ツンツンな妹が実はデレデレだったって本当ですか?

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第35話 その手を掴んで

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 ――にい

 声が、聞こえた。

 何よりも愛しくて、何よりも大切な、かけがえのない存在の声が。

 いつかの様な幻聴ではない。いや、もしかしたらあれも幻聴では無かったのかもしれない。

 俺に答えを教えてくれるために、必死になって蒼乃が俺に語り掛けていたのかもしれなかった。

「……蒼乃」

 俺はもがきながら手を差し出し――。

「兄」

 ぎゅっと、強い力で握り返される。その先には未だ何もないように見えるが――確かにそこにぬくもりを、蒼乃の存在を、俺は感じ取っていた。

 やがて繋いだ手からゆっくりと、まるで魔法の様に蒼乃の姿が現れていく。

 うっすらと透き通る様に見えていた蒼乃の体が、一秒ごとに存在感を増して行った。

「蒼乃……よかった……」

 あまりに不可思議な出来事を目撃したからだろうか。俺を拘束する警官たちの腕から力が抜ける。

 俺は身をゆすって警官たちの拘束から脱すると、すっかり現実のものとなった蒼乃の前に立つ――。

「蒼乃っ」

 ――なんてまだるっこしいことなど出来るはずがない。俺はがむしゃらに手を伸ばし、そこに在る幸せを抱きしめた。

「兄、兄、兄……!」

 俺の事を呼びながら、強く抱きしめ返してくれる蒼乃は果たして俺と同じ気持ちなのだろうかと少し心配になったのだが……。

「蒼乃、好きだよ。大好きだよ」

「兄……兄……好き。兄、好き」

 そんなのは杞憂でしかなかった。

 蒼乃はうわごとの様に何度も俺の事を呼びながら、子犬の様に顔を擦りつけて甘えてくる。

 互いの頬を伝う涙がその狭間で混じり合い、互いの顔を涙色に染め上げていく。その涙はまるで灼熱の炎のように熱く、互いへの想いでたぎっていた。

「良かった。本当に良かった」

 また逢えて良かった。

 失わなくて良かった。

 想ってくれて、想ってあげられて、良かった。

 俺は腕の中に、確かに存在する宝物の感触を確認し、味わう。

 俺に擦り付けられる蒼乃の頬。背中に回され固く結ばれた手。俺を離すまいときつく抱きしめて来る腕。密着して心臓の鼓動を直に伝えて来る胸。

 俺は体の器官全てを総動員して蒼乃の全てを感じ取った。

 蒼乃が俺の傍に居る。

 蒼乃がここに在る。

 たったこれだけの事なのに、それがどれだけ幸せな事か。

「今度は絶対離さない」

「私も兄から離れたくないよ」

「駄目だけど、ごめん。離したくない」

「知ってるよ、知ってる。うん……知ってる」

 もう色々とブレまくっているのは自分でも理解している。それでも俺は、この選択しかありえない。

 蒼乃と一緒に居たい。

 ただ傍に居るだけでもこれだけ幸せなのだ。離れるなんて考えた俺が馬鹿だった。

「一生傍に居るから……」

 それは誓い。俺と蒼乃の交わす、新たな未来への誓いだ。

 本当は歩んではいけない未来だと分かっているのに、それ以外を選ぶことが辛すぎると知ってしまった今となっては、その道しか選べなかった。

 たった6時間。一日の4分の1で、一週間の28分の1。そんな短い時間蒼乃が居なかっただけで、俺の人生はどん底まで落ちてしまったのだ。

 これからもっと長い時間を歩いていくというのに、蒼乃が居ないなんて想像もできない。

 だって俺たちは、中が悪い時でもずっと一緒に居たのだ。仲が良くなった今はもっともっと離れたくなくなってしまうに決まっている。

 この手を離すことすら今は辛いのだから。

「――大好き、兄」

 蒼乃が少しだけ力を緩めて体を離し、愛の告白と共に俺の顔を覗き込んでくる。

 俺は真っ赤になった蒼乃の瞳を見つめながら、お返しにと俺の正直な気持ちを伝えた。

「俺も大好きだよ、蒼乃」

 優しく言い返したというのに、蒼乃から不満そうな声が上がる。

「違うのっ。私はとってもとってもと~っても大大大好きなの」

 そんなにたくさん盛られてるのか。

 それよりもたくさん好きって伝えるにはどうすればいいのかね。

「えっと……俺はじゃあ、月が綺麗ですね、とか?」

「死んでもいいって駆けまわってくれたのは兄だよ?」

