時間停止の少女、魔法学校に入学する。

エスパトローネ

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1 孤児院の少女エリカ

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 古びた孤児院のドアが、ぎい、と音を立てて開いた。
    
「ただいまー」

 軽やかな声でそう言いながら、私は靴を脱いだ。
 薄く白い髪が肩にまとわりつく。

 キッチンから顔を出したのは、ウィルソンだった。
 年配の女性で、アイリスの家ではみんなの「お母さん」みたいな存在である。

「遅かったわね、エリカ! ごはんの準備、手伝ってくれるかしら?」

 エリカ・ホワイト――私の名前だ。
 本名かどうか? 知らない。
 多分違う。院長先生がつけたって言ってたし。

 それから私は、エプロンを掴んで台所へ向かった。
 そこでは、すでに何人かの子どもたちが、テーブルの上で玉ねぎの皮むきや野菜洗いに取りかかっていた。

「エリカは、スープの見張りを見てほしいわ」

 ここアイリスの家では、包丁と火加減は先生の役目だ。
 理由は単純で、「危ない」からである。
 じゃあ、この「スープの見張り」が何かというと――

「スープが噴きこぼれそうになったら、呼んでね」  
 要するに、見てるだけの仕事。
 ……間に合わなかったらどうするんだろう、とちょっと思うけど。

 私はスープを見る。正直暇な仕事だ。
 だから――私はずっと、ウィルソン先生の野菜さばきを見ていた。

 ウィルソン先生は、大きなキャベツと格闘していた。
 ブツブツ言いながら、キャベツに包丁を当てている。

 そのときだった。

 ザクッという音と、ウィルソン先生の「うっ!」という声が重なる。
 包丁が手から滑り、彼女の足元めがけて――

 私の世界が、静止した。

 台所の音が、ぱたりと消える。
 スープの泡立ちが、パタリと止まる。
 子どもたちは、まるでそこでワンシーン切り取ったかのように静止している。

 さて、包丁である。
 先生の手元から落ちた包丁は、一切の動きを見せず空中に漂っている。

(また……)

 私は溜息をひとつついて、包丁の柄にそっと手を伸ばした。
 先端の角度を、ほんの少しだけ変える。

 私はもう一度、何食わぬ顔でスープの前に戻った。
 それから、また世界を動かした。

 ――ガチャン!

「うわっ!」

 包丁が床に落ち、カランと一度だけ転がった。
 彼女の足元、ぎりぎりをかすめて。

 彼女は唖然と立ち尽くし、子どもたちが「大丈夫!?」と駆け寄っていく。
 ウィルソン先生は包丁を拾い上げ、にっこり笑って告げた。

「……大丈夫よ、かすり傷ひとつないわ」

 私は何事もなかったように、スープを見ながら訊いた。

「先生、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

 私は微笑んで、何も言わなかった。  
「使っちゃった」という罪悪感と、「怪我しなくてよかった」という安堵が、胸の中でぐるぐると混ざり合っていた。

 ▽ ▽ ▽

 それからみんなでご飯をたべ、ウィルソン先生はちびっこたちを寝かしに向かった。
 私は自分の部屋に戻り、カバンから教科書を取り出し、課題のリストを見た。

 その時、耳元で蚊の羽音が聞こえた。

 私はため息をついて、時間を止める。
 そして空中に漂う蚊を、両手で挟むようにして潰した。

 ――この能力は、蚊を潰す時には便利だ。

 私は、この能力を隠して生きていた。
 私に超能力があったとて、スーパーヒーローになりえない。
 私にしかできないということは、「普通では起こり得えないこと」はすべて私のせいになるということでもある。

 ――だからこそ、私はこれを隠して生きることにした。

 私はまた世界を動かすと、教科書を机に並べ、今日の課題に取り組みはじめた。
 その時だった。

 ――ガシャーン!

 けたたましい音でガラスがわれ、白い何かが猛スピードで突進してきた。

「――なに!?」

 反射的に時間を止め、椅子から腰を上げる。
 それから目を開き、何が起こったかを確認した。

 そこにいたのは、カラスだった。

 あまりにも動かないので死んでいるのでは――と一瞬思ったが、すぐに時を止めているだけだと気づき、私は安堵のため息をつく。
 その流れで私は数回深呼吸をすると、割れた窓を見た。

 ガラスは粉々になっているが、窓枠には破損がない。
 この程度なら、ガラスを取り替えるだけで直すことができるだろう。

 私はガラスの破片には触れないようにしながら、先程まで机の上に広げていた勉強道具だけを拾い集め、机の隅に置いた。

 その段階で、机の上に見知らぬ手紙があることに気付いた。

「――なにこれ」

 私は手紙を手に取り、宛先を見る。

「しかも、私宛だ……」

 分厚く黄色みがかった羊皮紙に、ここアイリスの家の住所と、私の名前が書かれている。
 裏には「H」と書かれた紫色の封蝋で封印がされており、その封印のデザインでさえ古めかしかった。

 まるでおとぎ話に出てくる手紙のようだ。

「切手も貼ってない――違法じゃないのかしら」

 私は独り言を言いながら、地面に這いつくばるカラスを見た。
 この状況からして、この手紙はこのカラスが運んできたとしか思えない。

 しかし――カラスが手紙を運ぶ?
 確かに伝書鳩という通信手段はあれど、あれは鳩の帰巣本能を利用しているだけにすぎない。
 出先から自宅まで鳩を飛ばすことはできても、手紙を自由自在に運ぶことが可能とは思えなかった。

 とはいえ、カラスはとても頭が良い生き物だと聞く。
 適切な訓練を行えば、指定の建物に手紙を運ばせるなんてこともできるのだろう。

 私は時間を止めたまま、恐る恐る手紙に触れる。
 どうせ私宛なんだ、みてもいいに違いない――そう思い、私は封印を解いた。

「えっと、なになに……ハルフォード魔法アカデミー? 校長、マキナ・デウスギア? このたびハルフォード魔法アカデミーにめでたく入学を許可されましたことを心よりお喜び申し上げます?」

 誰かのいたずらだろうか。
 ハルフォードなんて聞いたこともないし、なにより「魔法アカデミー」というところが胡散臭すぎる。
 いくら秘密結社が珍しくないランドールといえど、魔法の学校というのは聞いたこともなかった。

「なんにしても、この惨状をどうにかしないと……」

 いくら夏とはいえ、雨が一切振らないというわけではない。
 天気予報を確認したわけではないが、今日は一日どんよりとした雲模様で、いつ雨が降り始めてもおかしくはなかった。

 私は時間停止を一度解き、夜勤のウィルソン先生を呼ぼうとする。

 ――次の瞬間、ドアが激しくノックされた。
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