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第28話 初めての…
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蒼乃と額を合わせる。
今度は離れてしまわないように、左手をぐるりと蒼乃の背中に回して抱え込むようにし、右手は蒼乃の後頭部に添えて逃がさないようにガッチリと固定した。
「うふっ」
蒼乃の喉から笑い声が漏れる。
理由は簡単だ。そうやって抱きしめる様にくっ付いた事で、俺と蒼乃は先ほどと比にならないほど密着していた。
二人の間でお互いの呼気が溜まり、澱んで沈殿する。
呼気に籠った体温すらも二人の間で分かたれ、互いの体に染み込んでいく。
まるで、生命そのものを分け合っている双頭の獣のように、俺と蒼乃は一つに混じり合っていた。
「に~い……」
甘える様に蒼乃が囁く。
俺から見る事は出来ないが、きっと蒼乃は蕩けそうなほど笑顔を浮かべているのではないだろうか。
こんなにも近くで互いを感じられて、こんなにも求められているなんて、俺も、蒼乃も初めての事だったから。
「ねえ、あたっても、しかたないよねぇ……」
既に額は合わさっていて、鼻と鼻は時折ぶつかっている。
何が、なんて聞くだけ野暮だろう。それでも俺は問いかける。
「どこが、だよ」
途端、あはっ、と弾ける様に蒼乃が笑う。
「口と……口だよ」
ほら、と言って蒼乃はわざと口を尖らせる。たったそれだけで、俺の唇すれすれを、蒼乃の唇が掠めていくのが感じられた。
ああ、そうだ。確かにそうだ。
俺たちは額を合わせる事を強制されて、こんなにも近くに互いの顔があるのだから、ほんの少し唇が触れ合う事ぐらい事故なんだ。
事故だったら仕方ない。兄妹の唇が事故で触れ合ってしまったとしても、誰からも咎められる事はないはずだ。
だって事故なんだから。
俺たちの意思じゃない。たまたま、偶然、唇が当たっただけ。
これはキスじゃない。社会が禁じている様な行為――近親相姦なんかじゃない。
「――ダメだろ、そこは」
俺は自分に喝を入れる。
「絶対、当たっちゃいけない場所だろ」
蒼乃の誘惑に負けてはいけない。
蒼乃の為にも俺はこの感情を受け入れてはいけないのだ。
「そうなんだぁ~……。にいはそんな事言うんだぁ」
「悪いかよ」
ん~ん、と言いながら、蒼乃はぐりぐりと額を押し付けてくる。
まるで唇が当たってしまえとでも言わんばかりに。
「に~い~……」
「なんだよ」
蒼乃はその先を何も言わない。
多分、俺を呼んだだけなのだ。
無邪気な子どもの様に、俺とこうして戯れるのが嬉しくて。
「に~いっ」
蒼乃が笑う。
「ふふっ、うふふふ……」
嬉しそうに笑いながら、俺の事を呼ぶ。
それが至上の幸福とでも言うかのように。
ここまでまっすぐな、熱烈で一途で一生懸命な愛を向けられたのは、俺の人生で初めての事。
蒼乃はこんなにも俺の事を好きでいてくれたのだ。
蒼乃はここまでの愛情をずっと抱え続けていたのだ。
俺は、知らず知らずの内に涙をながしてしまっていた。
「ねえ、にい」
この涙の理由は……応えたいのに応えられない葛藤だとか、嘘を付き続けなきゃならなかった蒼乃に対する同情だとか、多分数えきれないほどある。
きっとどれか一つだけでも俺には背負いきれないほど大きい荷物で、だからこそ俺は辛くて辛くて、どうしていいか分からなくて、泣いてしまったのだろう。
「にい、どうして泣くの?」
「分かんねえよ」
「泣かないで、にい」
「泣きたくねえよ……」
俺の腕に力が籠る。
額を合わせ続けるために、だろうか。
それとも蒼乃を、蒼乃の事を…………為だろうか。
「くそっ、くそっ……」
蒼乃の体温。蒼乃の香り。蒼乃の呼吸。蒼乃の感触。蒼乃の声。蒼乃の気持ち。
俺の全ての感覚が蒼乃で満たされ、全ての思考が蒼乃一色に染まる。