 しかも今は昼時で月なんて影も形もない。

 一応アイラブユーの文学的表現ではあるのだが、時と場合を考えなければ空振りに終わってしまう様だった。

 ……となると綺麗な夜景の見えるホテルの最上階で言うならいいのか。よし、勉強になった。

 なんて、安堵から変な事を考えてしまう。

 そのぐらい、先ほどまであった緊張はどこかに行ってしまっていて……。

「イテテ……」

 緊張の糸が切れてしまったからだろう。

 足の痛みや全身のだるさが急に戻ってきてしまった。

 というか、ちょっと……立っていられないかも。

「兄っ!」

 足にまったく力が入らなくなり、俺はその場に崩れ落ちてしまう。

 蒼乃がそんな俺を支えようとして抱き留めてくれるが、さすがに男一人を抱えるなんて事はか弱い? 蒼乃には荷が勝ちすぎたらしく、ゆっくりとではあったもののその場に座り込んでしまった。

「あ~……ちょっと、疲れて……すまん、休憩させてくれ」

「ん、ありがとね。私の為にこんなにしてくれて」

「当たり前だろ」

 熱にうかされていた頭が冷えてくれば、色々な事にも思考が及ぶようになる。

 俺を拘束しようとしていた警官たちはどうなったのかと後ろを振り向けば、やや気まずそうな感じでこちらの様子を伺っていた。

 ……もしかしなくてもさっきの遣り取り全部見られてたか?

 やべえ……蒼乃のやつ、思いっきりにいって言いまくってたぞ。その上好きだとか大好きだとか愛してるとか……。

「蒼乃」

 俺は蒼乃の方へと向き直る事で、警官から自分の顔を隠す。

「なに、兄」

「いや、その……な?」

 目線だけではなかなか伝わらないようなので、なまえなまえと口を動かして必死に呼び方の強制を試みる。

 始めは疑問符を浮かべていた蒼乃も、背後の警官たちを見咎めて、あっと小さく漏らした後に、俺に分かるくらい小さく頷いた。

「蒼司、えっと……どうしよう?」

 俺に聞かれてもどうすればいいか分かんねえって。

「蒼乃、俺のリュックの中から靴出せ靴」

「え、なんで?」

「お前靴履いてないだろ」

「あっ」

 蒼乃が消えた時は室内であり、その上玄関に蒼乃の靴が残されたままだったため必要になるだろうと予想して持ってきたのだ。

 案の定蒼乃は靴を履いていなかったので大正解だった。

「ありがと」

 蒼乃はお礼を言うと、俺のリュックを弄る。

 ……のはいいんだけどね、蒼乃さん。なんであなたは俺に抱き着いたまま靴を取り出そうとしてるのかな?

 おかげで君のその……薄くて固い胸部装甲がだね、こうゴリゴリと俺の顔に押し付けられていい匂いがするわ興奮す……いや、肋骨が当たって痛いわ迷わ……思いっきり押し付けてこないでわざとだろこのやろありがとうございますエロいうわお願いやめてちょっと元気になっちゃいけない場所が元気になっちゃう。

 ごほんっ、と決まりが悪そうな咳払いが聞こえて来て、俺は正直助かったとしか思わなかった。

「あ~、君たち。近隣住民に迷惑がかかるような事は慎むように、いいかね?」

「あっはい、すみません」

「分かりました」

 すみません今首を動かしたくないんでそちらを向けませんじゃなかった蒼乃の靴を出そうとしているのを邪魔できないんで見られませんすみません。

「それだけだ、じゃあね」

 背後ではもう一人の警官が、先輩、今の見ましたよね!? ありえなくないですか!? などと言って騒いでいたが、二人はそのままパトカーに乗って何処かへ行ってしまった。

 ヒントを教えてくれたのだからお礼位言ってもいいかもしれないと思ったのは、蒼乃が靴を履いてからだ。

 ま、いっか。

「ねえ、兄。一つ聞いてもいい?」

「いいぞ」

 いいけどとりあえず歩道に座ってるのは邪魔になるから退きたいんだけど……腕絡めて座らないでくれるって言いたいけど言えないこのジレンマ。

 いやいや、二の腕に蒼乃の胸が当たって気持ちいいなとかは考えてないからな。

「これからどうすればいいのかな?」

「…………」

 ピンク色の思考が一瞬で真っ白になってしまう。

 そう言えば……。

「俺、ここ何処か知らねえや……」

 蒼乃の感覚によれば、家からだいたい10キロほど離れた場所との事だった。

 ……マジかよ。
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