サメに喰われた人魚

猫パンダ

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第1章 銀色のサメ

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 サメの鼻先から落ちる雫が、セレニティの頬を濡らす。人間の体を、いとも簡単に呑み込んでしまいそうなほど大きな口から、魅惑的なバリトンボイスが響いた。

 「何で、ニンゲンがこんな海のど真ん中に……?自殺か?」

 色気を帯びた美しさと、重みのある低い音が融合した声に、セレニティは息を呑む。魚の言葉を理解出来ることは、先程の事で知ったものの、まさかサメの言葉までわかるなんて。

 「自殺なんかじゃないわ……だから、食べないで。お願いよ……」

 弱々しく言葉を紡げば、サメは黒い点のような瞳を丸くした。表情はわかりにくいが、驚いたようだ。

 「お前……俺達の言葉がわかるのか?」

 「……ええ、わかるみたい」

 「へぇ。そのような、特殊なニンゲンは一体どんな味がするのか気になるな」

 裂けた口を吊り上げて笑うサメは、まさに悪役の微笑みと言ってもいい。セレニティは、小さく「ひぇ」と悲鳴を漏らした。

 「そう怖がるな。シャークジョークというやつだ」

 思わぬ言葉に、セレニティはポカンと口を開ける。

 「何だその顔は。サメでも、冗談の一つや二つくらい言う」

 恐ろしい顔で、しれっと茶目っ気のあることを言うサメに、セレニティは緊張で固まっていた体を緩めた。その時、ぬめりけを帯びた岩により、体がツルリと滑ってしまう。

 「あっ……!?」

 慌てて手を岩場に伸ばすも、届くはずもなく……。そのまま、セレニティは海に落ちてしまった。バシャンと音を立てて、海面に体が沈んでいく。反射的に、ゴボゴボと空気を吐き出してしまい、呼吸が出来なくなった。上に上がろうとするも、ドレスが体にまとわりついて邪魔をする。塩辛い味が、口内に広がり、セレニティは必死にもがいた。

 「やっぱり、ニンゲンって海の中じゃ生きられないんだな」

 今にも溺れ死にそうなセレニティを見て、サメは他人事のように呟いた。助けてやる義理もない。それよりも、彼女の肉の味の方が気になった。白い柔らかそうな肌が、青い海の中にぼんやりと浮かんで見える。

 「……その血肉は、甘そうだ」

 内臓は?深みのある味だろうか。骨は?アザラシよりは、サクサクに違いない。あの黄金に輝く髪は?食べた事がないから、未知の味だ。サメは、彼女が静かになるのを待つことにした。

 「た、たすけ……」

 あまりの苦しさと、死ぬかもしれないという恐怖が、セレニティの頭を支配する。半場パニックになりながら、彼女は海の中で必死に体を動かした。生きようともがく彼女の瞳に、銀色のサメが映る。

 「たす、けて……!」

 普通なら、考えもしない。人間が、サメに助けを求めるなど。だが、セレニティは冷静ではなかった。サメは、彼女のサファイアに輝く瞳を見つめ返して、黒い点のような目を瞬かせた。

 「青い瞳……?」

 先程は暗かったため、わからなかったが、海の中なら、よく見える。セレニティの、海のような青い瞳に、サメはただただ驚いた。

 「……どうして、ニンゲンの癖に青い色を持つんだ」
 
 疑問を口にしたのと、セレニティに変化が起こったのとは同時であった。セレニティの、ドレスから剥き出しになっていた両足が、淡い光を帯びながら一つになる。やがて、それは魚の尾のような形に形成され、彼女の耳の裏にも、魚のようなエラがくっきりと浮かび上がった。淡い輝きが消えた彼女の姿は、暗い海の中でも神々しく光って見える。

 「あれ……苦しくない?」

 不思議そうに自身の体を見下ろして、セレニティは固まった。ドレスの下から、肌色をした二本足ではなく、魚の尾がニョキっと出ているだなんて、嘘だ。海の中なのに、苦しくないし、気になっていた塩の味も感じない。自分は、夢でも見ているのだろうか。それとも、とっくに死んでしまったのだろうか。こんな、魚の尻尾だなんて、まるで……。

 「お前、人魚だったのか」

 サメは、思わず声をかけていた。サメ自身、どうしてかはわからない。ただ、美しいと思ったのだ。セレニティの虹色に輝く鱗も、黄金色の髪も、サファイアの瞳も、全部。

 「人魚……?私が、人魚……?」

 セレニティは呆然と、うわ言のように呟いた。
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