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2 ミネルバ・アリシア
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「エリカ!? 凄い音がしたけど何かあったの!?」
慌てふためく金切り声が、激しいノックとともに聞こえてくる。
普段とはあまりにも違うが、その声は間違いなくウィルソンのものだった。
「今開けます」
騒ぎを聞きつけてから駆け付けたにしては、あまりにも到着が早い。
それに廊下を走る音もしなかったため、カラスが飛び込んできた瞬間には既に扉の前にいたのだろう。
私はドアノブを回し、扉を引く。
ウィルソンは部屋の惨状をぐるりと見回すと、私の体をペタペタと触って怪我がないことを確かめた。
「ああ、よかった。怪我はしていないようね」
ウィルソンは安堵のため息をつくと、ぎゅっと抱きついてきた。
彼女の心配性には少し呆れるが、これぐらいじゃないと保育士というのは務まらないのだろう。
しかし、私は――ウィルソンの後ろに、一人の女性がいるのに気づいた。
エメラルド色のローブを着たその女性は、部屋の状態に少々呆れつつも厳格な表情で私を見ている。
まるで値踏みでもするかのような視線を受け、私はすぐに顔に笑顔を張り付けた。
「ウィルソン先生、私は大丈夫ですので……そちらの女性は?」
私はウィルソンを引きはがし、数歩後ろに下がる。
手に持っていた手紙を後ろ手に隠し、そのまま手を組んで姿勢を正した。
「え? ああ、こちらの女性は貴方に用事があるみたい。詳しい用件は直接聞いて頂戴」
ウィルソンはそのままガラスの破片の片づけを始めようとするが、それを後ろに立つ女性が制止する。
「ウィルソンさん、ここから先は私一人で大丈夫ですので――貴方は通常勤務に戻ってはいかがですか?」
女性はそう言うと、まっすぐな木の枝のようなものを取り出し、ウィルソンの頭を軽く叩く。
一体何をしたのかは分からなかったが、頭を小突かれた瞬間――ウィルソンの表情がぼんやりと、まるで今にも眠ってしまうのではないかという表情になった。
「ええ、そうね。そうすることにするわ」
ウィルソンは素直に女性の言葉に従うと、そのまま部屋を出ていく。
女性は廊下から私の部屋へと踏み込むと、ぴしゃりと扉を閉めた。
女性は飛び散ったガラスに目を向けると、棒状の何かを一振りした。
すると、まるで時間を巻き戻したかのように――飛び散ったガラスは元の窓枠に収まり、新品同様の輝きを取り戻した。
私は察した。
この女性は魔法使いであり、手に持っているのは魔法の杖なのだと。
「その様子ですと、今手紙を受け取ったようですね」
女性は厳格な口調でそう言った。
どうやら、この女性は魔法学校の関係者らしい。
私は手に持っていた手紙にもう一度目を向ける。
「ハルフォード魔法アカデミー……」
「そうです。私はミネルバ・アリシア――ハルフォードにて副校長を務めています。貴方がたからお返事がなかったので、こうして直接訪ねたのですが、まさかまだ手紙を受け取っていなかったなんて」
手紙の最後のほうに、ミネルバ・アリシアという名前が見て取れる。
どうやらこの手紙の送り主は、目の前に立つ魔法使いのようだった。
「その様子ですと、貴方は魔法について何も知らないようですね。いいですか? 貴方がハルフォードに入学することは、貴方が生まれたときから決まっていたことです。ミス・ホワイト……貴方は魔法使いです」
私の手から手紙が零れ、床へと舞い落ちる。
「そんな……御冗談を。私が魔法使いなんて……私はただの平凡な……」
「今までに不思議なことが起こった経験はありませんか?」
不思議なこと。
私はその言葉に少し表情を強張らせる。
心当たりは沢山ある。
何より、私のこの時間を止める力は、言い訳ができないほどの「不思議なこと」だった。
「その様子ですとあるようですね――いいですか? この国の魔法使いの子供は、みな例外なくハルフォードに入学することになっています。ですので貴方もこの紙に書かれている物を準備し、九月一日に鉄道にてハルフォードへ向かいます。これは決定事項です」
「そんな……」
私は、平穏な人生が送れればそれでいい。
魔法や奇跡といった、スリリングな世界など求めてはいなかった。
「それに、私……お金持ってないです。この紙に書かれている物を買い揃えるのにどれほどのお金が必要なのかはわかりませんが、きっと私のお小遣いでは支払えません」
所詮、世の中は金である。
学校だって慈善事業ではない。
入学金や準備物のお金が払えないときたら、きっと相手も諦めるだろう。
「ご安心ください。貴方の学業に関わるお金に関してはマーリン基金から支払われることになっていますし、ハルフォード自体の学費は全て魔法省が負担しています。また、ハルフォードは全寮制であり、衣食住にはお金は掛かりません」
マーリンが誰かは知らないが、傍迷惑な偉人がいたものである。
「とにかく、明日の朝もう一度ここを訪ねます。入校に必要なものを買い揃えに行きますので準備をしておいてくださいね」
するとアリシアは、バチンという破裂音と共に姿をくらました。
すっかり元通りになった部屋に、私一人が取り残される。