――でも、ダメだ。
俺の中に打ち込まれた小さな小さな楔。
――ダメだよ。と、名取が言った。
――いけないとぼたんも言った。
それらの声が俺を引き留める。現実へと引き戻す。
俺たちは兄妹だ。
社会的にこの感情が認められることはない。
バレてしまえば、俺らは無理やり引き離される。
後ろ指を指され、追われ、それまでの暮らしとは別れを告げなくてはいけなくなってしまう。
ぼたんや名取は、きっと特別だ。
俺が友達だから見ないふりをしていてくれるだけ。
「蒼乃……ダメなんだよ」
「何がダメなの?」
分かっているはずだ。
何がダメなのか、一番分かっているのは蒼乃のはずなんだ。
だって、今までずっと嘘をついて来たんだから。
蒼乃自身にすら嘘をついて、俺の事を憎いと言って、罵倒して、嫌って。
――俺と喧嘩し続けた。
全ては、好きという感情を否定するため。
「俺たちは、お互いを好きになっちゃいけないんだよ」
俺はとうとうその言葉を口にしてしまった。決定的な言葉を蒼乃に告げてしまった。
もう逃れる事は出来ない。誤魔化すことなど出来ない。
真正面から蒼乃の感情に向き合って、否定しなきゃいけない。
それでどれほど蒼乃が傷つこうとも、俺がどれだけ最低な存在に堕ちようとも。
なにがなんでもしなきゃいけなかった。
「蒼乃……戻ろう。喧嘩してたあの頃に、戻ろう」
憎めば悲しいという感情を薄める事が出来る。
怒鳴り合えば、自分自身に嘘が付ける。
相手のせいだと、相手が悪いと言えば、いずれ心が麻痺してこの気持ちは消え去ってしまうだろう。
「そうしなきゃいけないんだ」
全ては蒼乃を不幸にしないために。
「嫌,
嫌だよ」
蒼乃を不幸にしないために、傷つけて、苦しめて、別の不幸にするという矛盾。
「なんでそんな事言うの? なんで辛かったあの頃に戻らないといけないの?」
やっぱり、辛かったのか。
「兄から馬鹿って言われたりしてどれだけ辛かったと思ってるの? 本当は違うのに、嫌いって言わなきゃいけなくて、もの凄く痛かったんだよ? 嫌だよ。もう嫌なの」
そして蒼乃もその言葉を口にする。決定的なあの言葉を。
「好き、好き、好き。私は兄が好き」
狂ったように、何度も何度も。
「大好きなの。ずっとずっと、何時からなんて分からない位好きなの。私が好きだったのはずっと兄だけ。私の心の中にあったのは兄だけなの」
ごめん、蒼乃。気付いてやれなくてごめん。
こんな想いを抱えてたなんて。
辛かったよな。苦しかったよな。
ごめんな。
俺一人だけ勝手に忘れて、本気で嫌って、傷つけて。
馬鹿だよ、俺は。
「ごめんなさい、兄。悪口なんて絶対に言わないから一緒に居て。隣に居るだけで胸がドキドキして大好きって気持ちで心が一杯になるの。兄の傍に居るだけで私は幸せなの。他に何も要らない位、兄の事が好きなの」
俺もそうだ、なんて言えればどれだけ楽なのだろうか。
俺も蒼乃もどれだけ幸せになれるのだろう。
でもそんなのは一時だけの幻想で、その後に辛い現実が来るのは分かり切っている。
「蒼乃……」
部屋のどこかでアラームが鳴る。
ビービーと騒ぎ立てる。もう終わりだ、離れろと。
でも俺は……蒼乃から離れられなかった。
俺が蒼乃を抱きしめていたから。
「兄、兄、兄……」
腕は一ミリたりとも俺の言う事を聞かず、むしろ更に力を増して蒼乃を抱きしめる。
蒼乃もそれに応える様に俺の背中に手を回し、無我夢中で俺を抱き寄せる。
過熱した頭はもうろうとして正常な思考力を失い、ただ場の状況に流されて蒼乃の事一色に染まっていく。
「蒼乃……」
「兄……」
これは仕方ない事なんだ。
ゲーム中に起きた事故で、避けられなかった不幸な出来事。
俺たちの意思とは関係なしに、たまたま起こってしまっただけの間違い。
俺と、蒼乃の唇が、たまたま触れ合ってしまっただけ――。
「んっ……」
