『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第54話 帝国の歌姫

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「ダンスかぁ……」

 苦手なんだよね……。

 しかも、超絶がつくほどに。

 できればこの場を逃げ出してしまいたいと思う位に。

 舞台で踊るダンスなら練習に練習を重ねたから得意中の得意なんだけどなぁ。

「あ~あ……憂鬱……」

 私は超特大のため息を吐いた。

 急いでグラジオスかハイネを見つけないと、また嫌な思いをしてしまう。

 私は二人の姿を求めて周囲を見回して行くが、やはり早々見当たらなかった。

「始まる直前なら、人だかりの中心にどっちかがいる可能性があるからそれに賭けるしかないかな……」

 多分、一番大きい人だかりがエマの周りに出来るはずだから、それまで私は誰にも誘われないように逃げてれば大丈夫なはず。

 私はそう判断して、ナターリエが居なくなった事で再び形成されつつあるお子様達の生け垣から脱出を試みる。

「ちょっとすみません。わたくしお飲み物を取って参りますわ、をほほほほっ」

 笑い声が引きつってることに気付いてほしいところだけど、やっぱりそれは無理みたいだった。

 逆に好機とばかりにお子様達は私の傍に近寄ってきてしまう。

 あまつさえ、

「おのみものですね。いまおもちいたします」

「いや、そこのめいどにもってこさせよう……きみ!」

 なんて言い出して、次から次に、飲みきれないほどのお酒やジュースを差し出されてしまった。

 あ~も~、そうじゃなくてさ~。どうしよっかなぁ~。

 なんて私が頭を悩ませている間に、ちりんちりんと鈴が鳴らされてしまった。

 それまで人が好き勝手たむろしていた大広間だが、鈴を合図にして、一斉に人が壁際へと寄っていく。

 国によって舞踏会のやり方が違うので正確には分からないが、ガイザル帝国に置いては鈴によってダンスを始めるのだろう。

 私は始めから壁際付近に居たので移動する必要は無かったが。

 ……あ、しまった。今無理やり動いとけば良かったぁ!

 後悔しても、もう遅い。

 私にとって、恐怖の時間が始まってしまった。

「うたひめさま。わたしとおどっていただけますか?」

 一人の子どもが私に手を差し伸べる。

 それを皮切りに、次々と私に向けて手が差し伸べられた。

 私は彼らの手を、顔を引きつらせながら見ると、

「申し訳ありません。先約がございますので」

 速攻で全員断る。

「失礼いたします」

 私は一礼すると、無理やり囲いの中から抜け出して、一番大きな人だかりへと逃げ出したのだった。




「グラジオス…………さま! 失礼、ごめんなさい、通してください。ちょっとすみません」

 私はグラジオスの一際高い頭を目印に、小柄な体を利用して人と人の隙間を無理やりすり抜けていく。

 ドレスの裾を踏んづけられたりしながらも、ようやくグラジオスの傍にまでたどり着くことが出来た。

 予想通り、エマの周りにはダンスを誘おうとする野郎どもで溢れかえっている。

 グラジオスの周りにも、ダンスに誘われたい女性陣が山のように居るのだが、女性から攻めるのは、はしたないという考えがあるのか、そこまで積極的な攻勢はかけられずに居るようだ。

 私はこれ幸いとグラジオスの傍にまで行くと、

「ちょっと」

 といって、服の袖を引っ張った。

「なんだ、ダンスの時間だろう? 誘われなかったのか?」

 さすがに一年半も経てば、着飾った私にも免疫が付いたようで、以前の様に戸惑う事は無くなっている。

 ちょっとだけ面白くないなとは思ったが、それよりも優先すべきことがあるので、私はグラジオスに屈むよう合図を送った。

 下がって来たグラジオスの頭を無理やり引き寄せ耳打ちする。

「誘われそうだったから逃げて来たの。助けてよ。私との先約があるとか言ってさ」

「俺が、お前と踊る先約だって?」

 グラジオスがにやりといじめっ子の様な意地の悪い笑みを浮かべる。

 ああ、そうだ。だから私はダンスが死ぬほど苦手なのだ。

「実際には踊んないわよっ。言い訳っ」

 私とグラジオスの身長差は実に五十センチ以上ある。

 グラジオスとでなくとも、三、四十センチはあるだろう。これが致命的なのだ。

 こういう場で行われるダンスは、大概男女が手を取り合い、体を密着させたりしながら左右に揺れる。

 それを私がすると、たいてい相手の胸や腹に顔をうずめる結果になってしまうのだ。それを公衆の面前でやったら……もう恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうになってしまう。

 私は何度か誘いを断り切れずにそうなってしまった経験があるのだが……あの時私の事を見ていた人の顔は絶対忘れない。

「……雲母らしくないな」

「何よそれ」

 私は口を尖らせて抗議する。

「雲母だったら、私のダンスはこれなのっ! って自分を貫きそうなものだが」

「私だって場の空気くらい読んで周りに合わせる時くらいあるのっ。いいからお願い。ついでにグラジオスも踊りたくない相手と踊らなくてすむでしょ」

「分かった分かった」

 グラジオスは肩をすくめると、私の希望通りに守ってくれた。

 エマはエマで、いつものごとく使用人が踊るわけには参りませんので、とかなんとか理由を付けて断る事に成功している。

 こちらはもう手慣れたもので……もうホント、男性を手玉に取る魔性の女……。

 そしてダンスが始まったのだが……。

「あれ?」

 音楽が、少し違ったのだ。

「ねえ、グラジオス。これって……」

 私は様々な楽器を用いて奏でられる演奏に耳を澄ませながら、グラジオスの二の腕辺りを小突く。

 グラジオスも私の言いたい事を理解していたのか、少し表情が険しくなった。

「旋律取り、だな」

 作曲に置ける手法の一つで、既存の音楽からメロディを取って当てはめたりするのだが、このメロディは私達が昔歌ったことのある曲を使っている様だった。

「ちょっとごめん、グラジオス。私を抱き上げて」

 楽団を見るためには方法なんかに構っていられない。

 私はグラジオスにお姫様だっこしてもらい、楽団が見える様にしてもらった。

「あっ、ナターリエ……」

 ナターリエが緊張した面持ちで台の上に上がっている。

 どうやらイントロが終わればナターリエによる歌が始まるみたいだ。

 曲の構成まで私達にぶつけて来たのだろうかと一瞬考えるが、それは違うと判断する。ルドルフさまの好きな歌を作るために、私達の歌を研究した結果、ああなったのだろう。

 ナターリエは私から見えるほど大きく肩で息をして――歌い出す。

 ナターリエのソプラノボイスで紡がれる歌は、この世界に存在したどの歌とも違っていて、歌をひとつの楽器として演奏と同時に歌う形式だった。

 地球では、ベートーベンが行うまではやらなかった形式のもので、私達と同じ歌い方だ。

 私の歌がこの世界に広がっている証拠。

 でも、そんな事を思うよりも先に、私の中に沸き上がった感情は――。

 ――嫉妬、だった。
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