織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

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第一章 異界からの姫君

第十二話

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 久実は、「はぁー!?」と大声を上げた。その声に、彼女の侍女である凛々りんりんが、ビクッと手を震わせる。危うく、お茶を零しかけたらしい。

 「お茶が入りました」

 「ありがとう」

 凛々の入れたお茶を一口含んで、市は溜め息をつく。その前には、沢山の茶菓子が置かれている。久実はそれをモグモグと食べながら、頭から湯気を出す勢いで怒っていた。

 「信じらんない!普通会ったばかりの女の子に、キスなんてするかぁ!?」

 ダンと机を叩く。彼女は、親の視点で市のことを見ていた。可愛い愛娘が、馬の骨とも知れぬ男に無理矢理キスされたとなれば、怒り狂うのが親心である。

 「で?お市ちゃんの唇を奪った不届き者は、どこの誰べーよ!?」

 「……えいさふ殿です」

 「エイサフぅ!?」

 エイサフといえば、確かシュッタイト帝国の王子だったか。それなら昨日、久実はそのエイサフと顔合わせを終えたのだが……。青い髪の冷静そうな男の顔を、思い出す。彼は、久実の前では感じが良さそうな、大人しい青年だった。

 ーーまさかあの子が、女の子に無理矢理迫るなんてね……。

 人は見かけによらないとは、このこと。これだから、世の中は物騒で怖い。久実は、眉を吊り上げた。市は戦国時代のお姫様だ。平成を生きる女とは、貞操観念が全く違う。結婚前にキスをされるなんて、怖かっただろう。顔と手しか、肌を晒してはならないと教えられてきただろうに、久実すら驚くほどセクシーな格好をさせられて……。

 ーーなんてこと、乳首が透けちゃいそうじゃない!

 平成出身の久実ですら、びっくりしてしまう。まるで、ストリップ劇場にいる女の子だ。
市は落ち込んだ様子で、呟いた。

 「祝言前に、会ったばかりの殿方に口付けられるなんて……もう、お嫁に行けませぬ……」

 信長の元へ帰れても、浅井長政は婚姻を嫌がるかもしれない。何より、晧月はどう思うだろう。何故か、浅井長政との縁談よりも、晧月の事の方が気になった。

 「大丈夫よ!そんなの……ちょっと、犬に舐められたとでも思っときなさい!そんな男の為に、悩む方が勿体ないわ!」

 そう言いながら、久実はゴシゴシと市の唇をハンカチで拭いた。

 「凛々、アルコール頂戴」

 「はい」

 アルコールを染み込ませたハンカチで、もう一度、市の唇を拭う。少しヒリヒリしたが、市は心無しかすっきりした。

 「消毒しといたから。これで、そのエイサフ菌は死滅したわよ!」

 「あ、ありがとうございまする……」

 久実の言っている意味は半分ほどわからなかったが、市は彼女の気遣いに感謝した。

 「とりあえず、お市ちゃん。今日は私の部屋で寝る?一人だと不安でしょうし……」

 久実の提案は、有難い。正直、市は不安だった。もしかしたらラビアが、エイサフを手引きするかもしれない。ラビアは、自国の王子である彼にはきっと、逆らえないだろう。

 「ありがとうございまする、ここに居とうございます」

 「いいわよ。じゃあ、凛々に頼んで、貴女の侍女には伝えておいてもらうわね」

 久実は、何やら凛々に耳打ちすると、彼女は頷いて部屋を出て行った。それを見送って、市はもう一度、久実にお礼を言う。

 「本当に、ありがとうございまする」

 「いいのよ。気にしないで!」

 久実は、笑顔を浮かべながらも、エイサフには腹を立てていた。



 その夜、晧月は夜の散歩と称して、壁を登っていた。まるで、蜘蛛のようにしがみつきながら、一センチほどの突起を指で掴んで、登る。すると、どうだろう。市の部屋が見えてきた。いちいち階段を使うよりも、壁を登った方が近道なのだ。

 「……どんな顔して会おう」

 部屋を覗く前に、晧月は頭を悩ませる。昨日、思わずキスをしそうになってしまった件についてだ。市は、自分と会ってくれるだろうか。数秒ほど悩んで、まぁ、いっかと頷く。彼のちょっとした悩みは、風船となって、どこかへと飛んでいってしまったらしい。会ってくれなかったら、窓を割って入ればいいのである。もし、キス未遂のことを怒っていたなら、許して貰えるまで謝ればいいのだ。

 物事を深く考え過ぎないところが、晧月らしい。彼はそろりと、窓から部屋の中を覗いた。すると、部屋の中は何故か散らかっていて、市の侍女であるラビアが片付けをしている。よく見てみれば、床に割れた食器が散乱していた。部屋の中に市の姿はない。

