくださいぃ……」
 
 「大丈夫だ!馬に乗ってる間は俺にしがみ付いてろ!それなら安心だろ!なんせお兄様は最強だからな!な!」
 
 「もうっ……ふふっ……でもそれなら、あんしん、ですね。」
 
 「よかったなァ……パンドラ最強のオニイサマが傍にいてよォ……?ほら、最強!」
 
 「はい!さいきょー!」
 
 「「さいきょー!!」」

 ◇◆◇
 
 また一番上の姉である、エゴペーお姉さま。


 
 「エゴおねえさま!お部屋にいらっしゃらないとは……体調はよろしいのですか?」
 
 「あらあら、書庫にこもりきりのアイちゃんに言われたらおしまいねぇ。わたしだって何時でもとこせっているわけではないのよ?アイちゃんこそ、紙魚しみいたから珍しく天日干しかしら~?」
 
 「……それ流行ってるんですかぁ……?」
 
 「ふふっ……こうやってからかうと面白いってゲアーターがね~」
 
 「やっぱりぃ~!んぅ~!」
 
 「ふくれちゃってかわいいわね~。よしよし~なでなで~」
 
 「そっそんなことできげんがなおったりしません!もうこどもじゃ……」
 
 「じゃぁ~やめちゃおうかしら~」
 
 「えっ……」
 
 「冗談よ~よしよし~」
 
 「えへへ……しょうがないからゆるしてあげます!」
 
 「あいちゃんはいいこね~?そうだ!折角せっかく2人とも珍しく外にいるんだし、なにかしましょうよ。なにがいい?」
 
 「あいとあそんでくれるんですか!えっと……!えっとえっと……」
 
 「……ふふっ、おねえちゃんはいなくなったりしないから、ゆっくりでいいのよ~」
 
 「うん!じゃあね……!あのね……!」
 
 「一緒にお昼寝でもしながらゆっくり考えましょ~」

 ◇◆◇
  
 そして二番目の姉である、シュヴェスターお姉さま。



 ゲアーターとエゴペーがティールームで談笑していると、シュヴェスターが通りかかった。

 「おっ、シュヴェスターいんじゃん……じゃあ、まぁ……からかうか」


 
 「そうね、からかわないと失礼よね」


 
 姉と兄が真剣な顔で顔を突き合わせる。
 
「おーい!シュヴァちゃーん!」
 
 シュヴェスターが2人に歩み寄る。
 
「その呼び方はやめろと何度もいっているだろう、エゴペー」
 
 「よぉ、シュヴェスター」
 
 「ゲアーター、なにをニヤニヤしている……用がないのならば行くぞ、じゃあな」
 
 2人の妹が興味なさげに、足早あしばやに立ち去ろうとする。そこで兄は一番妹が興味があるであろうことを話題に出す。
 
 「いやぁ……アイがなぁ」
 
 ピクリ、とシュヴェスターの足が止まる
 
 「……アイ、だと?アイがどうした?アイになにかあったのか?」
 
 息もつかずまくし立てる。それにゆっくりと勿体もったいぶってゲアーターが答える。
 
 「いやぁ……?べっつにぃ~……ただ初めて馬にあいつを乗せたんだが――」
 
 「アイを!馬に!?あの子にはまだ早いだろう!なにを考えている!」
 
 「いやいや、ちゃんと俺の膝にのせてたし――」
 
 「アイを!膝に!?しかもアイの初めての乗馬をお前にぃ!」
 
 ギリギリと歯を食いしばる妹に今度は姉が追撃する。
 
 「この前アイちゃんとばったり会ってね~」
 
 「アイと!ばったり!?」
 
 「いや、まだ何もいってないけど……。アイちゃんを抱っこして、一緒に日向ぼっこしながらお昼寝しちゃった~」
 
 「くそっ!ここにも敵が!」
 
 楽しそうに笑う上の子2人を、頭を抱えてめつける妹が1人。
 
「いや、敵ってなぁ、オニイサマはかなしいな~」
 
「昔は、こーんなにちっちゃかったのにね~」
 
 エゴペーがかがみ込んで床スレスレまで手のひらを近づける。
 
ありか!わたしは!……それよりもだ!」
 
 「そんなに怒ってるとまたアイちゃんに怖がられちゃうわよ~?」
 
 「アイの前でのしっかり者の姉のキャラ作りすごいもんな、ブラコン隠して騙せてんのアイだけだろ」
 