心の声は、何も聞こえない。
ダメなんて声は、聞こえないし存在しなかった。
……この時だけは
今度は離れてしまわないように、左手をぐるりと蒼乃の背中に回して抱え込むようにし、右手は蒼乃の後頭部に添えて逃がさないようにガッチリと固定した。
「うふっ」
蒼乃の喉から笑い声が漏れる。
理由は簡単だ。そうやって抱きしめる様にくっ付いた事で、俺と蒼乃は先ほどと比にならないほど密着していた。
二人の間でお互いの呼気が溜まり、澱んで沈殿する。
呼気に籠った体温すらも二人の間で分かたれ、互いの体に染み込んでいく。
まるで、生命そのものを分け合っている双頭の獣のように、俺と蒼乃は一つに混じり合っていた。
「に~い……」
甘える様に蒼乃が囁く。
俺から見る事は出来ないが、きっと蒼乃は蕩けそうなほど笑顔を浮かべているのではないだろうか。
こんなにも近くで互いを感じられて、こんなにも求められているなんて、俺も、蒼乃も初めての事だったから。
「ねえ、あたっても、しかたないよねぇ……」
既に額は合わさっていて、鼻と鼻は時折ぶつかっている。
何が、なんて聞くだけ野暮だろう。それでも俺は問いかける。
「どこが、だよ」
途端、あはっ、と弾ける様に蒼乃が笑う。
「口と……口だよ」
ほら、と言って蒼乃はわざと口を尖らせる。たったそれだけで、俺の唇すれすれを、蒼乃の唇が掠めていくのが感じられた。
ああ、そうだ。確かにそうだ。
俺たちは額を合わせる事を強制されて、こんなにも近くに互いの顔があるのだから、ほんの少し唇が触れ合う事ぐらい事故なんだ。
事故だったら仕方ない。兄妹の唇が事故で触れ合ってしまったとしても、誰からも咎められる事はないはずだ。
だって事故なんだから。
俺たちの意思じゃない。たまたま、偶然、唇が当たっただけ。
これはキスじゃない。社会が禁じている様な行為――近親相姦なんかじゃない。
「――ダメだろ、そこは」
俺は自分に喝を入れる。
「絶対、当たっちゃいけない場所だろ」
蒼乃の誘惑に負けてはいけない。
蒼乃の為にも俺はこの感情を受け入れてはいけないのだ。
「そうなんだぁ~……。にいはそんな事言うんだぁ」
「悪いかよ」
ん~ん、と言いながら、蒼乃はぐりぐりと額を押し付けてくる。
まるで唇が当たってしまえとでも言わんばかりに。
「に~い~……」
「なんだよ」
蒼乃はその先を何も言わない。
多分、俺を呼んだだけなのだ。
無邪気な子どもの様に、俺とこうして戯れるのが嬉しくて。
「に~いっ」
蒼乃が笑う。
「ふふっ、うふふふ……」
嬉しそうに笑いながら、俺の事を呼ぶ。
それが至上の幸福とでも言うかのように。
ここまでまっすぐな、熱烈で一途で一生懸命な愛を向けられたのは、俺の人生で初めての事。
蒼乃はこんなにも俺の事を好きでいてくれたのだ。
蒼乃はここまでの愛情をずっと抱え続けていたのだ。
俺は、知らず知らずの内に涙をながしてしまっていた。
「ねえ、にい」
この涙の理由は……応えたいのに応えられない葛藤だとか、嘘を付き続けなきゃならなかった蒼乃に対する同情だとか、多分数えきれないほどある。
きっとどれか一つだけでも俺には背負いきれないほど大きい荷物で、だからこそ俺は辛くて辛くて、どうしていいか分からなくて、泣いてしまったのだろう。
「にい、どうして泣くの?」
「分かんねえよ」
「泣かないで、にい」
「泣きたくねえよ……」
俺の腕に力が籠る。
額を合わせ続けるために、だろうか。
それとも蒼乃を、蒼乃の事を…………為だろうか。
「くそっ、くそっ……」
蒼乃の体温。蒼乃の香り。蒼乃の呼吸。蒼乃の感触。蒼乃の声。蒼乃の気持ち。
俺の全ての感覚が蒼乃で満たされ、全ての思考が蒼乃一色に染まる。
――でも、ダメだ。
俺の中に打ち込まれた小さな小さな楔。
――ダメだよ。と、名取が言った。
――いけないとぼたんも言った。
それらの声が俺を引き留める。現実へと引き戻す。