まるで夢か幻のような出来事だったが――床に落ちている1枚の手紙が、「今の出来事が現実のものである」と語っていた。
慌てふためく金切り声が、激しいノックとともに聞こえてくる。
普段とはあまりにも違うが、その声は間違いなくウィルソンのものだった。
「今開けます」
騒ぎを聞きつけてから駆け付けたにしては、あまりにも到着が早い。
それに廊下を走る音もしなかったため、カラスが飛び込んできた瞬間には既に扉の前にいたのだろう。
私はドアノブを回し、扉を引く。
ウィルソンは部屋の惨状をぐるりと見回すと、私の体をペタペタと触って怪我がないことを確かめた。
「ああ、よかった。怪我はしていないようね」
ウィルソンは安堵のため息をつくと、ぎゅっと抱きついてきた。
彼女の心配性には少し呆れるが、これぐらいじゃないと保育士というのは務まらないのだろう。
しかし、私は――ウィルソンの後ろに、一人の女性がいるのに気づいた。
エメラルド色のローブを着たその女性は、部屋の状態に少々呆れつつも厳格な表情で私を見ている。
まるで値踏みでもするかのような視線を受け、私はすぐに顔に笑顔を張り付けた。
「ウィルソン先生、私は大丈夫ですので……そちらの女性は?」
私はウィルソンを引きはがし、数歩後ろに下がる。
手に持っていた手紙を後ろ手に隠し、そのまま手を組んで姿勢を正した。
「え? ああ、こちらの女性は貴方に用事があるみたい。詳しい用件は直接聞いて頂戴」
ウィルソンはそのままガラスの破片の片づけを始めようとするが、それを後ろに立つ女性が制止する。
「ウィルソンさん、ここから先は私一人で大丈夫ですので――貴方は通常勤務に戻ってはいかがですか?」
女性はそう言うと、まっすぐな木の枝のようなものを取り出し、ウィルソンの頭を軽く叩く。
一体何をしたのかは分からなかったが、頭を小突かれた瞬間――ウィルソンの表情がぼんやりと、まるで今にも眠ってしまうのではないかという表情になった。
「ええ、そうね。そうすることにするわ」
ウィルソンは素直に女性の言葉に従うと、そのまま部屋を出ていく。
女性は廊下から私の部屋へと踏み込むと、ぴしゃりと扉を閉めた。
女性は飛び散ったガラスに目を向けると、棒状の何かを一振りした。
すると、まるで時間を巻き戻したかのように――飛び散ったガラスは元の窓枠に収まり、新品同様の輝きを取り戻した。
私は察した。
この女性は魔法使いであり、手に持っているのは魔法の杖なのだと。
「その様子ですと、今手紙を受け取ったようですね」
女性は厳格な口調でそう言った。
どうやら、この女性は魔法学校の関係者らしい。
私は手に持っていた手紙にもう一度目を向ける。
「ハルフォード魔法アカデミー……」
「そうです。私はミネルバ・アリシア――ハルフォードにて副校長を務めています。貴方がたからお返事がなかったので、こうして直接訪ねたのですが、まさかまだ手紙を受け取っていなかったなんて」
手紙の最後のほうに、ミネルバ・アリシアという名前が見て取れる。
どうやらこの手紙の送り主は、目の前に立つ魔法使いのようだった。
「その様子ですと、貴方は魔法について何も知らないようですね。いいですか? 貴方がハルフォードに入学することは、貴方が生まれたときから決まっていたことです。ミス・ホワイト……貴方は魔法使いです」
私の手から手紙が零れ、床へと舞い落ちる。
「そんな……御冗談を。私が魔法使いなんて……私はただの平凡な……」
「今までに不思議なことが起こった経験はありませんか?」
不思議なこと。
私はその言葉に少し表情を強張らせる。
心当たりは沢山ある。
何より、私のこの時間を止める力は、言い訳ができないほどの「不思議なこと」だった。
「その様子ですとあるようですね――いいですか? この国の魔法使いの子供は、みな例外なくハルフォードに入学することになっています。ですので貴方もこの紙に書かれている物を準備し、九月一日に鉄道にてハルフォードへ向かいます。これは決定事項です」
「そんな……」
私は、平穏な人生が送れればそれでいい。
魔法や奇跡といった、スリリングな世界など求めてはいなかった。
「それに、私……お金持ってないです。この紙に書かれている物を買い揃えるのにどれほどのお金が必要なのかはわかりませんが、きっと私のお小遣いでは支払えません」
所詮、世の中は金である。
学校だって慈善事業ではない。
入学金や準備物のお金が払えないときたら、きっと相手も諦めるだろう。
「ご安心ください。貴方の学業に関わるお金に関してはマーリン基金から支払われることになっていますし、ハルフォード自体の学費は全て魔法省が負担しています。また、ハルフォードは全寮制であり、衣食住にはお金は掛かりません」
マーリンが誰かは知らないが、傍迷惑な偉人がいたものである。
「とにかく、明日の朝もう一度ここを訪ねます。入校に必要なものを買い揃えに行きますので準備をしておいてくださいね」
するとアリシアは、バチンという破裂音と共に姿をくらました。
すっかり元通りになった部屋に、私一人が取り残される。
まるで夢か幻のような出来事だったが――床に落ちている1枚の手紙が、「今の出来事が現実のものである」と語っていた。
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