 「私はブラコンじゃない!今はアイがいないからいいんだ!」
 
 「あっアイちゃん、どうしたの?」
 
 姉が妹の後ろに目をやって声を掛ける。
 
「アイ!?……コホンっ……どうした?アイ?こんなところで……」
 
 「声作ってるとこ悪いけど~アイちゃんいないよ~?」
 
 振り返るが人っ子ひとりいない……。
 
「おい……オマエラァ……」
 
 わなわなとシュヴェスターが震える。
 
「分かるだろう?アイは世界でいちばん可愛らしく…………だから……心配なんだ……。」
 
 「それには同意するわ~」
 
 「別にいーじゃぁねーか、でもよ」
 
 「私はブランコじゃない!だ!」
 
シュヴェスターが胸に手を当て高らかに宣言する。
 
「いや、ブラコンでもな――」
 
 「おっアイ、どーしたんだ?」
 
 ゲアーターがニヤニヤしながら白々しらじらしくのたまう。
 
 「その手には乗らんぞ!貴様らはまったく!」
 
 「お……おねえさま……?」
 
 「…………。」
 
 ギギギと振り返ると怯えたアイが胸の前で手をぎゅうっとにぎって立っている。


 
 「ア……アイ」
 
 「おねえさま!……お怒りですか?……どうかなされましたか……?」
 
 後ろで膝を叩いて大笑いしている奴らに、必ず思い知らせてやると心に決めながら、シュヴェスターは答える。
 
 「いや、なんでもない、いたって冷静だ私は、いたく落ち着いている、心がいでいる、完全に、ああ――」
 
 「――ぶらこん?ってなんですか?ブランコのおともだちですか?」
 
 アイが無邪気に疑問を口にする。
 
 「「ぶふぉっ」」
 
 お互いの身体を叩きあいながらゲアーターとエゴぺーが笑いころげる。
 
 「ブラコン……というのはだな……」
 
 シュヴェスターが答えにきゅうしていると、エゴぺーが助け舟?を出す。
 
 「ブラザー・コンプレックス、男の子の兄弟のことが大好きでたまらない人って意味よ~」
 
 「おまっ、だ、黙れ!」
 
 妹が姉の口を両手で塞ぎにかかる。
 
 「……なるほど……そういうことですか!」
 
 アイが得心とくしんがいったような顔になる。
 
 「あ……アイ……?」
 
 おっかなびっくりといった様相でシュヴェスターが尋ねる。
 
 「つまりおねえさまはゲアーターお兄様の事が大好きということですね!」
 
 すてきです!と幸せそなアイ、そしてまた吹き出す兄と姉。
 
 「ちが、違うぞ!お前は勘違いしている!」
 
 「でも……じゃあ、どういう……?」
 
 「私はオマ、お前のことが……くっ。あぁ、そうだ……ワタシはゲアーターのコトがダイスキナンダ…………おえっ」
 
 「ぷぷっ、そうだな、愛しい妹よ!オニイサマもスキだぞ!……ぷっ」
 
 「貴様ぁ……いつかぶっ飛ばしてやる……」
 
 「わぁー!なかよしさんですね!」
 
コホンっとシュヴェスターが大仰おおぎょうに咳払いをし、話題を変えることで、致命傷を避けようとする。
 
 「こんなよしなし事より、アイ……聞いたぞ、ゲアーターとエゴペーと遊んだそうだな……」
 
 「??……はい!」
 
 「どうだった?」
 
 「すっごくたのしかったです!」
 
 「だろうな……こいつら散々自慢してきやがったからな……」
 
 「……???」
 
 「アイ……どうだ……その……わたしも……今は時間があるのだが……」
 
 「????……そうなんですか……?」
 
 「つまり、私は今暇で……お前も暇……暇だよな……?」
 
 「はい……ひまですけど……??」
 
 「「……」」
 
 ぶふぉっと失笑しっしょうする声が後ろから2つ聞こえた。

 「笑いすぎて……しっ……死ぬぅ……」
 
 「助けてぇ……もう……い、いじめないで~」
 
 コイツラァ……。
 
 「つまりだな……わたしと」
 
 「おねえさまと?」
 
 「おまえで」
 
 「あいで?」
 
