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第一章 異界からの姫君
第十四話
しおりを挟む晧月とエイサフは、構えていた武器を下ろした。レイムホップは、厳しい眼差しで二人の王子を見つめる。
「ここは王子様方が、姫君に愛を乞う為の宮殿。血で染めることは、このレイムホップが許しませんぞ」
「すまぬ……」
小さく謝るエイサフに、晧月が舌打ちした。できれば、レイムホップが来る前に殺して、裏庭にでも埋めてやりたかった。そんな物騒な考えを抱きながら、彼は気難しい老人に素直に謝る。
「ごめん、レイムホップ」
「貴方様方が、敵国同士であることは、承知しております。仲良くしてとは、いいません。ただ、この場ではわきまえて下さいませ」
「気を付けるよ」
そう言いながらも、右から左へ受け流す晧月は、今後エイサフと揉めないという自信はない。今度こそ何かあれば、斬りあってしまいそうだ。幾度という戦で、お互いの大切な部下達が死んでいった。晧月も、エイサフの部下を斬ったし、エイサフも晧月の部下を斬った。互いの恨みという名の因縁は大きいものだ。好きな女が被ってしまったなら、なおのこと。戦でも、色恋のことでも、譲る事はできない。
「じゃあ、俺はこれで失礼するよ」
一言だけ告げて、晧月はその場を離れた。背中に感じる圧は、エイサフからの視線だろう。その中に僅かながらの殺気が混じっていることに、彼は気付いていた。
ーーシュッタイトの能無し王子。お前には、負けない。
心の中でエイサフへの宣戦布告を呟く。きっと今頃、エイサフも同じことを、晧月に向けて思っていることだろう。
太陽が二つ上り、朝が来る。ラビアは何故だか、市に対して後ろめたさを抱いていた。それは、市よりもエイサフに忠誠を誓っているからなのか。それとも、市の意思など気にもせずに、エイサフと結ばれて欲しいと願っているからなのか。エイサフに、何かされたらしい市は、ラビアの顔など見たくなさそうであった。それはきっと、ラビアがエイサフと同じシュッタイト人だからだろう。
ーーイチ様が傷付くような事を、王子はしてしまったのだろうか。
だが、エイサフ自身も、酷く傷付いた顔をしていた。いつも物静かな王子が、感情をあらわにして、物に当たり散らし……そして、悲しそうな顔で、市が置いていったティアラを見つめていた。その表情を思い出すだけで、ラビアはやり切れない気持ちになる。市のことを、大切に思っているだろうに、上手くいかないエイサフの不器用さ。親に愛されてきたとはいえない彼は、もしかしたら、愛の伝え方を知らないのかもしれない。複雑なエイサフの幼少期を思い返すと、涙が出そうになる。
ラビアは、久実の部屋の前まで来ると、深く息を吸った。コンコンとノックすれば、久実の侍女である凛々が顔を出す。ラビアの顔が固くなった。ラビアにとって、彼女は敵国である渼帝国出身だ。互いに数秒見つめ合い……やがて、凛々が口を開いた。
「なんの御用で?」
「イチ様をお迎えに参りました」
「……だそうですが、いかが致しますか?市様」
凛々が後ろを振り向いた先に、市がいた。厚手のワンピースに身を包んだ彼女の横に、久実が寄り添うようにしてついている。心配そうな顔をした久実だったが、市は立ち上がると凛とした声でラビアの名を呼んだ。
「らびよ」
「はい」
自然とラビアは頭を下げる。
「そなたの国の若君じゃが、私は好かぬ。あの方は、私に無礼を働いた。この屈辱を、簡単に許す事はできぬ」
冷たい声音。市は、エイサフと顔を合わせたくないと思っていた。姫である市に対して、若という身分であれど、唇を奪うという行為は、侮辱である。
「らびは、あの方を私にと思っているやも知れぬが……今のそなたの主人は私じゃ。そのことを、努努忘れるでないぞ。そなたの主人である私が!あの方を望んではおらぬのじゃ……!」