 ーー何かあったのか。

 晧月の瞳が、すぅと細まる。ガタリと窓を力技で外すと、部屋に足を踏み入れた。ラビアがハッとして目を見開く。

 「無礼な!ここを誰の部屋と心得る!?」

 「いくら敵国とはいえ、敬って欲しいね。まぁ、いいけど」

 パキッとガラスの破片を踏んで、晧月はラビアに近付いた。

 「何故、貴方のような方が、ここに?まだイチ様とは、顔を合わせてはいないはず」

 「何でこの部屋、こんなに散らかってるの?」

 ラビアの問いには答えずに、晧月は淡々と質問した。黙り込むラビア。答える気は無いらしい。晧月は、キラリと瞳を光らせた。彼は、ラビアの頭の中にある映像を、覗き込んだのだ。見えたのは、青い髪を三つ編みにした、人形のような男の顔……。

 ーーエイサフ。なんで、あいつが?

 嫌な顔を見たと、晧月は顔をくしゃりと歪ませる。

 「ここのお姫様は、どこにいるの?」

 「答える気は、ありません」

 そっけないラビアの対応だが、彼女は頭に久実の顔と、その部屋を思い浮かべた。それだけで、晧月にとっては、受け答えして貰っているようなものだ。

 確か、市はエイサフと顔合わせの予定だったはず。この部屋の惨状に対して、彼の顔が出てきたということは、彼がこの部屋で暴れた可能性が高い。そして、市のいる場所は、もうわかった。久実の部屋だ。晧月は、久実との顔合わせを済ませていた。彼女の侍女は、晧月の国の者の為、ラビアより話が通じる。

 「でも、どうして天使ティエンシーは、あの人の部屋に?」

 ポツリと疑問を呟いて、彼は部屋から出て行った。もはや、彼の頭にラビアの存在はない。窓からでは無く、今度は普通に扉から出て行くマイペースな彼を見送って、ラビアは肩の力を抜いた。

 「なんだったの……」



 部屋を出て、晧月はまたも頭を悩ませた。何事かあったらしい市に、このまま会っていいものか。あの、元は50歳だという久実がついているなら、安心だろう。母親のように、市の傍にくっ付いてそうだ。

 久実の部屋の近くで、うーんと首を傾げる。すると、物凄く濃い気配を感じて、嫌な予感を覚えた。

 「この鬱陶しい気配はもしかして……」

 「やや!晧月じゃないか!こんなところで、奇遇だな!」

 ザァブリオが、白い歯を輝かせながら、両手を広げて現れた。そのまま、ハグされそうになり、晧月はヒラリと交わす。空振りした両手を虚しく下ろすと、ザァブリオはやれやれと笑った。

 「ふ、相変わらずの照れ屋さんだ!」

 晧月はこの赤髪に、ドラゴンが突撃すればいいのにと思った。

 「いやぁ、オレはすこぶる気分がいい!なんでかわかるか?」

 「さぁ」

 「唇の腫れが治ったんだ!ああ、素晴らしき我が侍女達の手腕!唇がぷるぷるだ……触ってみてもいいぞ!」

 ほぉら、と唇を突き出すザァブリオに、晧月は、花瓶に活けてあった花を突き刺した。ザァブリオの尖らせた唇に、一輪の花が咲く。

 「何をするぅ!」

 「鬱陶しいから」

 「好きだから!?オレに男色の気は無いぞ!」

 どんな聞き間違いだ。ザァブリオの侍女に、唇よりも耳のケアをしてやれと言ってやりたい。

 「もう、五月蝿いわね……!一体なんの騒ぎなの?」

 部屋の扉が開き、久実がひょっこりと顔を出した。すかさず反応したのは、女好きのザァブリオだ。

 「やややっ!これはこれは、なんと可愛らしいレディだろう」

 久実の前に躍り出て、その手にキスをする。久実は思わず「うげっ」と声を漏らした。晧月はザァブリオを蹴り飛ばして、久実を部屋の外に出させる。

 「ちょっと、聞きたいんだけど……いい?」

 「一体なんなの?私もう、部屋に戻らないと……」

 「市のことだ」

 晧月の必死な瞳が、久実を見つめる。それに、何か思うところがあったのか、彼女は悩む素振りをみせ……やがて小さく頷いた。晧月が、どういうつもりなのか知らないが、市とは顔見知りのようだ。この様子だと、彼女のことは憎からず思っているらしい。元50歳の観察力は伊達じゃない。部屋にいる市のことは、凛々に任せていれば大丈夫だろう。久実は、彼との顔合わせを済ませており、なかなかマイペースだけれど、素直な青年だったと印象づけている。

 「少しだけなら、大丈夫よ」

 「ありがとう」

 晧月達は、静かに場所を移動した。
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