『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
13 / 140

第13話 朝の目覚めに

しおりを挟む
 私は久しぶりに柔らかい鳥の歌声で目を覚ました。

「んっ……」

 頭がぼぅっとする。目もしょぼしょぼして瞼が重く、まだ眠い。

 ころんと寝返りを打ってみたら手の先は温かい布団に抱きしめられたままだ。このふわふわな感覚に包まれながら、もう一度二度寝したい、なんて鈍い頭で考えてしまう。

 ……でも、起きなきゃ。私達は旅の途中で……ってそうか、安全な場所にまでついたんだっけ。それでお食事して、お風呂じゃないけど久しぶりに体を拭いて……あれ? それから何したんだっけ?

 ……そうだった。グラジオスの部屋に行って……あ。

 昨夜の自分の失態を思い出し、ちょっとだけ恥ずかしくなる。まさか自分でもあれほど泣いちゃうくらい自分が追い詰められていたなんて思いもしなかった。

 そして……その先の記憶は全くなかった。私はどうやらあのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。という事は、私はグラジオスの部屋で寝てしまったってことで……。

「わっ!」

 大変な事に気付いた私は、慌ててその場から起き上がった。

 とりあえず体と寝巻きを確認してみるが、どこにもそういう事をされた形跡は見当たらなかった。

「……良かった」

 ほっと胸を撫で下ろして一息つくと、今度は別の事に気が向くものだ。

 私は慌てて周囲を見回し……ソファからはみ出ているグラジオスの足を発見した。多分、グラジオスは私をベッドに寝かせた後、自分は狭いソファで眠ったのだろう。

 一応、ああ見えて紳士なのだとちょっと感心する。

 ……私が子どもにしか見えなくて、本当にそういう対象に見られなかった可能性は考えないでおこう。私にも女としてのプライドがあるのだ。

「……起きよ」

 朝、とはいっても日差しは結構な強さで窓から差し込んでいる。お腹の方も、昨夜あれほど食べたというのにだいぶ減っていた。結構な時間寝ていたに違いない。

 私は大きく伸びをすると、キングサイズのベッドから降りる。

 そのまま王子さまからもらったブーツを履くことなく、裸足のままペタペタとグラジオスの傍まで歩いて行き、顔のあたりでしゃがみこんだ。

 グラジオスは腕で目を覆うようにして寝ており、その寝顔を確認することは出来ない。

 どうやって起こそうかと悩み、私は辺りにこうべを巡らせる。すると、机の上に置かれたコップと水差しを発見した。

「あ、そういえばこぼしちゃったんだっけ」

 慌てて床を確認するが、どうやらグラジオスが拭いてくれたのか跡すら残っていなかった。

 ……何から何まで迷惑かけちゃったな。

 私はちょっと反省をして、それで……良い事を思いついた。

「うん、それが私らしいよね」

 やっぱり私は歌が好きだし、グラジオスも歌が好きだ。というか音楽が。

「ん~、何にしようかな……」

 目覚めにふさわしい曲……となると柔らかい曲とか? それともいきなりテンションマックスになれる様な熱い曲?

 それとも変化球で、Stand Up! EDなんて面白ソングを歌ってみようかな。……ううん。別にグラジオスがそうだって疑ってるわけじゃないのよ。私がこの曲がふさわしいかなって考えたのは、起き上がるとStand Upをかけただけだから。……なんて誰に言い訳してるんだろう。