 「あそ……何かしようと、思って……だな。」
 
自分とアイをぎこちなく指差してシュヴェスターが話す。パアァッとアイの表情が日が指したように色づく。
 
 「あいとあそんでくださるのですか!」
 
 「うっ……あ……ああそうだな」
 
 その輝きに胸を押さえながら姉が答える。
 
 「もしかして、おにいさまもエゴおねえさまも!?」
 
 「え……い……いやコイツラはやることがあって」
 
 「そうなんですか……」
 
 しゅんとアイがちいさくなる。
 
「わ……わたしだけでは不満か……?」
 
 ショックを受けたようにシュヴェスターがかすれた声で言う。
 
 「い、いえ、まさか!うれしいです!」
 
 「そうだよなそうだよな!」
 
 シュヴェスターが勝ち誇ったように姉と兄を振り返った。しかし其処そこにはもう2人の姿はなかった。
 
 「お兄様もバカみてぇに暇だそ!」
 
 「お姉様もアホみたいに暇よ~」
 
 「わぁーい!」
 
 アイが喜んでいる、喜んでいる……が。
 
 「き、貴様らァ~そこになおれ!」
 
 「おねえさま!?」
 
 「こわいぞ、おねえさま」
 
 「きゃ~おねーさまこわ~い」
 
 「お前らの姉になったつもりはない!」
 
ワァー!っと兄と姉が逃げ、手を引かれたアイも一緒に駆けていく。
 
「まて!アイは置いていけーー!!」
 
 ワァー!ワァー!



継母ままははうとまれ、父に厳しく扱われても、使用人から軽んじられていても。
 
 ――であっても、アイにはやさしいきょうだいがいた。
 
 そう、のだ、今となってはもう……。

◇◆◇
  
――わたくしはいつもいちばん後ろを歩く。ものがみたいから――
 
 家族で用事に出かけたとき、遊びで出かけたとき、ピクニックに行った帰り道。夕焼けに照らされたいつもの小道を、歩いて帰っているとき。私は必ずいちばん後ろを歩く。

 先頭はいつも、おかあさまだ。自身がこの世界には必要であるという自信に満ちた足取りで、確かに大地を踏みしめ歩いていく。よくシュヴェスターおねえさまと手をつなぎ談笑しながら歩いている。

 その次はゲアーターお兄さま。頭の後ろで手を組み、小石を蹴りながら気ままに歩いている。不安などこの世のどこにも存じてないといった様子で。

 そして、最後におとうさまとエゴペーお姉さま。おとうさまは、わが娘への愛情が身体の外に出ていくことを引き留められない様子で、いつもおねえさまがたをで、愛し、愛をささやいている。エゴペーお姉さまがそれに応えて、幸せそうに風の中を2人で歩いている。

 あいは、いつもいちばんうしろ。夕凪ゆうなぎの中をただ独り歩いている。けっしてはぐれないように、でもけっしてみんなの間に入らぬように。長く伸びたみんなの影さえも決して踏み犯してしまわぬように。磁石の様につかずはなれず追いかける。いちばんちいさい歩幅で、いちばんたくさんの足跡で。だってみられるから。夕焼けがてらして、きらきらとみえるから。
 
 ――この世界でいちばんうつくしいものが。しあわせなかぞくがそこにはある。みんなを愛する母、実直な妹、朗らかな兄、温和な姉、そして慈愛の父。しあわせなかぞくがここにはいる――
 
 だからあいはその愛と幸せに満ち満ちた5に決して立ち入らぬよう、いちばんいしろをちいさく歩く。だって、そこに不純物は必要ない。そこにけがれは必要ない。弟などいらない。
 
 こわしたくない、よごしたくない、かなしませくない。たといその中のひとりになれなくとも、みているだけでしあわせだから。この世でもっともとうといものを。この世でもっともうつくしいひとたちを。夕日がそれを輝かせるその、永遠の瞬間を。太陽が照らしだすその、けしきを。だから。だから。
 
 ――だから、あいはいつもいちばん後ろを歩く。世界でいちばんうつくしいものがみたいから――

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