まるで、切り裂かれてしまいそうなほど、鋭い視線に、ラビアの体は縮み上がった。市としては、釘を刺すつもりで言ったことなのだが、いかんせん、信長に似た上に立つ者としての威厳がある。市の声は、周囲の者をハッとさせるほどよく通り、その顔からは覇気のようなものが滲み出ていた。それも幼い頃から、家臣を顎で使う信長の姿を見て、育ったからかもしれない。
「らび。昨日は、はしたない姿を見せてしまったな。そして、迎えに来てくれたこと……嬉しく思う。世話をかけた」
厳しい眼差しを緩めて、市は薄く微笑した。その姿を横目に見ながら、久実は感心したように腕を組む。
ーーお市ちゃんって、なかなかやるわね。飴と鞭を使い分けてるわ……。
そして、久実が思っていた以上に、強い。芯のある子だ。現代を生きる女の子とは、やはりどこか違う。どっしりと構える威厳は、平成の子には出せないだろう。
ラビアは複雑な思いで一杯だった。市の気持ちもわかるが、エイサフをずっと見てきたラビアは、エイサフの恋が実って欲しいと願ってしまう。それなのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。エイサフが市に何をしたのか知らない。だが、エイサフは本当は心の優しい人なのだ。それを市には知って貰いたかった。
「……イチ様。ラビアはあなた様の意思を、尊重致します」
「うむ」
頷く市に頭を下げながら、ラビアはぐるぐると回る思考に目を閉じた。市の手前、そうは言ったものの、今度エイサフよりも市を優先することが出来るだろうか。市も大切な主人だが、エイサフは忠誠を誓った主君なのだ。ラビアは目が回りそうな思いで、エイサフのことを想った。
ーーあのお方は、真実お優しいお方。今は無理でも……きっと、イチ様もあのお方の優しさに気付いて下さるはず……!
諦め切れないラビアの想いは、胸の奥底で叫ばれた。真面目で一途な彼女は、その想いを胸に、市に笑顔を返すのだった。
その頃里奈は、贅沢の限りを尽くしていた。部屋には、煌びやかな宝石にドレスが溢れている。そのドレスも、シュッタイト産のものや、ブロリンド産のものまで様々だ。これも全て、侍女に頼んで買って貰ったものだ。
ここでは、何でも願いが叶う!何でも自分の思い通りになる!彼女の頭の中には、花が舞っていた。きっとこのまま、贅沢な暮らしをしながら、王子に選ばれて、王妃になれるのだ。王妃となってからは、もっと好き放題出来るに違いない。平成では出来なかった、海外旅行も。プール付きのホテルに泊まることも。美味しいものも食べ放題。エステに行ったり、ブティックでドレスのまとめ買いをしたり……。
「もう、最っ高~っ!元の世界になんて、二度と帰らないもんね」
侍女に、オイルマッサージをされながら、里奈は蕩けるような顔でため息を吐く。
ここは里奈にとっての夢の国。自分はお姫様で、何でも思い通りになって。侍女だって、ついてる。王子様だって……。そこまで考えて、彼女は眉を寄せた。彼女はこれまでに、晧月とキティーリオとの顔合わせを済ませていた。そして、今日はシュッタイト帝国の王子とする予定らしい。そろそろ、自分に首ったけの王子が出来てもいいのでは?と思う。キティーリオが、里奈に懐いてきてはいるのだが、彼のような仔犬系はタイプじゃない。
「今のところは、ザブがかっこいいかなぁ」
ボソリと呟いた声に、侍女は一瞬、手を止めた。彼女はブロリンド王国出身のため、自国の王子の名前に思わず反応したのだ。だが、里奈の言うザブとは、晧月のことであった。顔合わせで、晧月が名前を偽ったことに、彼女はまだ気付いていないらしい。
「メアリー!念入りに香油を塗り込んで頂戴!肌を輝かせて、王子を虜にするんだから!」
「かしこまりました。どの香りがよろしいでしょう?」
「薔薇よ!」
里奈の甲高い声が響き渡る。彼女は、薔薇の匂いに包まれながら、薔薇色の未来を夢見ていた。
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