 いつか、こういう面白ソングを目の前で歌ってみようかな……その後意味を説明したら……駄目だ。変態って思われちゃう。

 なんて余計な事に思考の半分以上を割きながら、私はとうとう歌う曲を決めた。

――My Dearest――

 この曲を歌う女の子と主人公が出会ったことで、運命は始まった。

 だからきっと、これが私たちの始まりの朝にふさわしいと思う。

「じゃあ、行くよ……」

 私は息を大きく吸って――歌い出した。

 最初は運命を告げる様に大きく。それからはゆっくりと、囁く様に、揺蕩う様に……。

 朝の静けさに私の歌が溶け込んでいく。

 そして、私の贈り物が終わった。きちんとグラジオスには届いたはずだ。

「…………ねえ」

 私はグラジオスに話しかけた。

 まだ彼は身じろぎすらしていない。でも、私はグラジオスが目を覚ましている事を、何となく感づいていた。

「寝たふりしてないで起きたら?」

「……どこかの誰かが耳元で騒ぐから目が覚めただけだ」

 相変わらずグラジオスは素直じゃなかった。でも、寝起きだからかキレは悪い。

 ……私に付け込む隙を与えるなんてね。

「グラジオスは目が覚めても起きないんだ。起きずに私の歌を聴いてたいんだ」

「…………さっき起きたばっかりだ」

「嘘ばっかり」

 くすくす笑う私を他所に、グラジオスは体を起こしてソファに座り直す。その顔は変な場所で寝たのにも関わらず、とても落ち着いているように見えた。

「ごめんね、ソファ、寝苦しくなかった?」

「別に。柔らかくて寝づらかったくらいだ」

「またまた~。…………ありがとね」

 小さな声で言ったお礼は、きっとグラジオスの耳に届いているはずだ。でもグラジオスは聞こえなかった振りをして大きく欠伸をした。

 もしかしたら照れ臭かったのかもしれない。

「もう」

 私は感謝を込めて、グラジオスの頭についた寝癖を撫でつけてあげたのだが、本人と同じく寝癖もへそ曲がりで頑固だった。何度撫でてもぴょんこぴょんこ立ち上がる。

「撫でるな」

「寝癖が付いてるの」

「ふんっ」

 グラジオスは不服そうに鼻を鳴らしたが、私の手を振り払うようなことはせず、されるがままになっていた。

「もうっ頑固な寝癖だなぁ。グラジオスみたい」

「俺は別に頑固じゃない」

 なんて説得力の無い言葉。

「じゃあ歌好き?」

「……好きじゃない」

 いつも通りの私の問いに、一拍遅れていつも通りの答えを返してくる。これが頑固じゃなくてなんなのだ。

「グラジオスは頑固だな~」

「ふんっ」

 グラジオスはすねてそっぽを向いてしまった。とはいえ、どこかに移動する気はないみたいだ。素直に撫でられ続けている。

 ……これも素直じゃないんだろうなぁ。

「ふふっ、頑固だなぁ」

「頑固じゃない」

「寝癖の事だよ」

「…………」

「ねえ、ちょっと頭下げて」

 グラジオスは言われた通り俯いてくれたのだが、そもそも身長差がかなりあるため、私の目的を達成するのにはまだまだ高い。だから私は膝立ちになって、グラジオスの頭を両手で挟むと、もっと下げさせた。

「はぁ~~っ、はぁ~~っ……」

 私はグラジオスの寝癖に何度か息を吐きかけて髪を柔らかくすると、そのまま手で抑え込む。要はブローブラシの代わりだ。

 このまましばらくすれば寝癖も観念すると思う。

「ちょっとこのままね」

「…………」

 少し苦しい体勢だろうに、グラジオスは文句も言わずにじっとしていた。

「ねえ、私昨日泣いちゃったよね」

「……そうだったか?」

 嘘ばっかり。本当にグラジオスはひねくれ者だ。

「迷惑かけちゃったからさ。今度は私が何かグラジオスにしてあげるね。して欲しいこと言って」

「……雲母には命を救われた。何かするべきなのは俺の方だ」

「私もグラジオスに道教えてもらわなかったら死んでたよ。だからおあいこ」

「……とにかく必要ない」

 何を言っても聞きいれる気はないらしい。

 ……なら。

「じゃあねえ。私はグラジオスが歌えるようにしてあげる」

 グラジオスが息を飲む気配が伝わって来た。

 絶対、これがグラジオスの望みなはずだ。

 ……まあ、一緒に歌ったり、伴奏を弾いてくれる仲間が欲しいって私の思惑もあるけど。

「方法は分かんないけどさ。いつか、大勢の前で一緒に歌お。顔を上げて、大声で歌が好きだって言お」

 グラジオスは何も言わない。否定も肯定もしなかった。

 でも私はこれがグラジオスの一番の望みなんだって、っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...