俺たちは兄妹だ。
社会的にこの感情が認められることはない。
バレてしまえば、俺らは無理やり引き離される。
後ろ指を指され、追われ、それまでの暮らしとは別れを告げなくてはいけなくなってしまう。
ぼたんや名取は、きっと特別だ。
俺が友達だから見ないふりをしていてくれるだけ。
「蒼乃……ダメなんだよ」
「何がダメなの?」
分かっているはずだ。
何がダメなのか、一番分かっているのは蒼乃のはずなんだ。
だって、今までずっと嘘をついて来たんだから。
蒼乃自身にすら嘘をついて、俺の事を憎いと言って、罵倒して、嫌って。
――俺と喧嘩し続けた。
全ては、好きという感情を否定するため。
「俺たちは、お互いを好きになっちゃいけないんだよ」
俺はとうとうその言葉を口にしてしまった。決定的な言葉を蒼乃に告げてしまった。
もう逃れる事は出来ない。誤魔化すことなど出来ない。
真正面から蒼乃の感情に向き合って、否定しなきゃいけない。
それでどれほど蒼乃が傷つこうとも、俺がどれだけ最低な存在に堕ちようとも。
なにがなんでもしなきゃいけなかった。
「蒼乃……戻ろう。喧嘩してたあの頃に、戻ろう」
憎めば悲しいという感情を薄める事が出来る。
怒鳴り合えば、自分自身に嘘が付ける。
相手のせいだと、相手が悪いと言えば、いずれ心が麻痺してこの気持ちは消え去ってしまうだろう。
「そうしなきゃいけないんだ」
全ては蒼乃を不幸にしないために。
「嫌,
嫌だよ」
蒼乃を不幸にしないために、傷つけて、苦しめて、別の不幸にするという矛盾。
「なんでそんな事言うの? なんで辛かったあの頃に戻らないといけないの?」
やっぱり、辛かったのか。
「兄から馬鹿って言われたりしてどれだけ辛かったと思ってるの? 本当は違うのに、嫌いって言わなきゃいけなくて、もの凄く痛かったんだよ? 嫌だよ。もう嫌なの」
そして蒼乃もその言葉を口にする。決定的なあの言葉を。
「好き、好き、好き。私は兄が好き」
狂ったように、何度も何度も。
「大好きなの。ずっとずっと、何時からなんて分からない位好きなの。私が好きだったのはずっと兄だけ。私の心の中にあったのは兄だけなの」
ごめん、蒼乃。気付いてやれなくてごめん。
こんな想いを抱えてたなんて。
辛かったよな。苦しかったよな。
ごめんな。
俺一人だけ勝手に忘れて、本気で嫌って、傷つけて。
馬鹿だよ、俺は。
「ごめんなさい、兄。悪口なんて絶対に言わないから一緒に居て。隣に居るだけで胸がドキドキして大好きって気持ちで心が一杯になるの。兄の傍に居るだけで私は幸せなの。他に何も要らない位、兄の事が好きなの」
俺もそうだ、なんて言えればどれだけ楽なのだろうか。
俺も蒼乃もどれだけ幸せになれるのだろう。
でもそんなのは一時だけの幻想で、その後に辛い現実が来るのは分かり切っている。
「蒼乃……」
部屋のどこかでアラームが鳴る。
ビービーと騒ぎ立てる。もう終わりだ、離れろと。
でも俺は……蒼乃から離れられなかった。
俺が蒼乃を抱きしめていたから。
「兄、兄、兄……」
腕は一ミリたりとも俺の言う事を聞かず、むしろ更に力を増して蒼乃を抱きしめる。
蒼乃もそれに応える様に俺の背中に手を回し、無我夢中で俺を抱き寄せる。
過熱した頭はもうろうとして正常な思考力を失い、ただ場の状況に流されて蒼乃の事一色に染まっていく。
「蒼乃……」
「兄……」
これは仕方ない事なんだ。
ゲーム中に起きた事故で、避けられなかった不幸な出来事。
俺たちの意思とは関係なしに、たまたま起こってしまっただけの間違い。
俺と、蒼乃の唇が、たまたま触れ合ってしまっただけ――。
「んっ……」
心の声は、何も聞こえない。
ダメなんて声は、聞こえないし存在しなかった。
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